【空から降る雪vol.14


「・・・・・・もしもし?」
 西村は一呼吸おいてから、待たされていた受話器の向こうに向かって声をかけた。
『遅いっ!何してた!』
 案の定、苛立った嘉人の声が受話器の向こうから響いてくる。
 一瞬耳を受話器から離して、西村は顔をしかめた。
「怒鳴るなよ、耳が痛い」
『雪哉を出せ!』
 西村の言葉など少しも気にかけるふうもなく、苛立ったままの怒鳴り声で嘉人が受話器の向こうから噛み付かんばかりの勢いで叫んでくる。
「雪哉くんを出してどうするんだい?無理やり連れ戻すつもりか?」
 西村はあえて冷静な声で嘉人に尋ねる。
 ここで一緒に熱くなってしっまては嘉人を納得させることなど無理だろうことが分かっているからだ。
『無理やり連れ出したのは、お前だろうが!?雪哉は!?そこにいるんだろう?』
 切羽詰まったような声でさらに嘉人が雪哉の存在を確認しようとしてくる。
 何がそんなに不安にさせるのだろうか?
 今まで人を本気で愛したことのない西村には、到底嘉人の気持ちがわかるはずもなく、ため息だけが零れ落ちてくる。
「もう部屋に先に案内させてるから、ここにはいないよ。お前と今は話せないってさ。俺も今は話さない方がいいと思うしね。そんなにカッカッしてたんじゃ、冷静な話し合いなんてできないと思うけどね」
『雪哉が?本当に俺と話したくないと言ってるのか?』
「話したくないんじゃなくて、今は話せないって言ってるんだよ。今の笹川じゃ、どう足掻いても雪哉くんの気持ちを理解できないだろ?理解できないんじゃ、どれだけ話そうと時間の無駄だ」
 話しにならないというように西村がそう言い切ると、受話器の向こうから唸るような不満の声が響いてきた。
『・・・・・・ムカツクな。知ったような口をきいて、お前がどれだけ雪哉のことを分かってるって言うんだ?お前に俺たちの何が分かる!?』
 何がわかるのかと言われて、西村はぐるりと自分の気持ちの中を覗き見て考える。
 少なくとも、今の冷静さをかけた嘉人よりは雪哉の気持ちを理解できるとは思う。
 なぜ雪哉がここにきたのかは、少なくとも理解しているつもりだ。
 それは全部嘉人のためである。
 嘉人のことを考えて、自分のあんな脅し文句に従順に従ってきたのだから。
「少なくとも、今のお前よりは雪哉くんの気持ちは分かると思うけど?」
『何だと!!』
「どうして雪哉くんが俺と一緒にきたのか、考えてみたらどうだ?気持ちを理解できないお前が自分のことを裏切ったと思うかもしれないのを承知のうえで選択した気持ちをさ。そうやって怒鳴ってるだけじゃ何にもわからないと思うよ。笹川は昔から大事なモノにほど理性が利かなくなるからなぁ〜」
 苦笑まじりに西村が昔を思い出したのかいやに実感をこめてつぶやく。
『お前には分からないさ。人を真剣に好きになったことのない奴には俺の気持ちは分からないね。人を好きになると理性なんてものはまったく役に立たなくなるもんなんだよ!』
 付き合いの長い嘉人と西村は、互いのことをよく知っていた。
 西村がどんな人間と付き合ってきたかも、そしてそのどれもを本気で好きになったことがないことも。
 反対に西村は嘉人の本気を間近で見てきた。
 雪乃と出会い、嘉人は変わった。
 そして雪乃を失い、さらに嘉人は変化した。
 人は人にここまで執着することができるのだろうかと不思議に思うほどに。
 思えば最初の出会いで、嘉人が変わったのは雪乃のせいではなくて雪哉のせいだったのかもしれないと最近思う。
 雪乃を失った時に、嘉人はさほど痛手を負ってはいなかった。
 その理由を西村は単純に人は人をどれだけ愛したとしても、気持ちはいつか冷めていくものだとぐらいにしか思っていなかったけれど、今考えると、もうその時はすでに嘉人の気持ちが雪乃には無かったからかもしれない。
 嘉人自身もそれとは自覚すらなく。
