【空から降る雪vol.9


嘉人と万里との婚約発表パーティーは慌ただしい中、嘉人のあいさつで締めくくられた。
「本日は真にお忙しい中私ごとのため、足を運んでいただいたこと深く感謝いたします」
 壇上でマイクを持って緊張するでもなく普通に話す嘉人を見て、いつも自分がみる嘉人とは違う顔を雪哉は見ていることに気が付いた。
 これが外の世界の嘉人なのだ。
 このパーティー会場で人の視線にさらされただけで怯えている自分とはまったく違う人間。
 あんなに近くに感じた存在が、本当はどんなに遠い存在だったのかを今日一日で思い知らされた気がした。
 嘉人にとって、自分など、赤子の相手をしているようなものなのだろう。
 西村の言った最初の試練というのはどうやらからかい文句ではなさそうだぞと、雪哉は小さくため息をついた。
 本当に・・・・・・嘉人が雪哉のことを今までと同じように世間のから守っていくつもりなら、外の世界へは出してはもらえないだろう。
 これは気を引き締めていかなければならない。
「笹川が怖い?説得できる自信がない?」
 ずっと壇上の嘉人を睨んでいた雪哉の様子を眺めていた西村が、まるで雪哉の心の内を見透かすように絶妙なタイミングで尋ねてくる。
「・・・・・・あんたのそういう何でも分かってますみたいな態度がムカツク」
 それに対してポツリと雪哉が文句をもらす。
 西村はおもしろそうに目を見開いて雪哉を見つめたあと、プッと小さく噴出した。
「そんなこと面と向かって言われたのって初めてだなぁ。ムカツかれてもこれが俺だからねぇ、治しようがないなぁ。雪哉くんが慣れてくれるしかないんだけどね。でも俺は君のこと気に入ったよ。かなり好きかな?うん」
 自分で自分の言う言葉に納得したように西村が隣でうんうん頷いている。
「・・・・・・万里さんとあんたって全然似てねー。本当に兄妹?」
「残念ながら血は繋がってるねぇ。顔も似てないかい?小さい頃は双子みたいにそっくりだって言われたんだけどなぁ」
 おかしいなぁ〜なんて言いながら、西村は自分の顔を何度も撫でさすっている。
 そんな様子を隣で見ていた雪哉は、西村の言葉に興味を引かれて眼鏡の奥に隠れている顔立ちを下から見上げてみた。
 確かに、綺麗な顔立ちをしている。
 万里のようなキツイ棘のような印象がないせいか、それとも眼鏡のせいか、その美貌が前面に押し出されることがないせいか、ソフトに近づきやすい感じのする綺麗さだ。
 あんまりじっと見ていたせいで、眼鏡の奥の切れ長の二重とばっちり目が合ってしまう。
「何?見惚れた?」
「違うよっ!確かに似てるなって思っただけ!あんた本当にムカツク性格してんな」
「ムカツク俺と月曜から同じ職場の上司と部下か・・・・・・逆らえるのも今のうちだけだから今は好きに言ってもいいよ。ただし、月曜からはきっちりケジメつけて俺に従ってもらうからね」
 どんなに雪哉にボロカスに言われようとも、西村は楽しそうにしている。
 今も言葉は物騒な物言いになっているけれども、目は優しく雪哉のことをみている。
 雪哉にとってはその視線は居心地のいいものだった。
 ムカツクと口では言いながらも、こんなに初対面の人間に打ち解けてしゃべっている自分が信じられないぐらいである。
 それは西村の持っている柔らかな雰囲気のせいだろうか。
 この七年、大学の友達以外にこんなに軽口を叩ける相手とはめぐり合わなかった。
 自然と雪哉の笑顔が本物になってくる。
 昔の、もう今では見なくなってしまった子どものような開けっぴろげな笑顔に。
 くるくると表情が変わり、時折楽しげに大口を開けて笑う雪哉と西村の様子を壇上から嘉人が静かに見ていた。
 いつの頃からか大口をあけて笑わなくなった雪哉。
 悲しそうにいつも小さく微笑むだけになった。
 それは何かを諦めていた雪乃の様子によく似ていて、嘉人を度々不安に陥れた。
 雪哉との間に嘉人はいつも壁を感じていた。
 雪哉を守るためとはいえ、あんな取引を言い出した男に雪哉が心を開いてくれるはずはないと半ば諦めていたこととはいえ、今日あったばかりのはずの西村に雪哉が心を開いているような砕けた様子に、嘉人の心中は穏やかではいられなくなる。
自分が久しく見たことのない表情で雪哉が笑っている。
やむを得ずに預けた相手とはいえ、それが自分の親友であるとはいえ、嘉人はイライラとしてくる気持ちを抑えることができなかった。
