【空から降る雪vol.7


混乱する頭を抱えたまま、嘉人は婚約披露パーティーへと出なければならなかった。
雪哉は自分のことを好きだと言ったのは空耳だったのだろうか?
その後は何でもないように再びネクタイを結ぶことに熱中して、用意ができるとさっさと智子の所へと正装した姿を見せに雪哉は行ってしまい、その真意を問いただす機会を嘉人は見失ってしまっていた。
パーティー会場までの車での移動には、智子も、父親の正人ももちろん一緒に行くことになっていたので、何もしらない二人の前でも問いただすことはできない。
何でもない顔をして車に乗り込んでくる雪哉の存在に、嘉人は苛立ちを感じた。
「・・・・・・雪哉、パーティーが終わったら話がある。いいな?」
「何、その怖い顔〜。今日の主役がそんな顔してちゃダメなんじゃねーの?あ、と俺もこんなしゃべり方直しとかなくちゃダメだよな」
 おどけたような雪哉がペロリと舌を見せながら、そう言った。
 そんな様子はいつもの雪哉とまったく変わりない。
 いったいさっきの言葉はどういう意味だったのだろうか?
 冷静になるにつけて、深い意味などないような気もしてきた。
 ただ自分の中にやましさがあるから、雪哉のただの親愛の情を履き違えて受け取ってしまっただけなのかもしれない。
 嘉人はそんな都合のいいことを考えた自分自身に嘲笑のため息をもらし、目をつぶって車の椅子に深くもたれたまま、会場へとそれきり口を開くことなく向かった。

 都内の某有名ホテルを丸ごと貸し切っての婚約披露バーティー。
 ホテルの中に一歩はいると、煌びやかな人たちで溢れかえっていた。
 大学を出てからの時間はほとんど外出することのなかった雪哉は、まるで別世界のようなその場所に戸惑いを感じずにはいられなかった。
 ポツンと自分だけが取り残されたような感じがする。
 気後れしたまま、ホテルのロビーの入り口で立ち止まってしまった雪哉に気づき、嘉人がそれをフォローするようにゆっくりと戻ってきてから、背中を促してやる。
 それでもまだぼんやりとしたままの雪哉に、苦笑をもらすと嘉人は雪哉の腰を抱きとめ無理やり歩かせると、そのままの格好で会場内へと足を踏み入れた。
 とたん、会場内がざわりと空気を変える。
「おぉ、嘉人さん、この度はご婚約おめでとうございます。ようやく笹川グループも安泰ですな」
「ご婚約おめでとうございます。嘉人様。お美しい花嫁でお羨ましい。さぞご自慢なことでしょう」
「まぁ、嘉人さん、ご立派になられたこと。この度は本当に良いご縁がまとまってよかったですわ。おめでとうございます。ぜひ結婚式には呼んでくださいませね」
 口々に嘉人への祝辞を述べながら近寄ってきて一通りあいさつを済ますと、ほとんどの人がその目を好奇心に溢れさせたまま雪哉へと向けてきた。
 皆、雪哉の存在は噂ではきいていたけれど、実際目の当たりにするのは結婚式以来のことになるからだ。
 七年の間、隠され、庇われてきた存在への好奇心を、誰もが隠そうともしなかった。
 さらにはその好奇の目には侮蔑も混じっている。
 笹川に泥をぬった女の弟。
 図々しくも、笹川にやっかいになり続けててる疫病神とでも思っているのかもしれない。
 反論できないだけに、雪哉は居心地の悪さに、視線でねめつけられるたびにビクリと身を竦めるしかなかった。
 子どものように嘉人に庇われたまま、項垂れている。
「雪哉、どうした?気分でも悪いのか?」
 いつものように元気のない雪哉に、嘉人が心配になって声をかけてくる。
 その表情が、普段決して外では見せることのない優しげな顔で雪哉に接するものだから、周りの親族たちはさらにざわめいた。
