【空から降る雪vol.6


「ただ〜いま〜、雪ちゃん」
「あれ?お帰りなさい、智子さん。仕事一段落したんだ?」
 久しぶりに見る嘉人の母親智子の姿に、雪哉は嬉しくなってリピングのテーブルの側まで走りよった。
 仕事で海外出張していて、たったいま戻ってきたばかりだと智子は言った。
 その言葉どおりに、スーツ姿のままお気に入りのカップでお気に入りの紅茶を飲んでいる。
 海外みやげらしい妙なお菓子の山を雪哉へと進めながら、智子は雪哉の頭をなでまくっていた。
「相変わらず可愛いわね〜、雪ちゃん。久しぶりに見るとますます可愛いわぁ〜。うちの馬鹿息子とは大違いだこと。あの子ったら、帰り際に会社に立ち寄ってきたんだけれど、ちっとも愛想ないのよ〜。歓迎パーティーぐらい開いてくれる気ないのかしらね?」
「どうせもう智子さんが開くつもりなんでしょ?」
 文句を言う智子に雪哉はクスクスと笑って合いの手をいれた。
 普段、嘉人の両親は仕事の関係で海外へ一年の半分ほどでかけていて留守にしている。
屋敷に人を置くことを嫌う嘉人と雪哉だけだと、屋敷の中はその広さに比例していつもガランとした印象がぬぐえなかったけれど、智子が帰ってくると、それはいっきに華やぐ。
智子は派手好きな人だった。
暇さえあれば、やれパーティーだ、やれお茶会だと、常に屋敷に人を呼び集めては騒ぐのが大好きな人である。
「そうねぇ。今回は嘉人の婚約披露もあるし、パーティー開かなくちゃね〜」
 智子のはしゃいだ声に、雪哉は自分の顔がぴくりとこわばるのを感じた。
「婚約披露って・・・・・・もう相手が決まったってこと?」
 震えそうになる声音で、それでも聞いておかなければと確認の問いを出す。
 智子は少し考えるように宙を見据えてから、小さく肩をすくめた。 
「たぶんね。今回はあの子も我儘言うわけにはいかないし、家柄や財産なんかでうちの利益になる人が選ばれるでしょうから、もう候補は上がってると思うわよ。決まるのは早いんじゃないかしら?」
「・・・・・・そう」
 雪乃との結婚は、嘉人の唯一つの我儘だったと聞く。
 雪乃を愛し、身分違いだ、笹川の利益がないだと、騒ぐ親戚たちを押さえつけ、我を通したらしい。
 だから二度目の結婚は嘉人の意思などおかまいなしである。
 笹川家に相応しい嫁をと、親戚中はそれだけしか考えていない。
 誰も嘉人の気持ちなど考えてもいない。
 智子たちにしても、嘉人がこのままだともう二度と結婚する気のないことはうすうす気づいていた。
 けれど笹川の跡取が必要なことは避けられない事実で・・・・・・無理やりにでも縁談をまとめてしまおうという親戚たちの意見を無下にはできなかったのだ。
 雪乃との結婚、そのつけをこんな形で払わなければならなくなるなんて。
 嘉人を一人きりにして、なおこんな逃げられないような選択を迫られることになっているのは、すべて雪乃の身勝手のせいである。
 けれども嘉人も智子たちも恨み言をいっさい雪哉には言わない。
 何も言われないことが辛くて、かえって辛くて、雪哉はいなくなった雪乃の身勝手さを恨み、そして代わりに謝ることしかできなかった。
「ごめ・・・・・・ごめんね、智子さん・・・・嘉人・・・・・・」
 俯いて泣くのを我慢している雪哉の肩をそっと抱きしめてあげながら、智子が小さくつぶやいた。
「いいのよ、雪ちゃんが気にすることじゃないわ。あなたももうそろそろ雪乃さんから自由になってもいい頃よ?私たちへの負い目から、嘉人への負い目から・・・・・・ね」
 智子は雪哉の震えが止まるまで、ずっと優しく母親のように抱きしめていた。

 智子の言葉どおり、智子が帰国してからすぐあけた週末に、嘉人の婚約が発表された。
 相手は名家の令嬢である。
 家名も、財産も嘉人に勝るとも劣らない。文句なしの生粋のお嬢様だった。
 写真を一度智子に見せてもらった。
 腰まである真っ直ぐな黒髪、大きめの一重の黒目に背筋をピンと伸ばしたまま椅子に優雅に腰掛けている写真。
きつい印象の綺麗な人だった。
 雪哉はきりきりと傷む胸の奥に蓋をしたまま、日々を過ごさなければならなかった。
 嘉人とはあの晩いらいまともに口も聞く暇すらない。
 婚約パーティーはパーティー好きの智子がウキウキとしながら用意に勤しんだために、婚約発表のあった次の週には開かれることになり、あわただしく招待客のリストアップや、招待状の郵送などがバタバタと行われ、それを手伝わされてほとんど休みなしだった雪哉は、嘉人と話す暇さえなかった。
 当の嘉人本人はさらに仕事と婚約準備とで、さらに忙殺されている。
 屋敷に戻ってくることもあまりなかった。
 嘉人に会えない、新しい花嫁がやってくる、その辛く長い待つだけの時間は雪哉に一つの決心を与えた。
 迷って泣いているだけの子どもじゃ、嘉人の足手まといにしかならない。
 嘉人には幸せになってもらいたい。
 その幸せに自分がいないとしても、そのためにできることはなんでもしたかった。
 せめて嘉人に自分のことを負担に思わせないように、今までの自分ではダメなのだと気づいた。
 

