恋にうつつのCrazy!
―ACT.6

立ち寄った携帯SHOPで、成巳は少しも悩むことなく、さっさと自分の欲しい携帯の契約を済ませてしまう。
これに付き合うつもりできた陽は、あまりの事の簡単さに唖然としながら、成巳と店員との応対を見ていた。
成巳としては、携帯は陽を連れ出す口実なので、さっさとこんな面倒くさいことを終えて、陽と映画を見たり、食事にいったりと、いかにも『デート』らしいことがしたかったので、さっさと契約をすませてしまう。
「ではこちらの方で使用の準備をいたしますのに三十分ほどお時間がかかりますが、宜しいでしょうか?」
 成巳の顔に見とれながら、女の店員が繰り返す。
『三十分後に帰ってくるまでに書類チェックしちぉーっと』とでも思ってそうなぐらい、ずーっと成巳ばかりをみているのだ。
 そんな視線には慣れっこなのか、成巳は気にすることもなく、
「結構です。また後ほどとりに伺いますので」
 と、あっさりと返事を返し、そのまま陽を引っ張って店を出てしまった。
「お、おい。どこ行くんだよ成巳?もう用は済んだんだろう?三十分ぐらいならあんまり遠くに行かないほうがいいんじゃねーのか?」
「せっかく陽を連れ出せたのに、誰が三十分で返すか。こんなおいしいチャンス滅多にないんだからな。誰かさんが記憶を無くしてくれたおかげで」
 陽が引き止めるのなんか聞く耳をもたない成巳は、ぐんぐんと陽を引っ張っていく。
 どうやら事前に下調べをしていたらしく、ついた店は陽の好きなオムライスの専門店だった。
「おぉー!?オムライスじゃん、やりぃっ!」
 おこさまランチを前にした子どものように、無邪気に喜ぶ陽を嬉しそうに見つめながら、成巳が店の中へと陽を促す。店内は広めで、座席と座席がゆったりと仕切られていて、隣の席の会話に邪魔されるようなことはなさそうなぐらい、1スペースが広く取られている。
 内装はチェックが多く、かなり女の子向けだが、デートのつもりできている成巳にはなんら気にかかることはないし、既にオムライスしか目に入っていない陽がそんなことに気づくはずがない。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
 お決まりの文句を言いながら、成巳に見とれて中々ひかないウェイトレスがやっとのことで引っ込むと、成巳はポケットの中からペンを取り出し、ナプキンにさらさらと先ほど契約したばかりの携帯の番号を書いた。
 それを夢中でメニューを見ている陽の前にすっと差し出す。
「何?」
 意味の分からない陽はメニューから目だけを覗かせて、成巳の方に問うた。
「新しい携帯の番号。この番号は陽にしか教えない」
「な、何で?」
「やっぱり我慢できそうにないみたいだ。このまま記憶が戻るのを待っていたら、イライラしそうだからな。新しい契約の担保だ。どうだ?」
「・・・・・・どうだって言われても。俺、お前との昔の契約まだ思い出せてないし。て、言うか何一つ思い出せてねーんだけど?」
「前の契約は半年間かかった。一年ていうお前に俺が値切って半年にしてもらったんだ。その契約がようやく完了したのが、お前が記憶を無くした日だ。あの日に俺とお前は契約終了の祝いのためにデートするはずだった。俺の我慢もそれが限界だと思ったからだ。それなのに、またいちからだ。俺の我慢はとっくに限界を過ぎてる。記憶をなくしたままってのはムカツクけど、それならそれでいちから俺を見てくれればいい。だから、新しい契約をしてくれ」
「してくれって言われてもなぁ・・・・・・俺、前回の契約の内容も知らないし、そんな勝手なこと言われても、同意できねーに決まってんじゃん」
 真剣な成巳の表情に、陽は思わず目を逸らす。
 聞いてはいけないことなんじゃないだろうかと、頭のすみで警報がなる。でも聞きたくてしょうがなくて、顔を逸らしながら、耳だけは成巳の声を聞き漏らすことのないように澄ませている。
「前回の契約の内容は・・・・・・六ヶ月の間、俺が」
「ピピピピピピッ、ピピピピピピッ」
 成巳が決意したように契約内容を口にしようとした時に、どこからともなく携帯の呼び出し音が響いてきた。
 チッと小さく成巳が舌打ちする。
 まさかたった今、携帯を買いに行った成巳が携帯をもう一つもっているなどと夢にも思わない陽は、成巳の表情の変化に気づかなかった。
「ちょっとトイレに行ってくる。先に注文しといてくれ、陽」
「わかった」
