−月下美人−Act.10
                 −つぶら


 遠くで赤ん坊の泣く声が聞こえてくるような気がする。
 砂漠の震撼とする寒さの中で、思い出すのはこの手の中に収まる小さな暖かさ。
 置いてきたことへの罪悪感か・・・・・・。
 月乃以外に愛しいと思った者。
 月乃以上に自分が守らなければならないもの。
 なのに、すべてを置いて月乃だけを求めて飛び出してきた。
 暁に任せていれば、大丈夫だということは分かっているけれども、それでも思いは募る。
「・・・・・・かならず月乃を連れて戻ってみせる」
 口に出して言わなければ、揺らいでしまいそうな気がする。
 鳥王は自身に言い聞かせるように強く祈るような気持ちでつぶやいた。
 たとえ月乃を連れ戻せたとしても、風王には二度と会えないかもしれない。
 月乃を連れて戻る自分は一族にとってはただの厄介物でしかないだろう。
 街に戻れるのかどうかすら怪しい。
 月乃のせいで戦がおこるやもしれない。
 暁はそんな自分たちを受け入れてはくれないだろう。
 鳥王の親友。
 よき兄がわりでもある彼は、常に一族のことを最優先する。
 一族にとってマイナスの存在になる鳥王の行動を許したとしても、受け入れてはくれないだろう。
 分かっている。
 自分がいかに愚かな事をしようとしているのかということを・・・・・・。
 振り向いてもくれない女を、女の望むべき場所から連れ出しに行くのだから。
 まさに自分のエゴのためだけに動いている。
 理屈じゃない。気持ちが押さえられない。
「・・・・・・俺はとうに狂っているのかもしれないな・・・・・・」 
 月乃を見た瞬間から、狂い始めたとしかいいようがない。
 何を求め、何を望んでいるのか。
 己にすらわからない。
 ただ動かずにはいられないだけ。

マントを羽織るだけという軽装備で、干し肉と小さな水袋とわずかな金だけしか持たず、ほとんど何の用意もせずに街を飛び出してきた鳥王は、夜の砂漠の寒さを凌ぐために岩穴に身を潜めていた。
「花園まで行くとなると足が必要になるな・・・・・・・次の街まで二日ってところか?」
 西の果てにあるオアシス『花園』までの距離は正確にはわかっていない。
 抜け道があるのだとは噂では聞いたことがある。
 まともに歩けば何週間かかるかわからない道のりだけれど、花園と外界を結ぶポイントがどこかにあって、そこを通るとわずか数日で『花園』までいけるらしい。
 ただ、それもあくまでも噂である。
 『花園』は全てにおいて謎に包まれている。
「街で情報を仕入れるか」

 喉がからからに渇いている。
 明け方頃から次の街を目指して砂漠越えをしてきた鳥王が、ようやく街についたのは出発してからおよそ二日後のことである。
 それまでは飲まず食わずで、ただひたすら体力の消耗をさけながら歩き続けた。
「水を一杯もらえないか?」
 目に付いた街の入り口近くの店にはいり、鳥王は水を求めた。
 店内は小さな石屋のようで、いろとりどりの石がそこかしこにおいてあり、女たちが手にとりながら楽しそうに眺めていたが、鳥王が店に足を踏み入れたとたん、シンと水を打ったように静まりかえり、気まずげに女たちは先を争って店から出て行った。
「あらあら、商売上がったりだねぇ、まぁ。旅の方かい?すごい格好だね、また」
 店の女主人はぼろぼろな姿の鳥王に一瞬驚きはしたけれども、嫌な顔一つせずに鳥王を店の中の招きいれた。
「あんた、そんななりで砂漠を渡ってきたのかい?砂だらけじゃないか」
 優しく話し掛けながら、水を手渡してくれる。
 それをいっきに飲み干すと、鳥王は砂だらけになったマントのフードを慎重にはずした。
 パラパラと砂が足元へ落ちる。
「ああ、中の街から二日ほどかけて歩いてきた。準備を何もしていなかったものだから、少し時間がかかったがな。すまなかったな、店の中を砂だらけにしてしまったようだ。迷惑ついでにもう一ついいだろうか?」
「気にしないでいいよ。そうじすりゃいいだけだから。で、何だい?」
「この街で『花園』に詳しい人間を知らないか?あと、稼げる場所も教えてもらえるとありがたい」
「金も持たずに『花園』まで行こうってのかい?そりゃあ、あんた無謀じゃないかい」
「だから稼げる場所も知っていたら教えてもらいたい」
「稼げる場所ねぇ・・・・・・あんた腕っ節強そうだから、この先の酒場が夜になると客が賭けて剣の勝ち抜き戦をするところがあるんだけど、そこなら一晩でかなり稼げるよ。ただし、勝ち残ったらの話だけどね。負けたら傷を負ったまま放置されるから、どうなるか知らないけどね」
 悪戯っぽく目を輝かせながら、女主人が言う。
 正体の分からない旅人である鳥王にいたく興味をひかれたようだ。
「まだ死にたくはないな。参考にさせてもらうよ」
 鳥王も女主人の悪戯を含んだ脅しに乗ってみせる。
 本当は誰にも負けるつもりなどない。
 自分の腕にうぬぼれているわけではなく、そういいきれるだけの強さを鳥王は兼ね備えているからだ。
「なんだい、腕に自信ありだね。死ぬわけないって目をしてるよ。こりゃ、私もちょっと賭けにいかないともったいないね。あんた、出る時は教えておくれよ」
「水の礼に覚えておくよ。で、『花園』に詳しい人間の方はまだ教えてもらっていないが?」
「『花園』に詳しい人間なんて、この街で私以外にはいないよ。ほんとついてるよ、あんた。運がかなりいい。強い力を持ってるようだからね。で、何が聞きたい?話が長くなりそうならもう店じまいするから奥にあがっとくれよ」
 そう言って女主人はニッコリと微笑んだ。
 
 




つづく

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***コメント***
★ ああ、なんかようやく明るい人が出てきた気がする(笑)
レギュラーにしたいぐらいだわ〜この女主人。
次回は名前をつけてあげなくちゃ(爆) 
 



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