【空から降る雪vol.12


『コンコン』
 と、小さくドアがノックされる。
 嘉人に閉じ込められてから何度目かのそのノックに、雪哉は同じ答えを返すためにドアを睨みつけた。
「ご飯はいらないって言ってるだろ、房江さん!ここから出してくれるまで何も食べねーよ、俺!嘉人にそう言ってくれよ!」
 閉じ込められてから丸一日がたって、空腹も限界にこようとしていた雪哉はイライラとそうドアに向かって叫ぶと、そのまま頭を抱え込んでベッドでふて寝を決め込んだ。
 このまま房江が何も言わずに帰っていくだろうことはわかっていた。
 嘉人の命令はこの家では絶対である。
 使用人の房江がそれに逆らうわけもない。
 だがドアは雪哉の予想を裏切って、カチャリと鍵をあけられた。
「おやおや、ふて寝の最中なのかい?どうやら笹川の説得に見事に失敗したようだね、雪哉くん。ハンストなんかじゃ笹川は説得できないと思うよ、俺は」
 クスリと小さな笑いとともに部屋に聞こえてきたのは、まさに予想もしていなかった西村の声だった。
 雪哉はガバッとベッドから飛び起きると、ドアの方を振り返った。
 そこにはおもしろそうに笑いながら、ドアに凭れかかってこっちを見ている西村の姿があり、オロオロと房江が困った顔をしてその後ろから覗き込んでいる。
「・・・・・・なんであんたがここにいるんだよ?」
 西村の姿を目にしたとたん、ホッとした気持ちを隠すために、雪哉はわざとぶっきらぼうにそう問い掛けた。
「正義の味方とでもいおうか?」
 ニヤリと笑って西村が答えをはぐらかす。
 なんだか遊ばれているようなその態度にムカッときた雪哉に、グルルっとなるお腹の音がさらに拍車をかけて不機嫌さに磨きがかかる。
「あんたの冗談に付き合ってるほど今は余裕がねーんだよ。腹がへって俺はめちゃくちゃイライラしてんだ!」
 雪哉はホッとしたのもつかの間、ムカムカとする気分で西村へと冷たく当たった。
「君はその短気なところをまず直さないといけないね。一端の社会人たるものは、これぐらいのことで怒ってたらやっていけないなぁ。ま、俺もそんなにうかうかここで話していて笹川に勘付かれても困るからさっさと用件を言うけど、来週から万里がこちらで花嫁修業のためにお世話になるそうなんだけど、聞いてる?」
 西村はそんな雪哉の態度をさして気にしたふうもなく、チラリと腕時計を見ると早口にまくしたてた。
 その内容を聞くうちに、雪哉の表情が次第にこわばっていく。
「・・・・・・聞いてねー、そんなこと。房江さん、本当なのか?」
 雪哉はこわばった表情のまま、目だけを西村の後ろで心配そうに自分を見ている房江に向けて尋ねた。
 房江は雪哉の質問を受けてから、何ごとかを言いたそうに西村の顔を見上げた。
 それに対して西村が小さく頷く。
「ね、俺の言ったとおりだろ?だから俺の伝言も本物だよ。なんだったら会長に確認をとってくれてもいいけど?」
 西村が房江にそう念を押す。
 房江はまだ少し戸惑い気味ではあったけれど、西村の言葉と、雪哉の態度に納得したのかゆっくりと覚悟を決めたように頷いた。
「何?どういうこと?二人だけしか分かんねー話するなよ」
「房江さん、説明してあげて?どうやら雪哉くんは本当に何もしらないらしい」
「申し訳ありませんでした、雪哉様。嘉人様からは出張からお戻りになる日に合わせて、万里様がいらっしゃるとのことで・・・・・・それに反対なさっている雪哉様を準備が済むまでの間はお部屋から出さないようにと私はそのようにお聞きしておりました・・・・・・今朝、こちらの西村様が雪哉様のご様子を伺うお電話をいただいて、事情をお話したらそんなはずはないとおっしゃってこちらまで足を運んでくださったのですが。本当に何もご存知なかったのですか?」
「・・・・・・俺はそんなこと聞いてねーし、反対もしてねーよ!嘉人の奴っ!」
 房江の話に雪哉は悔しさに唇を無意識に噛んでいた。
 そんなつまらない嘘をついてまで、自分を本気で屋敷に閉じ込めるきだったのだ、嘉人は。
 そう思うと悔しくて堪らなかった。
 本当に嘉人には自分の気持ちが通じないのだ。
 嘉人が言うように、雪哉には嘉人の気持ちが分からない。そして雪哉の気持ちも嘉人には分からない。
 そんな雪哉の気持ちを察したのか、西村がポンポンと雪哉の頭を軽く撫でる。
 子どもにするようなその突然な仕種に、雪哉はカッと赤くなる頬を隠せなかった。
 泣きそうになっている自分の心を見透かされた気がして・・・・・・。
「子どもじゃねーんだから、やめろよっ!」
 頭にのった西村の手をバッと払いのけて雪哉が叫んだ。
 西村はそれすらも平然と笑いながら見ていて、眼鏡の奥の目が何もかも分かっているよと言うように優しく滲む。
「ごめん、ごめん。つい・・・・・・ね。で、続きだけど、俺の意見だけじゃ房江さんが聞いてくれそうになかったから、会長に連絡とらせてもらって許可をもらったんだ。君を万里と交換に俺の家で預かるってことをね」
「交換って何?会長って源蔵さんのこと?」
 会長という言葉に浮かぶ人間はただ一人。
 嘉人の父親であり、智子の夫である笹川源蔵。
 笹川グループの頂点にたっている人で、多忙を極めるためめったに雪哉も顔を合わすことがない。
 それでもいつも雪哉のことを気にかけてくれていて、誕生日やクリスマスなどの行事行事には、忙しい合間をぬってプレゼントを贈ってくれ、時間を見つけては電話をわざわざ海外からかけてきたりもしてくれる。
 この間は嘉人の婚約パーティーの最初にチラッと話しただけで、すぐに仕事で途中抜け出して帰ってしまったのだ。
 その源蔵に西村が掛け合ってくれたと言うことなのだろうか?
「そう。現時点で笹川に意見できるのは会長だけだからね。このままだと雪哉くん、君ずっと笹川に閉じ込められて出してもらえないんじゃないか?少なくとも、結婚式が済むまでは・・・・・・笹川は君の『働きたい』っていう気持ちをただの反抗期だと思っている。そしてその反抗期が、万里のせいだと思ってる。だけど万里との結婚は今更覆すわけにもいかない。となると、万里との結婚式を済ませて、たぶん新居をどこかに作るつもりなんだろうな。君と万里が顔を合わせないで住むような環境を整えるまでは君をずっとこのままにするつもりなんじゃないのか?こんなに意固地になってる笹川は初めてみるから、君の力だけじゃ無理かと思って、悪いとは思ったんだけど勝手に動かさせてもらったよ。笹川会長の意見にはまだまだ笹川も逆らえないはずだからね。君を俺の秘書に修行に預かろうと思うって言ってみた」
 そう言って西村は悪戯っぽくニヤリと笑うと雪哉に向かって手を差し伸べた。

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★ コメント★
短い・・・・・・すんません。
今日はなんだか疲労しております。思考回路が回らないわ〜。あかん(−.−;)


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