【空から降る雪vol.15


「今日で一週間か・・・・・・」
「何が一週間だって?」
 朝食を一緒にとっていると、雪哉が突然窓の方を向いてため息をつきながら独りごとを言うのを、西村は聞き逃すことなく問うた。
「嘉人が出張に行ってから・・・・・・・そんで今日から万里さんがあの家に行くんだよな・・・・・・で、俺は?何すればいいわけ?この一週間会社にはまだ連れていってもらってねーけどさ」
「君の適正テストがすむまではどんな仕事につかすか決めかねていたからね。俺の秘書とは言っても、仕事はただ俺のスケジュール管理をするだけの人間ばかりがいるわけじゃない。俺の仕事のサポートをしてもらわないと駄目なんだからね」
「で?適正テストの結果、俺の仕事何に決まったわけ?」
「そうだね、君のテストの結果を見ると、語学系が君はめっぽう強いらしいね。五ヶ国語はしゃべれるのかな?」
「七年間暇だったからね・・・・・・嘉人がおもしろ半分に語学の家庭教師を連れてきたりしたから。もっとも、長くは続かなかったけどさ。嘉人は俺が家庭教師と仲良くなるとすぐに解雇しちまうからさ」
 その時の嘉人の様子を思い出したのか、雪哉は小さく笑いをもらす。
「目に浮かぶようだな、笹川のその様子が」
 西村も同じように小さく吹き出す。
「・・・・・・嘉人、あれからなんて?」
「毎日電話がかかってきては、君を出せって相変わらず言ってるよ。海外出張先からだから時差もあるだろうにマメだよね、意外と」
 嘉人からの電話を断ってから、雪哉はできるだけその話題には触れないようにしていた。
 西村もあえて聞かれるまでは何も言わずにいようと思っていたのか、毎日電話がかかってきているのも予想はしていたけれど雪哉は今初めて知ったのだ。
 ツキンと胸の内が痛み出す。
 嘉人を思うとせつなくなる。
 今すぐ嘉人の元へと戻りたくなる。
 こんな思いをいつまで抱えて過ごさなければならないのだろうか?
「今日あたり来るかもね。どうする?もし笹川が尋ねてきたら会うかい?」
「・・・・・・どうしたらいい?俺はどうすればいいと思う?」
 雪哉は無理を承知で西村に答えを求めた。
 嘉人のことをよく知り、そして自分のことも理解してくれている不思議な存在。
「笹川の頭が冷えてるとは思わないけど、このまま会わずにいても、毎日来るだけだろうし、会ってはっきり君の気持ちを伝えてみたらどうだい?」
「伝わらないからこうしてここにいるんだろうが!」
 期待して見上げたその先に西村の他人事のような表情を見て、雪哉はジレンマをもてあますように小さく叫んだ。
「理解してもらえないからと諦めてしまっては、そこから先へは進まないよ?」
「・・・・・・そんな当たり前の意見が聞きたいんじゃねーよ、俺は。あんたならどうする?」
「そうだね・・・・俺ならやっぱり結婚式までは会わないかな」
「なんで?」
「最初に君がそう言ったじゃないか?それは君の気持ちがそれまでに会ってしまったら揺らぐかもしれないからそう言ったんだろう?結婚式が終わってしまったら、もうどうにも動かせない現実があって、君の気持ちにもブレーキがかかる。だからそう言ったんじゃないのかい?今なにまだ間に合うかもしれないって、心のどこかでそんなおめでたいことを考えてる自分がいるの、分かってるんだろう?」
「―嫌な奴だな」
 西村の言葉に雪哉はぐうの音もでない。
 どうしてこの男は自分の考えていることがこんなに細かにわかるのだろうか?
確かにそう思ったのだ。今の中途半端な状態だと、まだ自分が嘉人を万里から奪えるんじゃないかって思うかもしれないって。人間はなんて諦めが悪くできているのだろうか・・・・・・だから結婚式が終わって、どうしようもない現実が確定してから嘉人と冷静に向き合いたかった。 
一生自分の思いが報われなくなったとしても、それでも自分は嘉人の側にいるために努力しようできるのかが知りたかった。
「いい奴だよ、俺は。君にも、笹川にも、苦しんで欲しくないと思ってる。そうなるには諦めることが一番だと俺は思ってるんだけどね。それを君に押し付ける気もない。黙って見守ってるだけのいい奴さ」
「黙って見守ってるだけのいい奴が、チクチクと人のこといたぶるかよ・・・・・・・やっぱりあの女の兄貴だな、あんた」
 そういって憎まれ口をたたき、冷めた紅茶をぐいっとやけ酒をあおるように飲み干す雪哉に、西村小さく笑いをもらすだけだった。


 笹川邸はバタバタと万里の引越し準備に終われていた。
 嘉人も今日海外出張から戻ってくる日で、そのうえ花嫁を迎えるとなればさすがに今日ばかりは、智子も源蔵も屋敷に戻ってくることになっている。
その出迎えの準備と同時進行で猫の手でも借りたいほどの忙しさである。

