−月下美人−Act.12
                 −つぶら


 脅えるように、ベッドの中をずり下がり、花王から離れようとする月乃。
 その態度に違和感を感じた葵が、月乃を花王の目から隠すように間に立ちふさがった。
「どうか、王。また後ほど。月乃も意識が混乱しているようす・・・・・・外の世界は思いのほか月乃の精神に痛手を与えておりました。今はまだ精神が乱れているのです。どうか・・・・・・」
「・・・・・・」
 花王は懇願する葵の様子を訝しげにじっと見ていたが、やがて葵の後ろで脅える月乃にため息をつくと、そのまま無言で部屋を出ていった。
「月乃?何があった?なぜ王を見てそんなに脅える?」
「王!?王ですって!?今の男が?私の王はあんな男ではないわ!葵こそどうしたって言うの?王はどこいにいらっしゃるの!?花王様は!?ここは花園なのに、あの方がいないなんて・・・・・・」
 自分の言葉を否定する月乃の尋常でない様子に、葵は背筋を冷たい汗が流れ落ちていくのを感じた。
 月乃が嘘を言っているようには思えない。
 まして気が狂っているようにも思えない。
 では何が狂っているというのだ!?
「おかしいのはお前だ、月乃。王はたった一人しかおられぬ。天にも地にもただお一人。花王様が我らの王だ。お前のいう王はあの鳥王という男じゃないのか!?」
「・・・・・・鳥王?それはいったい誰なの?何を言っているの、葵?」
「お前がずっと側にいた男が鳥王だと言うのに、お前の目にはあの男が花王様に見えていたのだな!?それは王に対する裏切りではないのか!?花園の女がそんなことになっていいはずがないっ!」
「意味が分からないわ、葵。いったいなんなの?」
「分からない?では聞く。この三年間、お前は誰の側にいたんだ?花園から遠く離れた地で、誰の側に?」
「・・・・・・花王様だわ。ずっとお側にいたもの。何を言っているの?」
「花王様はつい先日まで、病で床に伏せられていた。この花園で、だ。花園から出られたことは一度もない。これから先も王はこの地から出ることはない。それを知っているだろう、お前は!」
「・・・・・・」
 確かに、ずっと王の側にいたけれども、いつ王が花園を出られたのかは月乃の記憶にはない。
 いつの間にか側におられたのだ。
 そして葵の言うことも本当だということもよくわかる。
 王がこの地から出ることなどないのだと言うことも。
 花園の王はこの地で生まれ、この地で死んでいく。
 ここを一歩もでることはできないのだから。
 では、ではいったい、ずっと側にいたのは誰だというのだろう?
 自分が愛していたのはいったい誰だというのだろう?
 感じた違和感。
 感じた愛しさ。
 矛盾がいつもそこには見え隠れしていた。
 見ないようにしてきたのは自分。
 都合の悪い記憶にはすべてフタをして、今だけを大事にしてきたのも自分。
「・・・・・・あれは誰なの?誰だと言うの?」
 記憶の中で自分のことを見つめる男。
 つらそうな視線がいつも自分を見ていた。
 自分のために血を流し、守り、愛し、片時も側から月乃のことを離さない男。
 あれはいったい誰だというんだろう?
 あんなにも自分を愛してくれた人が花王でないというならそれはいったい誰だと言うのだろう?
「中の町の長、鳥王だ。ずっと花園を出たお前がそばにいたのは、鳥王という男だ。あれは花王様の元にお前が戻れないようにした張本人だ。あれはお前の憎むべきもの」
 葵の言葉に心臓に針がささるような気がした。
 憎むべきもの。
 記憶のかすかな向こうにあるものが揺らぎ出す。
 憎むべきもの。
 憎まなければならないはずの者。
 自分は花王以外愛せない者。
 愛してはいけない者。
 なぜなら・・・・・・
「嘘よ・・・・・・私が花王様以外愛するはずがない。花園の女はそうだもの。王以外を愛するはずがないわ!私は次代を継ぐべきものを育む者だわ。花王様以外を愛するはずがないっ!」
「そうだ。だからお前が奴を愛しているはずがない。精神の苦痛による一時的な混乱なはずなんだ。しっかりしろ月乃。自分を取り戻せ」
 それは自分が自分に言い聞かせてきた言葉。
 この三年間何度も何度も、繰り返し、繰り返し。
 夜毎呪文のように繰り返し言い聞かせてきた。
 しっかりしろと、自分を見失うなと。
 あんな男を愛するはずがないのだ。自分は花園の女なのだから。
「嘘よ・・・・・・嘘よっ!だって、だって一目見た時から愛していたのだもの。私が王以外の誰を愛すると言うのよ!?」

『ヒトメ見タ時カラ愛シテイタノダモノ!』

 ずっと胸の奥に秘めてきた思い。
 誰にも、自分にすら気付かせてはいけない思い。
 あるはずのない思いがそこにはあった。
 それを肯定することも否定することもできない。
 ずっとずっと苦しみ続けて、子を産み落とす時に全てを一緒に産み落とした。
 残ったのは愛しい気持ちだけ。
 持ってはいけない思いと、持っていなければいけない思い。
 自分の目を欺くことで、その気持ちを肯定できた。
 あれは真実の思い。
 月乃は狂うことでしか鳥王のことを愛せなかった。

 
 




つづく

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***コメント***
★ ううう・・・・・・話が、三箇所で続くからややこしいです。
今回は暁の話を書きたかったんだけどなぁ・・・・おいてけぼりになった暁くんのその後の奮闘を(笑) 



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