−月下美人−Act.7
                 −つぶら


 「・・・・・・葵!」
 月乃は女を見て、澱みなく名を叫んだ。
 急ぎ足で向かった広間に、葵は静かに膝をおり控えていた。
 月乃に名前を呼ばれて、懐かしそうに一瞬だけ目の光を緩める。
 そのまま葵の元まで駆け出していきそうな月乃を、鳥王は手だけで制すと、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
 葵は深く礼をとり鳥王に頭を下げる。
「顔をあげられよ、使者殿。『花園』から使者が来られるのは初めてのこと。堅苦しいあいさつはいらぬ。何用か?」
「鳥王様には初めておめもじいたします。『花園』の王よりの使いで参りました葵と申します。我が王よりの命令で、そこにいる月乃を連れ戻しにまいりました。いかなる条件もすべて承諾せよとの許可を我が王より得てきております。月乃をお返しいただけますれば、鳥王様にはどのようなご希望にも添えるものと思います」
 葵の言葉に月乃は首を傾げる。
 ここにいて話しているのが我らが王のはずなのに、葵は王の使いでここに来たと言っているのだ。
 今の月乃には鳥王の姿が花王として映っているので無理もないことなのだが・・・・・・。
「・・・・・・葵?何を言っているの?王のご命令って、王はここにいらっしゃるじゃないの?」
 不思議そうに月乃は疑問を口にする。
 それに対して葵が首を傾げる番だった。
「月乃?」
「口を挟むな、月乃。黙っていろ。使者殿。せっかくのお申し出なれど、私は月乃を手放す気は毛頭ない。お引取り願おうか」
 事情を一人理解している鳥王は、葵の言葉を遮るように結論を口にする。
 やっかいな使いがやってきたものだ。
 月乃を今更花園が欲しがるとは思いもしなかった。けれど返せといわれたからと、承諾するわけがない。
 どんなことがあれ、鳥王は月乃を手放す気などないのだから。
「月乃は花園にいても貴重なる者。どうかお返し願いたい!月乃をお返しくださるのならば、花園の命を継げるものを百人、こちらにお渡ししても構わぬと王は言われております。こちらも血を継ぐものが必要なご様子。月乃一人にこだわってそのチャンスをふいになさるおつもりか!?」
 葵は頑なな鳥王の様子に焦り、声を荒げた。
 こんなにも鳥王が月乃に執着しているなどと考えもしなかったからだ。
 ただ、花園の命を生み出すことのできる女だから、手放しはしないものだと考えていた。
 ゆえに交渉は簡単に終わると思っていたのだ。 
「月乃は我が跡目の母なる者。こちらにとっても貴重なる者だ。今更お返しするわけにはいかぬ。それに先に月乃を追放されたのは『花園』の意思であろう?今ごろ何の戯れでそのようなことを?」
 冷たく葵を見下ろしながら、鳥王が言い放つ。
「確かに。勝手を申しているのは百も承知でございます。けれど、それは王の預かり知らぬところでの決定。我が王はお怒りでこざいます。もしもこのまま月乃をお返し願えなければ戦も覚悟の上と・・・・・・我らとて争いたくはございません。ぜひここは鳥王様のご英断を!」
 葵は暗に月乃を帰さねば戦になると脅しともとれる言葉を含ませて、鳥王に最後の決断を迫る。
 けれど鳥王はその言葉に眉ひとつ動かしはしなかった。
「答えは何度聞かれても変わらぬ!帰られるがよい、使者殿」
 そのまま席を乱暴に立つと、鳥王は踵を返して部屋を出て行こうとする。
 後ろを振り返ろうともしない。
 月乃は葵と鳥王のやりとりを困ったように交互に見ている。
「鳥王!お前、何を考えている!?」
 言い切りそのまま出て行こうとした鳥王に、暁が慌てて止めに入る。
 今ここで花園と戦になどなれば、勝てる見込みは五分五分でしかない。
 そんな危険なことに、月乃一人の存在で一族を巻き込むわけにはいかなかった。
