【空から降る雪】―vol.30―
切ったままにしていた携帯の電源を入れると、着信件数は20を軽く越えていた。
嘉人は雪哉に分からないように小さく息を吐き出す。
万里の気性はよく分かっているつもりだ。
嘉人が戻ってこないことの答えを知っている万里が、いったいどういう行動に出るのかは火を見るより明らかだった。
お披露目までした自分との結婚をなかったことになど簡単にはしてくれないだろう。
人一倍プライドの高い、人一倍権力には貪欲な万里。
手にした携帯の電源を切ろうとした瞬間、着信音が響きはじめた。
着信表示はもちろん万里である。
携帯の着信音に雪哉が心配そうに嘉人の方を見てくる。
それに安心するように笑ってみせながら、嘉人は携帯の電源をもう一度OFFにした。
「・・・・・・いいのかよ?」
「いいさ。電話で話してもらちがあかない。ちゃんと会って話してくるよ」
嘉人はそういうと身支度をすばやく整えはじめた。
その様子に雪哉が心配そうに問う。
「今から?」
首を傾げるようにして下から嘉人を見上げてくる姿は、愛しくてたまらない。
嘉人はそっと雪哉の顎を上向かせると、キスを落とした。
赤面して何も言えずにいる雪哉に、嘉人は小さく笑いをもらす。
「ああ、早い方がいいだろう」
「・・・・・・無理するなよ?一番が欲しいなんて我がままもう言わねーよ。だから絶対に無理はするなよ?」
雪哉が何度も嘉人に念を押す。
一番じゃないと恋人の座は渡せないとダダをこねていた子どもが、いつの間にか自分を心配して声をかけるぐらいに成長していることに、嘉人は驚きを覚えた。
知らず出てくる笑みを頬に浮かべながら、嘉人は部屋に雪哉を残すことを少しためらいながら足早に出ていった。
嘉人が出ていってから、雪哉は落ち着かない気分の自分をもてあまし、着替えをし身支度を整えてから朝食をとるためにルームサービスを取る事にした。
できれば気分転換に外へと食べに出たかったのだけれど、体中がギシギシと痛みを訴えて言うことをきかないので断念することにしたのだ。
「ピンポーン」
ルームサービスを頼んでから数分後に、扉の呼び鈴がなった。
早すぎるタイミングに首を傾げながら、雪哉は扉を開けにいく。
ガチャリと開いた扉の向こうには、万里が立っていた。
「・・・・・・万里さん」
雪哉が何か口を開く前に、万里はツカツカと部屋の中へと入ってきて、そのままソファに当然のように腰をかける。
万里らしくもなく、苛ついた様子を隠そうともせずに、雪哉をじっと下から睨んでくる。
いつも敵意は感じたけれども、万里のこんなに余裕のない様は初めてみる。
いつもの万里ならばまず雪哉に嫌味の一つや二つは投げかけていることだろう。
けれど、黙ってじっと雪哉を睨んでいるのだ。
嘉人はどこにいるのかとも聞かない。
もしかすると、嘉人がここにいないことを知った上で、あえて自分に会いにきたのだろうか?
二人が睨みあっている間に、今度は本当にルームサービスが訪れたようだ。
朝食をテーブルにセットするボーイに、雪哉は用意はいいからと下がらせた。
「・・・・・・優雅に朝食なんか取ってらして、呑気な方ね。私は昨夜一睡もできませんでしたわ」
「・・・・・・」
万里の言葉に、雪哉はコーヒーを差し出しながらじっと耳を傾けるしかない。
いったい万里がどういうつもりでここに来て、自分と話をしようとしているのか、その目的がわからないからだ。
ただ単に、嘉人と別れろと言うだけできたのではないような気がする。
万里からは少しも焦りがみられなかったからだ。
「嘉人さんが今、笹川の家に戻ってらっしゃるらしいですわ。いったい何のお話に戻られたのやら・・・・・・もちろん、あなたはご存知よね?私にもだいたい分かっておりますけれど、はいそうですかと納得するつもりなんてありませんの。ようやく、ようやくですわ。嘉人さんの妻に、笹川家の者になれたと言うのに、またあなたたちに邪魔される気はありませんの」
