【空から降る雪vol.4


 
嘉人は自分の中に突然生まれた思いを抱えて、正直戸惑っていた。
 それは本当に突然生まれた。
 嘉人はこの七年もの間、雪哉の抱えているであろう雪乃につけられた心の傷を気づかせないようにするために、雪哉を自分との約束に縛り付けてきた。
 嘉人は雪乃の裏切りを薄々勘付いていたのだ。
 だから傷を最小限に抑えれるように心の準備ができていた。
 けれど雪哉違う。
 雪乃を信じきったまま、疑いもせず、裏切られたその瞬間にさえ、その意味をまったく理解していなかった。
 気づかないならば、そのままでいいとあえて嘉人は雪哉の心を縛り付けるやり方を選んできたのだ。
 独占欲も、束縛も、嘉人にとっては意味のないことだったはず。
 それは雪哉を大事に包むための真綿の役目に過ぎなかった。
 時期がきて、雪哉の傷が癒えたころには解放してやるつもりだったのに。
 それが今ちょうどいい時期にきていることはわかっている。
 七年・・・・・・七年も経った。
 もう嘉人には雪乃の顔さえおぼろげになりつつある。
 記憶の中の愛しい雪乃の面影は、いつのまにかすべて雪哉にとって代わっていた。
 気づいてはいけない感情。
 雪哉を愛しいなんて、弟としてではなくて・・・・・・そんなことは馬鹿げている。
 馬鹿げているはずなのに、突然出て行くと言った雪哉が言い出した時には憤りすら感じた。
 ちょうどいい時期だと考えて切り出したはずの失踪宣告の話。
 新しい花嫁、そして後継ぎを。
 それは当主として当たり前になすべきことなのだ。
 我儘は雪乃の時の一度だけ。
 それがあんな形で終わったことへの一族の不満はこの七年の間でいまや爆発寸前である。
 自分にも、そして雪哉にもいい時期だと判断した。
 もうそろそろ雪乃という幻から解放されてもいいだろうと。
 なのに出て行くと言い出した雪哉の言葉を聞いた時、出て行かせはしないと剥きになった。
 新しい花嫁も後継ぎも、雪哉が出て行くのならば必要ないとさえ感じた。
【お前が嫌ならしないといったはずだ、俺は。嫌なら雪乃のことはそのままにする、それでいいな?】
 あの言葉は決して当主として言ってはならない言葉なはずなのに、嘉人は本気だった。
 雪哉を手放すぐらいなら、そのままでもいいと思ったのだ。
「・・・・・・馬鹿げてる・・・・・・正気じゃないぞ、俺は・・・・」

 珍しく仕事がいつもより幾分早めに終わって、嘉人は混乱を抱えたまま屋敷へと戻った。
「おかえりなさいませ、嘉人様」
 出迎えてくれるメイド頭の房江に目だけで頷きながら、いつも早く帰ると連絡を入れた時には、自分を迎えに子犬のようにかけてくる雪哉の姿がないことに嘉人は気づいた。
「雪哉はどうした?」
「雪哉様は先ほど大学時代のお友達からのお電話に出られてしまって、そのままお部屋の方でまだお話されていると思うのですが、先ほどまでは嘉人様が早くに戻られるとの知らせを受けて、一緒にお夕食をとるために待っておられましたので、まもなく降りて来られると思いますよ。急ぎの御用時がおありでしたらお呼びしてまいりましょうか?」
 房江の言葉に、嘉人はそんなことは初耳だと言わんばかりにピクリと眉をあげてみせた。
「・・・・・・大学時代の友人?雪哉はまだそんな頃の連中と付き合いがあるのか?」
「ええ、時々お電話をいただいてらっしゃるようで。本当に仲のよろしいお友達のようですわ。時々ここにも訪ねて来られていますし」
「訪ねてきている?俺は一度も会ったことがないぞ、その友達とやらに!」
 めずらしく声を荒げる嘉人に房江はびっくりしたように目を大きく見開いた。
「嘉人様がここに戻られるお時間の方が少ないのですから、お会いする機会がなかったのでしょう。そんな怖い顔をされてどうなされたんですか?何かいけませんでした?」
 房江の驚いている様子に、嘉人は自分の失態を悟った。
「いや・・・・・・なんでもない。ただちょっと驚いただけだ。部屋にいる。雪哉の電話が終わったら、一緒に夕食を取ろうと声をかけてくれ」
「かしこまりました」
 いつもと違う嘉人の様子に、房江は何かを感じ取ったようで、これ以上嘉人の神経を逆なでしないように静かに頭を下げて去っていった。
 一人残された嘉人は、イライラとする気分をもてあましながら、自室へと向かう。
 自室へといく廊下の途中には、雪哉の部屋がある。
 自然と足早になるのを嘉人は懸命に抑えて、できるだけ音を立てずに廊下を急いだ。
 雪哉の部屋は少しだけドアが薄く開いていた。
 そこから雪哉の小さな笑い声が漏れてくる。
 最近ではあまり聞くことのなくなった、くったくない少年のような笑い声が。
 わずかな隙間からのぞいた雪哉の表情は、いつもの何かを抱えている辛そうな表情ではなく、明るいものだった。
 嘉人の心がどす黒い嫉妬で埋められていく。
 そのイライラとした気分は、馬鹿げているからと考えまいとした気持ちが、気のせいではなかったのだと嘉人に教える。
 けれど、気づいたところでどうなる思いでもない。
 どうにもならない思いを気づいたところで苦しいだけなのだ。
 嘉人は明るく笑う雪哉から無理やり視線を剥ぎ取り、気づかれないように自室へと戻っていった。

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***作者コメント***
うう〜進まない(^−^;)こんなに短い文章なのに、一ヶ月に一回のペースで書くなんて、ごめんなさい。亀のような遅筆さで自分でも悩んでおります。いったいいつ終わるんだ〜この話(−.−;)先行き不安でございます。はは。
*2/17
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