花の窟


三日目
『人間、長く生きているとおもしろいことに出会うというのは本当らしい。俺は今初めて自分の意志を持って生きているのかもしれない。あの女ほど強い執着や、強い意志などはまだ理解できはしないが、それでもあの女をずっと見つづけていれば分かるようになるのかもしれない・・・・・・』

 嘉吉が岩室に着いた頃には、朝露を神酒がわりに酒盛りが始まっていた。
「遅かったのう」
 嘉吉の顔を見てニヤリと笑った山神が、楽しそうに嘉吉を手招きする。
 こんな早朝から始まった酒盛りの意味が分からず、怪訝に思いながら嘉吉は山神のとなりに腰をおろした。
 とたん、ぐいっと山神に杯を押し付けられる。
「俺はまだ一人前ではないので、酒は遠慮させていただきたい」
「ぬしはもう一人前ぞ。遠慮することはない」
「いや・・・・・・領主として伴侶を持たぬ身は半人前です」
「何を言う?ぬしは昨日揚羽に会ったのであろう?」
 山神が穏やかな笑顔で嘉吉に尋ねたが、それに答えようと山神に視線を合わせた嘉吉は、その目の冷たい光に一瞬身動きができなくなった。
(怒っている?いや・・・・・・違う。山神のこの目は何だ?)
「・・・・・・確かに揚羽殿にはお会いしたし、葛葉殿を条件付でいただく話も聞いたが、葛葉殿本人からではない。俺には心を変えるなどという難しいことはできぬが、本人の意思でないものの言葉を、丸ごと信じるほど愚かでもない。あなたはいかがお思いですか、山神殿?」
 山神の目に負けぬように、座を正して嘉吉が反対に問う。
 山神はぐいっと手の中の杯をあおると、葛葉を側に招き寄せた。それが揚羽であることに嘉吉が気が付いたのは、やはりその目を真正面から見据えた時だった。
「これの意思は葛葉の意思じゃ。ぬしが動かさねばならなかったのは、ここにいるこの揚羽の意思じゃ。揚羽が承諾したのならば、ぬしは葛葉を手中に収めたも同じ・・・・・・あれは我を通す女ではない」
 最後の部分だけを小さく、まるで自分自身に言い聞かせるように山神がつぶやくのを聞きながら、嘉吉は凛とした葛葉自身の目を思い出し納得いかぬように首を傾げた。
「子を成せと・・・・・・それが条件であると揚羽殿は言われたが、俺に何も知らぬ葛葉殿と契れといわれるのか?」
 嘉吉は自分の口をついて出てくる言葉が、ひどく下世話で人間くさく思えて嫌だった。
 本当は葛葉の意思などどうでもいいはずなのだ。なのに、まるで葛葉のことを心配している普通の人間のふりをしているかのようだ。
(俺にとっては都合がいいはずなのに、何を躊躇うというのだ?)
「あなたと契るのは私なのだから、かまわないわ」
 山神の側に寄り添いながら、フフフと綺麗に揚羽が笑う。
「揚羽殿は、俺に嫁ぐのが嫌であの話を持ち出したのだろう?なのに、その嫌な俺と子を成せるのか?」
「あなたが嫌なのではなくて、山神が好きなだけ。それに、自分の体を手に入れるためなら、意に添わないことでもやるわよ私は。あなたはそんなの納得いかないのかしら?」
 頼りなげな細い体なのに、その意志の強い光を持つ目のせいか、嘉吉と対等に位置しているかのように思えた。
「あなたがたがそれでかまわぬのなら、俺に異議はない。では俺はどうすれば良いのだろう?」
 本当は不快な塊が喉の奥につかえていたが、嘉吉はそれを無理やりゆっくりと飲み込んだ。
 嘉吉には自分の気持ちがわからない。
 今までそんなことは考える必要などなかったのだから、初めて触れる自分の心から、嘉吉は静かに目を逸らした。
「満月の夜に、そうね、明後日の夜にここにきてちょうだい。それから五日間、婚礼の儀に入るからここにずっといてもらうことになるわ。だから明日は来なくていいわ。ゆっくり恋人とでも語り合うことね」
「・・・・・・承知した」
 そんな相手はいないと口に出そうとした嘉吉は、あまりに子どもっぽいその言葉が馬鹿馬鹿しくなり、声にはしなかった。
 かわりにそんな気持ちを誤魔化すように、ゆっくりと頷いたのだった。


『体が震える・・・・・・葛葉が頭の奥で何か叫んでいる。あと六日、あと六日はあなたをそこから出しはしないわ。あぁ嫌になる。あなたは私と正反対。私は山神のことにだけ強くなれる。あなたは山神のことにだけ弱くなる。だから怖くても当たり前だわ。そんなに叫んで私を責めないで。私はこの恐れの代償にあなたから山神を奪っていくのだから・・・・・・そして山神からあなたを・・・・・・』



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★ コメント★
ひろかわちゃん、これは憑依ものじゃなくて二重人格モノなのよ(笑)
憑依ものでもおもしろそうだよね〜。今度それいってみようか〜(^−^)♪


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