「おかえりなさいませ、嘉人様」
 いつもは房江以外のメイドの見当たらないこの屋敷も、今日は若いメイドたちがバタバタと駆けずりまわっている姿が目に入ってきた。
 おおかたパーティー好きの智子が万里の歓迎パーティーでもする気でいるのだろう。
 嘉人は房江に出迎えられて、コートや荷物を渡すとそれとはわからないようにため息をついた。
「母さんと父さんは?まだ戻ってないのか?」
「先ほど空港にお着きになったとの連絡がありましたので、もうそろそろこちらに戻られると思いますが」
「万里さんは?いつ頃来られるか聞いてるか?」
「万里様は夕刻になられるそうです。奥様が夕食にパーティーでもとおっしゃられているので、その時刻に合わせてこられるようでございます」
「・・・・・・」
『雪哉は?』といつもならば一番に尋ねる質問も、今日は嘉人の口をついては出てこない。
 先ほど空港から西村に電話したのだが、やはり雪哉と話をすることすらできなかった。
 日本に戻ったら一番に会いにいきたい思いで気は急いていたが、笹川家の後継ぎとして自分は今は万里のことを優先しなければならないことはよく分かっていた。
 だからあえて西村の家には訪ねていかなかった。
 訪ねて行ってしまえば、自分の理性が何の役にもたたなくなることは十分自覚している。
 万里のことも、家のことも放っておいてただ雪哉のことで何もかもが支配されてしまうから。
 この気持ちはどこまで続くのだろうか?
 万里と結婚したとしても、この激しい思いが自分の胸のうちから消えるとは到底考えられなかった。
 ならばどこへいくというのか?
 自分の気持ちも・・・・・・そして雪哉の気持ちも。
 どんよりとした雪空を窓から見上げ、嘉人は胸の内に詰まる思いを吐き出すようにそっと息を吐くと、踵を返し万里を迎える準備の指示を出すために部屋へと向かった。

「ただいま〜嘉人。元気にしてたかしら、この放蕩息子は?いつもあいさつもそこそこに出かけてしまうんだから、あなたは」
 戻ってきた智子は、嘉人の姿を探して屋敷中をうろうろと動きまわり、やっと嘉人の姿を見つけ出すと嬉しそうに背後から近寄ってきて、ガバッと抱きついた。
 スキンシップの激しい智子のこの攻撃は常ならばまず雪哉に送られる洗礼である。
 今日は雪哉がいないので、しかたなく可愛くない方の息子に向かってしてみたようだが、いかんせん身長差がかなりあるものだから、後ろからオンブお化けのようにぶら下がった状態になっている。
「母さん・・・・・・子どもじゃないんだから、いつまでもそんなことして人を驚かそうとするのは止めてくれ。俺は今忙しいですよ。見て分かりませんか?」
 智子を後ろにぶらさげたまま、顔だけを後ろに向けて嘉人が冷めた口調で智子を諭す。
 とたんに、智子はぷぅっと顔を膨らませて嘉人の背中から手を離した。
「ま、なんて可愛くない反応なんでしょ?あ〜雪ちゃんなら、顔を真っ赤にしてうろたえてくれるのにつまんな〜い」
「・・・・・・雪哉は今いませんからね。可愛くない方ですいませんね」
『雪哉』という名前に極力過剰反応しないように声音に気をつけながら、嘉人が智子に言葉を返す。
 何も知らない智子は残念そうにその言葉に頷いた。
「ほんと、どうして源蔵さんたら雪ちゃんを西村家に預けてしまったのかしら?パーティーにも呼んじゃ駄目だっておっしゃるし。私寂しくて寂しくて死んでしまいそうだわ!」
「親父は何て?」
「やっぱり雪ちゃんが万里さんに気を使ってしまうんじゃないかって心配してらっしゃるみたいで。雪ちゃんから自立したいっていう申し出もあったみたいなのよ。だからしばらくは西村くんのところに預けて、なんだか西村くんの仕事手伝わしてみるみたいなことおっしゃってたわ。いずれは嘉人の片腕に育ってくれればって思ってらっしゃるみたいよ、源蔵さん」
 自分の片腕に育てあげる?
 そんなこと考えてみたこともなかった。
 雪哉は自分が守っていなければならない大切なもので、自分の側で一緒に働くなんてことは想像もできない。
 嘉人は智子の言葉に衝撃を与えられた。
「あら、源蔵さん。いらしてたの?やっぱり雪ちゃんがいないと寂しいわ〜。どうしてもパーティーに呼んだら駄目かしら?」
 智子はいつのまにか側にきていた源蔵の方を向いて、さっそく文句をいい募っている。
 嘉人は自分の顔が強張っているのを隠すように、源蔵に向かって丁寧に頭を下げた。
「お忙しい中、わざわざありがとうござまいす、父さん」
「何、万里さんが来られるんだから足を運ぶのは当然のことだ。お前にとっても人生の転機になる一大事だからな。それに・・・・・・雪哉のこともある。お前と一度はじっくり話しあわなければならないと思って、今回は一週間ほどいられるようにスケジュールを調整してきたよ。あとでゆっくり話そう」
 今にも何かを聞きたそうにしている嘉人に、余裕の笑みで返すと源蔵はまだ文句を言う智子を連れて、部屋へと引き上げていった。
 超多忙なはずの源蔵が、万里の引越しぐらいで一週間もスケジュール調整をして戻ってくるはずがない。
 これは雪哉のことを自分に納得させに帰ってきたのだということだ。
 嘉人はさきほどの智子の言葉を何度も胸の内で反芻してみる。
 源蔵は本気で雪哉を育てあげるつもりなのだろうか?
 今まで雪哉のことは嘉人に一任されてきたはずで、これからもそうだと思っていた。
 源蔵は息子たちのことに干渉をすることはいっさいなかった。
 それがなぜ今になって?
 


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★ コメント★
源蔵さんがでばってまいりました〜(笑)
渋い父っていいよね〜。もっともっと活躍させてやる(^−^)V



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