【空から降る雪vol.3


「雪?どうしたんだ、その髪は?」
 次の日、朝食の席に現れた俺の黒くなった髪を見て、嘉人は驚いたように目を見開いて言った。
 手にしていた新聞をバサリと横に置いてまで、俺を手招きする。
「気分転換〜。つーかこれからは黒の時代って感じじゃん?茶髪はもうダサいんだってさ〜」
「そうなのか?前の髪の色はお前によく似合っていたが?」
 よほど前の髪が名残惜しいのか俺を引き寄せて、黒くなった髪の俺を間近から検分してくる。
 居心地の悪さにプイっと手を外させるために横を向くと、これ見よがしな嘉人のため息が耳に届いた。
 嘉人は俺の変化を嫌がる。
 それは嫌がった振りをしている間にクセになってしまっているのかもしれないと思わせるぐらい、敏感に察知しその変化の原因を探ろうとする。
 嘉人がそんな状態だから、今まで俺はずっと勘違いしつづけてきてしまったのだ。
 本当は俺のことだってどうでもいいくせに!
 そう思うとムカムカと反抗心が胸の内に沸いてくる。
「だって嘉人、俺もう25歳だよ?いつまでもフラフラしてらんねーしさ」
 用心深く、嘉人の反応を探りながら俺がチラリと言葉を切り出す。
 嘉人が俺のことを束縛する振りをしつづけるのならそれでもいい。
 それを壊すように俺が仕向ければいいだけの話なんだ。
 案の定予想どおりに、ピクッと嘉人の形のいい眉が不愉快そうに片方だけあげられた。
「どういう意味だ?」
「・・・・・・嘉人が新しい嫁さんもらうなら、俺との契約はもう破棄だよね?」
「言っている意味が分からないな。それとお前とどう関係があるんだ?」
 座れという感じに嘉人は自分の隣の椅子をスッとひくと、俺を目線でだけ促した。
「俺は姉さんの替わりに一生側にいることを誓ったけど、姉さんが法律上死んだことになるのだったら、俺ももういらないはずだよね?」
 嘉人の厳しい視線をまっすぐに見返しながら、俺はゆっくりと椅子へと腰掛け、ずきずきとする心臓を抱えたまま言わなくてはならない言葉を口にした。
 嘉人が決して俺には言えなかった言葉。
 それを言うことによって、嘉人は安堵するはずなんだ。
 しょうがないなという風にため息をつきながら、それでも了承してしまうはずなんだ。
 だって、俺から、姉さんから解放されることを嘉人は望んでいるはずなんだから。
「・・・・・・馬鹿馬鹿しいな」
「嘉人?」
 けれど嘉人の反応は、俺が考えていたものとはまったく違うものだった。
「お前との約束は一生続くものだ。雪乃が死のうが戻ろうが一生だ。それともお前がその約束を守るのが嫌になったとでも言うのなら、今からでも雪乃を探し出して莫大な慰謝料を請求してやろうか?」
 冷たくそう言い放つ。
 嘉人が怒っている。
これ以上はないぐらいに静かに、フツフツと沸く怒りを隠そうともせずに俺へと向けてくる。何がそんなに嘉人の逆鱗に触れたのか?
分からないまま俺はうろたえるしかなかった。
「嘉人?なんで?なんでそんなに怒ってるんだよ?」
「お前が今更約束の反故をしようとするからだ。俺が雪乃を法律上で殺せるだなんて言ったことを根に持っているのか?お前が嫌ならしないといったはずだ、俺は。嫌なら雪乃のことはそのままにする、それでいいな?」
さも不愉快そうに言い捨てると、俺の顔をもう見たくないのか、嘉人は再び新聞を手にとって表情を隠してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、嘉人!?俺は姉さんのことは構わないっていったはずだぜ?嘉人が新しい嫁さんもらうのも、俺は賛成してる!ただ、新しい嫁さんをもらうのに、俺がいちゃまずいだろうと思ったから、俺はそう言っただけで・・・・・・別に約束を反故にしようとかそんなつもりはなくって・・・・・・えっと・・・・・・」
 どうして俺は自分がこんなに言い訳しているのか、自分自身で分からずに混乱したまま一生懸命話す俺の言葉に、嘉人は一変して機嫌を直したように「なんだ、そんなことか」と嘆息をもらし小さく笑った目を新聞からのぞけた。
「雪乃のことがどうであっても、もうお前は俺の家族の一員だし、お前の立場が変わることはこれからさきもない。お前はずっと俺の大事な弟だ。父も母もそう言っている。両親は可愛くない息子の俺より、お前の方が可愛くてしかたないんだとさ」
「で、でもそんな調子のいいこと俺できねーよ・・・・・・姉さんがいなくなった後、俺の面倒を見てくれただけでも充分なのに、これから先もずっとここにいるなんて・・・・・・」
 それでもまだ食い下がってくる俺に、困ったように嘉人が首をかしげた。
「・・・・・・昨日までそんなことを言ったことはなかったじゃないか?どうして突然そんなことを言うんだ?」
「新しい嫁さんは、絶対に俺のこと嫌に決まってるじゃねーかよ。前の嫁の弟なんて気まずいだけじゃん・・・・・・」
「お前のことは文句を言わせない。それは俺が保障する。お前のことを疎むような女はこの家には入れない。だからそんなことを言うな雪哉」
 子供の我儘をなだめるように、嘉人はしょうがないなぁという感じに、俺の頭を軽く叩いてこの話を終わらせた。
 一見なんでもないように、けれど有無を言わせぬ強さで。
 俺は混乱する頭でいろいろと考えなければならなかった。
 嘉人の真意がわからない。
 姉さんのことは吹っ切っていたはずなんだ。
 それなのに、どうしてまだ俺との約束を守らせようとするのか?
 どこにも行く当てのない俺のことを可哀想だとでも思っているのだろうか?
 分からない・・・・・分からない。
 嘉人の言葉が俺に対する同情ならばこのままここにいることは嘉人にとってやはり重荷になるのではないのだろうか?
 いろんな考えが頭をグルグルとする。
 けれど心の隅では嘉人のこのわけの分からない行動を嬉しく思っている自分がいる。
 嘉人の側にいる言い訳を見つけて、喜んでいる。
 何もなかったかのように、今までどおり、嘉人の保護に包まれて、ぼんやりと過ごしていっても・・・・・・それでも離れたくないという思いがドンドンと胸の中で大きくなっていく。
 自分の中の思いの大きさに、嘉人の存在の大きさに、俺は恐れを感じた。 

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***作者コメント***
こんにちは、円屋まぐです(^▽^)暗い人には暗い相手がつくものなのかしら〜恐れていた暗さ全開な会話にくらくらしそうです(笑)
*1/13up
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