−月下美人−Act.8
                 −つぶら


 鳥王が謹慎処分を受けている間、長老会では暁の意見に全員一致の判決が出ていた。
長老たちは皆、月乃一人にこだわる鳥王を危険とみなし、降格処分を了承したうえで、月乃を『花園』に戻し、代わりに『花園』の女たちを譲り受けるとの決定がなされた。

「手を離して!私をどこへ連れて行こうというの!?花王様は!?葵!?どうして!?」
「月乃?花園に帰れるんだ。何をそんなに嫌がることがある?」
 連れていかれまいと抵抗を見せる月乃に、葵は困惑の色を隠せない。
 なぜ月乃がこれほど『花園』に帰るのを拒むのだろうか?
 跡目を生んだことが月乃を縛っているとはとても思えない。
 もとより花園の女に子を守る習性などないからだ。
 花園の女は子を産んだとしても、それを育てるのはその役目を担っている女だけ。
 生んだあとの子供がどう成長し、どうなろうとそれに関心を寄せる者など誰一人としていない。
 では、跡目を生む気になったほどあの『鳥王』という男を愛していると言うのだろうか?
 いや・・・・・・そんなことはありえない。あってはならないことなのだ。
 葵は自らの考えに軽く頭をふって否定した。
 その間も月乃は必死に抵抗をみせる。
 このか細い腕のどこにそんな力があるのかと思うほどの力で、押さえつけてくる衛兵たちの手を必死で振り払おうとしつづける。
 近づいてきた暁が、月乃を押さえつけようとする衛兵たちを手で制してから月乃の前に立ちふさがった。
「悪いな、月乃。お前を帰す条件がこちらにとってはひどく都合がいい。お前もお前の本当の場所に帰るのが一番いいと俺は思ってるぜ。このままここにいたとしても、お前は鳥王を傷つけるだけだ。お前自身も気づいちゃいないが、馬鹿なことをしているんだからな」
「何を言っているのか分からないわ!お前の言葉など聞いてもしかたないわっ!花王様はいったいどこにいらっしゃるの!?私をいったいどこへ連れて行こうというの!?」
 暁を真正面から睨み、月乃が悲痛に叫んでいる。
「お前の本来いる場所さ。眠れ。そうすれば目がさめた時にすべてが正常に戻っているだろう。お前はお前の世界に戻れる。お前がいるべき世界へとな」
 暁の言葉を待っていたかのように、側に控えていた医師が月乃に素早く注射する。
「なっ!?何を・・・・・・・」
「安心しろ、少し眠ってもらうだけだ」
 暁の冷たい返事のとおり、月乃を急激な眠気が襲い出す。
 視界の中に映る暁の姿が、どんどんとかすんでいく。
 その背後に自分を心配そうに見る葵の姿があった。
「・・・・・・あ・・・・おい・・・・・・助けて・・・・・・」
月乃は最後の気力を振り絞って葵へと手を伸ばしたが、そのまま意識を失い倒れこんだ。
慌てて葵が伸ばされた手を掴みに倒れこんだ月乃の側へと膝を折る。
伸ばされた手をしっかりと握ると、強い眼差しで暁を睨んだ。
「何をされた!?」
「少し眠ってもらっただけだ。このままずっと抵抗されつづけては連れてかえれないでしょう?使者殿の言葉でも説得できないご様子だったようですし?」
 暁の的を得た言葉に返答できず、葵はギリッと歯噛みした。
 確かに。月乃は自分の言葉も聞こうとはしなかった。
 何をどう説得しようとしても、ここから『花王』の元から離れないというだけで。
 いったい何がどうなっていると言うのだろうか?
 花園へ花王の元へと帰ることが花王の元から離れることになるとは?
「暁殿、一つ伺ってもよろしいか?」
「一つと言わずいかようでも、使者殿」
 真剣な葵の問いに、暁はおどけたように首をすくめて返事をする。
「月乃は・・・・・・鳥王殿とどのような間柄なのでしょうか?」
 葵自身も何をどう聞いていいのか分からず、言葉を選びながら暁に問うた。
「子を成した仲でありますよ」
 暁は慇懃無礼な態度をわざととりながら、葵の問いに答える。
 その言い回しにますます葵は混乱に陥った。
「子を成す・・・・・・失礼を承知で伺うが、それは月乃の気持ちも沿ったうえでのことでしょうか?」
「・・・・・・そうだと言えば?」
「信じられませぬ。花園の女が王以外を愛することなどありえない。けれど今の月乃の様子はまるで王のお側を離れまいとしているかのようだ」
 葵は暁の言葉にすぐさま否定の態度を見せた。
「その自信はどこから来るんでしょうな?男女の中など気持ちが移ることなど珍しくもないでしょう」
 あまりの葵の頭からの否定に、鳥王の気持ちを知りすぎている暁は興味をそそられた。