「雪!」
 婚約披露パーティーの当日になって、雪哉はようやく嘉人に会うことができた。
 パーティー用の正装を智子が用意してくれたので、それを四苦八苦しながら着こんでいるところに、息せき切った嘉人が駆け込んできたのだ。
「あ、嘉人、婚約おめでとう〜」
 できるだけ明るく、何でもない風を装って、雪哉は何度も何度も練習したセリフをやっとのことで嘉人に言えた。
 いつ会うか、今日会うのか、明日会うのかと、婚約が決まった日から嘉人にスラッと言うために雪哉は鏡の前で何度も笑顔の練習をしていた。
 そうでもしないととても普通には言えそうにもなかったからだ。
「おめでとうじゃないっ!何を呑気なことを言っているんだ!」
 嘉人は呑気な雪哉の祝辞に怒りも顕わに部屋へと飛び込んできた。
「なんだよ?何でそんなに怒ってるんだよ?」
「今日のパーティーにでるって母さんから聞いたが信じられずに飛んできてみれば、それを着てるってことは本当なのか!?」
 嘉人は雪哉の苦労して結んだネクタイを怒りに任せてぐいっとほどいた。
「あ〜、嘉人、てめっ、何すんだよ!?俺の苦心の作をー!これくくるのに三十分はかかったんだぞ!?」
「結ぶ必要なんかない!お前はパーティーになんてでないんだからな!」
 嘉人はそう言い切ると、ネクタイをはずし、上着を無理やりはぎ、どんどんと雪哉の正装を脱がせていく。
「でないって何だよ?」
「パーティーにでるってことは笹川の親戚連中の矢面にたつってことだ!母さんも母さんだ、何のつもりで雪をそんな場所に出すつもりなんだ!?お前がそんなとこにでる必要なんかない。今日は一日家にいるんだ!」
 雪哉は乱暴に服を脱がそうとする嘉人の手を払いのけた。
「出るよ、俺。いつまでも隠れて暮らすわけにはいかない。姉さんのとったことの尻拭いは弟の俺がするしかないんだ。姉さんが浴びるはずだった泥水を、今まで嘉人が被ってくれていたのを俺は知ってて見ない振りをしてきた。もうそんなのはやめにするんだよ、俺は。これから先も俺が嘉人の側にいようとするなら、こんなことぐらい耐えられなくちゃならないんだよ。だからほっといてくんない?」
 プイッと嘉人から視線をはずし、話はもう終わったとばかりに雪哉はまた鏡に向かってネクタイと格闘しはじめる。
 嘉人はそんな雪哉の様子をみながら、信じられない思いでいっぱいだった。
「・・・・・・雪?何を言ってるんだ?」
 鏡に向かう雪哉の手をぐいっとひいて自分の方へと無理やり向かわし、真正面から雪哉の目をのぞきこんだ。
 混乱する嘉人とは正反対に、雪哉は落ち着いた目をしている。
「もういいんだよ、嘉人。俺のこと守ってくれなくていいんだよ。俺さ、一生嘉人の側にいるだけじゃなくて、嘉人の役に立ちたいと思うんだ。いつまでも姉さんの影引きずって泣いてる子どものままでいたくねぇんだよ。俺さ・・・・・・あんたのこと好きだよ。だからこれからは嘉人との約束のためじゃなくて、俺の意思で嘉人の側にいようと思うんだ」
 雪哉は見下ろしてくる嘉人の目を見据えたまま、自然と口をついてでた自分の正直な気持ちを言葉にしていた。
 嘉人はどう応えるべきか、雪哉の真意がわからずに何度も瞬きを繰り返した。

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★ コメント★
とうとう告りました、雪哉がっ!ははは〜ん。本当はこんなとこで告るつもりは作者にはまったくなかったんだけど、気がついたら自然に告ってました(笑)ま、いいか〜。それが雪哉の自然な気持ちだったのでしょう(^−^;)
はるなちゃん、次回はパーティーだからいっぱい人出すわよ〜もう二人だけなんて言わせないわ(笑)


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