自分のあいさつで無事締めくくられ、婚約披露パーティーが終わった後すぐに嘉人は雪哉の元へと急いだ。
引き止める万里にもおざなりな挨拶を済ますと、帰っていく客たちに儀礼的に挨拶をしながら、会場中をぐるりと見渡して雪哉の姿を探す。
ようやく視界にとらえた時に、まだその側に西村が立っているのを見てとると、嘉人の神経は焼ききれるように悲鳴をあげた。
「雪!」
 決して二人きりの時以外には呼ぶことのなかった雪哉への愛しさを込めた呼び方で、無意識のうちに嘉人は叫んでいた。
 驚いたように雪哉が振り返って嘉人のことをびっくりしたように見る。
 隣の西村はおもしろそうに必死で走ってくる嘉人を見ていた。
「嘉人?何そんなには慌ててんだよ?」
「こっちに来い、雪哉!」
 怒ったように雪哉の方へと手を伸ばして、返事も待たずに強引に嘉人が雪哉を引き寄せる。
 バランスを崩した雪哉が自分の腕の中に転がり込んでくるのを当然のようにその胸で受け止めてから、嘉人は挑戦的に西村のことを睨んだ。
「・・・・・・怖い顔だな、怒っているのか笹川?何か勘違いしているんじゃないか?俺は別にお前の大事な雪哉くんを傷つけたりしなかったぞ?」
「当たり前だ。だからお前に預けたんだ。世話になったな、西村。礼を言う。一日雪哉の相手をさせていては申し訳なかったと思って急いできただけだ。別に怒ってなどいないさ」
 西村が雪哉を傷つけたりなどするはずはないことは百も承知だった。
 信用できる男だからこそ雪哉をこの敵だらけの会場の中で預けた。
 西村ならばうまく雪哉を隠し守ってくれるだろうと。
 けれど、雪哉がこんなに西村に懐くなんてことは考えもしなかった。
 嘉人の側にいることを契約してから、雪哉が誰かと親しそうにしている姿など見たこともなかったからだ。
 そう自分がさせてきたくせに、それを嘉人は雪哉の意思だと今まで勘違いしていたことを思い知る。
 雪哉が自分から頑張って世界の外へ出ようとしているのに、嘉人はこの手をきっと離せない自分が存在することに気づいた。
「嘉人?なんか怖いぞ、その顔?疲れたんじゃねーの?」
 心配そうな雪哉の瞳が下から見上げてくる。
 嘉人はいつも見るその雪哉の自分だけに見せる瞳にホッと息を吐き心を落ち着かせるように何度がつばを飲み込んだ。
「・・・・・・ああ、そうだな。今日は一日挨拶のし通しで座る間もなかったしな、疲れたのかもな」
 務めて優しい声音が出るように、西村に見せつけるように雪哉の黒くなった髪をゆっくりと撫でながら笑って見せる。
「万里は?もう帰ったのか?」
 そんな二人の様子をさほど気にしたふうもなく、西村が問うてきた。
 その質問をきいて、嘉人は自分が万里にたいして失態を犯したことに今更ながらに気づいた。
 引き止める万里を適当にあしらって、雪哉を探しに来てしまった。
 自分を前にしてあんな宣言をしてみせた万里が素直に帰るとは思えない。
 雪哉を探して会場を駆け回る自分をきっとどこかで見ていたことだろう。
 内心まずいと思わないでもなかったけれど、あの瞬間は理性で感情を抑えることができなかったのだ。
「ああ、先に帰したよ。彼女も今日はずっと挨拶のし通しで疲れているはずだしな。宜しく言っといてくれ」
 嘉人は気を取り直すように、西村へと向き直り何でもなかったかのようにそう言い切った。
 聡い西村はその嘉人の言葉を瞬時に理解した。
 万里もこの兄には頭が上がらないと聞いている。
 西村がうまく万里の気持ちをなだめてくれるはずだ。
 嘉人が万里を帰したのは、万里のことを気遣ってのことだと。
 西村は万里へのフォローの言葉をしっかりと受け取ったという感じに、黙って頷く。
「・・・・・・ま、貸しは大きい方がいいしな。万里のことは任せとけ。その代わり、お前、俺のことを怒るなよ」
「怒る?貸しってのは分かるが、怒るってのは何のことだ?お前何かしたのか?雪哉?何かされたのか?」
 西村の言葉に鋭く嘉人の目が光るのを西村小さく首を竦めて否定した。
 雪哉もぶんぶんと首を横に振って懸命に否定する。
 が、二人は互いに小さく目配せをした。
 嘉人はそれを見咎め、どういうことかと聞き出そうと口を開きかけた瞬間、西村が素早く手を振る。
「そのうち分かるさ。それじゃ、俺はそろそろ帰るとしますか。雪哉くん、またね。笹川、またな」
 西村はニヤッと笑って、嘉人には分からない謎かけのような言葉を残して引き際軽く去って行った。