 成巳の言葉を疑うことなく、すんなりと頷いて陽はウェイトレスを呼んだ。
 その隙に成巳はさっと鞄ごと奥にあるトイレへと駆け込む。
「はい?」
 黒木に奪わせた携帯電話は、過去自分がつきあってきた女たちが知っている番号なので、成巳は用心深く電話の向こうに声をかけた。もっとも、この半年もの間、陽との契約を忠実に守るべく、かかってくる電話をことごとく断りつづけていた成巳にまだしつこく電話をかけてくる相手は数えるほどの人数しか残っていなかったが。
『今どこにいるの、杉本?マンションの前なんだけど、すぐに戻ってきてくれない?』
 案の定、予想通りの声の主が電話の向こうで不機嫌そうに話し始めた。
「何の用だ?」
『何の用って何よ?失礼ね。もうこの間の約束忘れちゃったの?』
「・・・・・・今日は勘弁してくれ。忙しい」
『だめよ。約束でしょう?私が呼び出したら、どんなに忙しくても、たとえ授業中であったとしても、来てくれなくちゃだめよ。いい?今どこにいるの杉本?』
「S駅前にいる。マンションまでは三十分程かかるうえに、俺は今ちょっと用事で待たされている。すぐには無理だ」
『用事ってなに?』
「・・・・・・・薫には関係ないだろう?」
『あ、そう。じゃ、すぐ来て。私に関係ない用事で遅れるなんて許せないもの』
「携帯を買ったんだよ。手続きに三十分以上かかるんだよ。その間の時間つぶしに、飯食いに入ったばっかりだしな。あと二時間程待ってくれ。鍵はいつもの場所にあるから勝手に入ってくれてていいし」
『携帯ねぇ?何で、もうひとつ必要なの?あの子にだけ番号教えあげるつもり?で、こっちの携帯は処分しようってこと?甘いわよ、杉本。携帯と一緒に私を切り捨てられると思ったら大間違いよ』
 女というものは怖いものである。
 どうしてこう人を追い詰めるような知恵がずば抜けて鋭いのか。
 成巳は小さくため息をもらした。
「そんなつもりはない。約束は必ず守る」
『じゃ、いいわ。二時間だけ待ってあげる。二時間待ってあげるんだから、その新しい携帯の番号を教えてちょうだいね』
「それは駄目だ。もう約束したからな」
『あの子に?お前にしか番号を教えないとでも言ったの?いいじゃない。私がその子にしゃべらなきゃ分からないことだわ』
「信用できるか。今日みたいに、遠慮なしに電話をかけてくるつもりだろうが?」
『あ〜ら、よくお分かりで』
 キャッハッハッと電話の向こうで薫の高笑いが聞こえる。
「切るぞ、話しは後だ」
『待って!』
「何だ?まだ何かあるのか?二時間後にはちゃんと戻る」
『あの子、陽くんだっけ?連れてきてよ。そしたら夜まで待っていてあげるわ。初めてのデートなんじゃないの?食事だけで帰るつもりなんてないんでしょう?ゆっくりしてきたらいかが?』
「・・・・・・お前に陽を会わせるぐらいだったら、このまま帰る方が百倍ましだ、馬鹿」
『どうして?今手にいれとかないと逃げるわよ、子羊が』
「おもしろがってるな、薫?」
『当たり前じゃない。遊ばれた女としましては、うろたえる杉本成巳の姿を間近でみてみたいと思うに決まってるわ』
 薫の嫌味な言葉に成巳が苦々しく舌打ちする。
『どうするの?すぐ戻るの?それとも陽くんを手に入れてから一緒に戻ってくるの?』
「・・・・・・すぐに戻る!俺を怒らせたらどうなるか分かってるな!覚悟しとけよ、薫!」
 成巳は携帯の電源を切るや否や、トイレの床へと力任せに投げつけ、カシーンッと床に転がった携帯をさらに上から踏みつける。
 ガシガシッと何度か踏みつけて、少しは気が治まったのか、陽の所へ戻る頃には何とか普通の表情が保てるようにはなっていた。
 しかし、怒りがまだ冷めやらないその頭では冷静に判断なんてものはできようはずがない。
「陽、すまない。急用ができたから、先に帰る」
「・・・・・・何で?」
 いつになく不安そうな陽の表情に気づかずに、成巳は頭を深く下げ続ける。
「この埋め合わせは必ずするから、許せ」
「・・・・・・急用って何だよ?どこ行くんだよ?」
「ちょっとな・・・・・・取り合いが突然尋ねて来たらしいんだ。もうマンションまで来てるらしい」
「ふーん・・・・・・」
「愛してるからな、真っ直ぐ帰れよ?またな」
 内緒話をするように見せかけ、素早く陽の頬にキスを掠めるように落としながら、成巳は足早に出口へと急ぐ。
 不審げに自分を見ている陽の視線には気づかないまま、成巳は薫の待つマンションへと急いだ。