 暁にしてみれば、月乃を返す代わりに、命を継げる花園の女が百人もらえる方が戦を避けられるうえに一族の繁栄にもいいこと間違いないのは考えるまでもない。
「使者殿、もう少し時間をいただきたい。よろしければしばらく滞在していただきたい。もちろん使者殿には危害は加えぬと我が名に誓う。いかがか?」
 鳥王に口を挟まさぬように、暁が葵に口早に提案を述べた。
「暁っ!?」
 その提案に鳥王が怒りのまま詰め寄ってこようとも、暁は無視を決め込んで、葵に向かってニッコリと微笑んでいる。
 二人のそんな様子を見ていた葵は、ゆっくりと頷いた。
「そのお申し出は私にもありがたい。良い返事がいただけるならば、いくらでも待たせていただこう」
「それは良かった。栄!使者殿を丁重にご案内しろ!警護の者を選抜して使者殿の部屋につかせろ。いいな!」
 栄と呼ばれた男は、困惑したようすで、暁と鳥王を交互に見ていたが、真剣なようすの暁に、決意したように頷くと葵を丁寧に案内して部屋を出ていった。
「暁っ!?勝手なことをするな!お前にそんな決定権はない!」
 葵が出て行くと同時に、怒りを爆発させた鳥王が暁の胸倉を掴みあげた。
 それを冷ややかに受け止めながら、暁がキツイ眼差しで鳥王を睨む。
 暁は一歩もひく様子をみせない。
「鳥王、いったはずだぞ!お前の決定はお前の感情だけで動いていいものではないってな!この馬鹿野郎が!今のお前は一族の長失格だ!長老会にお前の降格を申し願う!今のお前には長たる資格はない!しばらく謹慎だ、頭を冷やしてこい!」
「なっ、馬鹿なことを!」
「馬鹿なこと?お前の方が馬鹿なことを言っている!月乃一人のせいで戦を起こすわけにゃいかねーんだよ!お前は今冷静な判断がまったくできていない。ただの私情で動くマヌケ野郎だよ!そんなお前にいったい誰がついていくってんだ?長老会に今すぐ掛け合うからな。決定が出るまで、お前は今から部屋に拘束されると思え!」
 暁の言葉に、衛兵たちがバラバラと鳥王の側に近寄ってくる。
「俺にこんなことをしてどうなるか分かっているのか、お前たち!?」
 手足を抑えつけられた鳥王は、獣のような目で周りの衛兵たちを睨んだ。
ビクリと衛兵たちが動きをとめようとするところへ、暁のカツが入る。
「馬鹿野郎どもが!その手を離すな!責任は俺が取る!いいから部屋に連れていけっ!月乃もだ。部屋に戻せ!跡目は塔の最上階へ連れていけ。女たちに世話をさせておけ、いいな」

 無情にも鳥王の目の前でバタンと扉は閉められた。
 鳥王は自室のベッドにゆっくりと腰を降ろし沈みこんだ。
 暁の怒りはいまだかつて見たこともないほどだった。
 いつも結局何だかんだ言って、鳥王のすることには笑って許してくれていた暁が、真剣に鳥王に怒っていたのだ。
 長としてしてはいけない選択をしようとしたのは分かっている。
 けれど鳥王が鳥王であるために、それ以外の選択はできないのも事実だ。
 月乃を花王の元に戻すぐらいならば、命を捨てる方が遥かにましだ。
 それを暁に分かれというのが無理なのだろう・・・・・・。
 自身でも手のつけられないこのやっかいな感情を。
 鳥王は暗闇の中で両手で顔を覆い、深く息を吐き出した。
 まだ外は闇。
 月明かりの中に砂が凍りキラキラと光っている。
 夜明けを待って、鳥王は静かに目を閉じた。



つづく

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***コメント***
★ 久しぶりの月下です。
短くてすいません(^−^;)書きにくい話だなぁ〜本当に。どうして月下を書こうと思ったのか、もう思い出せないほど昔から書いてます、この話(笑)ioちゃんお待たせしました〜。待たせたわりにはごめんなさいね。
 



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