 いつまでも・・・・・・二年たち、子まで成したというのに変わらぬ月乃の態度。
 花園に捨てられたも同然なはずなのに、それを憎むどころかさらにいっそうその思慕が深まっていく彼女に、側で見ていて憎しみすら湧いた。
 冷たい視線。いつもそれが鳥王を傷つけていることを知っていたから。
 けれどそれに理由があるというのなら、また別である。
 その理由を問う暁に、葵はただ笑いをもらしただけだった。
「ハハッ・・・・・・花園の女にとって気持ちが移るなどという馬鹿げたことはありませぬ。我らは王のみを愛する。王以外に気持ちを傾けることなど万にひとつもありませんよ」
 当たり前のことを聞くなと言うように。
「花園のすべての女が?」
 暁は葵の確信を持った言い方に、さら沸いてきた疑問をぶつけてみた。
「そう、花園のすべての女がです。しかし皆、王の命令には絶対服従をする。こちらに引き渡す女たちには王からこちらに仕えるようにとのご命令が下されることでしょう。その点はご安心を」
 答えはYESである。
『花園の女たちは王だけしか愛さない』
 伝えられてきたとおり、それは事実相違ないことなのだ。
 どんなに鳥王が月乃を命がけで愛したとしても、花園の女は自分たちの王だけしか愛さない。
 いや、愛せないのだ。
 葵の言葉はそう言っているのである。
「なぜ・・・・・・?と聞いてもよろしいか?」
「なぜと聞かれてもそれが当たり前のことだからです。私たちはそのように生まれついている。争いのないように、気持ちが移れば裏切るものもできてくる。王以外の男を愛してしまったとしたら、その男のために王を裏切ることもあるかもしれない。それができぬように私たちはそう作られているだけのこと」
「作る?人の気持ちを作ることなどできないだろう?使者殿?」
「花園の女は外の世界の理とはまったく別のところで生まれ、育ち、死んでいく。外のお方には花園のルールはお分かりにはならないでしょう。花園で生まれた者にしかこれは分からぬこと。理屈ではないのですよ。さて、そろそろご質問の方は宜しいでしょうか?月乃をさっそく王の元へと連れ帰りたいのです。王が首を長くして待っておられる」
 話はこれで終わりと言うように、葵は愛しそうに月乃を抱き上げた。
 月乃と同じように細い腕をしているのに、やはりその力はどこから湧いてくるのか?
 軽々と月乃を抱き上げている。
「あ、ああ・・・・・・・すぐに手配させましょう。花園の近くまでうちのものに送らせよう。月乃殿をこちらへ、使者殿には少しお辛いだろう。俺が運ぼう。とりあえず部屋の方で待機していただきたい」
 葵の腕から月乃を受け取ろうとした暁の腕は緩く拒絶された。
「結構。女だからといって力がないわけではありません。何度も言うが、あなた方の常識の範囲に我らを入れぬように。花園の女は外の女たちとは違うということ。これからこちらにお渡しする女たちもそう思っていただかねばなりません。我らは女であって女ではない。正確に言うと月乃以外ですが・・・・・・ではご好意に甘えて部屋の方で待たせていただきますので、準備ができしだい声をかけていただいてもよろしいか?」
「そのように」
 頷く暁に葵は小さく微笑むと、大事そうに月乃を抱えてスタスタと軽い足取りで部屋へと引き上げていった。
 暁の頭に小さな混乱が渦をまく。
 葵の言葉には謎かけのような言葉が多すぎる。
 嫌な予感がした。
 王以外愛さないと断言した葵の言葉。
 今の月乃にとって王は鳥王にすりかわっている。
 では花園へ連れ戻された月乃の目に『花王』はいったいどのように映るのだろうか?
「俺の知ったこっちゃねーか・・・・・・・どうなろうと関係ねぇ。俺は俺の世界を守るのだけで精一杯なんだよ。悪いな月乃」
 暁は小さく一人ごちるとため息を吐きながら、月乃たちを送る用意を素早く指示すると、怒り狂うであろう鳥王への事後報告をしに向かった。
 




つづく

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***コメント***
★ 久しぶりの月下です。
とうとう花の窟も連載終わっちゃったし、性根を据えて月下を終わらせないといかんなぁと思って頑張ってみた〜。
いや、あんまり頑張ってはいないのですが・・・・(^−^;)
まだまだ続きそうな予感。まだ八話目だったんですねぇ、月下。
あんまり前に書き出したものだから、もっと進んでるような気がしてました(笑)
 



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