【空から降る雪】―vol.10―
バシッと小気味いい音が静かな車内に響いた。
キスをしかけてきた嘉人の頬を、雪哉が思いっきり力を込めて叩いたからだ。
「ってぇ・・・・・・痛い・・・・何で殴るんだ?」
嘉人は叩かれた頬に手を当ててさすりながら不満げにもらす。
それに対して雪哉は真っ赤な顔をしたまま、そんなことは当たり前だとフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「殴ってねぇよ!叩いただけだろうが!嘉人こそ何すんだよ、こんな車の中で!」
「・・・・・・何ってキスしただけだろ?お前が俺のことを好きなんて言うのが悪い。俺は悪くない」
そっぽを向いた雪哉の顔を自分の方へと無理やりむけながら、またもやキスしてこようとする嘉人の顔を、雪哉は力の限り押しのけ抵抗しつつ、運転席の方をうかがった。
幸いにして、運転手は気の利く人間なのか、それとも本当に気づいていないのか、後ろの座席自分たちの様子に気がついているふうではなかったので、雪哉はホッと胸をなでおろした。
「TPOってのを考えろってんだ!」
何とか嘉人の腕の中から抜け出すと、説教するようにこの突然我儘な子どものようになってしまった嘉人に言い聞かす。嘉人の方はそんな雪哉を不満げに見たまま、抵抗にあったため抱きしめるのを諦めて椅子に背中を凭せ掛けた。
「防音だから運転席には聞こえないぞ?」
「聞こえなくてもガラスだから見えるだろうが!?」
「見えなきゃいいのか?じゃ、続きは家に戻ってからだな」
平然とそういう嘉人に、雪哉はぶんぶんと首を横に振る。
常々そういう羞恥には無縁だと思っていた嘉人だが、今ほどそれを痛感したことはない。
嘉人のことは好きだけれど、そういう関係を望んで好きだと言ったんじゃない。
雪哉にとって好きだと言うことは、自分の存在を嘉人に認めてもらうために第一歩の儀式のようなものだった。
嘉人に万里という新しい花嫁がいなければ、そういう関係にも気持ち的になだれ込んでいけただろうが、今は違う。
雪哉は万里の存在を無視して嘉人とうまく付き合っていけるほど器用な考え方はできなかった。
「俺は嘉人とはそういう関係になる気はねーんだよ。嘉人のことは好きだ。嫉妬するぐらい好きな気持ちは確かだけど、俺はそんなに器用には生きられない。嘉人には万里さんがいるって分かっているのに、嘉人と恋人みたいな関係になれるはずがないじゃん。恋人って、好きな人って、俺にとってはこの世でたった一人きりの相手に使う言葉だからさ、もう相手のいる嘉人には俺のその場所はあげられねーの」
「・・・・・・ロマンチストは遺伝なのか?雪乃と同じことを言うな、雪哉は」
きっぱりと言い切る雪哉に、嘉人は諦めにも似たため息をこぼした。
「姉さんと?」
「自覚はなかったけど、昔から俺はどうやらお前のことを特別な目で見ていたみたいだなぁ。今お前に言われた言葉で、雪乃が最後に言った言葉の意味をやっと理解できたぞ、俺は」
嘉人は一人納得して呆れるように天を仰いだ。
「姉さんが何て言ったんだよ?そんな話し俺は聞いたことねーけど?」
雪哉は嘲笑をもらす嘉人の様子に、頭の中は「?」だらけで答えを求める。
嘉人は苦笑とともに、雪哉の頭を自分の胸の中へと引き寄せた。
そのままバタバタと暴れる雪哉を力任せに押さえつけたまま話しだした。
「当たり前だ、言ったことないんだからな。今の今まで俺には理解できなかったんだから、どうやって誰に説明できるって言うんだ?雪乃はな、出て行く日、俺に向かって『好きな人はこの世でたった一人きりの相手に使う言葉だから、他に好きな人がいるあなたにはその言葉はあげれない』ってそう言ったんだよ。その時の俺にはその意味は分からなかった。何年たっても、ずっと考えていても分からなかった。けど今のいま、雪にそういわれて分かった気がする。俺は雪乃がいた時から、きっと雪哉のことが好きだったんだ。無自覚に気持ちがお前の方を向いていたらしい・・・・・・雪乃が出て行くと聞いた時も、止めようとは思わなかった。薄々雪乃の気持ちには気づいていたし、そんなにショックは受けなかったからだと思っていたんだが、違ったんだな。雪乃に気持ちがなかったんだ俺は・・・・・・雪乃が出て行った時に、俺にはお前を守ることしか頭になかった。どうすれば雪哉が傷つかないでいられるか、どうすれば俺の元にとどめておけるのか、それだけを必死で考えていた。自分とは違う人間を好きな奴のもとに好き好んでいる人間なんていないよな・・・・・・」
そんなにも昔から自分の気持ちが雪哉にあったのかと、今ごろ気づく自分の馬鹿さ加減に嘉人はこみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。
考えても考えても分からなかった雪乃の謎かけのような最後の言葉。
どうしてもっとちゃんと理解しようとしなかったのかと後悔の思いでいっぱいになる。
潔い雪哉。
雪哉が言うように、自分にはもう万里がいるのだから、雪哉とこの先うまくいくことなどきっとないだろう。
真っ直ぐな雪哉の気性が、そんなことを許さない。
もっと早く自分の気持ちに気づいていれば・・・・・・もっと早く自分の気持ちを認めていれば・・・・・・いや、たとえ気づいていたとしても、結果はやはりかわらなかっただろう。
自分は笹川グループのたった一人の跡取なのだから、結婚は自分にとって義務なのだから。
腕の中にいるこの存在がどんなに愛しかったとしても、それを手に入れることはできないのだ。
嘉人はバタバタと腕の中で抵抗しつづける雪哉をそっと、そっと手の中から解放した。
暴れていた雪哉は突然離された手の中から、じっと嘉人のことを見上げてくる。
衝動的にその顔に口にキスをしたくなる。
「これで最後だ」
嘉人はそう自分にも雪哉にも言い聞かせると、下から見上げてくる雪哉の顔を両手でガッチリと押さえ込み、深く口付けた。
儀式のような長い長い口付けは、嘉人の中にも、そして雪哉の中にも嵐のような種を胸の奥底に植え付けた。
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★ コメント★
短くてすんません〜。なんかキャラ変わってるような気がするし・・・・・・うう。
これはさっきまで読んでいた某ボーイズ小説の影響でしょうか(^−^;)
まぐはすぐ人の文章に影響されやすいので、できるだけ書く前は人の話は読まないようにしてるんだけど、ついつい読んでしまったんだよね〜新刊でたから(笑)う〜反省。
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