「・・・・・・」
「あなたの正直なお気持ちはどうなの?聞かせていただきたいわ。あなたのせいで、笹川の家が傾いても、あなたはそれでも嘉人さんを手に入れたいのかしら?あなたをずっと大事に育ててくださったお義母様たちを困らせてまで、成就させるような気持ちですの?男同士なんて汚らわしいだけじゃなくて?」
「・・・・・・」
「黙っていないでなんとかおっしゃいなさいな」
「・・・・・・用件は?そんな文句をいいにここに来たわけじゃないんでしょう?」
雪哉はゆっくりと用心深く問い掛けた。
その言葉に万里は意外なことを聞いたと言うふうに、大きな目をさらに大きく見開いてみせて、大袈裟なぐらい驚いてみせる。
「あら、ただのお馬鹿さんじゃなさそうですわね。分かっているなら話は早いわ。嘉人さんの前から消えていただけないかしら?あなたがあの女とそっくりの顔で嘉人さんの前にいらっしゃるから、嘉人さんがたぶらかされるんですわ。その顔がなくなれば、嘉人さんも馬鹿な考えはなくなるのだと思うの」
「消えてなくなるって?姉さんみたいに行方不明に俺にもなれって言うわけ?」
雪哉はため息とともに言葉を投げやりに吐き出し、そのまま万里の前のソファに体を沈めた。
「・・・・・・生意気ですこと。開き直らないでいただきたいわ。あなたは正式な妻である私から嘉人さんを奪おうとしている泥棒猫よ。行方不明だなんてそんな甘いこと言うつもりはありませんわ。死んでいただきたいの。今すぐそこから飛び降りてね」
冷たく笑いながら、万里が雪哉の後ろにある大きな窓を指差した。
「ハッ、冗談!?そんな言葉の言うとおりになんてするはずがないじゃないか!あんた頭おかしいんじゃねーの!?」
万里の顔を信じられないものでも見るように凝視しながら、雪哉が言う。
「あなたは私の言うとおりにするしかありませんのよ」
あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いだした雪哉に、万里が冷たく言葉を投げつける。
ゆっくり、ゆっくりと、雪哉の動きを見ながら、万里は自分の鞄に手を伸ばし、中から書類を取り出した。
万里は小さく笑うと、その書類を雪哉の方へと向けてテーブルに置いた。
「・・・・・・?」
雪哉は訝しげにその動作を見ていた。
その視線を受けて、万里が綺麗に微笑む。
「中絶手術の同意書ですわ。サインはもちろん嘉人さんが書かれたものではありませんけど。嘉人さんはまだご存知ありませんもの。今私のお腹の中には、嘉人さんの子どもがいますの。あなたが私の前から消えていただけないというのなら、私はこの子を中絶しに行くつもりですわ。どうなさいます?あなたの命か、この子の命。どちらか一方選ぶとしたら、あなたはどうするおつもり?」
「あんた・・・・・・気でも違ってるのか?自分の子どもだろう!?その子どもの命と俺の命のどっちかって、頭おかしいんじゃねーの!?」
「おかしくなんてありませんわ。しょせん子どもも私にとっては道具の一つでしかありませんもの。私は私が一番大事ですの。私の望みを遮ろうとするものは何であろうと容赦はしませんわ。ですから、選んでいただけますかしら?あなたの命か、この子の命か。もっとも、嘉人さんへのあなたの気持ちが本物だと言うのならば、選ぶまでもありませんでしょう?嘉人さんの血を引く、笹川の後継者と自分の命なんて比べるまでもありませんものね」
顔面蒼白になる雪哉の表情見て、万里が楽しそうに笑う。
そしてその綺麗な指先を動かし、ゆっくりと雪哉の背後をもう一度指差した。
雪哉はまるで魂の抜けた人形のように、万里の指差す自分の背後を首だけでゆっくりと振り返った。
頭の中が真っ白になっている。
万里の顔と、書類とを交互に見る。
ゴクリと喉をならしてなんとか唾を飲み込んだ。
万里は本気なのだ。
雪哉の存在が殺したいほど邪魔なのだ。
