【海賊と姫君】
ー存在ー

第一印象というものは、ひょっとしたら当てにならないものなのかもしれない・・・・・・とアシャは思っていた。
とっつきにくそうで、自分とは違う世界に住むものだと思っていた野生の獣のようなゼロが、今はアシャの膝枕で昼寝なんかしているのだ。
鋭い眼差しも、目を閉じてしまえば整った精悍な顔立ちだけが際立ってきて、見惚れてしまうほどである。
サラリとした直毛の黒髪に、アシャは何気なく手を触れてみた。
「・・・・・・アシャ?」
 眠たそうな声音で、ゼロが名前を呼んでくる。
 何度呼ばれてもなれることなどないゼロの口からもれる自分の名前。
 自分の名前がゼロの口から呼ばれるだけで、アシャの心臓はドキドキと早鐘のように高鳴る。
「お、起こしてしまったかしら?」
 第一声はどもってしまうぐらい、アシャはゼロにくびったけである。
 緊張と胸の高鳴りが極限の状態まで達すると、このまま意識を手放してしまったほうが楽なんじゃないだろうかと考えたくなるほど、アシャは未だにゼロという存在になれていない。
 信じられない奇跡で手に入れた恋人。
 アシャはまだ夢をみているのではないかと時々思ったりもする。
 ゼロはそれが気に入らないらしく、アシャのそういう態度を見るにつけ、ぐいっとその金髪を掴み、自分の元へとアシャを引き寄せると強引にキスをしかてくる。
 アシャを自分の所有物と決めてしまったらしいゼロにしてみれば、自分のものが自分に緊張するというのが理解できないし、また許容する気もないらしい。
 ゼロの強引なキスに恋愛経験のまったくないアシャは、息も絶え絶えになりながらドンドンとその背中を叩いて抗議する。
 離してほしいと何度目かの抗議で、やっとゼロの唇が離れてくれるのだ。
 キスの終わった熱い唇を獣のようにペロリとなめる仕種がまたアシャの緊張を引き起こしそうになる。
 キスの間にしっかりと覚醒してしまったらしいゼロの意識が、アシャを一歩一歩追い詰めるべく、楽しそうに微笑んでいる。
 ゼロはどうやってアシャをからかうかいつも考えているのではないかと思うほど、悪戯っぽい眼差しでアシャを見つめてくる。
 昔、アシャがまだ恋を夢見ていたころの理想の男性というものは、まさに白馬に跨って迎えにきそうな紳士な人だったように思う。間違っても、こんな薄汚れた潮くさい服をきた鋭い目の持ち主ではなかった。
 なぜこんなに好きになってしまったのだろうか?
 別に命を助けられたわけでも、格好いい姿を見たわけでもない。
 顔の造作は確かに綺麗に整っている。
 背も高く、手足も長く、バランスのとれた綺麗な体つきをしている。
 でもそんな見てくれだけの理由で恋をするには、ゼロは少々やっかいな男すぎた。
 それは幼いアシャにも本能的にわかっていたことだった。
 見てくれに引かれて寄ってくる女は星の数ほどいるだろうけれど、ゼロはそんな女たちをその辺の草花程度にしか思っていないというのを、昨日嫌というほどわからせてもらったからである。

