恋にうつつのCrazy!
―ACT.1

 静まり返った深夜。
「くふふ・・・・・・くふふふふふ」
 不気味に響いてくるのは、私立雷鳴高校の寮の一室である405号室からの押し殺したような笑い声。
「うるせーぞ、陽!」
 その夜、深沢陽(フカザワアキラ)は笑いの止まらぬ予想外に嬉しすぎる出来事に遭遇し、ルームメイトの罵詈雑言もどこ吹く風のまま、しっかりと胸に大事そうに携帯電話を抱え込んで眠りにつくまで迷惑にも笑いを洩らしつづけた。

 爽やかな朝である。
 昨日の余韻を引きずりながら、目覚めよろしく陽がパッチリと大きな茶色の目を開いた。
 長い睫を何度か瞬かせて、しっかりと抱えているはずの携帯電話をかざそうとしたのだけれども、その手の中に何もないことに気がつくなり、声にならな叫び声をあげながら、飛び起きた。
 結果・・・・・・二段ベッドの下の段に寝ていた陽は、哀れ強かに頭を二段ベッドの低い天井に打ち付けてしまい別の叫び声をあげることとなってしまった。
「ギャーッ!!」


「あ〜きら、陽、陽、俺誰か知ってる?」
「俺のことはもちろん分かるよなぁ?陽?」
「俺は俺?見覚えない?」
 陽の周りにからかうような色を浮かべたクラスメイトたちが、休み時間ごとに津波のように押し寄せてくる。
 陽はそれにいちいち対応するのも馬鹿らしくなってきていて、げんなりと机の上にうつ伏せになりながら、寝たふりをしていた。
 こうもおもしろがってクラスメイトたちが陽の側に寄ってくるのには理由がある。
 今朝方、二段ベッドに頭を強く打ち付けた陽は、口から泡を吹いて気絶した。
 ただそれだけならまだしも、心配したルームメイトの黒木順也が慌てて救急車を呼んだため、陽の気絶騒ぎは寮中の人間に知れ渡ることとなった。
 さらに心配(もとい面白がっているともいう)する寮生たちの元に届けられた陽の診断は、
『強度の打撲による記憶喪失』というものだったので、これを聞いたその場にいた全員が抱腹絶倒したのは言うまでもないことだった。
 校内でも有名なドジでちょっとおまぬけだけれど、元気と陽気がとりえの深沢陽。
 その陽の『二段ベッドで打撲記憶喪失事件』が校内中に瞬く間に広がってしまったとしても、それは仕様がないことだった。

「お前らいいかげんにしろよなっ!俺は今、真剣に悩んでんだぞっ!記憶がないんだぞ、記憶がっ!どこで生まれどうやって育ってきたのかなんてのも忘れちまったし、授業の内容にだってまったく覚えがなくてついていけんのだ、俺はっ!」
 とうとう耐え切れなくなった陽がバンッと机を両手で叩き、声を張り上げて立ち上がった。
 真剣に怒っているうよな陽の怒鳴り声に、一瞬クラス中が静まり返ったが、最後の恨みがましいセリフで、またもや爆笑の渦となる。
「くっくっくっ。安心しろよ、陽。授業内容がわからないのは記憶を失う前も後も同じだからさ」
 いかにも笑いを堪えてますというように、手のひらで口元を覆いながら黒木が言ったセリフで、またもや笑いの渦が巻く。
 完全に拗ねた陽は頬を膨らませたまま、迫力のない眼差しで辺りをネメツケた。
 そして気づいた。
 大爆笑の渦の教室の一ヶ所に、一人だけ陽の方を見ようともしない生徒がいるのだ。
 陽の視線に気づいた黒木が、その視線の先を振り返り納得したように一人頷く。
「記憶を失っても奴のことが気にかかるとは、さすがだてに腐れ縁の幼馴染じゃないな」
「幼馴染?誰と誰が?」
「お前とあそこに座ってる男前。杉本大先生とだよ」
「嘘だろ?」
「何で?」
「だってあいつ、朝から一度も俺に声かけにこなかったと思うぜ?見覚えねーもん。あんな男前一回でも間近で見てたら、忘れねーと思うけどなぁ」
 男前と称するには十分である怜悧な感じのする鼻筋の通った横顔がチラリと眼鏡越しに陽を振り返ったけれど、陽と目が合ったとたんに、それは怒ったようにそらされてしまった。
「・・・・・・めちゃくちゃ感じ悪いじゃねーかよ」
「怒ってるんじゃないの?」
「俺は怒られるようなことしてねーぞ」
「じゃなくって、陽が杉本のことを忘れているのが気に食わないんじゃないの?」
「はぁ?」
「杉本って、お前のことそりゃぁもう猫可愛がりしまくってるからさ、記憶喪失になってるお前が見事に杉本のこと忘れてんのがムカツいてるんじゃないの?」
 奇妙な言葉を聞いたかのように、陽がしきりに『わからん』と首を捻る。
 その間にも、黒木が回りのクラスメイトたちに同意を求めるように話し掛けては頷く様子が見られた。
 しかし陽にはどうにもふに落ちないのだ。
 そんなに仲の良い幼馴染ならば、心配してくれるのが当たり前というものではないだろうか?
