−月下美人−Act.2
                 −つぶら


「・・・・・・花王様?」
 いつまでも返事のない鳥王に焦れた月乃が再び声をかけた。
 愛しげにふれた指先をそのまますべらせ、小さな手の平で何かを確かめるようにぎゅっと鳥王の手を握り締めてくる。
 鳥王は反射的にその手を振り払っていた。
「花王さま?」
 振り払われた月乃の手は、信じられないというよにそのまま鳥王の方へと伸ばされたままの形で宙をかき、黒い大きな瞳が物問いたげにじっと鳥王に視線を合わせたまま動かない。
 答えを問うように、傾げられた細い首に、肩で切りそろえられたまっすぐな黒髪がサラリと流れてかかっている。
 その頼りなげな風情は、今まで決して鳥王の前では見せることのなかった月乃の素のままの弱さのように見えた。
 からかっているわけでも、ましてや演技でもない。
 鳥王は伺うように月乃の瞳を覗き込んだ。
 けれど、その瞳に浮かぶ光は正気が失われているようにはみえなかった。
 ただ、月乃にはそう見えるだけ・・・・・・月乃の目には鳥王が別人として映っていることは、もはや疑いようもなかった。
「・・・・・・俺は誰に見える?」
「・・・・・・?」
「俺は花王じゃない・・・・・・」
「なんのお戯れですの?花王様?」
「花王じゃないっ!」
 心配そうに触れてこようとした月乃の指先をあからさまに避け、とうとう堪え切れなくなったように鳥王は叫んだ。
 自分ともっとも反対に位置する男・・・・・・自分ともっともかけ離れた、そして今鳥王が一番疎ましく思っている男の名を愛しげに呼ぶ月乃への憎しみが、一瞬にして鳥王を染めていく。
 そのまま踵を返すと後ろも見ずに鳥王は駆け出していた。
 無意識に月乃から、月乃の愛しげに他の男を見つめる視線から逃げ出していたのだ。
 

「まいったな・・・・・・」
 走りつかれた鳥王がようやく立ち止まったのは、街外れの瓦礫の山の中にポッカリとあいた空間だった。
 重なっている瓦礫をいくつか退けると、人一人がようやくもぐりこめる穴を潜って、瓦礫の中へと入っていく。
 そこは鳥王が幼い頃から逃げ込むことのできた唯一の一人になれる空間。
 弱い自分を閉じ込めるために、幼い鳥王が密かに定めた場所だった。
 ドサリと腰をおろし、自分の中の何かを吐き出したいかのようにふーっと息を吐くと、白い息が空へと昇っていく。
 そのまま空を見上げるとポッカリと浮かぶ月が寒空に冴え冴えと光を放っていた。
 儚げなようでいて、刺すような冷たさを放つ月は、どこか月乃を思い起こさせる。
「まいったな・・・・・」
 鳥王はもう一度同じ言葉を繰り返し、くしゃりと前髪をかきあげた。
動揺か・・・・・・それとも寒さのあまりか、微かにその指先が震えているのに気が付くと、鳥王はそれを自分の目から隠すようにぎゅっとこぶしを握りこむ。
 あまりの自分の不甲斐無さに吐き気が込み上げてきた。
 自分は逃げたのだ。
 月乃の花王への思いから・・・・・・。
「精神錯乱か・・・・・・それとも記憶がただ混濁しているだけなのか?」
 正気を保っていた月乃のあの黒い大きな瞳を思い出しながら、鳥王が腑に落ちないことを言葉にしてみる。
 いずれにせよ、ここで鳥王が出せる結論ではない。
 明日の儀式を控えていては、早急に医師の診断を仰ぐ必要があるのは間違いない。
 こんな所へ子どものように逃げ込んでいる場合じゃないのは分かっている。
 少なくとも、成人して長となる立場についてからは今まで一度もなかったことだった。
 けれど・・・・・・足はそこから動くことを拒んでいるかのように、ピクリともしない。
「鳥王!」
 遠くから鳥王を呼ぶ暁の声が聞こえてきた。
 かすかに聞こえていたその声は、目的地を明確に知っているかのようにこの場所へと正確に近づいてくる。
 ザクザクと砂を踏み鳴らす足音がドンドンと近づいてきたかと思うと、
「鳥王!そこにいるのか!?」
 瓦礫の向こう側から暁の声が内側にいる鳥王に向かって問いかけてくる。
「・・・・・・ここにいる」
 返事をすることを一瞬躊躇われたが、結局観念したように鳥王は声を発した。
 暁は鳥王がこの場所にくる理由を知っている唯一の者だった。
 のそりと長身をかがめて、瓦礫の内側へと入ってきた暁の顔には、いつものような人をからかうような瞳の色はなく、苦々しげに眉根をよせいつになく真剣に眇められていた。
「どうした?」
 暁と視線を合わす前に、いつもの表情にスッと無意識のうちに戻った鳥王は、入り口へと立つ暁に問い掛けた。
 ここに鳥王がいる理由を知っていはずの暁が、ここにいる鳥王に声をかけるとは、よほどのことである。
「おまえこそどうしたんだ?月乃はどうだった?」
 鳥王の問いかけに暁は肩をすくめただけで、本題から話をそらすように反対に問い掛けてくる。
「ああ・・・・・・今そのことで行こうと思っていたところだ。医師を呼んでほしい」
「医師?月乃の容態が急変したのか?おまえ、それならこんなとこにいる場合じゃないだろうが!?」
「・・・・・・そうじゃない。体に問題はない・・・・・・ただ・・・・」
「ただ、何だ?」
 言いにくそうによどんだ鳥王へと訝しげに視線をなげながら、暁が覗き込んできた。
「俺を見て・・・・・・『花王』と呼んだんだ」
「『花王』?花園の王の名前をか?」
「・・・・・・そうらしい。精神錯乱かあるいは心の病か・・・・・・素人の俺が見ただけではわからん。正気のようにも見える・・・・・・何にせよ、医師が必要だろう」
 鳥王は自分にも言い聞かせるように淡々と言葉を紡ぐ。
「わかった。早急に医師の手配をしよう」
 慌てたように頷くと踵を返そうとした暁を、鳥王は目で制す。
 暁の知らせにきた本題をまだ何も聞いてはいかなったからだ。
「・・・・・・」
「なんだ?言いにくいことなのか?」
「・・・・・・花園の王が目覚めたらしいぞ」
 暁の言葉に、鳥王は目を見張ったまま発するべき言葉を見付けられなかった。



                                                       つづく

Back * Next
*** コメント*** 
★こんにちはつぶらです。(^−^)月下美人第二話いかがでしたでしょうか? 
 また感想など聞かせてもらえるととても嬉しいです♪

Novel Topへ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送