−月下美人−Act.4
                 −つぶら


かがり火が燃える。
 震撼とした闇の中、吐く息さえも凍えそうな夜闇に、唯一の希望が灯っているかのように、炎が暖かな光を放っている。

「寒空に凍えまいか・・・・・・?」
 初めて赤子を目にした時に、鳥王がつぶやいた一言である。
 誕生の儀式は夜闇の中、一晩赤子をかがり火の側に起き、護り刀を赤子の眠る籠の上において放置したまま、その子の運の強さを確かめなければならない。
 砂漠の中の夜闇には、極寒と、闇の中に潜む獣の恐怖との戦いに勝ち抜かねばならない。
 何も知らずに眠る赤子のもつ強運を試されるのだ。
 そうして生き残れた子どもだけが、生きる権利をもつことができる。
 かがり火のせいで獣が寄り付くことはめったにないが、砂漠の夜は大人でも命の危険が伴うほど厳しいものである。
 かがり火をめいっぱい焚き、厚い布や毛布で幾重にもくるみ、両親はそっと影から見守る。
 ここ数年の間は出産のために命を落とし、母親不在で行われる儀式ばかりだったため、今夜の鳥王の子どもの誕生の儀式には皆浮き足立っている。
 久方ぶりの両親共に望める儀式だからである。
 昔から儀式に欠かせないのが母親の存在であり、子どもを寒さや獣などの危険から身を呈して護る役目は母親の役目であり、それが不在であった今まではそのまま見守るだけしかなかったからだ。
 父親は我が子を護ることもできず、ただ見守るのみ。
 祈り虚しく、いくつも命を落としていくのを皆目の当たりにしてきただけに、月乃の存在はこの現状に希望を与えるかのように思えた。

「・・・・・・月乃はどうだ?」
 窓から外のかがり火に移していた視線をもとに戻しながら、鳥王が部屋から出てきた医師に問うた。
 年老いた白髪交じりの医師は、鳥王の問いになんとも複雑な顔をしてみせ、一つ重いため息を吐いた。
「・・・・・・記憶障害というものとはまた違うような気がいたします。花園を出てこられたこの三年の記憶というのも月乃様の中にはきちんとあられ、精神的にも安定しておられます。ただ、月乃様の記憶の中で、鳥王様の部分だけがぽっかりと抜けている空洞のような状態で、何を尋ねても知らぬ分からぬの一点張りで・・・・・・鳥王様に関する部分だけが記憶の中から閉ざされているようなのです。代わりにご自分の側にずっとおられたのは花王だと思いこまれている。このようなケースは私も初めてでして、回復の手立てがとんと見当もつきません」
「ハッ。花園の王恋しさのあまりに物狂いでもしたというのか?」
 短い自嘲をもらしながら、鳥王が頭をふった。
 三年の間ずっと否定され続け、さらにはその存在までをも月乃の中から消されるほど疎まれていたことは、鳥王にとって予想はできたが目の当たりにしたくない現実だった。
胸が軋むような激しい嫉妬と執着が鳥王を苛む。
「月乃の体の方は大丈夫なのか?」
 隣りで事の成り行きを見ていた暁が、儀式の始まる銅鑼の音を耳にし、医師に問うた。
「お体の方には大事はありません。さすが『花園』の者。いままで何人もの出産を目にしてまいりましたが、今回のように母子ともに健康な出産は久方ぶりですな。お許しをいただければ、ぜひ月乃様の身体の検査をさせていただきたいぐらいで」
「確かにな。月乃に一度話してみねーとな。どうだ、鳥王?」
「・・・・・・」
 黙ったままの鳥王を伺うように、暁が話しをふってみたものの、鳥王は無言のまま頭をふっただけだった。
「けどな、鳥王。今回のことで皆が月乃の存在に注目をしはじめている。今までも『花園』の女というだけで、何人もの不届き者がおまえから月乃を奪おうと目論んできたが、今回のことでますます月乃の存在を狙うものが増えるだろうが。そんな危険な目に月乃をあわすよりは、謎を解明してそれを利用したほうがおまえにとっても、月乃にとってもいいと俺は思うぞ」
「月乃をそんな晒し者にする気は毛頭ない。そんな研究をしたいならば『花園』にいって他の女をさらってくればいいだろう。月乃は俺の女だ。誰にも指一本触れさせん」
鳥王は自分の中で荒れ狂う気持ちを無理やり押さえつけるように、一言一言を搾り出しながら言った。
静かな怒りを示す鳥王の言葉に、具合悪そうなようすで医師が頭をさげてその場を去るのを見送りながら、暁がため息をもらした。
「何をそんなにとんがってる?おまえが月乃を大事にしているのは知っているがな、それとこれとは話は別だ。おまえはここの長として、無事ここの血が繋いでいけるようにしなければならない義務があるはずだ。その奇跡をおまえは今偶然手にしているんだぞ?それを出し惜しみしたうえに、さらに『花園』に別の奇跡をさらいにいけなんてな、命をいくつ犠牲にしても適えられないような無茶を平気で口にするな。そうできるなら、とうの昔に皆そうしているさ。いいか鳥王、おまえは長だ。私情で動くようなことはするな。俺を失望させるんじゃねーぞ?」
 珍しく怒りを含んだ暁の言葉に、鳥王は気まずい空気に肩をすくめた。
 月乃のことで鳥王が感情的になるのはいつものことだが、血を存続させつづけることに対しては、皆それを許す気はないようだった。確かに暁のいうことは長として耳に痛いことを言われているのは分かっている。
 本来ならば、それは鳥王が考えなければならないことそのものである。
「分かっている!分かっているさ・・・・・・だが今は考えたくない。せめて儀式が終わって落ち着くまでは何も言ってくれるな」
「分かっているならそれでいいさ。確かに今の状態のおまえにこの話は酷だろうさ。けどな、怒りに任せて言葉をつづるな。おまえの言葉はおまえが考えている以上に重みを持っているんだ。おまえの言葉は俺らにゃ絶対だ。そのまま力を持つことを覚えておけ。そして一度口に出した言葉は取り返しがつかないこともな」
「・・・・・・久しぶりだな。今更おまえにそんな説教をくらうとは思ってもみなかったよ、はは」
 鳥王は自嘲をもらしながら窓辺に体をもたれかけたまま、そのままズルズルと体ごと床へと沈んでいった。
 その隣りにヒョイと腰掛けながら、暁が鳥王の頭をくしゃりとなでる。
「いつでも言ってやるさ。おまえが間違えたら、俺が気づかせてやる」
 暁はそのまま何度かぐしゃぐしゃと頭をかき回したあと、そのまま鳥王の頭ごと胸元に抱え込んで、軽く肩を何度か叩いた。
 鳥王を弟のように見守ってきた暁にとって、初めて執着した存在である月乃に、自分の存在を否定されている鳥王が今どんな心境でいるのか痛いほど分かっていた。
 しばらく二人はそうしていたが、辺りに響く銅鑼の大音響で視線を見合わせた。
「・・・・・・銅鑼が鳴りつづけているな。行くか?」
 建物の中にまで響けよとなり続ける銅鑼の音に、鳥王はいつもの顔を取り戻すと、暁の手を振り解いてすっと立ち上がった。
 いつもの鳥王の様子に、分からないようにそっと吐息をもらすと暁も頷き同じように立ち上がり歩きだした。