 仲が良いのに忘れてしまったのは悪かったかもしれないけれど、こっちだって記憶がなくって心細い思いをしているのだ(そうは見えないかもしれないが・・・・・・・)。
「おい、杉本成巳とやら」
 陽は素早くクラスメイトたちを掻き分けて、成巳のもとへと近づいた。
 周りの野次馬たちが、目をキラキラとさせてコトの成り行きを見ているのはこのさい無視するとして、ズカズカと歩みより、ガシッとばかりに成巳の肩を鷲づかんだ。
 ガシッと掴まれた肩に置かれた陽の手を、冷ややかな目つきで一瞥くれながら、成巳がやっとのことで陽の方に体を向けて、二人は真正面から睨み合う。
「杉本成巳とやらじゃない。成巳と呼べ。そんなことも忘れたまんまなのか?お前のその小さい頭に脳みそは詰まってるのか?」
 不機嫌きわまりない表情で、成巳が吐き捨てる。
「な、何だよ!お前こそ常識ってもんがねーのかよ!かりにも幼馴染らしい俺が記憶喪失になったってんなら、心配して労わるのが筋ってもんじゃねーのかよ!?」
「記憶喪失?何を大袈裟な。たかだかベッドの天井に頭をぶつけたぐらいで。それにそんな衝撃で失うような記憶なんて、しょせんお前にとってはたいして必要な記憶じゃないってことじゃないのか?これ幸いにと忘れてしまいたかったんじゃないのか?」
 トゲトゲと成巳の言葉は陽の胸にいちいち、いちいちそれこそグサグサと突き刺さってくれるのだ。
 自分でも天井に頭をぶつけて記憶喪失だなんて、我ながらマヌケだなぁ・・・・・・と考えなかったわけでもない。
 様子を見に来た陽の両親も、陽の態度があまりにも変わりない普段通りのままなので、『心配なし』と判断してさっさと帰っていってしまったくらいだ。
 あえて目をつぶろうとしていた自分のマヌケ振りを、こうもはっきりと言ってくれなくてもいいではないかっ!
「ちっくしょー!何だよ、何だよ!杉本成巳とやらの大馬鹿野郎めーっ!」
 陽は負け犬の遠吠えのように地団駄踏んでわめき散らした。
「杉本成巳とやらじゃない。成巳と呼べ、馬鹿」
 小さく嘆息しながら、陽の短い黒髪をツンツンと引っ張って、成巳が先を促す。
「馬鹿馬鹿言うな!」
 その手を振り払いながら、陽がさらに地団駄を踏んだ。
「たった今言ったこともすっかり忘れてるなんて、馬鹿以外の何者でもないだろう?ほら、馬鹿陽、成巳って言ってみろ?」
 子どもに言い聞かすように、成巳はことさら優しく馬鹿にしたように声を出す。
「絶対言わねーっ!」
「簡単だろう?な、る、み、だ。成巳。言わないと後でひどいめにあうかもしれないぞ?」
 にっこりと笑って恐ろしいセリフを成巳が口に出すのを聞いて、陽より側にいた黒木が焦ってしまう。
「成巳、成巳ね。いい名前っすねぇ〜」
 同じ年のクラスメートであるはずの成巳に向かって、ご機嫌を伺うように黒木が横から口を挟んできたのだが、成巳はその言葉を聞いて、不愉快そうに眉をピクリと上げてみせた。
 瞬間、黒木の顔がざーっと青ざめていく。
「お前は呼ぶな、黒木」
 ツンドラのように冷たい言葉が成巳の口からもれ、黒木をそのまま氷点下の世界へと突き落とす。
 カッキ―ンと固まったまま動かない黒木の側で、切れた陽が子犬のようにブルブルと顔を横へと振って否定する。
「知らない人間をそんな風に呼べるかってんだよ、馬鹿野郎!」
 陽はそのまま目にもとまらないスピードで教室を飛び出して行ってしまった。
 成巳はその後ろ姿を見ながら、大きくため息をつく。
 成り行きを見守っていたクラスメイトたちには、どうやら見慣れている光景らしく、固まったままの黒木を除く皆が皆、陽が教室を飛び出した時点で山場は過ぎたとばかりに各自の席へと散らばっていった。
 いつもどおりの展開ならば、この後、ため息をつきながら成巳が陽の後を追いかけていくはずなのだから。
 案の定、お約束どおりに成巳はゆっくりと席を立ち、予鈴が鳴るのをものともせずに教室から出て行った。

 一歩日陰を出れば、太陽の光がギラギラと照りつき、夏特有のむっとするような暑さが体中にまとわりつく。
「暑いんじゃ、ボケーッ!」
