【空から降る雪vol.8


「おっ、真打登場のようだな」
 西村がそらした視線の先には、艶やかに着飾った女性が嘉人の前に立って二言三言言葉を交わしつつ、仲良さげに談笑している姿があった。
 絶世の美女という言葉を知ってはいたが、それに当てはまるような人など、およそ人生の中で会える回数は限られてくるだろうと思われる中で、まさしくそこにはその言葉にぴったり美女がスラリと立っている。
 背がかなり高く、嘉人よりかほんの心持ち低い位置に小さな顔がある。
 9頭身のスタイルのよさが前面にでるようなスレンダーな紅いドレスで、すそが彼女の足をより長くみせるために、広がって足元に波打っていた。
 写真の印象とはだいぶ違う。
 写真の万里は大和撫子といった感じの女だったが、実物の万里は自分の美しさを自覚し、なおかつその見せ方をよく知っている自信に溢れた女だった。
 嘉人へと笑いかける顔が、少しも卑屈なものを感じさせない。
 嘉人と自分は対等に位置しているのだと周りにアピールしているかのように見えた。
 雪哉の胸の内がムカムカとしてくる。
 あの女は嫌いだと直感が言っていた。
「険しい顔だね?万里がおきに召さなかったのかな?」
 クスっと小さく笑いながら西村が雪哉の様子を伺いつつ、おもしろそうに尋ねてくる。
「・・・・・・別に。どうでもいいよ。仮に気に入らなかったのだとしても、嘉人の新しい嫁さんに俺が文句つけれるはずないでしょ」
「どうして?君にはその権利はたっぷりとあると思うけどね。いなくなった雪乃さんの代わりにずっと笹川の側にいたのは君だ。嫌なら嫌だと言えばいいんじゃないか?」
「いなくなった嫁の弟がどうこう言えるわけないじゃん。さっきから何なわけ?俺に喧嘩売ってるのかあんた?」
「君に興味があるだけだよ。笹川からこの七年間、君のことを聞かされない日はなかったからね。会わせてくれと言ったけれど、あっさりといつも断られてばかりいたから、今は念願がかなって嬉しくてしかたないんだ。多少の行き過ぎた質問は許してくれないかい?」
「・・・・・・なんで俺になんか興味があるんだよ?興味があるから俺を雇ってくれるわけ?」
「そうだよ?俺は自分の好奇心には忠実でね。あの笹川が大事にしている手中の珠を見たくて見たくてしかたなかった。隠されれば隠されるほど、人間てやつは見たくなるもんなんだよ。あいつはそれを分かってないみたいだな。だから俺をはじめとして皆今日はじめて見る君に興味津々だ。七年間隠され続けた愛義弟がどんな人物なのか見ようとやっきになっている。また笹川が君を大事にする様を隠そうともしないから、いらぬ敵を作ってしまうというわけさ・・・・・・ほら、最たる敵がやってくるよ、君目掛けて。気をつけて。万里は兄の俺が言うのもなんだけど、怖い女だと思うよ?そして嘉人のことを独占したがっている。それにはきっと君は邪魔だと思うからね」
 世間話でもするかのように、西村はニッコリと笑いながらそんなことを言った。
 それから視線をまた向こうの嘉人と万里の方に戻すと、「ほらね」と言いながらおもしろそうに肩をすくめてみせた。
「・・・・・・ほらねって何が?」
 雪哉が問い返し返事をもらう間もなく、気がつくと嘉人と万里がいつのまにか人ごみを掻き分けて二人の側まで近づいてきていた。
 当然のように万里の白く細い手が、嘉人の腕にからまっているのが雪哉の視界に飛び込んでくる。
 言いようのない苛立ちに、雪哉は思わず目を逸らしていた。
 嘉人が雪哉の顔を見て、誰にもわからないぐらい小さくホッと安堵の息を吐く。
 気づいたのは、たぶん側にいた三人だけ。
 けれど一番知られてはならない人間が側にいたことに、嘉人は気づいてはいなかった。
 万里の雪哉に向ける視線が険しくなるのを感じた西村が小さく嘆息する。
「ずいぶんな重役出勤だな、万里」
 場を和ませるつもりで、万里をからかうように西村が言った。
「お兄様こそ、今日はこちらには来られないと聞いていましたのに、なぜいらっしゃるの?それもそんな珍しい方の側に・・・・・・初めまして、でよろしいのかしら雪哉さん?お噂は嫌というほど聞いておりましたわ。ほんと、あの方にそっくりですこと。嘉人さんがお側から離されないのも無理はないですわね」
 瞳の中の険しさを隠そうともせずに綺麗に笑って万里が言う。
 あからさまな嫌味に雪哉は何も言い返さず、じっと万里を睨んだ。
「雪哉、こちらは西村万里さんだ。きちんとごあいさつしろ」
 嘉人はさりげなく組まれた万里の手をそっと外すと、雪哉の方へと歩み寄り万里のきつい視線から守るように肩を抱き寄せた。
 ピクリと万里の眉ねが不満げに上げられた。
 それには気づかないふりをして、嘉人は雪哉の頭を押して万里に向かって下げさせる。
 そのまま雪哉の頭をくしゃりとなぜてから、嘉人は軽く二三度ポンポンと安心させるように雪哉の頭を叩いた。
 雪哉のムカムカとしていた胸の内が、一瞬だけ暖かくなった。
 その様子を見ていた西村は側で苦笑する。
「初めまして、雪哉です。この度はご婚約おめでとうございます。あなたが一日も早く笹川家に来られることを心待ちにしております」
