−月下美人−Act.6
                 −つぶら


 突然警戒の銅鑼が辺りに鳴り響いた。
 月乃は振り下ろそうとしていた刀をピタリと赤ん坊の真上で止めて、警戒をあらわにした。
 足元の赤ん坊を人質にするためにガッと掴み、そのまま端に身を寄せ辺りの気配を探る。
 スヤスヤと眠っていたはずの風王は、乱暴に掴まれたせいで目が覚めたようだった。
 ぐずるように泣きはじめる。
 その泣き声がだんだんと大きくなっていくのを、不思議な音でもきくように見ているだけだった月乃は、再び鳴り出した銅鑼に意識を外へとすました。
 足音がいくつも近づいてくる。
「月乃、儀式は中止だ!」
 粗末なテントの扉代わりの布を苛立たしげに開け放ち、鳥王がそこに立っていた。
 風王の鳴き声が銅鑼の音に混じって聞こえてきてから、鳥王は気が気ではなかったのだ。
 案の定、のぞいたテントの中では、月乃は風王を物でも掴むかのように毛布ごと無造作に掴みあげている。
 大声で泣きつづけている風王を不思議そうにみているものの、それを気遣うようすはまったくみられない。
「花王様?」
 儀式という言葉も、中止だという意味もなにもわからず、ただ月乃は呆然と機嫌の悪そうな鳥王の様子をうかがっていた。
 月乃の手から風王を取り返し、そっと大事そうに胸に抱えると、鳥王はもう一度月乃に言った。
「儀式は中止だ。珍客がやってきた」
 突然の銅鑼は、この大事な儀式の最中に突然現れた珍客を知らせる音だった。
 『花園』の王の使いだと言う女が一人、やってきたのだ。
 名を葵とその女は名乗っていた。
『花園』から住人が出てくることは、過去月乃の件以外には類をみない。
月乃の行動は、『花園』の王の許可なしでの単独行動でこそありえることで、王からの使いは『花園』ができてから数十年の間、一度もなかったことである。
皆はその出来事に動揺を隠し切れないでいる。
ましてや大事な跡目の誕生を祝う儀式の最中であり、ざわめきは留まることがなかった。
 不機嫌そうに前を歩く鳥王の後ろを、月乃は戸惑いを見せながらピタリとついて歩く。
 いつもそうしてきたように。
 記憶の中の『花王』は優しい笑顔をいつも浮かべていた。
 月乃を愛し、労わり、片時も側から離そうとはしかなった。
 夢のような毎日。
 生まれた時から王だけを愛するように定められて生きてきた者にとって、王の最愛の者となれる権利を得たことは至福の喜びを月乃に与えた。
 病に伏すようになってからは、お側に寄せてもらえないことも多々あったけれど、それは全て病ゆえの苦悩のため何かお考えあってのことだときちんと月乃はわきまえていた。
 そう言えば、王の病はいかがされたのだろうか?とふと月乃の脳裏を不安が過ぎる。
 跡目が作られているということは、王の病は完治していないのだろうか?
 ああ、そんなはずはない!
 月乃は不安をかき消すように、何度も頭を横に振った。
 『血』さえあれば王は治ると医師は断言した。
 『花園』の自然の理を曲げて歪ませた秩序が時々呪いの波となって王に襲いくる『花園』でのたった一つの試練と聞いた。
 王の病を治すために外界に出て、それから・・・・・・それから・・・・・・それからどうなったのだろうか?
 その辺りからの記憶が曖昧になっている。
 『花園』ではなく、こんな辺境の街にいつきたのかさえも記憶にはない。
 それでも王が側におられるのならと、疑問をもつことを今までしなかった。
 今、月乃の目の前を歩いている王の背中をじっと見つめ、ふと違和感を感じる。
 確かにそこにいるのは王以外の何者でもないはずなのだけれど、身のこなしも小さな癖一つとっても、まったく記憶の中の王とは違う。
「花王様!」
 不安になって月乃は思わず声を張り上げて、目の前の背中を呼び止めようとした。
 鳥王は呼ばれているのは自分の名前ではないけれど、月乃のその悲痛な叫び声に思わず振り向いてしまった。
 振り向いて、鳥王の顔を見てホッと安堵の息をもらす月乃に、胸の痛みと苛立ちを感じる。