 残された雪哉は嘉人の不機嫌な様子に、なんてことをしてくれたんだとぼやきたくなってきた。
 嘉人の機嫌がいい時に切り出そうと思っていた話なのに、このままでは帰りの車の中ですぐにでも問いただされそうな雰囲気である。
 けれど、そんなきっかけでもなければ、なかなか言い出せそうもなかったのは事実で・・・・・・。
 それを理解したうえで、あんな謎かけのような言葉をわざと残して帰っていってくれたのかもしれないと、雪哉は「またね」といった西村の笑顔を思い浮かべた。

「雪哉?どういうことだ?西村は何を言っていた?」
 案の定、帰りの車の中で、雪哉はさっそく嘉人に質問を受けていた。
 用意周到な嘉人は、智子たちを先に別の車で自宅へと帰してしまっていて、車内には防音ガラスの向こうにいる運転手を除いて二人きりである。
「・・・・・・嘉人が俺の頼みを聞いてくれるって約束するなら話す」
「頼みを聞きもしないで、オーケーを出せるはずがないだろうが?馬鹿なことを言うな」
「じゃ、嘉人の許可はいらない」
「契約を忘れたのか!?雪の行動すべてには俺の許可がいるはずだ」
「・・・・・・新しい嫁さんがくるんだから、契約はもう無効なはずだ」
「またその話か・・・・・・お前との契約を破棄するぐらいな再婚はしないと言ったはずだ」
「でも嘉人はするじゃん。もう新しい嫁さんも決まったことだし?」
「どんなことになっても、お前との契約は反故にはしないと言ったはずだ。今更なぜそんな話を蒸し返す?万里さんが今日お前にとった態度が気に入らないのか?それでそんな我儘を言うのか?」
「違うよ。俺は契約に縛られたくない。俺は俺の意思で嘉人の側にいたいんだって今朝言っただろう?」
「・・・・・・今朝お前が言ったことの意味を俺は半分も理解できていない。あれはどういう意味なんだ?」
 嘉人はようやく今朝から自分が聞きたかったことを雪哉に問うことができた。
 逃げることは許さないという意思を込めて、じっと視線で雪哉を押さえつける。
「そのままの意味だよ。俺は嘉人のことが好きだから、だから自分の意志で側にいたい。契約とか新しい嫁さんとか、そんなものにいちいちびくびくしなくてもいいように、側にいれるだけの資格を手に入れたいんだ」
 雪哉は覚悟を決めたように、大きく息を吸い込んで、一言一言に思いを込める。
 嘉人にこの気持ちがきちんと伝わるようにと。
 男同士で好きだなんて気持ち悪がられてもしょうがないかもしれない。けれど、思いが通じなくても、気持ち悪がられたとしても、せめて自分のこの真剣な気持ちをほんのかけらでもいいから分かって欲しかった。
「俺のことが好きっていうのはどういう意味の好きなんだ?」
 嘉人はさらに雪哉を追い詰めるように、はっきりと言わせようとした。
「・・・・・・俺の好きは、万里さんに嫉妬しちまう好きだよ。本当はめちゃくちゃ嫌だった!今日のパーティーも、今日の嘉人も!皆ムカツイてしょうがなかったよ!」
 破棄すてるように叫んだ雪哉を、嘉人は信じられない思いで腕の中に無意識に抱きしめていた。
「ムカツイてたのは俺の方だ・・・・・・西村に俺には見せたことのないような顔をしてお前がしゃべっているのを壇上から見た時は、吐き気がしそうなぐらいムカツイた・・・・二度と雪と西村を会わせたくないと思うぐらい、ムカツイてたよ」
 嘉人の呆然としたままの告白に、今度は雪哉が呆然とする番だった。
 嘉人の言っていることはいったいどういう意味なのだろうか?
 それは嘉人が西村に嫉妬したということだろうか?
 嫉妬するって言うことは、嘉人は自分のことを・・・・・・?
「それって、それって、俺と同じ意味で俺のことが好きってこと?」
 雪哉は嘉人の抱きしめてくる腕の中から、なんとか顔だけをあげると震える声で答えを求めた。
「・・・・・・そうらしい」
 嘉人は答えとともに、見上げてくる雪哉に口付けた。

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★ コメント★
手が早―なー嘉人(^−^;)
告白しあったらすぐに手を出すなよなぁ〜これだから切羽つまった人は・・・・(笑)
雪哉がどんどん手を出されないように気をつけます(爆)
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