 成巳が出て行ってしまってから、陽は急いでトイレへと向かう。成巳の捨てた(正確には壊した)携帯を拾いに行くためだ。
 さっき、あんまりに遅い成巳が気になって、トイレを覗きに行くと、中から聞こえてきたのは成巳の怒りを押し殺したような低い声。
 誰かと言い争っているような声は、しかし成巳のものしか聞こえてはこなかった。
 持っていないはずの携帯電話で話しているのだと気がついたのは、しばらく会話に耳を澄ませてからだった。
 時々聞こえてくる自分の名前を注意深く聞いていると、自分と会っているのに、相手が来いと言っているらしいことだけは分かった。
 そして、それに対する成巳の返事は『行く』との答えだったことに、陽は自分でも想像できないほど、ショックを受けていた。
 携帯電話だって、新しい電話番号は自分にだけしか教えないだなんて愁傷なことを言ったくせに、もう一台実は持っていて、それは他の女用に使っているなんて、何てうそつきなんだっ!
 と、怒りがフツフツと湧いてくる。
 壊れかけた携帯を拾って、一応トイレットペーパーで綺麗に拭いてから、手を洗って座席へと戻ると、注文したオムライスが自分の分と成巳の分と二人分運ばれてきていた。
 伝票がないところをみると、あのマメ男の成巳が先に払って帰ったのだろう。
 女と会うくせに、嘘をついて帰っていった成巳の申し訳なさそうな表情が陽の脳裏に浮かぶ。
 そういえば、十股ぐらいできるほど女がいると黒木が言っていたのを陽はタイミングよく思い出す。
 ここ一週間ばかり、ずっと自分の側で、自分だけしか見ていない成巳に接していたものだから、そんなことすっかり忘れていた。
 好きだって言われた時だって、そうだったのか、なんて納得してしまうぐらいあっさりと成巳を自分の中へと受け入れていたことに気づく。
「ちっくしょー!いたいけな高校生を騙しやがって!」
 怒りに任せてガツガツと二人分のオムライスをほおばりながら、陽は成巳をぎゃふんといわせるために、女との密会場所に襲撃をかけてやろうと心に決めた。
 さっそく壊れかけた携帯を使って(しかも側を通りかかったウェイトレスに検索してもらって)成巳の家を知っていそうで無難な人物の名前を何とかピックアップしていく。
「はあ?何で?」
 意外にも、そこには黒木の名前が表示されてきた。




続く

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★コメント★
一週とんでの恋クレです。今週はCD完成祝いに空フル頑張るべきか悩んだんだけど、やっぱり恋クレに逃げてしまいました〜(^−^;)えへ。
でもCDのおかげで、枯れていた創作の泉がちょっと復活しそうです!
素晴らしいわ〜♪
恋クレもたぶん、あと二回か三回でおわると思いますので、それまでよろしくです。




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