恋にうつつのCrazy!
―ACT.2

「あれ?今の杉本大先生?」
 入れ替わりのように、成巳が帰ったすぐ後に黒木が帰ってきた。
「そうだけど?何だよ?」
 ひゅうと冷やかすように黒木が口笛を吹く。
「お熱いねぇ。やっぱり何だかんだ言ってても、お前のことが心配なんだな、杉本は」
「ちげーよ。俺があいつに借りた携帯をどっかになくしたみたいだから、あいつこんなとこまで見張りにきたんだぜ。嫌味な奴だと思わないか?」
「えっ、携帯って・・・・・・昨日お前が持ってたやつか?」
「昨日のことなんか覚えてるわけないだろうが」
 プンと不機嫌そうにそっぽを向いた陽の言葉を気にとめる暇もなく、黒木が大きく目を見開いて固まってしまっていた。それから次の瞬間、頭を抱え込んで『ウォーッ!』と叫んだ。
「あれ杉本のだったんだ?うわーっ、じゃあ電源きらなきゃだめじゃんっ!」
 驚いている陽を残して、黒木はたったいま持って帰ってきたばっかりの何も入ってなさそうな薄っぺらい学生鞄に向かってダッシュした。
 ごそごそと中身を探って、まるでドラえもんがポケットから道具を出すみたいに『ジャジャーン』って感じに携帯を陽の方へと向けて見せた。
「おまっ、何でお前が持ってるんだよ!」
「いや、お前が忘れたみたいでさ、朝ベッドの下に転がってたからなかったら困るんじゃねーかなぁと思って、学校まで持っていったんだけどさ、今まですっかり忘れてたぜ。それより電源、電源っと・・・・・・」
 話の途中で思い出したのか、黒木は慌てて携帯を握り直すと電源のスイッチを押しかけた・・・・・・ところが、まるでそれを見越したかのようなタイミングでその携帯がけたたましくなり始めたのだ。
「しまったぁ〜!もう五時を過ぎてしまったんかぁ〜!!」
「何だよ?五時過ぎたらタイマーでもセットしてんのか?」
 不思議そうに問うてくる陽にパスとばかりに携帯を放り投げながら、黒木が脅えたように耳をふさぐ。
「違うよ、アホッ!五時っつったらあれだろうが、OL様たちの会社終了時間のアフターファイブってやつに決まってるだろうが!」
「OLがなんでこの携帯と関係あるんだよ?これ切っていいのか?」
 渡されたままの形で、手を宙に浮かせて陽が黒木の方に視線を合わせる。
 その間も携帯はけたたましく鳴り響いているのだ。
「勝手に切るとまずいってー!」
 電源を今にも押しそうになっている陽の手をガシッと掴んで黒木が止める。
「何で?さっきは切るって言ってたじゃないか?」
「さっきはさっき、今は今。鳴り出した携帯を止めることはできんのだ〜!なぜならそれは杉本にかかってきている電話だからだ!それを勝手に切ると、末代までOL様たちに祟られるって噂まであるぐらいヤバイんだぞ、それ。何でそんなもんお前が持ってるんだよ?!」
「知らねーよ。記憶なくす前の俺が約束したことなんだしさ。覚えてねーっつの。携帯は返せってことだからよ、成巳の奴まだそのへんにいるのか?」
 陽の言葉に黒木は窓際までダッシュする。
 二人の部屋からは寮の門がよく見えるのだ。
 案の定、成巳の姿は門をくぐり出ていったあとで、遥か遠くにポツリと均整のとれた長身がおもしろくなさそうに歩いていくのが見えた。
「杉本―っ!杉本大先生―っ!頼むーっ!戻ってきてくれーっ!」
 必死の黒木の願いも虚しく、成巳の姿はついに視界から消えてしまった。
「どうすんだよ、これ?」
 黒木の様子を不思議そうに見ていた陽が、首をかしげながら黒木に携帯を差し出してくる。
 黒木は両手を十字にしながら、それを近づかせないようにガードしている。
「俺に近づけるな、祟られるぅーっ!」
「何で携帯が祟るんだよ、馬鹿じゃねーの?」
 あまりの黒木の脅えように、陽が呆れたように斜めから見ている。
「杉本に言い寄る女のパワーはすげーんだよ。高校生にベタ惚れなのを隠そうともせずに、校門前に真っ赤な車乗り付けてくるは、平気で杉本のこと取り合って取っ組み合いのけんかするわと、そりゃあもうすげー気の強い女ばかりが集まってきてるんだよ。どういうわけか杉本はそんな女にばっかり好かれる運命にあるのだよ、陽くん。電話を一度切ろうものなら、怒って乗り込んできかねないし、果ては校内呼び出し攻撃。その原因が俺たちが携帯の電源切ったせいだって、杉本大先生にバレたりしたら、即刻死刑だな」
 黒木はアーメンと手で十字架を切ってから、首のところで横にシュッと手を滑らせた。
 ご丁寧にも舌をダラリと出しての迫真の演技つきでである。
 その間も携帯電話はずーっと鳴りつづけている。
 いいかげん鬱陶しくなった陽は、
「切らなきゃいいんだよな?」
 と黒木に念押ししてから、通話ボタンを押したのである。
「ウワァーッ!」
