−月下美人−Act.11
                 −つぶら


 店の女主人、名をマリカと名乗った。
 年の程はわからない。
 若くも見えるし、そうでないようにも見える。
 綺麗な顔をわざと隠すように、髪をやぼったくひっつめ、黒ぶちの目がねをかけている。
 マリカはにっこりと笑うと、鳥王を奥の部屋へと進めた。
 扉を開けて一歩入ると、そこは不可思議な空間。
 暗闇の中の月光を集めたかのような不思議な光が、その部屋の中をふわりふわりと縦横無尽に動きまわっている。
 壁には色とりどりの石が花の形に埋め込まれ、光を放っている。
 まるでその部屋だけで小宇宙のように感じた。
「・・・・・・不思議な場所だな」
 ぐるりと部屋を見渡して、進められるままに部屋の中央の椅子に腰掛けると、鳥王がポツリともらした。
「まぁね。ここはこの町であってこの町でない場所だから。誰かに話をきかれる心配もない。秘密の話をするには絶好の場所さ」
 率直に感想を述べる鳥王をおもしろそうに見ながら、マリカが秘密を持ち合ったもの同士の親しみのようにニッコリと微笑む。
「で、『花園』の何が知りたいの?ただし、お代はいただくよ。ただじゃ教えられない情報だからね。秘密を洩らすということは私自身の身にも危険が降りかかるかもしれないからね」
 世間話でもするかのように、お茶の用意をしながらマリカが言う。
 マリカの柔らかい雰囲気にリラックスしかけていた心を、身の危険という言葉で鳥王は少し身構える。
「金はまだ稼げてない。いくらぐらい稼げばいいんだ?」
 用心深くマリカの様子を探る。
 身の危険が降りかかるかもしれないのに、鳥王にその情報を教えるマリカのメリットを考えると、莫大な金額を要求されるかもしれない。
 けれどお金が解決するならば、それはそれに越したことはない。
 何の下心もない人の親切というものに鳥王は警戒心を抱く。
 それが本当かどうか見極めないといけないからだ。
 けれどマリカはそんな鳥王の警戒する様子が手にとるようにわかりおかしかったのか、小さく笑いをもらしてひんやりとしたお茶といい匂いのただよう焼き菓子を鳥王に進める。
 そのまま自分用のお茶をテーブルに置いて、鳥王の目の前に腰掛けた。
「お代ってのはお金のことじゃないんだよ。秘密の代償は秘密をいただく。私はそうやって人の秘密を切り札にして必要な時に取り出して使うのよ。平和に、平凡に生きていくためにね」
「・・・・・・?」
 身構えていた分、マリカの答えはより一層鳥王には難解に響いてくる。
「意味が分からない?じゃ、最初の秘密を言うよ。私が『花園』の女だと言えば分かるかい?『花園』の女が普通の人間に混じって暮らしていくにはいろんな切り札がいるってことさ」
 マリカの言葉に、鳥王は驚きの表情を隠せなかった。
 が、すぐに気を取り直すと、きっぱりと否定の言葉を口にする。
「『花園』の女?ありえないな。『花園』の女は『花園』の外には出ないはずだ」
「ありえない?どうしてだい?ありえないって言い切るからには、あんたは『花園』の女を知っているってことになる。外の世界に出ないはずの『花園』の女をどうして知っているの?それこそ例外があるからじゃないかい?だから絶対ってことこそありえないもんだよ」
 鳥王の言葉に敏感に月乃の存在を感じとったマリカは、鳥王の否定をさらに畳み掛けるように否定していく。
「・・・・・・本当に『花園』の女なら、なぜ外の世界に出てきて普通の人間のように暮らしているんだ?」
「あら、あんたの知り合いの『花園』の女はよっぽどの理由があって出てきたみたいだね。ま、確かに。あそこを出ようと思うなんて変わりものか、よほどの理由がないと出たりしないわね。私は変わり者の方だったからね。で、あんたが『花園』に行きたい理由は何?私の秘密と交換よ。そして『花園』について詳しく聞きたいなら、さらに追加でその『花園』の女について詳しく聞きたいわ。そのよほどの理由とやらもね。それを教えてくれたうえに、私が納得できる理由なら『花園』への抜け道を教えてあげるわよ」
 すべてを話すのならば、鳥王の正体も隠さずに言わなくてはならない。
 マリカを信用するべきか否か。
 鳥王はじっとマリカの目を前からのぞきこんだ。
 黒い黒い闇のような瞳。
 それはひどく月乃のそれと似ているような気がする。
「『花園』に行きたい理由は自分の女を取り戻しに行くためだ」
 鳥王の言葉に、マリカはひどく意外そうな顔をした。
「『花園』を出たはずなのに、また『花園』に戻ったのかい?あんたの大事な人は?それはよっぽど・・・・・・まさか・・・・・・まさかね。『月乃』様は追放になったと聞いたし、そんなはずはないか」
「月乃を知っているのか?」
 マリカの小さなつぶやきに含まれた月乃の名前に、鳥王は素早く反応をする。
 その問いに、さらにマリカの黒い瞳が大きく見開かれることになった。
「知ってるもなにも・・・・・・じゃ、『花園』に取り戻しに行くあんたの大事な人は、もしかして本当に『月乃』って名前なのかい?」
「そうだ。先日迎えがきて、月乃を『花園』へ連れて戻っていった。だがそれは俺の預かりしらぬところだからな。だから追って、取り戻しに行く」
「そりゃあ、ちょいと・・・・・・いやかなり無謀だねぇ。『花園』へたどりついたとしても、生きて出れないかもしれない。『月乃』様は特別なんだよ。私のように普通の女でも隠れて息を潜めて生きていかなきゃならないのに、あの方を連れ出すなんて、出会えたことすら奇跡に近いよ」
「どういう意味だ?月乃は追放になったんだぞ?『花園』にとって不必要なものなんじゃないのか?」
「追放になったのは王の預かりしらぬところ。まして月乃様が『花園』を出るなんて誰も想像もしなかったことさ。あの方は本当に王を大事に思っていらしたから。本当ならば別の者が行くはずだったことを。そう・・・・・・あんたか。あんたが月乃様の・・・・・・」
 マリカはそうつぶやいたきり、考え込むように目頭を押さえて黙りこんでしまった。


 体に馴染んだベッド。
 いつもの目覚めのように、月乃は瞬き一つで目を覚ました。
 見渡すと懐かしい景色。
「目覚めたか?」
 すぐ側でかけられた声に月乃はびくりと身を竦ませた。
 ここは確かに懐かしい『花園』。
 懐かしい自分の部屋。
 けれど懐かしそうに自分を見つめてくる男には、見覚えすらなかった。
「どうした?月乃?まさか私が分からないと言うんじゃないだろうな?」
 柔らかく微笑みながら男は月乃に触れようと手を伸ばした。
 が、月乃はそれを拒絶した。
 蒼白な顔で男から少しでも離れるように身を縮めていく。
「月乃?」
「花王様、月乃は混乱しているようです。もうしばらくされてからお話なされた方が・・・・・・」
 訝しげに首を傾げる男、花王に向かって、側で控えていた葵が控えめに意見する。
 月乃の様子がおかしいということに不安を抱いていた葵は、花王を目の前にした月乃の態度にさらに確信を深めた。

 
 




つづく

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***コメント***
★ 名前をつけてみました。マリカさんです(笑)
花園の女の名前は漢字なのでもちろん本名ではありません。そのうち本名出せるといいなぁ。
話が三箇所で動くからますます長くなりそうな気配です。やばいなぁ〜(^−^;)  



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