 全力疾走してたどり着いた裏庭の一角で、陽は暑さもあいまって八つ当たりに側にあった壁を蹴飛ばした。
 ビシッと壁に亀裂が入ったことはこのさい無視するとして、陽は壁に背中を預けながら、ズルズルと下へと沈んでいく。
「ムカツク・・・・・・なんだよ、あの態度はよぉ。本当に俺の幼馴染なのかよ・・・・・」
 冷たい態度に冷たい目。
 本当に呆れたように自分を見てくる視線がひどく痛かった。
 胸の奥でイガイガとしたものが陽の気に障る。
「残念ながら、本物の幼馴染だよ、俺たちは」
 ガサリと足音のする方を見れば、さっきよりは少し緩い表情になった成巳が木陰の向こうから陽を覗き込んでいた。
「幼馴染なのに、何でそんなに冷てーんだよ?」
 非難を込めて見つめてくる陽の視線を受け止めながら、成巳が小さくため息をもらす。
「冷たくないだろうが?フレンドリーに名前で呼べと言っただけだろう。形からでも、幼馴染という感じに持っていってやろうとしただけだ。馬鹿だからそんなことも分からないのか?」
 ハッキリ、キッパリと成巳が容赦なく言う。
「お前があんまり馬鹿馬鹿言うから、信じられねーんじゃねーかよ・・・・・・本当に俺の幼馴染なら、優しくしやがれっ!」
 ヤケクソのように成巳から視線を逸らせた陽が横を向いたまま、吐き捨てる。
 さっきから続いている胸のチリチリとした痛みは、成巳を見れば見るほどひどくなっていくような気がしたからだ。
「お前が俺のことを忘れるからだろうが。腹が立つんだよ。これでもずいぶん我慢してやってるんだ」
「・・・・・・しょうがねーだろう。俺だって好きで忘れてるんじゃねーやい。俺だってちっとは不安なんだよ」
 言い訳するようにもごもごと口の中で小さく陽がつぶやいた。
「そんなふうには全然見えないぞ?」
「本当に幼馴染なら見えなくてもさっしろよな。お前は当たり前のように俺の名前を呼ぶけど、俺にはお前の名前が本当に『成巳』かどうかすら分からないんだぜ?どうよ?」
「・・・・・・」
 陽の言葉に成巳は端正な顔で考えこむようにしかめっ面を作ると、一人小さく頷いた。
「何だよ?」
 不安げに陽がまだ考えている様子の成巳に問いかける。
「分かったよ。優しくしてやるよ。本当の幼馴染として信用してもらうために、陽に協力してやるよ。お前の望むような理想の幼馴染像を演じてやるよ。お前は俺に何を求める?」
「求めるって・・・・・いきなり言われてもなぁ?」
 突然きっぱりと告げられた成巳の言葉に、陽は半ば戸惑いながら、それでも大きな目をくるくるとさせて考えている。
「何でもいいぞ。その代わりと言ってはなんだが、俺のことは必ず名前で呼べ。じゃないと、俺も幼馴染としてはやり
辛いものがあるからな」
 成巳の言葉に、今度は神妙に素直にこっくりと頷くと、陽は腕を組んでさらに考え始めた。
「うーんと・・・・・・そいじゃ、登下校を一緒にしてくれ」
 考えた末に、陽が口にした言葉はこれだった。
 呆れたように成巳が陽の顔を上から覗き込む。覗き込まなければ見えないぐらいには、二人の身長に差がついていることに陽は少々不機嫌になる。
「それだけでいいのか?お前の寮までたったの十分だぞ?」
「あとお前のことを含む、俺のまわりのことを細かく教えてくれ。寮のこととか今の俺にはさっぱりわかんね―よ」
「残念だが、俺はあいにくと寮生じゃないんでね、それは黒木に聞いてくれ。それ以外のことならお安い御用だ。幼稚園からの腐れ縁はダテじゃない。お前のことは俺が一番よく知ってるだろうと思う」
「幼馴染なのに、何でお前は寮じゃねーの?俺の家がこの近くにないってことは、お前の家もこの近くにないってことだよな?なのに何で?」
「志望校は偶然の一致で家から離れたこんな辺鄙な場所になっちまってるだけだ。俺は親がこの春から海外赴任したために、学校の近くにマンションを借りて一人暮らしをしてるんだ。お前は自立とやらを目指して寮に入ったらしいけどな」
 くっくっと笑いを堪えながら、成巳が質問に答える。
「他には?他にはお前が俺のことについて何か知ってることあるのか?」
 陽の質問にふと目を伏せた成巳はしばらく考えるようにして、じっと陽を見つめていたが、ふいに口を開いた。