 それは昨日の夕刻のことである。

 珍しく買出しにでかけるというゼロの言葉に、町へ一度も足を運んだことのないアシャがついていくとダダをこねだのだ。嫌そうな顔をするゼロに、一瞬ひるんだものの好奇心には勝てずに頼み込んだ。
 町はアシャの想像とおりに賑わったところで、布を売る人や、果物を売る人、焼きたてのパンを自慢しながら売る人、東洋の珍しい壺を売る人などなど。
 それはそれはたくさんの商人たちが広場中を所狭しと品物を並べて口々に呼び込みをしている。
 それ以上の数の買い物客たちで町はごった返している。
 年頃の女の子としては、当然、綺麗な布や首飾りなどの店先で足はたびたび立ち止ってしまう。
 いつも押し着せでつけさせられる装飾とは違って、なんだかとってもわくわくとした。
「アシャ」
 そのたびにゼロの呼び声がアシャを促す。
 ちっともじっくり見させてくれないのだ。
「少しだけ、ね、少しだけこの布屋さんを見させてちょうだい、ゼロ」
 可愛らしく頼んでみたつもりだけれど、ゼロはあっさりと首を横に振って却下する。
「あまり若い娘が町中でキョロキョロするんじゃない。いいカモにされるぞ?」
「そんな危険なところじゃないわ、この町は」
「お前が知らないだけだ。確かに他国に比べてここの治安はかなりいい。だが、治安がいいところもクズはいるものさ。お前は見るからにぼーっとしているからな、絶好のカモだ。いいか、俺の側から離れるな。キョロキョロするな、ウロウロするな、いいな?」
 頭ごなしに注意されてしまうありさまで。
「何よ・・・・・・」
 可愛らしく唇を尖らせがら、アシャが拗ねたようにそっぽを向くのをゼロは愛しげに見つめた。
 買出しの目的であった薬の調達は何事もなくスムーズに終わり、日暮れまで時間があるとふんだゼロは、アシャの望みどおりにもう一度バザールの方へと戻ることにした。
 ただし、自分の腕にしっかりと掴まらせてからであるが。
 アシャをガードするように、常に左右へと気を配りながら、人ごみをぬぐって歩く。
 一度却下された願いが叶えられて、喜び勇んだアシャが買い物に熱中してしまい、時間が思ったより過ぎていくのが早かったようだ。
 気が付くと辺りは紫色に染まり初めている。
 太陽が西へと傾きだして、夕闇が広がってきている。
 夕暮れ近くになってくると、今までなりを潜めていたけだるい雰囲気が所々からはみ出し初めてきた。
 酒場からは気が早い客たちの笑い声が聞こえてきたり、宿や酒場などの女たちの呼び込みが飛び交いだした。
「少し時間を食いすぎたな、帰るぞアシャ」
「もう少し見たいわ、ゼロ」
「ダメだ。見ろ、もう店じまいの時間だ」
「何だ・・・・・・つまんないの」
「また連れてきてやる。そんな顔をするな」
 見る間にしゅんとなったアシャの頬を愛しげに摘みながら、ゼロが苦笑する。

「ゼロ、ゼロじゃない?」
 しょんぼりとしてしまったアシャをからかっていたゼロの後ろから、見知らぬ女の声が嬉しげにかかる。
 振り向いたゼロの後ろから、そっと伺ったアシャの目に、艶やかな踊り子の衣装に身を包んだ綺麗な女の姿が映った。
「最近ちっとも店に来てくれなくなったのね。皆寂しがってるわよ?どう?今からでも寄っていかない?今日はあたしが奢る?」
 しな垂れかかるようにしてゼロの肩へとその艶やかに色づいた指先を伸ばしてくる。
 アシャはハラハラとしながらその様子をゼロの後ろから見ていた。
「いや、あいにく今日は連れがいるので遠慮しとく」
 ハラハラしているアシャとは正反対に、どうでもよさそうな声でゼロが冷たく応える。
 すっと体をずらしてアシャの存在をその女に知らしめた。
 とたん、女の顔つきが一変した。
 それはたぶん嫉妬と呼ぶのだろう激しい眼差しで、アシャの様子を上から下まで見ている。
 とるにたらない子どもだと判断したのか、女はハッと短く笑いをもらした。
「冗談はよしてよ、ゼロ。こんなお子様の相手が忙しくって、あたしの相手ができないなんてそんなくだらない言い訳は言わないでちょうだいな。しかも、どちらのお嬢様か分からないけれど、海の男のあなたとじゃ、全然つりあわないんじゃないかしら?」
 ツキンとアシャの胸が軋んだ。
 女の言ったことは、アシャが出会ってからずっと気にしていたことなのだ。
 ゼロと自分ではつりあわないのかもしれない。
 ゼロと自分とでは、物の価値観もまるで違うし、帰っていく場所も世界もまるで違うのだ。
 ゼロのために今の自分の周りをすべて捨てられるのかときかれたら、迷いがないと言えば嘘になるし、ゼロが自分のために全てを捨ててくれるのかと考えたら、答えはノーだと思う。
 ゼロにはゼロの世界があり、それはゼロには無くてはならないものであり、それ無くしてはゼロではなくなるんじゃないだろうかといつも考える。
 潮の香りのするゼロの髪。
 鋭い獣のような隙のない気配。
 平和なだけでゆったりと過ぎていくこの場所は、ゼロには一時立ち止まれたとしても、ずっといることはできないだろうことも分かっていた。
「アシャ、気にするな」
 アシャの胸中を察して、ゼロがさりげなく庇うようにアシャを腕のなかに抱き寄せた。
「な、何よ、こんな小娘っ!」
 今まで誰に対しても見せたことのないゼロのそんな愛しげな様子に、カッとした女がアシャの金髪をぐいっとひっぱり、ゼロの腕の中から引きずり出そうとしてきた。
「キャァッ!」
 ぐいっと女に髪を掴まれ、後ろてに首が絞まりアシャは小さな悲鳴をあげた。
とたん、ゼロが女の手を容赦なく払いのけ、そのまま女の髪をわしづかみ後ろへと弾き飛ばした。
「ゼ・・・・・・ゼロ?」
 無様にも後ろへと転がっていった女が信じられないというふうに瞳を大きく見開き、ゼロを見上げている。
 自分を見下ろしてくるゼロのその冷たい眼差しにビクリと女の体が揺れた。
「お前のような女がこいつに触るな。俺の行動に否をとなえる権利などお前にはないだろうが。目障りだ、二度と俺の前に姿を現すな」
 死刑宣告のようなゼロの言葉に、女は一言も声を漏らすことなく一目散にその場を後にしたのだった。
 それが昨日の話である。

