【空から降る雪vol.23


 非常ベルが突然鳴り響き出した!
 今までおめでたいムードの漂っていた会場内が、シンと水を打ったように静まり返る。
 バックミュージックだけが空々しく響き、けたたましくなりつづける非常ベルの音をよりいっそう現実味を帯びさす。
「どうした?」
 いち早く源蔵が動き、ホテル側の人間を呼び寄せる。
 真っ青な顔をしたホテル側の人間が、頭を下げながら、源蔵に何事かを説明している。
 ホテル側にとってもこの結婚式はホテルの名をあげるために大事なものであって、かなりの動揺っぷりが見てとれる。
こんなことで笹川グループの怒りを買いでもすれば、営業が困難になるのは火を見るより明らかだ。
七年間、ずっと笹川に守られている間にはそんなこと気付きもしなかった。
笹川の力の巨大さを。
どれだけ自分がすごい力で保護され続けてきたのかなんて、考えたこともなかった。
誰からも、何からも傷つかぬように、細心の注意を払い、もてるすべての力をそそいで、雪哉は嘉人に守られつづけてきた。
殻を破り、外に出て、そこから見た世界の中の笹川グループは、畏怖するほど巨大なものだった。
その巨大な力を持つグループのトップにいる男。
それが嘉人。
高砂席に座る嘉人と万里は、さすがというか微動だにせずに笑顔のまま動揺をみせない。
 ボソボソとホテルの人間と話す源蔵の声音がどんどんと険しくなってくる。
 よほどの事態なのだろうか?
 雪哉は智子と顔を見合わせた。
 それから視線は自然と西村の方へとうつり、その視線がずっと自分を見つめていたことに気付いた。
 周りの招待客たちのように動揺しているわけではないが、心配そうに雪哉を見ている。
 今すぐ雪哉の側に駆けつけたいと願っているからだろう。
 その視線がくすぐったくなり、雪哉はプイと視線を逸らした。
 逸らした先に、嘉人の無表情な顔が視界に入ってくる。
 嘉人もまたじっと雪哉を見つめていた。
 非常ベルに気を取られているのか、万里も別に嘉人の視線には注意を払っていないようで、雪哉はそっと安堵の吐息を吐いた。
 嘉人の目は怒っているようでも、悲しんでいるようでもない。
 ましてや自分を心配しているものでもなかった。
 見たことのない奇妙な違和感を感じた。
 今まで見たことのない嘉人がそこにいる。
 あれは誰だろう?
「雪ちゃん、聞いてる?火事ですって。そんなに急ぐほどの規模でもなさそうだけど、招待客の方の中には大事なお客様もお招きしているし、用心して式はとりあえず一時中断するみたいよ。こんなおめでたい日になんて不吉なこと。ホテル側にはきつく言っておかなくちゃ」
 智子はおめでたい席を邪魔されたことに対する苛立たしさで、すっかり機嫌を悪くしてしまっていたるようだった。
 源蔵は厳しい顔のまま、そっと頷いている。
 しばらくすると高砂にいる嘉人と万里のところにもホテル側から説明に人が走り、アナウンスが流れ始めた。
 招待客たちは、口々に不満や残念さを口にすると、嘉人たちへあいさつをしながらゆっくりとホテル側の案内にそっと避難し始めた。
「私たちは招待客や親族の方々が避難されてから、嘉人と万里さんを出して、それから最後に出るみたいね。ひどいことになる前でよかったこと。大丈夫?雪ちゃん?」
「えっ?あ、ああ・・・・・・大丈夫。火事って聞いてびっくりしただけだし。智子さんこそ大丈夫?避難が最後で怖くない?」
「源蔵さんも雪ちゃんもいるもの。大丈夫よ。怖くないわ。あぁ、でも雪ちゃん。あなた火は大丈夫なの?確かご両親・・・・・・交通事故で炎上した車の中でお亡くなりになってるんじゃ?」
 そうだ。
 確かに火は大嫌いだ。
 突然の交通事故。
 まだ小さかったせいか、ぶつかる車の窓から投げ飛ばされた雪乃と雪哉。
 地面に叩きつけられ、痛みの中で見たものは、炎上する車の中に取り残された両親の姿だった。
