【空から降る雪vol.29


嵐が吹き荒れる。
 心の中をかつてない激情が嵐のように二人を襲う。
 降るような口付けは何度も繰り返され、次第に激しい口付けへと変化していく。
 なだれ込むように敷き詰められた絨毯の上に二人して倒れこみ、お互いの体温を間近で感じる。
 息も絶え絶えになりながら、それでも雪哉は嘉人の気持ちを知りたくて、小さく抵抗を見せた。
「・・・・・・聞いてもいいか?」
 口付けの合間に嘉人が雪哉へ問いかける。
 その間も両の手は忙しなく雪哉の体を衣服の上からまさぐり続ける。
「・・・・・・何を?」
 くすぐったいような感触をぐっと奥歯で噛み締めながら、雪哉が擦れるような声を絞り出した。
「俺は・・・・・・俺はお前に必要な人間か?」
「・・・・・・?」
 嘉人の質問の真意が測れずに、雪哉は瞬きを繰り返す。
 アーモンド型の瞳が、間近から覗き込む嘉人の目の中に映り濡れて光っている。
「一緒に、雪とずっと一緒に生きて側にいる資格が俺にはあるのか?」
 祈るような思いの込められた嘉人の視線に、雪哉は知らずもれてくる笑いを浮かべながら、真上から覗き込んでくる嘉人の頭ごと自分の方へと引き寄せた。
「・・・・・・資格なんているかよ。嘉人が嘉人であるだけでいい。それだけで俺には必要なんだからな。なんで好きかなんてわかんねー。ただ嘉人の側で一緒に生きていきたいんだよ、俺は。ちゃんと伝わったか?俺の気持ち、ちゃんと分かってくれたのか?」
 ポンポンと嘉人の背中を確認するように何度か雪哉が叩く。
 それに何度も頷きながら、嘉人が耳元で囁いた。
「ああ・・・・・・伝わった。お前の気持ちも、西村の言いたいことも。自分の手の中から逃げられたショックで気付かなかったんだ。自分が手の中で守り育ててきたのもが、自分と同じ飛びたてる者だってことを」
「・・・・・・くっせぇ。なんだよ、その飛びたてる者って」
「恋をすると人は詩人になるらしい」
 嘉人は雪哉の肩口から身を起こして、腕の中にいる雪哉を見下ろした。
二人は抱き合ったまま見つめあうと、同時に笑い出した。
しばらくじゃれあうように笑い転げていた二人は、どちらからともなくお互いを引き寄せて口付けた。
外は暗闇の中に雪が降りつづけている。
雪が吹き荒れ、二人の吐息を消していく。
窓の向こうは荒れ狂う吹雪が見えるだけ。
遮断された世界で、二人は夢中でお互いの体温を求めた。



 目覚めは一本の電話とともに訪れた。
 ジリリリリと鳴り響く電話の音に、雪哉は目覚まし時計を探して枕もとに手を伸ばす。
 ふいに触れた体温に、寝ぼけ眼で隣を見つめると、クスクスと笑う嘉人がじっと自分を見ていた。
「おはよう、雪哉。よく眠れたか?」
 愛しそうに雪哉へと伸ばされた指先を、照れくささのせいで邪険に振り払いながら、雪哉はわざとしかめ面を作ってみせた。
「・・・・・・よく眠れてるわけねーじゃん、誰かさんのせいで。で、何?この音?電話?」
 ベットサイドにおかれた電話がまだジリジリとけたたましく鳴り響いている。
「ああ。たぶん笹川からだろう。タイムリミットを越えたらしい」
 嘉人は雪哉へと悪戯に伸ばしていた指先を止め、ふとまだ鳴り響く電話に視線を合わした。
「・・・・・・万里さん?」
 その視線を追って、雪哉も電話機を見つめる。
「たぶんな」
 嘉人は何でもないことのように言ったが、雪哉は慌てて身を起こして、壁にかかる時計を見た。
 時間は朝の九時を過ぎたところだ。
 本来ならば嘉人は新婚旅行にでかける時間だろうし、雪哉自身も出社していなければならない時間である。
「そういえば今日から新婚旅行に行く予定なんじゃないの?嘉人?こんなとこにいていいのか?」
「かまわん。万里さんとは別れることに決めたからな」
 慌てる雪哉をおもしろそうに見ながら、嘉人がやっぱりなんでもない事のように言う。
「・・・・・・別れるって・・・・そんな簡単なもんじゃねーだろ?笹川の結婚て、政略結婚みたいなもんなんだから、嘉人がこの結婚を断ったらグループ自体が分裂するも同然で、大変なことになるんじゃねーの!?」
「一番大事なモノを犠牲にしてまで守りたいものなんてないからな。仕事はなんとかしてみせるさ」
 強い眼差しで、雪哉をじっと見ながら、嘉人が決心したようにつぶやいた。
 そんな嘉人の目を見返したまま、雪哉は小さく首を横に振った。
 ここで自分がきちんと言わなければ、嘉人の立場が悪くなる。
 嘉人を困らせたくない。
そんなつもりで嘉人に気持ちを伝えたわけではないのだ。
「ほんとに馬鹿だなぁ・・・・・・嘉人は。それじゃあ、俺が修行に出た意味がないじゃねーかよ。俺のせいで嘉人を窮地に追い込むことだけはしたくねー。嘉人の気持ちだけあれば俺はそれでいい。だいたい男同士で結婚なんてできねーんだから、嫁さんぐらいいてたってたいしたことねーよ」
「嘘言うなよ。一番じゃないと駄目なんだろう?恋人って言うのはこの世でたった一人きりの相手に使う言葉なんだろう?お前のその場所を俺はどうしても欲しいんだ。だからこれはお前のためじゃない。俺自身のためなんだよ。じゃないとまた気が狂う」
 笑いながら嘉人がまた何でもないことのように言った。
 嘉人にとっては当たり前のこと。息をするように自然なこと。
 それを無理に押し留めていたからこそあんな狂気に陥ってしまったのだということを嘉人は理解していた。
 だからこそ、もう決心は固まってしまっているのだ。
 嘉人は自分と他のものすべてを天秤にかけて、それでも雪哉を選んだのだ。
 すっきりしたと、清清しい表情で嘉人は笑っている。
 今まで自分に嘘をついて、いろいろ我慢しすぎてきたのだと。
「万里さんとは別れるよ」
 もう一度そうきっぱりと言い切った嘉人の言葉と同時に、けたたましく鳴り響いていた電話の音がピタリと止んだ。
 


 

 


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★ コメント★
一から読み直したわりにはあまりバージョンアップしてなくてすいません(^−^;)
しかし次の三十話でとうとう終わりです。
どれだけ長かろうが、三十話で必ずや終わらせてみせます(笑)
年始の更新が遅れたことを心よりお詫びもうしあげます。
今年もこんな遅筆な私ですが、宜しくお願いいたしますm(_ _)m

 




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