【空から降る雪vol.5


「見合い写真?」
 ドサッと置かれた目の前の束と嘉人とを交互に見比べて、雪哉は目をぱちぱちと何度も瞬いた。
「そうだ。俺宛にこの一ヶ月で届いた見合い写真だ、これは全部な」
 いささかうんざりしたような表情で嘉人がぱらぱらと何枚かを面倒くさそうにめくりながら、雪哉の前の席を陣取る。
「それを俺に見せてどうしよってのさ?」
「いろいろ見すぎて俺にはすでにどれがどれか分からなくなってきていてな。雪哉のお目がねにかなった女性を花嫁に選ぼうかと思ってる」
 本気か嘘かあいまいな笑顔を見せながら、嘉人が机の上の束をずいっと雪哉の前へと押し付けてくる。
 嘉人の考えがいまひとつ飲み込めない雪哉は、しぶしぶ見合い写真の束に手をのばした。
「俺が見て気に入ったとしてもしょうがないんじゃないの?嘉人が気にいらなきゃさ〜?」
 本当は嘉人の花嫁などできるかぎり見たくもなかった。
 まして自分が選ぶなどと考えつきもしなかった。
 これは冗談なんだろうか?それとも本気なんだろうか?
 あいまいに微笑んだままの嘉人の表情からは今はどんな気持ちも読み取れそうになかった。
 けれど嘉人の機嫌がかなり悪いようだと気づくのにそう時間はかからなかった。
「俺は女を見る目がないらしいからな」
 暗に雪乃との結婚のことを指しているのだろう、わざと雪哉の目はみないで、つまらなさそうに見合い写真をぺらぺらとめくって指先で遊ばせながら嘉人が言う。
「・・・・・・それって姉さんのこと言ってるのか?」
「・・・・・・」
「何?機嫌悪いんだよ?俺なんかした?」
「別に・・・・・・」
「嘘だ、だって意地悪じゃん、今日の嘉人。お世辞にも機嫌よさそうだなんて言えないけど?」
「仕事で疲れてるんだよ。疲れてるところにこの見合い写真でイライラもするさ。おまけに腹もへってる。夕食を一緒にとろうと待っててくれた誰かさんが長電話したおかげでかなり待たされたよ」
 嘉人の言葉に雪哉はその機嫌の悪い理由を納得する。
 自分が電話をしていたのを見つかったのだ。
 外との接触をできるかぎりなくそうとしてきた嘉人の希望にそって、雪哉は自分が友達とまだ連絡を取り合っていることを、できるだけ嘉人にはわからないようにしてきたからだ。
 でもそんなこともう意味がなかったのだと分かった時から、隠すことはやめている。
 どうやらそれをたまたま今日早く帰ってきた嘉人に見つかったらしい。
 機嫌が悪いのは嘉人にとってもうその心配がクセになっているからなのだろう。
 自分が擬態することが自然であったように、演技することは嘉人にとってもすでに自然になっているのかもしれない。
 黒くなった自分の少し長めの前髪が視界にゆらめくのを感じて、雪哉は自然と苦笑をもらした。
「なぜ笑うんだ?」
「腹がへって機嫌がわりぃなんて子供みてーだなと思ってさ」
 クックッと笑いの止まらない様子の雪哉に、嘉人の表情が少しづつ緩んでいく。
「子供に子供と言われるのは心外だな」
 冗談めかして肩をすくめてそう言った嘉人を、雪哉が意味を含んだ視線で凝視した。
「・・・・・・俺もう子供じゃねーよ?」
「お前は俺にとってまだ十分子供だよ。最初に会った時となんにも変わりはしない」
 じっと見つめてくる雪哉の黒い瞳を見つめ返しながら、嘉人は初めて雪乃と雪哉の二人を見たときのことをふいに思いだしていた。

 細い、抱きしめると折れてしまいそうなほどたおやかな女だった雪乃。
 その雪乃を守るようにして小さな背にかばうようにしてじっとこっちを見つめて立っていたのが雪哉だった。
 よく似た姉弟だと思った。
 大きいこぼれそうなアーモンド型の瞳。
 やわらかそうな髪。
 華奢な肩が思わず抱きしめたくなるような頼りなさで。
 ただ違っていたのはその視線。
 黙って目をつぶって立っていれば同じような頼りなげな風情だけれど、その視線は痛いほど突き刺さってくるぐらいきついものだった。
 警戒している子猫のようにトゲでいっぱいで。
 いつから笑いかけてくれるようになったんだろうか?
 いつから自分はこの子を守ってやらなければと思うよになっていたのだろうか?
 そしていつから・・・・・・。

「嘉人?気分でも悪いのか?」
「あぁ、違うよ。考えごとをしていた。昔のことをちょっとね。どうだ?お前のお目がねにかないそうな花嫁はいたか?」
 考えを振り払うようにして、嘉人は見合い写真の束に手を伸ばした。
 心配そうな目で覗き込んでいた雪哉のあまりの至近距離に驚いた嘉人は、勢いあまってパラパラと見合い写真の束を床にぶちまけてしまう。
 慌てて伸ばした手と手が一瞬触れ合った。
 そのまま二人は硬直するようにお互いを見詰め合ったまま、言葉を無くした。
 何度も触れ合ってきたはずのぬくもりに、どうしてお互いがこんなに緊張しているのか、それも今頃になって。
 その意味はぼんやりと頭の隅に浮かんでくるけれども、気づいてはいけないとチカチカと赤信号が心の中で点滅し始める。
 チカチカ。
 めまいがしそうなほど激しく点滅するサイン。
 雪哉はその激しさに耐えられずぎゅっと目をつぶった。
 一瞬、ほんの一瞬だけ触れ合った手に力がこもったような気がしたが、驚いて目をあけた瞬間、いつもの嘉人が目の前で苦笑んでいるだけだった。


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★ コメント★
少女漫画のようなやつらですいません(^−^;)
いい年こいて何やってんだよ〜と書きながら突っ込んでいた私(笑)純愛なのね(爆)

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