【空から降る雪】―vol.25―
パシッと小気味いい音が会場に響いた。
広いフロアの中でたった三人。
不気味に静まり返っていた中で、素早く動いた雪哉が嘉人の頬を思いっきり引っ叩いたのだ。
「ぐーで殴らなかっただけ感謝してもらおうか!馬鹿言ってんじゃねーぞ、嘉人!俺はお前と死ぬ気なんてちっともねーからな!」
怒りに震える拳をなんとか抑えながら、雪哉が嘉人を睨みつける。
心中なんて言葉を簡単に口にしてしまえる嘉人に心底腹がたった。
そして心底悲しかった。
嘉人が嘉人でなくなった。
自分の知る嘉人はもうどこにもいないのだ。
嘉人は叩かれた頬を気にすることなく、雪哉の手を力を込めて握り、ぎゅっと自分の方へと引き寄せ、腕の中へと抱きしめた。
その腕から出すまいとするかのように、嘉人は腕の中の雪哉の呼吸さえも奪うようにありったけの力を込めて抱きしめる。
そして雪哉と西村に言い聞かせるように、腕の中に雪哉を抱きしめたまま低く唸るようにつぶやいた。
「・・・・・離すぐらいなら殺す方がましだ。西村には渡さない。万里さんにも邪魔はさせない。お前の気持ちすらもう俺にはどうでもいいんだよ」
目の前に立つ西村に視線を投げたまま嘉人は動かない。
腕の中の雪哉はあまりの嘉人の腕の力の強さに呼吸すらままならない。
喘ぐようにしてなんとか息をし、自由の利かない両腕を少しでも動かせるように力を込める。
けれど、嘉人はそんな雪哉の反応などまるで赤子の手を捻るようにして、軽々と封じ込めてしまう。
本当にその手の中に閉じ込めて、雪哉の自由をすべて奪ってしまいそうだった。
心も何もない、逆らわない人形でいいと言うのか?
自分の気持ちすらもいらないと言われて、雪哉自身の思いはいったいどうすればいいと言うのか?
嘉人の求めるものは、雪哉自身ではなく、嘉人の側にいて嘉人の言うことだけを聞いてきた七年間擬態してきた雪哉なのではないだろうか!?
人形扱いなどするはずがないと、確信していたあの頃の自分の気持ちが今ではもうわからない。
嘉人のことを誰よりも理解していたはずなのに、今は嘉人の気持ちが少しも見えてこない。
もう取り返しはつかないのか?
信じていた嘉人の気持ちが、その存在が今は遠く感じられる。
もう自分たちは分かり合えないのかもしれない。
二人の間には、いつのまにか見えない壁が立ちふさがっているのかもしれない。
自分の愛したはずの嘉人はもうどこにもいないのだ。
「前にも言ったと思うけど、そんな考え方しかできないお前には、俺も雪哉くんを渡すわけにはいかないな。もっとも、彼は誰のものでもないけどね。笹川、人を真剣に好きになったことのない奴にはお前の気持ちは分からないって言ったの覚えているか?」
嘉人の腕の中で、意識が朦朧としてきた雪哉の耳に、西村の声が届いてきた。
それに対する嘉人の反応は窺えない。
しばらくの間があって、なんの反応も返さない嘉人に、西村がさらに言い募る。
「確かに今まで人を真剣に好きになったことなんてなかったよ、俺は。でも今は違う。俺は雪哉くんが好きなんだ。だから雪哉くんの気持ちがどうであろうと、今のお前に雪哉くんを渡すわけにはいかない。今のお前では彼を不幸にするしかない。俺は違う。俺ならそんな愛し方はしない。俺は雪哉くんに一緒に歩いて行ってほしい。一緒にずっと頑張っていきたいし、俺の気持ちが彼にあるままならは、俺はたとえ政略であろうと結婚もしない。自分の気持ちも、彼の気持ちも裏切らないと決めたんだ。お前を見てだ、笹川。すべての気持ちを裏切ってきたから、お前は今そんなに必死になって足掻いているんだ。真剣に人を好きになって、確かに独占欲もあるし、理性なんて何の役にもたたないっていう気持ちも理解できるけれど、真剣に好きになったからこそ、だからこそ、相手をちゃんと見ていたい。腕の中に閉じ込めて、その存在を独占することで相手の姿を目に映らないようにしてしまいたくはない。等身大で彼を見ていき続けたいんだよ、俺は」
目を覚ませ!と叫んでいるようだった。
西村は自分だけではなく、嘉人のこともまた大切に思っているのだと言う気持ちが痛いぐらい伝わってくる。
思えば、西村と初めて会った時に、この独占欲の強い嘉人が自分を預けた相手が彼だったのだ。
それぐらい嘉人は西村のことを信頼していたということ。
彼らはずっと友情を育んできた。
嘉人が嘉人でなくなり、悲しいのは自分だけではないのだ。
「目を覚ませよ、嘉人!!」
雪哉は嘉人の腕の中からあらん限りの力を振り絞って、声を張り上げた!
気付いて欲しい!
戻ってきて欲しい!
嘉人が嘉人であるように!
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★ コメント★
そろそろホテルのスタッフでも出しとくか(笑)
いいかげん火事もそろそろひどくなるだろうしな。呑気なやつらだよ。目を覚まして欲しいのは私のほうだよ〜(^−^;)ははは。
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