 一目でわかる、嘉人の雪哉への特別扱い。
 もちろん、嘉人は意識してそうしているのである。
 隠すつもりはまったくなかった。雪哉は自分の大事なものだという認識を親族たちに焼き付けておかなければならないと考えたからだ。
 でなければ、雪哉にどんな罵声を浴びせるものが出てくるとも限らない。
 雪乃との結婚のことで、雪哉が想像する以上に笹川の親族連中は彼ら姉弟を憎んでいた。
 けれど、嘉人のその考えがさらに悪い結果を呼ぶことになってしまったようだ。
 その大切なものに触れる様は、雪乃の姿を彼らの脳裏に呼び起こさせるには十分だった。
 ざわめきはさらにひどくなり、チクチクとする空気を肌で感じる。
 雪哉はぐっと両手にこぶしを握り締めた。
「・・・・・・何でもない。人ごみに酔ったみたいだ。ちょっと端で休んでくる。手、離してくれよ、嘉人」
「大丈夫なのか?」
「ん・・・・・・」
 雪哉は嘉人には見えないところで、ギリリと歯噛みした。
 自分のあまりの情けなさに悔しくて堪らない。ちゃんと自分で頑張るって決めたはずなのに、たかだか好奇の目にさらされたぐらいで子どものように萎縮してしまっている。
 こんなことでは嘉人に迷惑をかけるだけだと、とりあえず気分を落ち着けるために壁際で休もうと思ったのだが、嘉人がなかなか手を離してくれない。
「俺はあいさつで抜けられないから、誰か人を呼んでやる。ちょっと待っていろ」
「いいよ、嘉人。俺一人で大丈夫だから、あいさつ行ってこいよ。お前が今日の主役なんだろう?」
「一人はダメだ」
「子どもじゃねーんだから大丈夫だよ。一人で休んでおける」
「・・・・・・ダメだ。あ、西村、西村!ちょっと来てくれ!」
 あいさつに集まってくる人波の中に、見知った顔を見つけたらしい嘉人は、雪哉の手を離そうとしないままに、片手をあげて『西村』という男を呼びつけた。
 人混みの中をものともせずに、颯爽とこちらへ近づいてくる西村という男は、遠くからでも一目で分かるぐらい背が人より頭一つ分ほど高かった。
 ピシッと着こなしたスーツは、ひどく彼に似合っている。
 できる男という感じだ。
 鋭く光る目をわざとやぼったい眼鏡で隠しているような気がする。
 西村は嘉人の前にたつと形だけの祝辞を述べると、さっと雪哉に目線を走らせた。
 ああ・・・・この人もか?と雪哉は内心ため息をつきそうになったけれど、目が合った瞬間に好意的にニッコリと微笑まれて、思わず雪哉は驚いて目をまあるく見開いてしまった。
「初めまして、君が雪哉くんかい?よく話は笹川から聞いてるよ。俺は西村武彦、笹川の大学時代からの友達で、今は取引先か。そして今度はなんと義兄になる予定だ。ま、まだもう一人の主役は登場してきてないんで紹介は今できないがな」
「初めまして・・・・・・え・・・・・?」
 西村にまくし立てられて混乱している雪哉に、嘉人が苦笑しながら補足をつける。
「ああ、こいつ今度決まった婚約者の兄貴なんだよ。なんだ?万里さんはまだ来られてないのか?」
 二人の間で交わされる会話の中に「万里」という名がでてくるのが雪哉には気になった。
 たぶん、嘉人の新しい婚約者の名前なのだろう。
 雪哉の脳裏、写真の中の涼やかな姿の女が浮かぶ。
 そう言われてみれば、西村の眼鏡の下の切れ長の黒い一重はその写真の女によく似ているような気がする。
 西村は見つめてくる雪哉にニッコリと笑いかえしながら、嘉人の方へと向き直りからかうように聞いてくる。
「なんだ、気づいてなかったのか?ま、この子にかかりっきりじゃ無理もないか。いつものごとく。あいつは遅刻魔だからな。大事な席にもどうどうと重役出勤してくる女だ。そんな女を本当に嫁にもらう気か、笹川?」
