【空から降る雪】―vol.20―
教会の鐘が盛大に鳴り響く。
もうすぐ式が始まる。
雪哉は大きく深呼吸をして、チャペルへと向かう。
式場についてからも、雪哉は嘉人に会いに行ってはいない。
嘉人もまた今日は雪哉に会おうとはしないようだった。
西村との仲も、今朝の西村の告白でぎくしゃくとしていて、雪哉の居場所はどこにもなかった。
西村の側は居心地がいい。
まどろんでしまいたくなるぐらい、そこは雪哉にとって気を許せる場所だった。
雪哉はそこをひどく気に入っていた。
西村に告白された今でも、あそこは自分の場所だと思っている。
ただそれは恋愛感情ではなかった。
嘉人への苦しいまでの気持ちと、西村への思いはまったく違うものであることはよく分かっている。
だから西村への答えは一つしかないはずなのに、雪哉はためらっているのだ。
あの居心地のいい場所を失うことを。
雪哉はまたため息をついた。
足取りは重い。
チャペルの鐘の音が、雪哉のことを催促するように、何度も何度も鳴り響く。
人だかりが向こうに見えてきていた。
その中心に、真っ白い衣装を身にまとった満足げな万里と、ポーカーフェイスのままの嘉人の姿があった。
じっと見つめていると、その視線に嘉人が気付いた。
スッと雪哉に視線を合わせる。
怒っているような、悲しんでいるような、なんとも言えない目で雪哉のことをじっと凝視している。
その嘉人の様子に万里も気付いたようで、微笑みはそのままに目だけで雪哉のことを牽制してきた。
雪哉は小さく二人にお辞儀をする。
万里は不愉快そうに視線を雪哉から逸らし、嘉人の視線だけが雪哉を捕らえてくる。
しばらく雪哉は嘉人と視線を合わせたまま、一歩も動くことができなかった。
時間にすれば数十秒のことかもしれないが、まるで時が止まったかのように思える。
嘉人の姿を久しぶりに見て、雪哉は自分の気持ちを思い知らされた。
嘉人の側を離れた時と、気持ちは少しも変わってはいない。
嘉人のことを好きだと思う気持ちは、切なさごとそのまま雪哉の中に残っている。
何も変わらない。
どんなに時間をおこうとも、自分の気持ちは変わらないのだ。
いますぐにでも側に駆け寄って、嘉人に「好きだ」と気持ちを伝えたかった。
「嘉人・・・・・・」
名前を声に出してつぶやいた途端、愛しさが全身から溢れ出てくる。
雪哉が駆け出しそうになった瞬間、後ろからいきなり肩を掴まれた。
振り返ると、そこには西村が立っていた。
静かな、何もかもを見透かすような目で、雪哉のことを見下ろしている。
肩にかけられた手は、そっと置かれているように見えるが、痛いぐらい強い力で掴まれていた。
「痛い、離せよ、肩」
「探したよ。どこに行ってたんだい?」
「どこでもいいだろ・・・・・・」
「駄目だね。主役の弟が行方不明じゃ話にならない。二人にもう祝福はしたのかい?」
「・・・・・・まだ」
「じゃ、おいで。一緒に行こう」
「ちょっ、引っ張るなって!手、離せよ!」
肩を掴む右手をそのまま離さず、空いた方の左手で雪哉の手をぎゅっと握ると、西村はそのまま雪哉を抱えるようにして、人ごみを掻き分けて嘉人と万里の方へとドンドンと近づいていく。
「おい、やめろよっ!俺は祝福なんてできないっ!」
「どうして?笹川のことを愛しているからかい?」
「・・・・・・」
「君は何にも変わってないね。笹川の家を出て、俺の側にきても、何一つ変わらない。俺はそれを変えたい。笹川とじゃ君は幸せにはなれない・・・・・・おいで、一緒に祝福しに行くんだ」
「嫌だ!」
雪哉は西村に握られた手を力をこめて振り払った。
「行くんだ」
静かな、しかし断ることを許さない声音で西村がきっぱりと雪哉に命令した。
そんな西村を見たことがない。
いつも穏やかに微笑んでいる優しい西村が、キツイ眼差しで雪哉を見ている。
