【海賊と姫君】
ー転機ー

「ゼロっ!?」
 アシャはいつもの待ち合わせ場所である湖の辺に、ゼロを見つけて駆け寄った。
 腕を抑えて座り込んでいるゼロの左腕からは血が流れている。
「どうしたの!?怪我してるの?」
「たいしたことはない。役人とやりあって腕を少し切られただけだ」
「たいしたことないって、こんなに血が出てるじゃないの!?」
 アシャは自分の髪を束ねていた緑のレースのハンカチを素早く取り、ゼロの左腕の傷口より少し上のところをキツく縛り付けた。
「傷薬は?ちゃんと消毒したの?」
「こんなものは放っておいても治る」
「ダメよ!ばい菌が入って病気にでもなったらどうするの?それに役人とやりあうなんてそんなこと・・・・・・」
 泣きそうな顔でゼロの傷口を見つめるアシャに、ゼロは小さく苦笑するしかなかった。
 アシャは総督の娘である。
 きっと真綿に包むようにして大事に大事に育てられて来たに違いない。
 世の中の汚い部分とは無縁の世界で、すくすくと育ってきたのだ。
 自分の恋人が何者であるのか疑問も抱かない。
 海賊が何をしているのか、冒険話だけが彼女の耳に心地よく響いてきたことだろう。
 ゼロは幼い頃から海賊たちの中で育てられた。
自分の身を守るためや、金のためにも人を殺したこともある。
 けれど、それはゼロにとって生きるためには当たり前のことだった。息をするように自然の行為なのだ。
 アシャにはきっと一生かかっても理解してもらうことはできないだろう。
 やっかいな存在だと、これ以上アシャに関わるなと、ゼロの心の奥で何かが囁く。
「・・・・・・それができれば苦労はしないだろうなぁ」
 ゼロはぽつりと心の奥に向かって応えた。
 自分でも自分の行動がわからない。
 気が付くと足がいつもここに向かってしまっていた。
 この心配そうに自分を見つめる緑の瞳から目が離せない。
 アシャの自慢の金色の巻き毛をそっと指にからめとると、そのまま彼女の細い肩を自分の腕の中へと抱きしめた。
「ゼロっ!?」
 涙ぐんでいたアシャは、突然のゼロの行動に非難の声をあげる。
「傷口がこれ以上開いたらどうするの!?ダメよ、離してっ!」
 強引にそのまま口付けてこようとしたゼロの胸板を傷口を気にしながら、アシャが押し返してくる。
 そんな抵抗など数にもはいらないゼロは、アシャをそのまま草の上へと抑えこんだ。
 いつもは幼いアシャを気遣って、怖がらせるようなことはしないように心がけてきていたが、今日はその理性さえもタガが外れてしまいそうになっていた。
 深く口付けて、序々にアシャの抵抗を奪っていく。
 ゼロは気の済むまで口付けを繰り返すと、ゆっくりとそのまま真上からアシャの目を間近にのぞきこんだ。
「・・・・・・俺は数日後に出航する。この町を離れる。この海を出て行く。お前はどうする、アシャ?」
「どうするって・・・・・・どういう意味なのゼロ?」
 ゼロの腕に押さえつけられたまま、アシャの体は微かに震えていた。
それでも負けじと緑の瞳が真下からゼロのことを睨みつけてくる。
強い光を放つ瞳。
清しいその真っ直ぐな心。
初めて出会ったその不思議な存在を、ゼロは手離したくはなかった。
けれど無理やり連れて行ってしまうこともできない。
初めて出会った愛しい存在にゼロは手も足も出ない。
「どういうもなにも、俺とくるのか、それともこのまま別れるのか、それだけだ」
「・・・・・・」
「アシャ?返事は?」
「・・・・・・できないわ」
 アシャは力なく首を横にふり耳をふさぐ。
「何が?俺とくるか来ないのか?答えはそれだけだ。俺と来るか?否か?」
 ゼロはその両腕を掴み、言い聞かせるように問い、強引にアシャの答えを求める。
「・・・・・・ダメよ、いきなりそんなこと決められないわ」
「では今から考えろ。俺はお前に来て欲しい。イエスという答え以外ははっきり言ってききたくない。俺とくるか、アシャ?」
 アシャは間近から覗き込んでくるゼロの激しい視線から逃れるように、涙でいっぱいになった目を隠すように俯いた。
「・・・・・・ダメよ、ゼロ・・・・あたし行けないわ・・・・・・」
 心が千切れそうに痛かった。
 ゼロといつまでも一緒にいれるなんて甘いことは考えていなかったけれど、その別れがこんなに早くやってくるなんてことも考えてはいなかった。
 けれど、答えは決まっていたのだ。
 自分とゼロの住む世界は違うもの。決してついていけるなんてことは思ってもみなかった。
 自分がゼロについていってしまえば、総督である父に迷惑がかかる。
 一族もろとも失脚させられるかもしれない。
 海賊と関わった反逆者として。
 アシャはゼロが考えているほど、清い世界だけを見せられて育ってきたわけではなかった。
 だからこそ行くと言えない。
 自分の身勝手な行動が、大切な人たちに迷惑をかけることを重々承知しているからだ。
「・・・・・・そうか、ならもういい。もう二度と会うことはないだろう」
 ゼロはアシャの答えにひどく腹を立てた。
自分と離れることをどうして選ぶことができるのかと、怒りで腸が煮えくりかえりそうになっていた。
アシャが一緒に来るということを確信していたわけではなかったけれど、それでも拒否されることは考えたくなくて思考の外に追いやっていたからだ。
「・・・・じゃあな、アシャ」
ゼロは冷たくそういい放ち、体を起こした。
 そのままスタスタと歩きさっていってしまう。
 アシャは慌てて身を起こしたけれど、それでもゼロを引き止める声はとうとう発することができなかった。
 愛しいその存在の名前が鉛のように重く喉の奥に張り付いて出てこない。
 涙でどんどんと見えなくなっていく視界に必死で目を凝らしながら、アシャはゼロの後ろ姿をくいいるように見つめ続けた。
 ゼロは決して振り返らない。
 二人の道は出会った時と同じように唐突に別れを選んだ。



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+++コメント+++
★すいません、締め切りこけました(^−^;)
 遅筆なくせに締め切り破るなんて最低ですいません(>.<)
 海賊と姫君のBを先に今月お送りします〜。
 そんで再来週に月下をお送りします。

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