 月乃の視界の中では、『花王』の顔をした鳥王がキツイ眼差しで自分を睨んでいた。
 けれど、その顔は月乃の目には『花王』そのものに映っている。
 『花王』と呼んで振り向いてくれたことで、さらに確信を持てたからだ。
 鳥王はそんな月乃に冷たく言い放つ。
「二度とその名は呼ぶな」
「花王様?」
「その名は呼ぶなと言っている!」
「・・・・・・名を呼ぶなとおっしゃるなら、私はあなた様をなんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
 いつもならば冷たい目で自分を見下ろしてくる月乃が、おどおどとした子どものような目で、鳥王に縋るような視線を送ってくる。
 その様子は愛する者へのそれよりも、侍従関係のそれに近かいように鳥王には感じられた。
 絶対君主への信頼と忠誠。
 今ここで鳥王が月乃に死ねと言ったのならば、その場で自害でもしかねない勢いで、盲目的に鳥王を見上げてくる。
 『花園』では王というものはそういう存在なのだろう。
 王のためだけに生まれ、王のためだけに生きるように作られている女たち。
 鳥王は月乃のその様子にふいっと視線を逸らすことで何とか怒りを抑えた。
「王!」
 月乃はそんな鳥王の態度に、まだ食い下がるようにして声をかけた。鳥王は渋々諦めたように振り向いた。
 今の月乃には何を言っても無駄なのだということを改めて思い知る。
 ふと寝息をたてて寝始めていた腕の中の小さな暖かい存在に、心の中の苛立ちがどんどんと薄まってくる。
そのまま小さく嘆息すると、鳥王は優しい眼差しを月乃に向けた。
「・・・・・・いい、好きなように呼べばいい」
「花王様?」
「ただし・・・・・・」
「−?」
「俺のことはどう呼ぼうとかまわんが、この跡目のことは風王と呼べ。そして絶対の忠誠を誓え。二度と風王を泣かすようなことは許さない。いいか?」
「では教えていただけますか?・・・・・・跡目様がなぜ必要なのです!?花王様の病は完治したはずでは!?私は花王様以外の方に仕えたくはありません!いかに跡目様といえども、私にとっては花王様の存在を脅かす者のように感じられてなりません!」
 月乃は不安をかき消したくて、早口に鳥王へと質問を捲くし立てた。
「・・・・・・今のお前には何を言っても無駄だろうが、風王はお前にとっても大事なもののはずだ。風王はお前の血を分けた息子なのだからな」
「・・・・・・血を分けた・・・・息子?」
 月乃は鳥王が何を言っているのか理解することができなかった。
 大事そうに鳥王が腕の中に抱えている赤ん坊をじっと凝視する。
 跡目が王の血を分けた息子だと言うことは理解できる。
 けれど、どうしてそれが自分の血を分けた息子になりえるのだろうか?
 否、『花園』ではそんなことは決してありえるはずがない。
 母体となる女として確かに自分は選ばれたのだろうが、だからこそ真実を知っている。
 『花園』では王は王のみの血で生まれてくる。
 そしてそれを母体に着床さすことで命を誕生させるのだ。
 王以外の血を持つものは王にあらず。
「わからないか?そうだな、わからないだろうな・・・・・・わからなくてもいい。とにかくこれは俺の大事な跡目だ。そしてお前にとっても大事な者だということを覚えておけばいい。ないがしろには決してするな。命かけて愛し護れ」
 鳥王はそれだけ言い切ると、まだ理解しかねて呆然としている月乃を促しながら、広間へと急いだ。



つづく

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***コメント***
★ だんだん展開的に苦しくなってきた〜(>.<)
 もっとおばかな話がとっても書きたいです。暗いなぁ〜鳥王暗いなぁ〜。
 海賊の話はいかがでしょうか?楽しんでいただけてますでしょうか?また感想やリクエストなどありましたらBBSに書きこくださいませ〜。



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