恋にうつつのCrazy!
―ACT.3

「申し訳ございませんっ!」
 昨日の夜に頭痛で倒れた陽は丸一日眠りつづけている。
 成巳は部屋へと陽の様子を見に行ったあと、事情を聞くために黒木を寮の裏庭へと呼び出した。
 脅えながらついて行った黒木は、先手必勝とばかりに成巳に土下座をして謝っていた。
 そこにはめったに人が来ない場所で、黒木と成巳の密会の場所となっている。
 土下座をしている黒木の背中を、グリグリと成巳の靴が土足で遠慮なしに踏みつけている。
「謝ってすむんなら警察はいらないんだよ、黒木」
 ニッコリと笑って言う優しい声音と表情とは裏腹に、成巳の態度は怒りでいっぱいである。
「そんなこと言ってもだな、あれが杉本の携帯だって俺は知らなかったんだから、しょうがないし、出たのだって陽が勝手にやったことなんだし、俺に罪はないと思うぞっ!」
 さっきまで平謝りの姿勢を見せていた黒木だが、相手に効果がないと知るやいなや、ばっと足を払いのけて立ち上がり、成巳と目線を同じにする。
「何のためにお前が陽と同室だと思ってんだよ。俺が苦労して細工したからなんだぞ。俺に迷惑をかけるんだったら、この前紹介するって言ってた女の話はなかったことにするぞ?」
 ふふんと意地悪げに笑って成巳が言った。
「杉本大先生!それだけはご勘弁を〜!年上のお姉さまな彼女欲しぃ〜っす〜!」
 結構整った顔をしているくせに、その頼りなさからかナンパしてもすぐに振られてしまうらしい黒木は、この界隈の女子高生には有名な『いい人君』である。
 こうなったら甘えても頼りなくても笑って許してくれるお姉さまとつきあうしかないと、黒木は心に決めたばかりなのだ。
「よし、それならさっさと陽の手元から携帯電話を取り戻してこい。陽にはそれとなくフォローをいれておくのも忘れるな。さっさと取り返しておかないと、記憶のない陽があれを見たら誤解される。それはまずいんだ。いいな?」
「へいっ、ガッテンだ!」
 男子校の名での唯一のOL様へのツテである成巳の家来と成り下がった黒木は、目にもとまらぬ速さで寮部屋へと戻っていった。
 それを見送った成巳は満足げに一度頷くと、厄介な相手との約束のために、急いで寮を出て学校近くの喫茶店へと向かって行った。
 