「万里さんには悪いが、今回は俺の意思は関係ないんでね・・・・・・万里さんこそ俺なんかでいいのか正直戸惑うよ。ま、この話はまたにするとして、雪哉、こいつは性格はどうとしても一応頼れる奴だから。西村、お前暇なら雪哉をちょっと外にでも連れていって休ませてやってくれないか?人ごみに酔ったみたいなんだ。母さんたちはいつの間にかはぐれてしまっていてな。笹川の親族連中には任せれないし」
 最後の部分は小さい声で西村に囁くように言い聞かせると、西村は何も言わずにゆっくりと頷いただけだった。
 部外者の西村にまで簡単に納得されてしまうほど、自分の立場はそんなに笹川グループにとって悪名名高いのだろうかと心配になってくる。
 先ほどからひっきりなしにかかってくる声に、適当にあいさつを送りながら返事をしていたのにも限界がきたのか、とうとう嘉人は観念したように後ろ髪を引かれながらも西村に雪哉を任せると、振り返りながらも再び人の波に揉まれて行ってしまう。
「頼んだぞ、西村!」
「任せとけって。ちゃんと面倒みとくよ」
 二人のやりとりを側で聞いていながら、どんどんと心細くなる自分の心に雪哉は叱咤する。
 本当に自分はたった七年の間に、牙をすべてどこかに無くしてきてしまったようだった。
 包まれた真綿を取り除かれて、寒さに震える子どものように心細くなる。
 嘉人の後ろ姿を見送る雪哉は無意識にぎゅっと西村のスーツの袖を握り締めていた。
「端で休む?それとも庭にでも行って新鮮な空気でも吸う?」
 小さく笑いをもらすと、西村は握り締められたスーツごと雪哉をそっと端の方へと連れていく。
 雪哉はハッとして慌てて手を離した。
「あ、すいません、俺、あの・・・・・・」
「いいよ、握ってれば?安心するんでしょ?俺も昔は結構人見知りだったから、親の服の端握ってずっと離さなくて、金魚のフンとかってあだ名つけられてたんだよ、ハハ」
「金魚のフンて・・・・子どもの頃の話でしょ、あなたのは」
 西村の言葉にカチンときた雪哉はプイっとそっぽを向きながら、ムクレタ様子で返事を返す。
 その様子がおかしかったのか、西村はクックッとのどの奥で笑いを堪えている。
「話に聞いてたとおりだなぁ、君は。素直だって笹川は言ってたぜ、君のこと。傷一つない真っさらな子だってさ。だから傷つけたくないって言ってた」
「・・・・・・どこまで知ってるんですか?」
 用心深く聞く雪哉に、西村は小さく肩を竦め何でもないことのようにさらりと言ってのける。
「たいていのことなら知ってるよ。雪乃さんのいなくなった理由とかもね。そして君がずっと笹川の側にいる理由もね。七年間も外の世界から隔離されてきたんだから、怖いのは無理ないんじゃない?そういうこと平気で俺に話すあたり、あいつもクレージーだよな。俺は君に同情するよ。そして尊敬する。俺が君なら今日はここには来ないよ。たとえ笹川に頼まれたってね」
 西村はたいていのことなら知ってると言う言葉どおり、ほんとうに嘉人と雪哉にあった七年間のことを知っているようだった。
 話しながらもさりげなく回りの目から自分の長身で雪哉をカバーしながら、テラスへと連れ出してくれる。
 寒さのために締め切られたテラスにわざわざ出ようとする人など、自分たちのほかにいるわけもなく、窓を素早くあけてテラスへと出た二人。
 痺れるような外気が、暑過ぎる会場の熱気から逃れられて心地よく体に染み込んでくる。
 はぁ〜っと吐く息は白く、夜闇には今にも雪が降りそうな雲が隠れていた。
