−月下美人−Act.9
                 −つぶら


 「何だと!?もう一度言ってみろ、暁!」
 監視塔の鳥王が閉じ込められている部屋を訪れた暁は、月乃をすでに花園へと戻したことを鳥王に包み隠さずに詳細を話した。
 鳥王は暁の話を聞き終わるや否や、暁の胸倉を掴み揚げ、壁際へと叩きつけた。
 ガンガンッと何度も暁の背中が壁へと叩きつけられる。
 今にもその胸倉を締め上げ、暁を殺してしまいかねない形相で鳥王が歯噛みした。
 荒い息の下から唸るような怒りの声がかみ殺しきれずに絞り出されてくる。
 暁は獣のような鳥王の怒りを必死で堪えようとする姿に、静かに目をつむった。
「何度でも言う。お前は補佐に降格のうえ、月乃は花園の使者に手渡した。女百人と引き換えにな」
 静かに言い放つ暁に、鳥王が今一度壁へと大きくその体を叩きつけてから怒りに震える両手をやっとのことで離した。
 鬣のような髪を何度も掻き毟る。
 ギリリっと歯噛みする音が聞こえ、噛み付かんばかりの勢いで鳥王が叫んだ。
「月乃は俺の女だ!花園になぞ返さない!何度でも取り戻すっ!」
「無理だな、冷静になれよ鳥王。どうしてそう月乃一人に拘る?あの女はお前のことを死んでも愛することはない。ずっと一緒にいてもお前が辛いだけなんだよ。何でそれがわかんねー?」
 ケホッと咽る息を吐き、自由になった痛めつけられた体をさすりながら、鳥王の怒りとは正反対に静かな目で暁が諭すように話し掛けてくる。
「・・・・・・・月乃の気持ちなんか関係ない。俺が月乃を必要なんだ。たとえどんなに憎まれても嫌われようともだ!」
「花園の王と間違われて慕われることにお前は傷つかないのか?そんな月乃をずっと側においていてお前の気持ちが憎しみに変わらないと言い切れるのか?今のうちに手放す方がいいんだよ、お前のためにも、そして一族のためにも。月乃を手放すことで一族は繁栄を手に入れることができる。お前ももう傷つかない。いいことだらけじゃねーか。とにかく、お前が諦めるまではここから一歩もださねーからな」
 暁の静かな説得にもまったく諦めを見せない鳥王に、暁が冷たく言い放つ。
 ずっと心に決めていた。
もしも自分の選ぶ道が鳥王のためになるのならば、たとえそれが鳥王の心に添わないことだとしても、その道を選ぶのだと。
月乃と出会ってからギリギリのところで生きてきた鳥王をずっと見てきたから、暁はもしもそんなときが来たら、躊躇わずに自分が月乃を切り捨てようと考えていた。
今がその時。
鳥王に憎まれようとも、背かれようとも、これが鳥王のためになるのだと言うことを暁は分かっているからだ。
「じゃあ、死ぬまで俺をここに入れとくことだな。俺は月乃のことを死んでも諦めない」
 鳥王の目が次第に感情を失っていく。
 どうにもならない現実に、すべてのことがどうでもよくなってくる気がする。
 月乃がいなければ鳥王の世界は色あせる。
 愛してもらえないことなど知っている。
 今は身代わりだということも知っている。
 それでも・・・・・・それでも鳥王は月乃を必要としていた。
 理屈じゃない、心が月乃を求めて止まない。
「なぁ・・・・・・何がそんなにお前を月乃に縛る?月乃の何がそんなにお前を惹きつける?俺にはまったくわかんねーよ」
 一族以外を愛することのない暁に永遠には理解することのない感情。
「暁には分からないさ・・・・・・理屈じゃない。心が動くんだよ、人を好きになると。頭では俺だって分かってるさ。月乃を花園返したほうがいいなんてことぐらい。月乃自身のことを考えるのだとしても、そうしたほうがいいってことぐらい・・・・・・だが理屈では割り切れない気持ちだってある」
「そうだな、俺には分からないな。確かに俺は人を愛しいと思ったことがないからな。俺がつねに考えることは一族の繁栄だけだ」
「・・・・・・お前が長になるほうが相応しい」
 鳥王は小さく自嘲した。
 鳥王が生まれるまでは暁が長となる運命のもとにあったときく。
 鳥王が生まれた時に、何かが狂った。
 自分は何のために長になったのだろうか?
 何のために選ばれたのか?
 暁よりも自分が長に相応しいと思ったことなど一度もなかった。
「そうだな、俺もそう思うぜ?でもジジィたちが俺じゃ駄目でお前を長にって言ってたんだからしょうがねーじゃねーか。ま、お前がそんな状態の間は俺が長の代行をするしかねーけどよ」
 おどけるように肩をすくめて暁が笑いながらもらす。
 暁は次代の長の座を鳥王のために降ろされた。それに対して暁は一度も鳥王に文句を言ったことはない。
 一族を誰よりも愛し、一族のためにのみ生きる暁が、それでも自分を長と認めてくれていたからだ。
 それを自分は裏切ったのだ。
 暁を、ひいては一族を裏切った。
 人を好きになると言うことは、おのれを愚かにする。
 愚かにすると分かっていても止められない気持ちは、この強い思いは、いったい何のためにどこから生まれてくるのだろうか・・・・・・。
 どうして月乃一人をこんなにも必要とするのだろうか?
 この気持ちに意味はあるのか?
 この思いに答えは出るのだろうか?
「・・・・・・・すまない、暁」
「謝るな。ムナクソ悪くならぁな。俺だってお前に謝らねーからな。何度でも俺は同じことをするぜ、きっと。お前のために、一族のためにならないと思ったら、俺はたとえお前の気持ちに逆らおうとも俺の思うようにする。何度でもお前に意見する。だからお互いさまだ。お互い譲れねーんなら思うように進むしかねーじゃねーか」
「・・・・・・」
 諦めたように鳥王の肩を抱きながら暁が言う。
 まるでこの後の自分の行動をすでに予測していながら、それでも思うようにすればいいと後押ししているかのように。
「目をつぶってくれるのか?」
「つぶるわけじゃねーよ。止めてもしかたねーから諦めるだけだ。言いたいことは言った。けどな、納得したら戻ってこいよ。一人で花園喧嘩うるような真似だけはするなよ。人間には手を出しちゃいけねー領域ってのはあるもんだからな」
「・・・・・・すまない、暁」
「だーかーら、謝るなっつーの!俺は何にも手助けなんてしてやらねーんだからな。長を降格されたお前が何しようと一族には関係ねーでとうすんだからな。で・・・・・・やっぱり行くのか?」
「あぁ・・・・・・」
 強い眼差し。
 人を愛すると人はこんなにも強い気持ちを手に入れれるものなのか?
 暁は鳥王の目に宿る光をまぶしげに見つめた。
 
 鳥王の降格が決まり、月乃が花園へと戻された次の日に、鳥王の姿が町から消えた。
 
 




つづく

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***コメント***
★やっぱり月下は書きにくい(^−^;)
作った私が言うのもなんですが、皆暗いよなぁ〜。明るい話が書きたくなってきた今日この頃です。
誰か明るい話書いて〜(>.<)

 



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