 雪哉は智子に教えられたとおりのセリフを頭の中で必死に反復しながら、棒読みのセリフのままあいさつを済ませた。
「・・・・・・私が笹川に嫁ぐ日に、あなたは笹川で待っていらっしゃるということかしら?」
「・・・・・・?」
 万里の言う言葉の意味が分からずに、きょとんとする雪哉に代わって、西村と嘉人が瞳を険しくする。
「万里、よさないか」
「万里さん!?」
 同時に二人の静止の言葉が響いたけれど、万里はさほどきにするふうもなく話を続ける。
「前妻の弟が、いつまで笹川家にいらっしゃるの?と、私は聞いているのです。まさか嘉人さんのご好意にずっと甘えてこれから先もいるつもりですの?」
「万里さん、雪哉はすでに笹川の籍に戸籍を移しているんだよ。確かに血筋的には笹川と関係はないが、俺の弟には違いない。前妻の弟というだけで雪哉を侮辱するのはやめてもらえないか」
 外面的には人当たりの良さを演じているはずの嘉人が見たこともないほどの冷たい表情で、万里を咎める。
 万里は悔しげに唇を小さく噛むと、続けるはずだった雪哉への言葉をしぶしぶ飲み込んだ。
「・・・・・・嘉人さんがそうおっしゃるなら、これ以上言うのはやめておきますわ。でも私がその方の存在が不愉快だということは忘れないでいただきたいわ」
 そう言い切ると、万里はくるりと踵を返した。
 最後に視線だけを雪哉に挑戦的に向け、嘉人が自分の側へくるのは当たり前だと主張するように嘉人へと手を伸ばした。
 嘉人は雪哉の様子が気になりながらも、仮にも婚約者のエスコートを他人に任せるわけにもいかずに、しかたなくその手を取らざるをえなかった。
「西村、雪哉のこと頼んだぞ」
 嘉人は西村に念を押すのだけは忘れずに、後ろ髪引かれたまま歩きだす。
 万里は儀礼的に会釈をすると、嘉人を促して人の輪の中へと入っていった。
 紅いドレスの拒絶する背中が雪哉の目の中に焼きついている。
 あからさまな侮蔑。
 嘉人の隣にいることを相応しくないと、はっきりと言われたのも同然だ。
 厄介ものだと。
 笹川の両親や嘉人の好意で、雪乃が失踪直後に戸籍を笹川に入れてもらったのだけれど、その事実がなければどんな手を使ってでも雪哉は万里に笹川家から追い出されていただろう。
 いつまで甘えるつもりだと万里は言った。
 羞恥で雪哉の頬に血が上る。
 自分で思っていたとしても、それを他人に指摘されるのとはまた違う。
 本当に嘉人の側にいるためには、これから先努力をして認めてもらわなければ万里が決して許さないだろう。
「雪哉くん?万里の言うことは気にしない方がいい。あいつは自分の利益だけで動く人間だから。嘉人の側に君がいなければならない意味なんて考えようともしない。君は嘉人の側にいるべき人間だと俺は思うよ?」
「・・・・・・嘉人の側にいるべき人間て、どうしてあんたにそんなことが分かるんだ?嘉人には誰も必要じゃない。誰も・・・・・・俺も、姉さんも、あの人も・・・・だから俺は認めてもらうよう努力しなけりゃダメなんだ」
「君のいう側にいるための努力ってのは本当は俺は必要ないと思うよ。メンタル面で嘉人には君が必要だって意味なんだから、努力すること自体変な話だ」
「あんたには分からないんだよ。分かってるふうに言うけど、嘉人は誰も必要としてない。俺のために必要なふりをしているだけなんだから・・・・・・」
 駄々っこのように言い募る雪哉の様子に小さく笑いをもらすと、西村が雪哉の目をのぞきこんでくる。
「君がそう信じてるんじゃあ俺が何を言っても無駄だってこと?そうだね、七年も笹川の側であいつを見てきた君の方が俺よりよく知ってるのかもしれないしね。それじゃあ、それを認めてもらえるようにさっそく俺の会社に月曜から来ることだね。君の存在意義とやらが見つかるんだろ?」
 至近距離から雪哉の目をのぞきこんだまま、言い聞かせるように西村が問う。
 雪哉はその目をじっと見つめ返しながら答える。
「・・・・・・行く。嘉人を助けられるぐらいの人間になりたいんだ」
「じゃあ、最初の試練だ。笹川からその許可をとること。これが君がする最初の努力だよ」
 にっこりと笑って眼鏡の奥から瞳を覗かせて西村がそう言った。
 不思議と西村に何でも話してしまう。
 この七年間、誰の前でも雪哉は自分の気配を隠しつづけてきた。
 それをほんのさっき会ったばかりの男の前ですべてさらけ出している。
 その不思議な感覚に雪哉は戸惑いつつも、覚悟するようにゆっくりと頷いたのだった。

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★ コメント★
暑い〜パソコンが壊れそうですぅ〜(>.<)
今回ほんとやばかった〜。スケジュール的にもきつかったし、肝心のパソコンが調子すごい悪くて、切っては立ち上げなおし、また切ってと、何回パソコンを再起動したことか・・・・来週以降大丈夫かなぁ〜。
ふぅ。いけてるノートパソコン募集中(笑)
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