そのためには自分のお腹の中の子どもすらどうでもいいと平然と言い切る。
雪哉は万里に試されている。
本気ならば、嘉人のために死ねるだろうと。
そしてそんな万里の考えは悲しいけれど雪哉にとっては肯定すべきものだった。
嘉人の子どもが生きているというのならば、殺すことなんてできない。
自分の命でその子が助かるのならば、自分が死ぬ方がましだと思えるほど、嘉人のことを愛している。
「あなたがそこから、私の目の前から消えるのを、ここでずっと見ていますわ。邪魔者が目の前からいなくなるのはどんなにすっきりすることかしら。さぁ、早く消えてくださらない?」
汚いものでも見るように、万里が顔をしかめながら雪哉に催促する。
その視線に押されて、雪哉はギクシャク強張りつく手足をなんとか動かしながらソファから立ち上がった。
手足は鉛のように重い。
いつか人は死ぬけれど、その死の瞬間を考えたことなんてなかった。
死にたくなんてない、生きてずっと嘉人の側にいたかったけれど、自分のことより嘉人のことを雪哉は何よりも大事に思っている。
まだ生まれていない形にもなっていない命だけれど、それが嘉人の血をひく彼の大事な子どもなのだとしたら、守ってやりたい。
万里にとって子どもを殺すことも、雪哉を殺すこともなんのためらいもないこと。
ただ道端に転がる石ころが、自分の行く道を遮っていたらそれを横へ転がすようなものなのだ。
彼女にとって、自分以外のものはすべて価値のないもの。
自分だけがいる世界。
悲しい女だと思った。自分以外の誰も愛せない悲しい女なのだと。
「・・・・・・可哀想な人だな、あんたって」
雪哉は振り返って万里を見ることもせず、小さくつぶやいた。
聞こえていようといなかろうと、どうでもいいことで、ただ、本当に悲しかっただけ。
万里が可哀想だと思った。
そしてこの選択しか選びとることのできない自分が馬鹿だと思った。
悲しくなるほど馬鹿だと思った。
嘉人は怒るだろう。こんな自分の馬鹿げた選択を知れば怒り狂うだろう。
悲しい・・・・・悲しい・・・・・・悲しい・・・・・・
昨日の幸福が嘘のように、今はただ悲しいだけ。
何が悲しいのか、虚ろな心ではそれを考えることもできない。
遠く、遠く感じた。ほんの数歩のはずの部屋の窓まで。
そっと手を伸ばし、鍵を開ける。
風圧で押し戻されるのか、窓は開くのに力がいった。
ようやく人一人が通れるか通れないかの隙間が外へと向かって開かれる。
そこからひらりひらりと雪が部屋の中へと入ってきた。
雪哉を外へと誘うように、雪は軽やかに舞いつづけている。
窓の側にサイドテーブルから椅子を寄せ、窓枠に足をかける。
足を片方づつ外へとたらし、雪哉は窓枠へと腰掛けた。
隙間を滑って外へと出るしかない。
ここはホテルの最上階。
落ちたら確実に命はないだろう。
たった今、死のうとしている自分を雪哉はおかしく思った。
悲しいはずなのに涙は出てこない。ただ渇いた笑いが喉の奥からこみ上げてくる。
雪哉はかすかに喉から笑いをもらすと、深呼吸した。
自分はとうに狂っていたのかもしれない。
嘉人を愛していると自覚したあの日から。
雪哉は万里の方を振り返った。
万里はソファに座ったまま満面の笑みで雪哉の様子を見ている。
「さようなら。もう二度と私の邪魔はさせませんわ」
雪哉は息を吸い込み、目をぎゅっとつぶった。
ドクン、ドクンと自分の中の心臓の音がうるさいくらいに響いてきて、雪哉は大きく頭を振った。
少し、ほんの少し体重を前へと動かすだけでいい。
滑らすように窓枠を降りればいい。
舞いつづける雪で視界が悪くなり、怖さは半減していた。
雪の中に飛び込むように、雪哉はそっと窓枠を滑り降りた。
その瞬間、叫び声が響いた!
「雪哉―っ!!」
体半分滑り落ちようとしていた雪哉の上半身を、必死の形相で嘉人が抱きとめている。
いつの間に嘉人が戻ったのだろうか?