私服に着替えた成巳はとても高校生にはみえないぐらい、大人びている。
普通にただTシャツとジーンズという何気ない格好なのに、その長身と整った顔のせいか、成巳が喫茶店の中に入ってきたとたんに周りに座っていた女の子たちが会話を止めて、成巳に見とれている。
 その中で優越感に浸りながら、まさにお似合いと言われそうな美人、薫が軽く片手をあげて成巳を自分の席へと呼ぶ。
「ごめん、待たせたか?」
 元来フェミニストである成巳は女性を待たせるということをめったにしない。
 よほどの事情があったのだろうと考えいる薫は、気にしないというふうに首を横に振ってみせた。
 成巳の遅れた理由が、昨日電話に出た幼馴染の陽の見舞いのせいだと知ったならば、きっと怒り狂っていたことだろうけれど。
「あいかわらずいい男ね、杉本。ずいぶん久しぶりじゃない?電話かけても全然出てきてくれないし、どうしてたの?今日はいったいなんの気まぐれ?」
「ちょっとこのところ遊びは控えてたからな。でも今日は別だ。昨日のフォローしとこうと思ったから」
 目の前の自分がつきあっている当人の前で、遊びといいきる成巳に薫は少々ムカツキながら、それでも何も言えずに苦笑いをもらしただけだった。
「昨日のフォローって、あなたの幼馴染の?」
「そう。薫ももう分かってるだろうとは思うけど、内緒にしといて欲しいんだけど?」
 にっこりと笑って、薫が必ず承知するというのをまるで確信するかのように、成巳が問い掛けてくる。
「どうして?」
「どうしても。昨日の奴ね、ちょっと今記憶喪失なんだよな。バレるとちょっと困る」
「・・・・・・そうよねぇ。ばれたらきっとつるし上げを食らうわね」
「物騒だな」
「私が素直にうんて言うと思う?」
「思わないから、今日の呼び出しに応じたんだ。条件はなんだ?」
「また私と付き合ってくれたら、だまっといてあげるわ、仲間には。その子にはもちろん何も行ったりしないし、どう?」
 薫の言葉に成巳は腕を組みながら、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
 ありがたい申し出だが、そう簡単にすむ女ではないのは付き合って三年の間に嫌というほど分かっているからだ。
「・・・・・・期間は?」
 用心深く、条件を再確認する。
「その子が記憶を取り戻すまででいいわ」
 思っていたよりも案外あっさりとしたように薫が言う。
「・・・・・・その間は?」
 それでもまだ疑っている成巳は、さらに条件を確認した。
「もちろん、あなたの好きなようにどうぞ、杉本。ただ、私が呼んだ時にはこうやって会って欲しいだけ。結構私っていい人でしょ?」
「いい人ね・・・・・いい人が人のこと脅すか、馬鹿」
 運ばれてきたアイスティーに口をつけながら、成巳が苦笑をもらした。
 過去自分のつきあってきた女たちは、かなりたちが悪かったけれど、薫はその中でも群を抜くほど性質が悪い。
 ただ、その性質の悪さもムカツクような悪さではない、彼女らしい頭の回転のよさからくるものなだけに成巳はズルズルと彼女とのつきあいを切れないでいた。
 簡単に言うと、自分のずるさとどこか似ている彼女のことをかなり気に入っていたせいもある。
 ついでに言うと飽き性の成巳が珍しく彼女と三年も続いていたおかげで、ヤキモチを焼いた陽と半年契約するまでにこぎつけられたわけで・・・・・・恩もある。
「OKなのね?」
 念を押すように薫が成巳にぐいっと顔を寄せてくる。
「OKだ。結構悪くない条件だ」
 ニヤッと笑った成巳に薫が素早く唇に契約完了のキスをした。
 軽く触れた瞬間、慌てて離れようとした成巳の頭を両手でガシッと掴んで、薫は周りに見せつけるようにキスを深くする。
 たっぷり一分の長いキス。
「ぷはーっ。ごちそうさま。やっぱり杉本とキスするのが一番いい感じね。手放すのは惜しすぎるってもんよね」
 満足そうに手の甲で唇をビールの泡でも拭うオヤジのうよに、擦ると薫がニッコリと悪びれることなく微笑んだ。
「呼び出しってこういうことも含むつもりなのか?」
 呆れたように成巳が薫を見る。
 こっくりと真面目に頷く彼女に、成巳は大仰にため息をもらした。
「それなら止めとけ。二度と会わないからな」
「いいじゃない、キスぐらいでケチケチしないでよ」
「ケチケチしないが、せっかく陽とキスしたのに台無しだ」
 本気で怒っているらしく、成巳が薫の方を一度も見ないまま伝票を持って席を立ち上がった。
「へぇ、もうそんな関係に発展してんだ?」
 薫が興味津々といったかんジで、後ろから成巳の肩にぶら下がってくる。
「全然、寝込み襲っただけだ」
 それを振り払いながら、成巳が平然と言った。
「襲う?杉本が?キャハッハッハッ!」
 振り払われて、仕方なく腕を組むことにした薫がおかしそうに成巳の腕につかまりながら遠慮なしに笑っている。
『お姉さんと遊んでみない?』
 と言う誘い文句で数々の年上の女性に襲われたことは過去にあっただろうが、成巳が襲うほど切羽詰まったという話は今までに聞いたことがない。
 成巳の機嫌がなんとなーく降下していっている気配を感じた薫はひとしきり笑って満足したのか、『またね』と言ってさっさと退散していった。
「切羽詰まってるガキで悪かったな」
 去っていく薫の背中に毒づきながら、自分でも情けなさが倍増したのか、成巳は軽く頭痛のし始めた頭をふると一人暮らししているマンションへと戻っていった。


続く

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★コメント★
ioちゃんとこの前相談しまして、この話の略名を決めてみました。
『恋クレ』にめでたく決定したわけですが、ioちゃんは今ひとつおきに召さなかったもよう(笑)
「じゃ、『恋うつ』は?」とい聞いたところ、さらにそれはうつ病みたいな感じで嫌だと却下されました(^−^;)
略名って難しい〜でもさ、かの有名な『ぼくの地球を守って』なんて『ぼくたま』ですからね、略名。
あれも最初はいいんか?と思ったけど、慣れるとどうってことないし(笑)分かればいいんじゃないか?と思うまぐでありました。


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