−月下美人−Act.3
                 −つぶら


 西の果て・・・・・・砂漠を越えた遥か西にある緑に囲まれたただ一つのオアシス『花園』。
 病の床に王が伏していく久しい。
 その生死を危ぶまれた噂すら流れた。
 その王が三年ぶりに目覚めたというその噂は、風とともに瞬く間に世界中を駆け抜けていく。


 花王はうっすらと目を開けた。
 ぼんやりと靄のかかったような見慣れた自分の寝室で、ぐるりと回りを見渡しながら視界の中で、愛しい人の姿を探す。
 密やかに囁き合っているはずの声が、ざわめくように聞こえるほど、自分の周りを心配そうな女たちがぐるりと囲んでいる中で、愛しい存在だけが見当たらない。
 いつも、どんな時でも自分の側にあることがあたりまえであるはずのその愛しい存在の不在のようやく気が付いた花王は、ゆっくりと上体を起き上がらそうとして、ひどい頭痛にみまわれた。
 グラリとそのまま上体がベットの上へと倒れそうになるのを、周りにいた女たちが口々の心配の言葉を発しながら手を伸ばして助けようとするのを、花王はされるがままに上体を投げだした。
 甲斐甲斐しく世話をやく花のような美しい女たちの中を、無言の威圧感を放った老女が一人側へと歩み寄ってきながら、花王へと語りかけてくる。
「花王様、そんな急に起き上がられてはなりませぬ。あなた様は三年もの時を病に伏しておられたのですから、いかに完治なされたとはいえ、完全なる生命はいまだ遠く・・・・・・」
 花王の母体であった女。
 唯一花王に意見することを許された母なる存在であるその老女・柳葉(やなぎは)は花王の視線の意味を理解していながら、次に出す言葉を躊躇っていた。
 花王は柳葉の言葉を待ちながら、視線でだけ辺りを伺う。
 微かに残る記憶を遡れば、確かに自分は病に侵され蝕まれていく毎日に脅かされていた。
 愛しい人が涙をためた目で自分をそっと見るのが忍びなくて、わざと近づけないようにしもした。
 自分のせいで辛そうな顔をして欲しくなかった。
 もしも自分が病に負けて死ぬようなことになったならば、次の王・・・・・・自分の遺伝子を受け継ぐ王のもとに彼女が嫁ぐことになるのではないかと思うと、苛立たしさは募り、傷つけてばかりいたような気がする。
 怒っているのだろうか・・・・・・?
 自分の心無い仕打ちに愛しい人は・・・・・・月乃は傷つき怒り、それで姿を隠しているのだろうか?
 優しげでいて、強情なところもある愛しい人。
 今すぐその姿をこの目に映したい。
捕まえて抱きしめて、謝罪と愛しみの言葉を言いたい。
「柳葉、月乃はどこにいる?」
 花王の問いに一瞬答えるべきかはぐらかすべきか迷ったような柳葉の瞳の色に、花王は嫌な予感を覚える。
「・・・・・・月乃はどこだ?」
 もう一度同じ問いを口にする。
 自分の予感が当たらないことを祈りながら、花王は柳葉へとあわせた視線にぐっと力を込めた。
 有無をも言わせぬ王者の光を秘めたその目に、柳葉ですら逆らうことは許されない。
「月乃は・・・・・・外の世界へと追放の処分になり、ここを去りましてございます」
 柳葉は花王の視線をその怒りを避けるかのように、床へと伏しながら言葉を搾り出した。
「・・・・・・なんだと?」
「外界へと追放になり三年が経ちましてございます」
「なんだとっ!?もう一度言ってみろ!なぜ月乃が追放の憂き目を見ねばならんっ!?あれは俺の妻となる女だぞ!?」
 花王はたった今まで病に伏していたとは思えない力強さで俊敏に立ち上がる、辺りにいる女たちを蹴散らし、柳葉の胸倉を掴む。
「・・・・・・外界の男と契りを交わした身なれば、その決定も止むを得なく・・・・・・どうか・・・・どうかお怒りをお静めくださりませ」
 身も震えんばかりの花王の怒りに、柳葉はあらん限りの声を振り絞り花王へと許しをこうた。
 柳葉の言葉にそれこそ自分の耳を疑うようなことを聞かされ、花王は怒りと困惑とでよろめく足元に蹲る。
「・・・・・・馬鹿な?月乃が?」
 信じられないというように頭をふりながら、花王がもう一度顔をあげて柳葉の目を覗き込み、真実を見極めようとする。
 怒りに怯えながらも、それでも視線を一心に逸らすまいとする花王への忠誠を見せながら、柳葉が微かに肯定するように頷く。
「・・・・・・本当なのか?」
 花王は柳葉を見、ついで柳葉を支えるようにして後ろから手を差し伸べている女・葵を見た。
 葵は月乃の親友といえるほどの間柄であり、また花王と月乃の一番の理解者でもある友である。
「葵?柳葉の言葉に嘘偽りはないか?」
 花王の問いかけに、挑戦的に目を光らせたまま跪いたが、葵は頷きはしなかった。
「嘘偽りはありません・・・・・・けれど真実が抜けております」
「真実?」
「月乃は・・・・・・花王様の病を治すために、男の血をもってしなければ治らぬ病と知りますればこそ、自分の身と引き換えに外界の男の血を取りに行き、そのまま追放となったのです」
「・・・・・・俺の・・・・ためだと言うか」
「月乃の心は今も花王様のもの。外界に身をおくは身を引き裂かれるより辛いものと思われます。花王様が目覚め、真実を知った今、何卒ご英断をっ!」
 ざわめく室内に、葵の悲痛な願いをこめた叫びが響く。
 花王はゆっくりと決意するように固く頷いた。




つづく
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