 けれど、いつも話しに出てきたのは雪乃ではなく雪哉のこと。考えると思いあたることはいくつもあった。
 確信したのは、雪哉と嘉人の二人の姿を目にした時だった。
「おやおや、問題発言だなぁ?未来の義兄にそんなことを言ってもいいのかい?」
『最初から全部承知のくせして今更問題発言もクソもないだろうが?知ってて雪哉を連れ出したんだろうが?』
「そうだな。だから連れ出したよ。お前たちは距離を置いた方がいいんだよ、今は。お前は万里とはどんなことがあっても結婚しなくちゃならないだろう?そうなると傷つくのは雪哉くんじゃないのか?気持ちが真剣だからって愛人関係を強要されたんじゃ可哀想だろう?」
 西村はわざと無遠慮な言葉を選んでオブラートに包むことなく口にする。
 受話器の向こう側で嘉人が一瞬言葉に詰まった気配を感じた。
『・・・・・・そんなつもりはない』
「そんなつもりはなくて、どういうつもりで部屋に閉じ込めたりするんだよ?彼はお前の所有物じゃないんだぞ?思い通りにいかないからって、ガキみたいに暴れるな。雪哉くんの気持ちの変化を嫌がるなよ。雪哉くんはお前とずっと一緒にいるために自分の足で歩いてみたくなったんだよ。働きたいのはその気持ちの第一歩の現れだ。それを当のお前が邪魔してたんじゃ、いつまでたっても彼は成長できない」
 澄んだ目をした雪哉を、このまま閉じ込めて成長を妨げることなく伸びていく様をこの目で見てみたいと西村は思い初めていた。
 ついつい言葉力が入ってくる。
 そんな西村の説得など聞く耳もたぬと言う感じに、嘉人がはき捨てるようにつぶやいた。
『・・・・・・成長なんてしなくていいんだよ、雪哉は。ずっと俺の側にいて俺を頼ってればいいんだ』
「で?笹川なしでは生きていけない生き人形にでもするつもりかい?」
『俺の側を離れるぐらいならそれでもいい』
 呆れたように問うた西村の言葉への返事にも、嘉人はきっぱりとそう言った。
 迷いのない、歪んだ愛。
 西村の目にはそうとしか映らない。西村は大仰にため息をもらした。
「・・・・・・救いようがないな・・・・そんな考えの間はお前のところに雪哉くんを戻すわけにはいかないな。当分俺のところで預かるよ」
『ダメだ!すぐに雪哉を連れ戻しに行くからな!』
「それこそダメだよ。言っとくけど、雪哉くんを俺の家で預かるのは笹川会長が決めたことだ。文句があるなら笹川会長を説得してからにするんだな。それまでは連れ戻しにはくるなよ。会いにくるぐらいはいいけど、それも雪哉くん本人がお前に会いたいと言ったら会わせてやる」
『親父の奴、余計なことを・・・・・・』
 黙りこんでしまった受話器の向こうの嘉人の悔しそうな顔が、目に浮かぶようだ。
「とにかく、当分彼は俺が責任を持って預かるから。明日からお前は万里のご機嫌でもせいぜいとっとくことだな。そしてよく考えるんだ。雪哉くんの気持ちをね。理解しようとしなければ理解できないものだよ、人の気持ちは」
『分かったふうな口を聞くな、恋愛音痴のくせしやがって』
 最後に応酬とばかりに嫌味を一言吐くと、嘉人は一方的に電話を切ってしまった。
 これ以上話していても父親の命令ではどうしようもないと観念したのか、それとも癇癪をおこしたのか?
 いつもポーカーフェイスのめったにみることのできない嘉人の喜怒哀楽に、西村はしてやったりとこみ上げてくる笑いを押さえ込むのがやっとだった。


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★ コメント★
なんだか嘉人が壊れていくわ〜。
西村も(^−^;)まだまだ終わりそうもないのにすでに14話〜。書けば書くほど長くなっていくような気がするざます〜。ふぅ〜。


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