雪哉はその西村の激情に何も言い返すことができずに、そのまま西村に手を引っ張られて、嘉人と万里の側まで連れていかれた。
「・・・・・・雪哉。元気にしてたのか?西村、雪哉が世話になったな」
「おめでとう、笹川、万里。幸せにしてやってくれよ、俺の妹を。ほら、雪哉くん」
嘉人は目の前にたった雪哉と西村をいぶかしむように交互に見ている。
その視線を避けるように西村の後ろに立っていた雪哉を、西村が手をひき二人の前に押し出す。
「・・・・・・おめでとう、嘉人・・・・・・・万里さん」
詰まるようにして言葉を口にする雪哉に、万里がいらつくようにベールを上げた。
「本当にそう思って祝福してくださるの?」
「・・・・・・」
万里の問いに雪哉は言葉に詰まる。
心の底から祝福なんてできるわけがない。
口先だけの祝福の言葉ですら、こんなにも雪哉を苦しめるのに。
「本当に祝福してくださるのなら、もう笹川の家には戻らないでいただきたいわ。私と嘉人さんの仲を邪魔しないで。笹川にはあなたは必要のない人なの」
「万里さんっ!?」
「万里!」
嘉人と西村が万里のきつい言葉を咎めるように名前を呼んだ。
けれど、万里はやめる気はないようで、雪哉へとまっすぐに視線を注ぐ。
「お兄様はいたくあなたのことをお気に召されたようね。そのまま西村の家にいらしてはいかが?西村で働くということは、笹川グループに貢献することと同じことですもの。あなたの恩返しは十分そこでもできますわ。けれど、笹川の家に戻ってこられると、恩返しどころか、嘉人さんの気持ちを乱して迷惑をかけるだけですもの。はっきりさせときましょう。もう笹川には戻らないで欲しいわ」
嘉人の妻になるという幸福が、万里をここまで強くさせる。
その幸福を守るために、万里は雪哉を決して近づけさせないつもりなのだ。
こんな強さが自分にもあれば、こんな選択をしなくてもすんだのだろうか?
どんなに好きでも、しょせん嘉人とはうまくいくはずがない。
嘉人にとってこの結婚はなくてはならないものだったし、それを自分が許容できるわけがない。
雪哉は自分が嘉人に言った言葉を思い出した。
どんなに好きでも、もう相手のいる嘉人には、自分の隣の場所はあげられないと言ったのは自分だったではないか?
こんなに好きな気持ちは変わらないのに、お互いの立場はもう遠いものになってしまった。
この気持ちは消さなければならなくなってしまったのだ。
時は流れ出した。
七年間、嘉人の手の中で何も知らずにただ嘉人だけを思って生きてきたまどろみの時間はもう終わったのだ。
側にいたくてあがいてみたけれど、どうにもならないこともあるのだ。
どんなに自分が変わろうとしたとしても、流れには逆らえない。
「・・・・・・わかった。もう笹川には戻らない。嘉人、万里さん、それが俺の結婚祝いだよ」
身を切るような心の痛みに、雪哉はぎゅっと拳を握り締めた。
嘉人は無表情のままじっと雪哉を見ているが、何も言葉にはしない。
嘉人もまた知っているのだ。
流れに逆らえないのならば、そのまま流されていくしかないのだ。
そしてそれは雪哉自身のためでもあり、嘉人のためでもあるということを。
震える拳を、そっと西村が包み込んだ。
ゆっくりと上げた視線の先に、愛しむような包み込む西村の視線がある。
このまま西村を好きになれたら、何もかもうまく行くのだろうか・・・・・・・?
そんな思いが雪哉の脳裏をかすめた。
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★ コメント★
暑いです〜。毎日めちゃ暑い。
夏休み早くこないかなぁと指折り数える毎日だよ。
なのに、この話は冬・・・・・いつになったら終わるのやら(^−^;)長いな〜。
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