【空から降る雪】―vol.21―
誓いの言葉はまるで雪哉を諭すかのように教会の中に静かに響いた。
「病める時も健やかなる時も愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では誓いのキスを」
そっと嘉人が万里のベールをあげ、軽く頬にキスを落とす。
雪哉はそれを静かに見ていた。
痛みはもうない。
諦めると決めたからなのか?
それとも感情が麻痺しているだけなのだろうか?
まるで映画のワンシーンを見ているかのように、目の前に繰り広げられるシーンはどこか空々しく感じた。
目の前を拍手と賛美歌に包まれて、嘉人と万里がゆっくりと歩いていく。
嘉人はもうチラリとも雪哉に視線をよこさなかった。
あの激情を、嘉人はいったいどこへ逃がしたのだろうか?
そして自分の激情は、いったいどこへ行ったのだろうか?
分からない、分からない。
あれが正しかったのかも、間違っているのかも分からない。
ただ、もう取り返しのつかないことだけは分かっていた。
嘉人のことを考えてはいけないのだと言うことだけははっきりしていた。
そう考えても、頭はどこかぼんやりと他人事のようにそのことを受け止めていた。
招待客たちが教会から出て行くのに、雪哉はその場を動けずにいた。
「大丈夫かい?」
式が終わり、ぞろぞろと出て行く人たちをぼんやりと眺めていると、新婦側の親族席に座っていたはずの西村が、いつの間にか側に来ていた。
雪哉の様子がおかしいので心配して来てくれたようだった。
「・・・・・・変なんだ。何も感じない」
「いろんなことがありすぎて、きっと心がついていけないんだよ。理性と感情がうまくおりあっていないんじゃないかな」
「・・・・・・プッ、馬鹿じゃねーの?そんなデリケートな神経してねーよ、俺は」
真剣に心配して覗き込んでくる西村に、雪哉は小さく笑いをもらす。
「自分では意外に気付かないもんさ。泣きたいなら泣いていいし、喚きたいなら喚いてもいいよ。全部俺が受け止める。一人には絶対にさせないから、俺の前ではそんな顔しないで欲しいな」
雪哉の頬にそっと手をあて、西村が悲しそうな目で顔を覗き込んでいる。
「そんな顔ってどんな顔だよ?」
「こういう顔」
西村はウニッと雪哉の頬をつまむと、軽くつねってみせた。
「痛てーよ」
「ほんとに?」
「当たり前だろ、つねられてんだから痛いに決まってる」
「痛いのに、痛そうな顔してないんだよ、君は。見てごらん?」
そう言って西村は教会のガラスに雪哉を真正面に向かせてみせた。
透き通ったガラスにうつった自分の影は、笑っていた。
笑顔を張り付かせたままの不自然な自分がそこには映っている。
雪哉はパッと顔を背けた。
「笑わなくていいんだよ。君は今日、君の大事な思いを切り捨てたんだから。泣きたくて当然だ。もっとも、俺は嬉しかったけどね。チャンスだと思ってる。君のその空いた場所に俺は座りたいんだ。だから我慢せずに泣いてごらん?俺は君にベタぼれなんだ。俺の前で泣くことは君にはなんの弱みにもならないよ」
雪哉は西村のその真面目くさったキザなセリフに笑おうとして失敗した。
笑いはそのままくしゃりと歪んで、泣きそうな笑顔になる。
雪哉は西村の言葉に安心している自分に驚いた。
今まで乾いた砂のようだった気持ちに、突然水が染み込んでくるかのように、西村の優しさが心に入ってくる。
ポトリと涙が頬を伝った。
雪哉は慌てて、西村のスーツの胸元を両手で掴み、顔を俯かせながら、責めるように軽くゆすった。
「バッカじゃねーの・・・・・・キザッちぃんだよ。はっきり言って寒くなるね・・・・・・いいか、これはあんたのその寒いセリフに出てきた涙なんだからな・・・・勘違いすんなよ」
「何とでもどうぞ。泣いてる君の側にいられるなら、寒いセリフぐらいいくらでも言えるよ、俺は」
西村は小さく笑って、そっと雪哉を抱きしめた。
外では祝福の鐘がカランコロンと鳴らされる。
フラワーシャワーの歓声が響いてくるなか、誰もなくなった教会の中で、雪哉は声もなく泣いていた。
西村はただそっと抱きしめている。
ここは自分の居場所なんだ。
ここでだけ自分は自分をさらけ出せる。
この腕の中でだけ。
泣くのはここでだけだ。
あとは笑っていよう。
雪哉はそう決めた。
ようやく泣き止んだ頃には、なんだか妙にすっきりとした気分になっていた。
泣けないことが辛かった。
言えない気持ちが辛かった。
ここに何もかも承知で自分を見ていてくれている人間がいると言うことは、こんなにも安心感を与えてくれるのだということに、雪哉は気がついた。
浮上してきた気分に、恥ずかしさもあいまって、悪戯心がひょいと顔を出す。
「言っとくけど・・・・・・」
雪哉は今まで泣いていたのがまるで嘘のように、意地悪そうにニヤッと笑ってみせる。
「何?」
「俺、別に男が好きなわけじゃねーから、今度好きになるとしたら、可愛い女の子を好きになるんだからな」
「あ〜、はいはい。そんなことか。いいよ、女の子も好きになれば?」
西村は雪哉の言わんとしていることを悟って、肩をすくめてみせる。
動揺したようすもないその態度に、雪哉がムッとする。
「あんたのことは好きにはならないって言ってるんだぜ?」
「大丈夫。最後は俺のところに来るから」
「何だよ、その自信は?」
「そういう風になってるんだよ。だって俺は君以外好きにはなれないんだからね。君のせいで俺は恋も満足にできていなかった人間だって気づかされたんだから、責任はとってもらわなきゃね」
「はぁ?」
「だから、君が俺の初恋ってこと」
「はぁ!?」
おもしろそうに言う西村に、雪哉がびっくりする番だった。
ちょっと意地悪をしてやろうと思っただけなのに、反対に涼しい顔で爆弾を落とされた。
西村から逃げるのはかなり大変なことだと気付いたのは、その時だった。
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★ コメント★
西村が好き〜いっそのことこのまま二人をくっつけてハッピーエンドに!
と考える今日この頃です(笑)
西村と雪哉のやりとりが一番書きやすいなぁ。この二人はほんとに気が合うんだろうなぁと作者も思うぐらいです。
嘉人は暗いし、変人だし、どうかと思うぞ雪哉〜(笑)
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