 二人ともぶつかった時のショックか、意識を失っているようだった。
 声の限りに叫んだ。
 父母の名を。
 近寄ろうにも体が痛みで言うことをきかない。
 そのうち車が大きく燃え出して、何度か爆発を繰り返し、炎の中に父母の姿はやがて見えなくなっていった。
 今でも時々夢に見る。
 血だらけの父母と燃え盛る火を。
 鮮明に思い出してきた過去に、身震いが走る。
「大丈夫かい、雪哉くん?」
 いつの間に側まできていたのか、西村の姿がすぐ後ろにあった。
 心配そうに雪哉を覗き込んでくる。
「あぁ、あんたか。びっくりさせんなよ」
「真っ青な顔をしているね。先に避難するかい?」
「いいよ。客より先に避難なんてしたら、親族連中に後で何言われるかわかったもんじゃないし」
「そんなこと関係ないだろう?具合の悪いものが先に避難するのは当たり前のことだ」
「具合なんて悪くねーし、大丈夫。ちょっと火事が苦手なだけで・・・・・・それよりあんたこっちの席に来てていいの?自分の親とかもいんじゃねーの?」
「父にこちらの様子を伺ってくるようにと言われたから来てるんだよ。大丈夫ですか?会長、智子さん?」
 今まで黙って二人のやりとりを聞いていた智子が、目をびっくりしたように丸く見開いて雪哉と西村を見ている。
「大丈夫よ、武彦さん。それにしてもびっくりしたこと!雪ちゃんがまぁいいたい放題、あなたにあんな口聞くなんてっ!?すっかり懐いてるって噂は本当だったのね〜なんだか私悔しいわ。私が七年以上かけて雪ちゃんと縮めてきた距離を、あなたはここ数ヶ月ですっかり縮めてしまっているのね?聞きました?源蔵さん?」
 雪哉は二人の前だと言うことをすっかり忘れて、ついいつものように西村に口を聞いてしまったことを智子の言葉で気付き、気まずげに顔を俯かせた。
 なぜか西村にだけは遠慮せずにズケズケと言えてしまえるのだ。
 それを人前ではあまり出さないようにしていたのだけれど、今はほんとうにびっくりしたものだからつい口が滑ってしまったのだ。
「本当だね、すっかり雪哉が懐いているようだ。これはすごい。嘉人がこれを聞いたら悔しがるだろうね」
 ハハハッと愉快そうに源蔵が笑っている。
「悔しいどころじゃありませんね、父さん。憎しみすら湧いてきますよ、西村には。俺から雪哉を奪っていこうとしているんだから、彼は」
 突然会話に嘉人が入りこんでくる。
 まったく気配を感じなかった。
 というかここに嘉人が来ることを考えもしなかったせいか、皆が驚いて嘉人の登場を見ていた。
 慌てて辺りを見回すと、大概の招待客たちは避難し終えていた。
 今まさに、万里がホテルの人間に案内されながらこちらに視線を寄越したまま連れられていくところだった。
「まぁ、嘉人、万里さんをこんな時に一人きりで避難さすだなんて、あなた何しているの?早く花嫁の側にいってさしあげなさいな!」
 智子が嘉人の行動に非難を浴びせる。
 それでも嘉人はその場を動こうとはしなかった。
 じっと黙ったまま、西村と雪哉を見据えている。
 嘉人に話かける言葉が見つからず、雪哉は西村と嘉人を交互に困ったように見た。
 安心させるように西村が視線だけで微笑む。
 それに気付いた嘉人の表情が険しくなる。
 嘉人はホテル側の避難の案内に源蔵や智子、それに西村の両親たちを連れて行かせるよう指示すると、雪哉と西村と自分。三人だけを残すように指示してからホテル側の人間も出してしまい出口に立ちふさがった。
 

 


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★ コメント★
やはりやばそうですね、嘉人さん。
火にまかれちゃっても知らなくってよ〜(^−^;)
逃げてからやれよって感じですね(笑)
 




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