「何を考えいる、アシャ?」
 昨日のことを考えてぼんやりしていたアシャの髪を愛しげに撫でる。
 髪に触れてくるのはどうやらゼロの癖らしい。
「どうしてゼロが好きなのか、考えてるの」
 コロンと横に転がったゼロの横に、アシャも座り込みながら答える。
「考えるな、そんなこと」
 不愉快そうに眉ねを寄せながら、ゼロが吐き捨てるように言う。
「だって、ゼロは好きになるには厄介すぎる存在なんだもの」
「どういう意味だ?」
 再び、髪に腕を伸ばしながらゼロが聞いてくる。
 アシャの金色の巻き毛はおもしろいようにゼロの手に絡まりふわりと落ちる。
 その艶やかな感触をゼロは楽しんでいるようだ。
「ゼロはいつかここを旅立って行ってしまうのでしょう?」
 心配げに曇った緑の瞳で、じっとゼロのタイガーアイを見下ろしながらアシャが問う。
 今まで一度もゼロに対して口にしたことのない言葉だったが、今はどうしても知りたい気分だった。
「・・・・・・」
 アシャの意思を推し量るように、ゼロが無言のままアシャを見つめかえしてくる。
「嘘はつかれたくないの・・・・・・」
「いつかは行く・・・・・・だが今はお前の側にいる」
 髪を指にからめて引き寄せる。
 自分の胸元にアシャらすっぽりと収めてしまってから、ゼロがため息をもらした。
「こんなことは俺も初めてだ。どうしていいのか正直言ってわからん。ただ今は考えたくない。いずれどういうことになろうと結果はでるはずだ。今はお前の側にいるだけでいい」
「・・・・・・うん。ゼロ、あたしもだから」
 昼下がりの湖。
 誰にも邪魔されることなく、恋人たちは小さな不安を抱えつつも、幸せな時間を過ごしていたりする。
 このほんの数日後に運命の転機が訪れることなど、欠片も想像していなかった彼らだけれども、お互いになくてはならない存在だということに気づき初めていた。


<<Back                                                              Next>>
                                              


+++コメント+++
★ らぶらぶバカップルの一日・・・・・・いかがでしたでしょうか?
本当にこいつ海賊かよ!?とつっこみたくなるぐらい陸にいてダラダラと過ごしているゼロです(^−^:)
許してやってね(笑)

Novel Topへ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送