 その行動に側で真っ青になって悲鳴を上げている黒木を無視して、陽は電話の向こうに慎重に呼びかけた。
「・・・・・・もしもし?」
『誰?』
「杉本成巳の幼馴染らしい深沢陽というものですが、今成巳はいませんので、明日この電話を成巳に渡しますから、その時にでもかけ直してもらえませんか?」
『・・・・・・』
 陽にしては丁寧に対応したつもりだったのだが、電話の向こうは何が気に入らなかったのか、沈黙したまま返事が返ってくるようすがない。
「あのぅ?」
『幼馴染って?あんた男よね?』
「・・・・・・女の声に聞こえますか?」
『聞こえないわね』
「さっき言ったようにしてもらってもいいですか?今から俺、成巳に携帯返すまで電源切ってますんで。それで怒鳴りこまれたら、俺たちすごく迷惑なんで」
 はっきりきっぱりと陽が言う。
 隣りで聞き耳立てている黒木があわわわわと何度も手でバツ印を出している。
『そんなことしないわよ、失礼ね。それよりあんた杉本のこと『成巳』って呼んでるの?』
「さぁ・・・・・・?昨日まではそうだったらしいんですけど。今日はあいつに強制されてそう呼んでるだけで」
 何の関係があるんだと、内心いぶかしみながら、陽はそれでも若い、それも年上らしい女性と話せることに少々ウキウキしながら答えた。
『ふーん・・・・・・名前、名前もっかい教えてくんない?』
「深沢陽ですけど?」
『陽くんかぁ・・・・・・よーく覚えておくわ』
 電話の向こうで脅すように低く女が囁くと、電話はぷっつりと切れてしまった。
 黒木がおそるおそると様子を伺っている。
「何?」
 と、黒木。
「ん?切れた。なんかわかんねーけど、恨み買っちゃったみて〜?」
「な、何で?」
「知んねーよ、俺の方が聞きてーよ。俺の言い方おかしかったか?」
「うーん。怒りを買うには十分な発言はしてたけど、恨みまで買うとは・・・・・・怖ぇ・・・・・・今日から夜道には気をつけろよ、陽」
 同情の眼差しで、肩なんかぽんと叩いてきながら黒木が言った。
 まだ納得のいかない陽、ムカムカとしてきた気分のまま再び鳴り出した携帯音のうるささに、ブチッと思わず電源を切ってしまっていた。
「お、おい、陽!今、お前電話切ったぞ!」
「うるせーんだもん。しかも、表示がさっきの女とは違う女の名前だったんだぞ?二股じゃん。成巳の奴」
「・・・・・・そっかぁ。お前本当に記憶ないんだなぁ」
「何が?」
「何がって、杉本の女遊びのご乱行を知らないたん゛から、本物なんだな記憶喪失。結構重症じゃん」
「はぁ?」
「お前、いっつも杉本に違う女から電話がかかってくるたびに、毎日説教してたけど、毎日説教してもしたりないぐらい、次から次へと杉本に違う女が寄ってきてて、二股どころか十股ぐらいしてんじゃねーかってぐらい、女いるよ、あいつ」
「じゅ、十股!?」
 黒木の言葉に陽は大きな目をさらに大きく見開いた。
「そっ、もうとっかえひっかえで女わんさか。雷鳴高校の七不思議の一つって言われてるぐらいなんだぜ?男子高校なのに、何であんなに女が、それも年上ばっかが寄ってくるのかさ」
 十股・・・・・・年上の女・・・・・・携帯・・・・・・。
 何かが陽の脳裏に引っかかった。
 ズキンと頭が痛む。
「陽?」
 すぐ側で黒木の声が聞こえたけれど、陽はそれに答えることなく、床へと蹲って、そのまま意識を手放した。


「・・・・・・陽?」
 優しく呼ぶ声が、耳の側で響いてくる。
 前髪がそよそよとその声の主の指で弄ばれて、妙にくすぐったく感じるけれど、目はいっこうに開く気配すらみせない。
「・・・・・・陽?寝てるのか?」
 もう一度、今度は真上で声がした。
 微かに睫を震わせて、その声に答えるために目覚めようとした陽の唇に、そっとその声の主の唇が落ちてきた。
 やわらかい唇の感触。
 これってファーストキスじゃん?
 なんて考えながら、陽はぼんやりと目を開けた。
 けれど、そこには誰もいない。
「・・・・・・夢か?」
 ぼんやりとする頭をぶんぶんと振りながら、陽が自分の唇に指を添える。
 さっきとは違う自分の指の硬さが、よりリアルにさっきの夢の中の出来事をよみがえらせてしまう。
 とても夢とは思えないほどリアルに・・・・・・。


続く

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★コメント★
またまたズボラをこきました恋にうつつをお届けしております(^−^;)
これけっこう長い話なんだよね〜。あいまにまた空フルいれてお届けできたらいいなぁと思っておりますので許してね。

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