【空から降る雪vol.26


「何のために俺がお前の側離れたのか、嘉人は全然分かってねー!俺はお前とずっと一緒に生きていきたいから、お前と肩並べてずっと一緒に頑張って行きたいから、だからっ!」
 雪哉は叫んだ!
 心を閉ざしてしまったかのような狂気の嘉人に声を届けようと、必死で叫んだ。
 けれど西村を凝視したまま、嘉人は雪哉を閉じ込める腕の力を緩めはしない。
「ずっと一緒に生きたいというのならば、なぜ俺の側から離れる?離れる必要がどこにある?政略結婚などしないだと!?ではどうすればいいというんだ?すべてを捨てて雪哉と生きれば満足なのか、西村!?お前の言う言葉はただの理想論だ!愛する者を守って生きていくならば、力が必要だ!力を無くすわけには俺はいかないんだ!」
「・・・・・・守るんじゃない。一緒に生きたいと彼は言っているんだよ、笹川。雪哉くんがもう守られてばかりの子どもじゃないとどうして分からないんだ?」
 嘉人の言葉に、西村は悲しげに首を振った。
 心が通じない。
 これほど悲しいことはないだろう。
 西村の言葉に嘉人は反応しない。
 会場内は再び水を打ったような静けさを戻した。
 嘉人と西村が視線だけで睨みあう。
 どのぐらい経っただろうか?
 ドンドンドンと扉が外から叩かれる。
 夢から覚めるようにハッと意識を戻し扉の方をいっせいに向いた。
「笹川様っ!そろそろ避難なされないと危のうございますっ!扉をおあけしても宜しいでしょうか!?」
 嘉人の命令で近づくことを禁止されていたホテル側の人間が、あまりの遅さに心配して声をかけにきたのだった。
「・・・・・・」
 嘉人は無言のまま扉を凝視している。
 避難する気はさらさらなさそうだった。
 それに業を煮やした西村が、説得しようと嘉人に声をかける。
「笹川、とにかく先に避難しよう。話はまたそれからだ。こんなところで三人丸焦げになっては馬鹿馬鹿しいだろうが?」
「・・・・・・手を離せば、お前はまたいなくなる・・・・・・俺の側を離れて・・・・・・」
 そっと腕の力を抜いて、手中の珠のごとく雪哉をそっとその腕の中から覗かせた。
 愛しくて、愛しくて、気が狂ってしまいそうなほど、嘉人は雪哉を愛している。
 こんなに人を激しく愛したことは未だかつてなかった。
 雪乃を愛していた。
 どんな手を使っても自分のものにしようと誓ったけれど、逃げていくと分かった瞬間、それを止めようという気は起きなかった。
 離れていくのならば仕方ないと、すぐに納得できる自分がいた。
 逃げようと、離れようとする手足を絡めとリ、ずっとこの手の中に閉じ込めておきたいなんて、そんな狂気な思いが自分の中に存在するなんて思いもしなかった。
 人を愛するということは、自分の醜さをも受け入れなければならないということなのだ。
 嵐のような激しい思い。
 こんな思いは一生に一度だけ。
 人生を狂わす恋を嘉人はしているのだ。
 それは出会わなければ良かったのかもしれないと思わせるほど・・・・・・。
「笹川!」
 固まったまま扉の外に返事をしようとしない嘉人に焦れて、西村が声をかける。
 力の緩まった嘉人の腕の中から顔を出し、雪哉は西村にそっと首を横に振ってみせた。
 そして視線だけで扉を示す。
 先に行けというように。
「・・・・・・残酷だな、君は。俺だけのけ者にする気なのかい?」
 西村がため息とともに肩を竦める。
 言い出したら雪哉がきかないことは、ここ最近の付き合いで分かってきていたことだった。
 案の定、雪哉はニヤリと悪戯っぽい瞳で笑うと、もう一度顎で扉の外を示した。
「嘉人と二人で話したいんだ。あと五分だけ時間をくれよ。すぐに行くから。外の人たちにもそう言っといて欲しい。いいだろ、嘉人?」
「お前が残るなら俺はかまわん。五分で何が話し合えるのかわからんがな」
 雪哉の言葉に、嘉人はその腕をといた。
 西村が後ろ髪を引かれながら、扉の外へと出て行った。