扉を開く音すら聞こえなかったのに。
すごい力で部屋の中へと引き戻され、雪哉は力任せに嘉人に殴られた。
その勢いで雪哉は床へと沈み込む。
痛む頬を手で覆い見上げると、荒いを息をついたまま、嘉人が真っ青な顔で床に倒れた雪哉を見下ろしている。
その後ろには同じように真っ青な顔をした西村も立っていた。
蒼白な顔でじっと悲しそうに雪哉を見ていた。
何か言おうと口を開きかけた雪哉の側にその視線を遮るように嘉人は跪き、強く抱きしめる。
それから無言のまま万里の側にいき、冷たい目で見下ろした。
「君がここまで馬鹿だとは思わなかった!笹川がそんなに欲しければくれてやる!」
テーブルにバシッと離婚届を叩きつけ、嘉人が叫んだ。
こんなに激昂した嘉人は見たことのなかった万里は、ビクリと体を竦ませた。
「万里、お前何をしようとしていたのか自分で分かっているのか?」
驚愕に開かれたままの万里の視界に西村が入ってくる。
西村は悲しそうにじっと万里を見ていた。
「お兄様・・・・・・なぜここに?」
「お前の様子がおかしいと運転手が連絡をくれたんだよ。笹川の家の車を使わずに、わざわざうちから呼び寄せたりするからね。嫌な予感がして笹川に連絡を取ったら、万里の向かった先には雪哉くんがいるって言うじゃないか。お前の性格からして何をするか分からないから、慌てて駆けつけてみれば・・・・・・案の定。何を言って雪哉くんにそんなことをさせたのか知らないが、お前は自分のしたことをちゃんと分かっているのか?」
悲しい声。
さっきまでの雪哉ときっと同じ気持ちでいる。
可哀想なそして哀れな自分の妹に、西村は悲しくてしかたないのだ。
悲しく、そして静かに怒っているのだ。
いつも優しげな西村の声音が、ひどく強張っている。
震える拳をぐっと握りしめ雪哉と嘉人を振り返った。
「笹川、一度、万里を連れて帰ってもいいだろうか?あとでお前の気のすむようにどんな処分でも受け入れさせるから。父と、万里と、俺は話し合うことすら諦めて放ってきた。万里がこんな気性だと知っていても、俺は万里を正すことをしてこなかった責任がある」
西村は嘉人に向かって深く頭を下げた。
兄として妹のしたことを詫びているのだろう。
そんな西村の気持ちをまったく理解していない万里が、ヒステリックに怒鳴り始めた。
「私が何をしたというの?その子が自分で決めて飛び降りようとしただけですわ。何も知りもせずにどうして私を責めるんですの?」
「お前がそうさせたんだろう?お前がその選択しかできないように雪哉くんを追い詰めたんだ。違うか?たとえ自分の手で殺さなかったとしても、お前がそう仕向けたのならば、それは罪になる」
「罪ですって!?私を裏切った嘉人さんはどうなるんですの?それは罪ではありませんの!?私はもう嫌ですわ!裏切られるのも、邪魔をされるのも!ようやく望むものを手に入れたはずなのに、切り捨てられようとするその屈辱感が、お兄様には分かりますの!?」
バシッと小気味いい音が響いた。
西村が万里の頬を力任せに叩いたのだ。
頬が赤くなるほど力を込めて、手加減をせずに思い切り叩いた。
きっと生まれてから一度も、手を上げられたことなどなかったであろう万里。
驚きのあまりに大きな目をさらに見開いて、信じられないものでも見るように、西村を凝視している。
驚いて言葉も出ない万里の様子に構わず、西村はさらに言った。
「人の心は望めば手に入るものじゃないっ!相手を思う心があって初めて気持ちは通じるものなんだ。おまえには裏切られるその資格すらない!」
西村の激しい怒りに晒され、打たれた頬を片手で押さえたまま放心している万里。
西村はそんな万里の手を引いて、雪哉と嘉人にもう一度頭を下げると静かに部屋を出て行った。
雪哉は呆然とそんな二人の後ろ姿を見送った。
怒鳴る西村なんて想像したこともなかった。
いつも飄々としていて、雪哉が何を言っても一度も怒ったことのない西村。
たぶん万里に対しても、そうだったことだろう。
その西村が手まで上げて、挙句に怒鳴ったなんて青天の霹靂だ。
さっきまでの悲しい虚ろな気持ちも今の一幕にすっかり吹き飛んでしまい、雪哉は自分の置かれている立場を綺麗さっぱりと忘れてしまっていた。
「・・・・・・雪」
いつまでもポカンとしたまま扉を見ている雪哉に焦れた嘉人が、ソファにどっかりと座り込み、声だけで雪哉を引き寄せる。
雪哉はその声にハッと我に返ると、そろりと後ろを振り返った。
ひどく不機嫌な様子で嘉人がじっと見ていた。
クイッと顎だけで側にくるように指示される。
雪哉はそろりそろりと獣との間合いを計るように近づいて行った。
途中で焦れた嘉人が素早く立ち上がり、腕の中に雪哉を引き寄せてそのままソファへと座り込んだ。
