−月下美人−Act.1
                 −つぶら


月の静かな光が降り注ぐ。
 何もない砂漠に。
 草も花も生えない地には月の光を遮るものもなく、夜は震撼とした寒さを運んでくる。
いつもならそこには何も存在するはずがない。
影を落とすものもないはずのその場所に、一人の女が立っていた。
廃墟のようになりつつあるこの街の入り口に、久しく見なかった女が立っていたことに、街中がざわめきはじめていた。
・・・・・・それは三年前のできごとである。

-ACT.1-


風が舞う。
 砂塵を巻き上げて、唸るような音を響かせながら砕け飛んでいく。
空はくすんだ灰色の雲に覆い尽くされている。
 あたり一面すべてが砂漠となり、いく久しいけれど、神の恵みは降ることがない。
 何がこの星を変えたのか?
 消滅への道をたどりつつあるこの星。
 自然の恵みは耐え、消滅へと向けられた運命はその星に住む人々の遺伝子をも曲げつつある。
 女たちは子を産み死に絶えていきつつあり、生まれてくる子供は男ばかり。
 ただひとつの場所をのぞいては・・・・・・。
西の果て、砂漠を越えたはるか西には緑に囲まれたオアシスがある。
 この廃墟とかしつつある星のただひとつのオアシス。
 ただ一人の王をかかげ、花のような女たちが隠れ住むといわれてる場所。
『花園』と呼ばれるところがある。
 
「鳥王!生まれたぞ!」
 鳥王と呼ばれた青年は、駆けてくる男の叫び声に窓の外へと向けていた視線を移した。
 黒い闇のような瞳。
それらはは鋭い光を放っている。
 鬣のような青い髪は、無造作に腰まで伸ばされ、それが彼の精悍さをいっそう引き立てている。
「どっちだ?」
 鳥王は静かに問いを口にした。
 答えは聞かなくてもわかりきっている。
 けれど、かすかな希望が鳥王の心の隅になかったわけではない。
「やっぱり男だった」
 駆けつけてきた男、鳥王の親友でもある暁は一瞬の沈黙のあと、そう答えた。
「・・・・・・そうか。それで?月乃の様子はどうだ?」
 やはり・・・・・・と落胆の色を綺麗に隠しつつ、鳥王が次の問いを口にした。
 今までの答えとこれは違うことも分かっていた。
 けれど、確認せずにはいられなかった。
 待つことしかできない自分を歯がゆく思いながら、鳥王は暁の言葉を待った。
「母子の異常は見られない。やっぱり『花園』の女だけはあるな、月乃は」
「そうか」
 今度はかすかにホッと吐息をもらしつつ鳥王が安堵の色を暁に見せる。
「掟だからな、誕生の儀式が終わる明日の夜までは月乃と子供には会えないが、心配はいらないぞ。俺がちゃんと見といてやる。おまえの大事な息子だからな」
「・・・・・・俺の息子か・・・・・・果たして本当にそうだと思うか、暁?」
「おまえの息子以外のなんだっていうんだ?この街でおまえの女に手を出せるようなツワモノはいねーぜ?ま、この俺様を除いてだがな」
 鳥王の問いに、くだらないとばかりに暁が冗談を交えて返してくる。
 けれど鳥王はその冗談を返す余裕すらなかった。
 生まれてくる子供を見てしまったら、分かるかもしれないと自分らしくもなく心の隅で目をそらしてきた現実が今目の前にきているからだ。
 明日・・・・・・たぶん明日、子供を見れば鳥王にはすぐに分かるだろう。
「・・・・・・『花園』の王の子供だとしたら?」
「はぁ?おまえ今更何いってるんだ?たしかに月乃は『花園』の女だけどな、今ではこの街の貴重な女だぜ?『花園』の王の子供って、月乃がこの街に来た時には、孕んでいる様子なんかなかったし、『花園』に帰ったのはおまえと契ったあとのたった一夜限りだ。しかもやつらは月乃がおまえと契ったと知るやいなや、月乃を『花園』から追い出したんだぜ。そのとき『花園』の王は当然病でくたばってたわけだしさ。何?何を疑ってるわけなんだ?」
「・・・・・・『花園』の女は『花園』の王しか愛さないと聞いた。妊娠期間もこっちの女たちとは違う。月乃は二年身ごもったままだったし・・・・・・」
 月乃が身ごもってから、この二年の間ずっと考えていたこと。
 普通、人の子は十月十日で生まれてくるのが常である。
しかし月乃は身ごもってから丸二年の間、子供をお腹に宿しつづけた。
そしてこの星で、『花園』以外で子供を産んだ女は、すべて子供を出産し終えると、命を途絶えた。
けれど、月乃は生きている。
死なないのは、『花園』の王の子供を産んだからではないのだろうか?
子供を身ごもるのがそんなに長い期間なのならば、受胎する期間もまた外の女たちとは違うのではないのか?
そんなくだらない考えが頭を掠めた。
月乃は鳥王を愛しているわけではない。
ただ約束だから鳥王の子供を産んだだけなのだ。
それも『花園』の王のために・・・・・・。