 外の空気を一気に肺に流し込むように深呼吸をすると、雪哉はゆっくりと西村の顔をまじまじと見上げた。
「嘉人は・・・・・・来るなって怒ったんだよ。でも俺が・・・・・・無理を言ってきたんだ。嘉人の足手まといにはなりたくなかったんだ。でも全然ダメだった。怯えてしまって・・・・ぜんぜんダメなんだ、俺は」
 どうしてこんなことを今会ったばかりの西村にすらすらと話してしまうのか、自分でも不思議だったけれど、雪哉は答えが欲しかった。
 誰かに自分の考えていることが正しいのかを肯定して欲しかったのだ。
「すぐには無理なんじゃない?その気持ちが君の中で生まれたってだけでも、すごいことだと俺は思うけど?変化のきっかけは何?笹川の婚約かな?」
 西村の言葉に雪哉はこくりと正直に頷く。
「新しい嫁をもらったところで、笹川は君を追い出すような薄情者だとは思わないけど?」
「それは分かってる・・・・・・嘉人はそんなことしない。でも周りはそれを納得してはくれないだろう、きっと?俺は周りに納得してもらえるようなぐらい嘉人にとって必要だと認められる人間になりてーんだよ」
「ふーん?」
 雪哉は西村の相槌に、自分が言わなくてもいいことまで口を滑らせてしまったことに気づいた。
 嘉人に対する気持ちを他人に知られるわけにはいかない。
 直接的な言葉は出なかったにしても、なぜそんなに嘉人の側にいることに執着するのかと問われれば、嘘のつけない雪哉は墓穴を掘るしかない。
「えっと、つまり、その、恩返し?恩返しがしたくって!」
 力説すればするほどなんだからぼろが出てくるような気がするが、雪哉は必死で西村に対して言い訳し始めた。
 西村はそれをおもしろそうに見ている。
「恩返しってのは、嘉人の仕事の手伝いとかができるようになるってことで、えっと・・・・・・」
「嘉人の仕事を手伝うには、かなりのキャリアがいるんじゃないか?笹川グループ内ではきっと働けないだろうしね。いつもいつもそう嘉人の目が光っているわけでもないし、かといって嘉人の側にいれば仕事なんてまともにさせてもらえないだろうしね?」
 西村はからかうように、雪哉の考えていた問題点をすべてスラスラと指摘してくる。
 そうなのだ。
 嘉人の過保護が治らない限り、嘉人と対等になるなんてのは一生無理な話で。
 対等にすらなれないなら、嘉人の役に立つなんてことは夢のまた夢で・・・・・・現実の厳しさをひしひしと感じる。
「・・・・・・それでも俺はしなきゃなんねーんだよ」
 はき捨てるようにヤケクソ気味に言う雪哉に、西村はおもしろそうに笑ったままだった口をゆっくりと開いた。
「ふーん?んじゃ、俺の会社で修行でも積んでみる?」
「はぁ?」
 なんでもないことのように提案されて、雪哉は頭の中が真っ白になる。
 今日、たった今会ったばかりの人にこんな相談して、否定されたからってヤケクソになって叫んでみれば、棚からボタモチ的に救いの手がふいっと差し伸べられた気分だった。
 雪哉は信じられない気分のまま、疑問符を頭に飛ばしながら、それでも考えるよりも早く無意識のうちにコクリと大きく頷いて西村の提案を了承していたのだった。

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★ コメント★
★しまった!!嫁より先に間男の方を出してしまった(笑)嫁〜嫁〜いったいいつ登場してくれるんだ〜(^−^;)なかなか頑固な嫁のようで・・・・・出るのを嫌がっとります。次回はたぶんでるとおもうんだけどなぁ〜(..)
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