「お前じゃなくて、成巳だ。名前できちんと呼べと言ったろう?今までの陽は俺のことをそう呼んでたんだからな。それとお前の記憶にはないだろうけど、俺とお前の間で約束ごとが交わされている。お前が覚えてないのに俺が覚えていては不都合だろうから、一応約束・・・・・・というか契約は一時延期させてもらってもいいか?」
 真面目くさった顔つきで、陽から了解を得ようと成巳が一歩近づいてくる。陽はなぜか成巳が一歩近づいてくるごとに、一歩後ろへと下がってしまった。
 ドンと陽の背中が校舎の壁にぶつかるまで追い詰められて、陽はきまずげに愛想笑いを頬に張り付かせて、とりあえず場を和まそうとした。
 勝手に約束を忘れてしまった陽のことを怒っているのか、成巳はじっと物言いたげな眼差しで陽を見ている。
「や・・・・・・約束って何だよ?」
「教えない。お前が自分で思い出すまで言わない。だから契約はそれまでお預けということになる、分かるか?」
「・・・・・・」
 陽は契約内容も分からず、成巳の迫力に負けて、ついつい頷いてしまった。それを見た成巳は陽の方へと手を差し伸べてくる。
「ん?」
 陽はその手の意味が分からずに、とりあえず成巳の手に自分の手を重ねてみた。
「馬鹿っ!握手じゃない!携帯だよ、携帯!俺の携帯をお前が持ってるはずなんだから、返せよ。あれは契約の担保としてお前に渡しただけなんだからな。その肝心のお前が意味も分からずに俺の携帯持ってたってなんの役にもたたないだろうが?とりあえず返してくれ。お前の記憶が戻ったら、ちゃんと最初の契約どおりにもう一度渡すから」
「・・・・・・携帯?えへ?」
 記憶にもなく、自分の近辺にもなさそうな成巳の言う携帯電話に、まったくと言っていいほど心当たりのない陽は、額に汗かきながら、気まずそうにニッコリと笑って見せた。
 とたん、成巳の機嫌が見る見ると急降下していく。
「えへ、じゃないだろうが?記憶をなくす前のお前は『大事にするし、肌身離さず持っておく』と俺に約束したから渡したんだぞ?記憶を無くしてまだ一日もたってないんだったら、どっかに持ってるはずだろうが、ええっ!?」
 叫びながら成巳がさらに間合いを詰めてくる。
「見当たらねーんだな、これが」
 陽はえへっと愛想笑いを浮かべたまま、小首を傾げて見せた。
「・・・・・・」
「あのぅ、成巳くん?もしもーし?固まってないで、あの何とか言ってくれませんか〜?」
「・・・・・・」
「お、怒ってんのかなぁ〜、もしかして〜?」
「・・・・・・・・・とっとと」
「とっとと?」
「とっとと探しに行ってこいっ!」
 笑いで誤魔化そうとしていた陽を一括するように、成巳は低い響く声でもって、迫力満点にどなり散らした。
 陽は一目散にうろ覚えの寮への道のりをダッシュしたのは言うまでもない。

「携帯・・・・・携帯・・・・・・と・・・・・・うわっー、見つからねーっ!」
 何とかたどり着いた寮の部屋を隅から隅まで、それこそルームメイトの黒木の机やベッドの下まで覗いて見たけれども、それらしきものがないのだ。
陽は記憶を無くす前の自分が『大事にするから』と成巳から預かったらしい携帯電話を無くしてしまったことにひどく罪悪感を覚えた。
陽は二段ベッドの下の自分のスペースにごろんと横になりながら、はふぅと大きくため息をもらす。
ひどく怒ったような成巳の表情が鮮明に思い出される。
成巳にとってはきっととても大事なものだったに違いない。
『大事にするから』と言ったその時の自分にとっても、それはとても大切にしなければならないものだったに違いない。それなのに、今の自分はその存在自体をきれいさっぱり忘れていて、成巳に言われるまで気にかけることすらしていなかった。
記憶を無くしているのだから当たり前だといえば当たり前のことなのだが、あの成巳の怒りと失望の色が見え隠れしていた表情を思い出す度に、胸がズキズキとするのだ。
「何でないんだよ、ちくしょー・・・・・・成巳の奴、俺のこと呆れたかなぁ・・・・・・そりゃ、俺が成巳でも怒るだろうけどなぁ・・・・・・」
 両手で目を覆いながら陽が一人つぶやいていると、かすかな音を立てて、部屋の扉が開いた。
