【空から降る雪vol.16


「いらっしゃい、万里さん。ようこそ笹川家へ」
 満面の笑みで智子は万里を出迎えた。
 一番に自分が出迎えに行くと言いはって、まったく譲らず、しかたなしに嘉人と源蔵はその後に続いた。
「ようこそ、万里さん。首を長くしてお待ちしてましたよ」
 源蔵も万里に軽く手を差し出し歓迎の意を示した。
「引越しの準備で疲れてないかい?大変だったんじゃないか?この短期間で。さ、中に入って。とりあえず居間で暖かい物でも飲もうか」
 嘉人もニッコリと微笑むと、万里を中へと招きいれた。
 歓迎の対面が終わるのを側で控えて見守っていた房江が、嘉人の一言でさっとメイドたちに指示を出し、来客用の居間にお茶の用意に走らせた。
 万里はどうして嘉人が一番に自分を出迎えに来ないのかと、不満げな視線をチラリと向けながら、それでも義母になる智子を邪険に扱うわけにもいかず、ニッコリと完璧な笑みで答えてみせた。
「至らぬ点もあるかとは思いますが、宜しくお願いいたします。笹川へ嫁ぐことは私の念願の夢でしたので、少し気がせいて結婚式前なのに押しかけてしまいましたわ」
 ふふ・・・・と綺麗に万里が微笑みスッと当たり前のように万里が嘉人に向けて手を差し伸べエスコートを求める。
 居間へと向かいながら、智子がウキウキとした上機嫌な口調で万里に話かけた。
「万里さんには早く笹川に馴染んでいただきたいんですもの、押しかけたなんておっしゃらないでちょうだい。娘ができるなんて嬉しいことだわ〜。うちは男3人でしょ?女は私だけですもの。花がないったら。まだ可愛い方の下の子はご存知でしょうけど、今は西村くんにお預けしてあるから、よけいに潤いがなくって。せっかく久しぶりに日本に帰ってきたっていうのに、楽しみがなくて退屈していたところなのよ。今日は万里さんの歓迎パーティーをパーッと開きましょうね。引越しでお疲れじゃないといいんだけど」
「引越しといっても、ほとんど準備は嘉人さんがしてくださったから、大丈夫ですわ、ね、嘉人さん?」
 智子の言葉にそつなく答えながら、エスコートをして隣りを歩く嘉人を万里が甘えた仕種で見上げる。
 ずっと幼い頃から笹川の家に嫁ぐのが万里の望みだった。
 自分の望みがすべて叶う場所。
 それが万里にとっての嘉人の妻という地位である。
 一度目はどこの馬の骨とも知らない女にその場所をやすやすと取られた。
 あの時は怒りと悔しさで心臓が焼け焦げそうなぐらいの憎悪を感じた。
 自分にそんな思いを味合わせたくせに、その場所をわずか一年足らずで逃げ出した女。
 今でも脳裏にはっきりとその姿が刻み付けられている。
 幸せそうに、控えめに微笑んでいたあの笑顔が忘れられない。
笹川グループ傘下の企業の長女として式に参加しなければならなかった万里に、紹介されて頬を染めながら何食わぬ顔であいさつをしたあの大人しそうな女。
確かに美しかった。
たおやかな花のような静かな感じなのに、その瞳はまっすぐに前を見つめていける強さを秘めていた。
あの時、万里は自分の敗北を認めざるをえなかったのだ。
生まれてから一度として他人に対してそんなことを感じたことなど無かった。
いつでも自分が一番の存在で、誰かに劣っているなどと考えたこともなかったのに・・・・・・。
そしてその女にそっくりな弟。
嘉人のその子に対する接し方一つをとっても腹立たしくて仕方がない。
 笹川の人間が許しているとしても、万里には許せなかった。
 憎むべき対象の女がいなくなった今、万里の憎悪はその女に似ている弟である雪哉にそっくり向けられている。
「母はこのとおり派手好きな人なので、どうしてもと言ったら聞かなくてね。悪いけど付き合ってやってくれ」
「歓迎パーティーをしてくださるなんて嬉しいわ。お父様もお母さまもお忙しい方たちなのに、私のために時間を割いてくださるんですもの。下の・・・・・・雪哉さんでしたかしら?その方はパーティーにはいらっしゃるの?」
 万里はさりげなさを装って、雪哉のことを訪ねた。
 万里はこの間の婚約披露パーティーで雪哉を一目みたときから、雪哉のことを自分がこの笹川に正式に嫁いだ時には、そこに存在することを決して許容はしないと心に決めていた。
 どんな手を使ってでも、自分の視界には決して雪哉をいれはしないと。
「いや、雪哉はまだ西村のところに預けたままなので、結婚式まではこっちに戻ってくる予定はないんだ」
 突然でた雪哉の話題に、動揺を悟られまいと嘉人が視線を少し万里から逸らしながら言った。
「そうですの。それは良かったこと」
 万里は智子や源蔵には聞こえないように、少し声を潜めて、それでも嘉人にははっきりと言い切った。
「万里さん?」
 それに対して嘉人の柳眉が跳ね上がるのを見て、万里は慌てて笑顔を取り繕う。
「誤解なさらないで、兄が、ですわ。兄はたいそうあの子を気に入ったようですもの。ずっと手元において置きたがるかもしれませんわね。それに・・・・・・兄は私の性格もよく知っていることですし」
 兄の武彦は、自分が雪哉の存在を許容しないことをよく分かっている。
 救いのつもりか知らないけれど、雪哉の存在を兄が引き取ってくれるなら万里にとっては好都合である。
 そんな万里の考えていることが分かったのか、嘉人はエスコートする足を止め、険しい表情で万里に向き直った。
「万里さん、これだけは言っておくが、雪哉のことを万里さんが快く思ってないとしても、雪哉は俺の大事な弟だから、俺はこの先も兄として面倒を見ていくつもりだ。あれは世間知らずなところがある。放っておくことはできないんだよ。分かってほしい」
 真剣な表情の嘉人に向かって、万里はニッコリと聖母のごとく微笑んでみせた。
「嘉人さんのお気持ちは先日もお聞きいたしましたわ。私ももちろん承知して嫁いでまいりますわ。でも覚えてらして。私よりあの子を優先されることは決してなさらないでね。それを守っていただけないと、私、あの子に何をするか分かりませんわよ」
 冗談とも本気ともとれる完璧な笑顔のまま、万里は嘉人にそう宣言した。
 嘉人はそんな万里を凝視しながら、自分の中の嵐のような雪哉への思いを秘めたままずっと一生万里を騙し続けていけるのかどうか自身に問い掛けた。
 その答えは・・・・・・。
 たとえその答えがどうであれ、嘉人のとるぺき道はたった一つしかないのだけれど・・・・・・。
 


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★ コメント★
牡丹と薔薇は〜どちらが綺麗〜?って感じでしょうか(笑)早く雪哉くんを屋敷に呼び戻して万里ちゃんに思う存分いじめさせてみたいと思います(笑)



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