 塔の最上階に長い螺旋状の階段をどんどん上がっていくと、ワンフロアがすべて鳥王の私室となっている。
 その一番最奥の部屋に、赤子が眠っている。
 昨日生まれたばかりの新しい命。
 鳥王の血を確かに持つその顔立ちに、鳥王が安堵の息をもらしたのはつい数時間前のこと。
 儀式が終わるまで子供には会わないなどと強がりを言ってみせた鳥王だったが、やはりその存在は気になっていたようで、無理やり引っ張っていく暁の手を本気で振り解くことなく、引きづられて行っての対面だった。
 
眠る小さな赤子は年老いた女たちが甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
 若い女たちは出産のために次々と命を落としていき、生まれた赤子は誕生の儀式で命を落とすものが半数を超えるため、この儀式の前の短い間しか赤子に触れる機会はないとばかりに、老女たちは争って赤子を抱き上げたがっていた。
 鳥王が室内に入ると、幸福そうに笑っていた老女たちが、ピタリと私語をやめ、すっと床に礼をとり伏した。
 ベットにそっと寝かされた赤子は小さな手足を丸めて眠っている。
 生まれたばかりだと言うのに、ふさふさとはえた髪は鳥王と同じ青色をしていた。
 目を開いたところはまだ見てはいないが、きっと闇のように黒い瞳をしているに違いない。
 鳥王はそっと赤子を壊れ物を扱うように抱き上げた。
 そのあまりの軽さに抱き上げる手が恐々としているのを、暁がプッと笑いをもらしながら見ている。
「笑うなっ!人とは思えない軽さなんだぞ!ちょっと力を入れればくびり殺してしまいそうだ・・・・・・こんなふうで寒さに凍えまいか?」
 赤子のあまりの命の儚さにやはり鳥王は最初に赤子を見たときと同じ言葉をもらした。
 外の寒さは窓を曇らせ霜をつくるほどである。
 室内の暖かさの中にいても、寒そうに身を丸めている赤子のその様子に、鳥王は突然胸の中に沸いてきた自分の血を継ぐものへの愛しさに胸を掻きみだされた。
 この命が消えてなくなってしまったら、自分は正気でいられるのだろうかと・・・・・・。
「名は?名はもう考えているのか?」
 愛しそうに赤子を抱える鳥王に、暁も優しい目でそれを見守りながら尋ねた。
「・・・・・・風王。風王とつけようと思う」
「風王か?良い名じゃないか。王の文字を持つ男は強くなるからな。風のように気ままに思うがままにか。空を駆け巡るおまえの息子に相応しい名だな」
「儀式に勝てる強運を持つ子であればいい・・・・・・」
 鳥王は小さく本音をもらした。
「な〜に、この子には母親がついているんだ。母親が健在な頃の儀式では子供がなくなることはなかったそうだぞ。月乃がこの子を護ってくれるさ」
「俺の子を月乃が護るだろうか・・・・・・?」
「おまえの子であり、月乃の子でもある。こんな小さな命を愛しく思わないやつはいないぜ、きっと。いらぬ心配だ、それは」
 鳥王の不安を暁は笑い飛ばした。
 鳥王はそんな暁の言葉を聞いてなお、胸のうちに沸く重苦しい不安を打ち消すことができないまま、小さな命を胸に抱きしめて、儀式の場へと向かっていった。



つづく

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***コメント***
★赤ちゃん書いててとっても楽しいです。何にもしゃべらないけど(笑)小さい子って、目にするまではそんなに愛しいなんて思わないけど、一度目にしてしまえば愛しくって愛しくって堪らない存在ですよね♪
そんな私が乗り移ってます、鳥王に(^−^;)

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