 慌てて戻ってきて、そのまま部屋中を捜しつづけていたものだから、鍵をかけ忘れていたようだ。
開いた扉の側には成巳が腕をくんだまま、じっと陽を見つめて立っている。
薄目を開いてその音の主を確認しようとした陽と、成巳の視線がバッチリとかちあった。
「どうした?」
 陽が起きていると分かったとたん、成巳はズカズカと部屋の中まで入ってきた。
 そのままベッドの端に窮屈そうに体を押し込めながら座ると、陽の額へと手のひらを伸ばしてくる。
「何?」
 ビクッと陽がその手のひらを避けるように成巳から視線をそらす。
「いや、熱でもあるのかと思って。勢いよく走っていったのはいいけど、いつまで経っても帰ってこないから、しんどくて倒れてるのかと思った・・・・・・大丈夫か?」
「探し疲れてちょっと休憩してただけだ。すぐ探すっ!」
 バッと勢いよく起き上がった陽は、またもやベッドの天井に頭をぶつけそうになって、思わず目をつぶってその瞬間を覚悟した。
 しかし、痛みはいつまで経っても訪れてはこなかった。
 代わりに柔らかい何かが頭の上にズッシリと乗っている。
 おそるおそる目を開いて、上目使いに頭上を見ると、端正な成巳の顔がさっきよりもずっと近くで陽のことを見ていた。頭をぶつけそうになった瞬間に、成巳が陽の頭ごと自分の胸の中へと引き寄せたのだということに、たっぷり五分は二人で見つめ合った後に陽は気がついて、すばやく体を成巳から引き剥がす。
「暑苦しいんだよ、離せよっ!」
「・・・・・・お前が頭をぶつけて本当の馬鹿になるのを助けてやったのに、礼もなしか?」
 クスクスと笑いをもらしながら、成巳が陽の頭の無事を確かめるように数回撫でてからゆっくりと離した。
 その手の感触を懐かしく思うなんて、変なのだろうか?
 陽は成巳の手が自分から離れていくのを寂しく感じながら、いつまでも自分の視線がその手を追っていることに気がついて、無理やり視線を逸らした。
 今度は慎重にベッドから降りると仁王立ちして、座っている成巳を見下ろした。
 身長170cmの陽が、身長185cmの成巳を見下ろせるのは彼が座っている時だけのようで、目線が上になったことに、少し優越感を感じながら、陽が片手を腰にあてたままピシッと成巳を指差す。
「お前が助けなきゃ、俺はもっかい頭を打って記憶を戻してたかもしんねーんだぞ!」
 威張ったように言い放たれた陽のセリフに、成巳は真面目な表情で答えた。
「お前が俺の目の前で怪我をするのは我慢がならない」
「ど、どういう意味だよ?」
「どうって?そのままの意味しかないよ。じゃ、どうぞお好きに。俺は退散するよ。携帯見つけたらまた連絡してくれ」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 あっさりと肩を竦めて出て行こうとした成巳を、陽が慌てて呼び止める。
「何だ?まだ何かあるのか?」
 無意識に呼び止めただけの陽は、『何だ?』と問われても答えられるわけがなく、呼び止めた理由を考えて、苦し紛れに先ほどの約束を口にした。
「さっき何でも協力してくれるって言ったじゃねーか。何で帰るんだよ?」
「寮内は部外者はあまり立ち入ったら駄目なんだよ。寮のことは黒木にでも聞けと言っただろう。俺の管轄外だからな。ま、登下校は約束どおりつきあってやるから、明日朝に寮の前で八時に待ってるぞ。じゃ、また明日な」
 ポンポンと子どもにするように陽の頭を数回叩くと、成巳はさっさと部屋を出て行こうとする。
 成巳が出て行く間際に、ポソリとつぶやいた。
「二人っきりでなんか部屋にいられるか、馬鹿」
 と言うつぶやきは陽の耳には届かず、陽は呆然とその後ろ姿を見送ってしまったのだ。


続く

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★コメント★
お馬鹿な主役陽ちゃんですが、宜しくお願いいたします(笑)
馬鹿な子ほど可愛いと申しますし(^−^;)
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