 雪哉は嘉人を真下から見上げ、両手でその頬を包む。
 心から、自分の正直な気持ちだけを嘉人に届けたい。
 そう思った。
 嘉人に理解を求めずに逃げ出す道を選び、自分の心に嘘をついて気持ちを捨てようとしたことのつけが今ここにあるのだと思う。
 嘉人のことが分からなくなってしまったのも、嘉人と正面からぶつかることを避けてきた自分のせいなのだ。
 今ここにいる嘉人も、自分の愛した嘉人も、同じ者。
 同じ自分が愛する者なのだと言うことを、雪哉はもう一度自分の心に言い聞かせた。
「・・・・・・嘉人、俺は逃げないし、離れない。場所は問題じゃないんだ。気持ちが大事なんだと俺は思う。俺が嘉人を思う気持ち、それ以外の何がいるってんだよ!?俺の人生全部お前にやるって言ってるんだ、それで何が不満なんだよっ!?」
 嘉人じっと雪哉を見ている。
 ずっと会いたいと望んでいた者。
会いたくて会いたくて、気が狂いそうな時間を経て、ようやく見ることの叶った愛しい姿。
嘉人は一瞬たりとも目を離すまいとするように、雪哉を真上から覗き込んでくる。
 離れていた時が、せつなさがいっきに嘉人の中に押し寄せる。
 自分の頬を包み込んだ雪哉の両手を逆に捕らえ、もう一度力いっぱい抱きしめる。
 懲りない嘉人の行動に、雪哉は堪忍袋の緒が切れた。
 嘉人の腕の中から力任せに抜け出すと、ドンとその胸倉を掴み上げた。
 びっくりしたように嘉人が雪哉を見下ろしている。
「だーかーらー、俺の話を聞いてんのかよ、嘉人!そんな力いっぱい抱きしめなくても俺は逃げねーし、離れない!今はお前の側に入れないけど、でもそれは俺の気持ちが離れてるのとは違うんだってこと、何でわかんねーかな!?そりゃ、側を離れるなっていうのに屋敷を飛び出したのは悪かったけど、でも理由をちゃんと説明しても嘉人が聞いてくれなさそうだったのが悪い。そうだ、嘉人も悪いと俺は思うぜ。人の話を聞かなさすぎだ!好きでもねーのに嫁はもらうし、今日は俺のことは知らん顔するし!俺がどれだけあんたに会いたかったか分かってんのか!?でも嘉人は結婚するし、嫁をもらうから俺は側にいちゃいけないし、俺のことが足手まといになったら困るし、だから俺は力をつけようと思ったんだよ!嘉人を助けれるようになるぐらいにさ!だから西村んとこに仕事の修行に世話になりに行ってんだよ!それを心中だのなんだのと、話をややこしくするなっ!生きて、嘉人の側にいられなきゃ意味なんてねーんだよ!それもこれも愛してるからだって言ってんだよ、馬鹿野郎―!!!」
 雪哉はいっきに捲くし立てると、ハァハァと息をついた。
 嘉人に対して、こんなに怒鳴ったのはきっと初めてだ。
 こんなに自分の気持ちを正直に嘉人にぶつけたことも。
 きょとんとした顔をして自分を見てくる嘉人に、この気持ちが伝わってくれればいいと雪哉は願わずにはいられなかった。
 ただ好きだ愛してるだだけの気持ちじゃない、嘉人と一生一緒にいたいと思う自分の覚悟を嘉人に伝えたかった。
 今まで言いたくても言えず、諦めようと何度もした気持ちを、嘉人にどうしても伝えたかったのだ。
 醜い自分もすべてさらけ出した。
 それでも、嘉人が自分を必要と言ってくれるなら・・・・・・そうして一緒に生きて行こうと言ってくれるならば、雪哉はもう二度と嘉人を諦めるなんて思わないことに、たった今決めたのだった。


 

 


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★ コメント★
雪哉が元気を取り戻してくれたみたいでよかった〜。
この我儘さ、切れやすさが本来の彼なんですね。今までは恋することでいつもの自分を見失っていたみたいです。
ま、それも雪哉なんですけどね(^−^)

 




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