まるで膝抱きされるような格好で嘉人とソファにすわり、雪哉は身じろぎすることすら許してもらえなかった。
しばらく無言のまま、嘉人は雪哉をそうやって抱いていた。
「なぁ・・・・・・嘉人、手離してくんない?」
「・・・・・・」
そのまま三十分が経過したころ、雪哉が小さな声で訴えてみたが、嘉人は返事すらしようとしない。
「首痛い・・・・・・変な姿勢だから背中もつりそうだし・・・・・・」
訴えてくる雪哉の言葉を無視して、嘉人はさらに強く抱きしめなおした。
「イテテ・・・・・まじ痛いって。嘉人?こら?」
抗議に嘉人の腕をバシバシ叩いてみるものの、それでもピクリともしない。
それからまた三十分が経過したころ、嘉人が長い溜息をついた。
「・・・・・なんであんなことしようとしたんだ?」
嘉人がボソッと低い声で、雪哉に問い掛けた。
「・・・・・・お前が死んだら、俺がどう思うか考えなかったのか?少しでも、俺のこと考えてくれなかったのか?」
雪哉の返事を待たずに、辛そうに嘉人が耳元でつぶやく。
まるで雪哉の存在を確かめるように、逃がさぬように、腕の力をさらに強くしていく。
「ああするしかないと思ったんだよ。あの人・・・・・・万里さんさ、嘉人の子どもがお腹にいるんだって。本当だと思うよ。そんなことで嘘ついたりする人じゃないじゃん?で、俺はその子を守りたかったわけ。嘉人の血を引く子どもなら、絶対にこの世に生まれてきて欲しいって思ったんだよ」
「お前が死なないと子どもを中絶すると言われたのか?」
「そ。あの怖い人ならまじでやりかねねーだろ?俺さ、ほんとに自分のことなんてどうでもいいぐらい、嘉人のことが好きみたい。足が勝手に動いてた。嘉人怒るだろうなぁ・・・・・てチラッとは考えたんだぜ?」
「馬鹿じゃないのか?怒るだろうって考えたのならやめてくれ。お前が本当に死んでたら、怒るだけじゃすまなかったぞ。俺が殺人者になってるところだ」
冗談でもなさそうな口ぶりで、嘉人が言う。
嘉人なら本気でやりかねないな・・・・・・と内心思いながら、雪哉はひっそりと笑った。
笑いながら、なぜか今度は泣けてきた。
抱きしめられた嘉人の腕の中で、涙はどんどん溢れてきて、そして止まらなくなった。
やがてそれが嗚咽に変わるころ、抱きしめる腕を解放して、嘉人が雪哉の顔中にキスを降らし初めた。
涙で濡れた目をそっと舌でなぞり、嗚咽ごと唇で塞ぐ。
ゆっくりとそのままソファに押し倒されて、間近から二人は見つめ合った。
雪哉の濡れた瞳に、真剣な嘉人の姿が映し出される。
「・・・・・・間に合って良かった・・・・・・お前を失わなくて良かった・・・・・・」
震える手で雪哉の存在を確かめるように愛しげに頬をなぞり、嘉人が間近でつぶやいた。
「俺も・・・・・・死んでもいいかなと思ったけど、こうやってもう一回嘉人に会えて良かった。もっといっぱい話したりキスしたりしたい。そんで嘉人そっくりの子ども一緒に育てたりしたい。嘉人の側でずっと一緒に生きていきたいよ、俺」
雪哉は涙でぐしゃぐしゃになったままの顔で笑い泣きしながら、両手を伸ばし嘉人の背中を抱きしめた。
それに答えるように、嘉人が力を込めて雪哉を抱きしめ返す。
「愛してる」
と何度もつぶやきながら。
トクントクンと心臓の音が聞こえる。
自分の中の鼓動と重なり合うようにそれは規則正しく響いてくる。
一生こんなふうに寄り添って、一生こんなふうに時を刻んでいきたい。
嘉人の側で、嘉人と共に。
その晩、今年もっとも寒い日の訪れを雪が告げた。
ひらり、ひらりと降る雪を窓越しに見ながら、雪哉は嘉人の腕の中で体温を感じながらまどろむ。
この幸福を噛み締めたくて、眠い目を擦り擦りなんとか起きていたけれども、隣で静かに寝息を立てはじめた嘉人を見ていると、眠気がすぐそこに訪れてきていた。
大丈夫、嘉人が側にいる限り、明日目が覚めても、きっと同じ幸福がそこにあるはず。
雪哉はそう自分に言い聞かせると、ゆっくりと重い瞼を閉じた。
願わくば、夢の中にもこの幸福が訪れますように・・・・・・。
【END】
★ コメント★
終わりました〜(T.T)
二年の(途中いろいろ中断したけど(笑))連載を終えてようやく終了しました!
もっと万里を暴れさせたかったけど、意外に大人しく帰っていきました(^−^;)
う〜んちょっと不完全燃焼?とにもかくにもようやく終わることができてほっとしております。
ほんと良かった〜いつ終わるのかと自分でも心配だったのよ。
今度からは短編にするわ(笑)
皆様長い間お付き合いありがとうございました〜m(_ _)m
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