『花園』では継承争いを避けるために、王以外の男はいないと聞いた。
自然の理をどのようにして『花園』で曲げられているのかは分からないが、生まれてくる子供はすべて女ばかりだという。
外の世界とはまったく逆である。
力ある者は『花園』の女を手に入れ、自分の子孫を残そうと考え『花園』の王に成り代わろうと数々の戦いをしかけた。
その結果はすべて『花園』の中へすら足を踏み入れることができないという悲惨なものばかりだった。
女だけの世界を保つために、最新の技術を駆使して張り巡らされた『花園』を守るシールドが、何者をもその中へ立ち入ることを許さない。
鳥王は『花園』への興味など少しも持っていなかった。
頭の回転の速さ、剣の腕で、いつのまにか生き残る術を身に付けて、気が付けばこの街のお山の大将にしたてあげられていたけれど、鳥王にとって街の存続などどうでもいいことだった。
自分の子孫も残せぬならば別にそれで構わないとさえ思っていた。
今もそうである。
子供などどうでもいい。
ただ月乃を手に入れたかっただけ・・・・・・。
子供は月乃を自分の側に縛り付けておくための道具にすぎない。
汚された『花園』の女は、二度と王の元へと帰ることがかなわないと聞いたからだ。

「鳥王?」
 自分の考えに入り込んでいた鳥王に、暁が控えめに声をかけた。
「ああ・・・・・・少し考え事をしていただけだ・・・・・・月乃には明日の晩会えるのか?」
「儀式が今夜だからな」
「月乃の意識はもうあるのか?」
「いや、こんこんと眠りつづけてるよ。出産は命を削る。生きてるほうが不思議なくらいなんだしさ。起きたら会うか?少しぐらいなら掟破りもかまわんだろう」
 鳥王の深刻そうな顔に、暁が気を回してそう提案してくる。
「子供には会わない。儀式が終わってから会うことにする・・・・・・月乃に会ってきてもいいか?」
「ああ、行ってこい。長老たちにはうまく言っといてやるからよ」
「すまんな、暁」
「いいってことよ。らしくないおまえのそんな考え込んだ顔をみてたら、こっちの方がクサクサしちまわーな」
 ニヤっと笑って暁が親友の肩を押す。
この何者にも執着することのなかった、自分自身の命にすら執着することのなかった鳥王のこの奇妙な行動に、一番驚いているのは側で見てきた暁である。
 命にすら執着しない鳥王は強かった。
 挑まれての戦いでも、守るもののないその捨て身な戦いは、傍で見ていると怖いものがあった。
 いつ死んでもおかしくない潔い生きかた。
 そんな親友を尊敬するとともに、寂しくも感じていたけれど、ここ三年、月乃に会ってからの鳥王はまるで別人のようだ。
 生への執着。
 それはすなわち月乃への執着。
 鳥王が死んでしまえば、月乃は別の男の物になる。
 ここはそういう街だ。
 月乃を手に入れるために挑まれた戦いは数え切れないぐらいである。
 皆、自分の血を残すことへの欲望で理性を失ったものばかりを相手にしなければならなかった。
 以前の捨て身の戦いとは違って、月乃を守りながらでの、いわば足手まといを背負った状態での戦いでも、鳥王は強さを発揮した。
 守るべきものができると、強くなるか弱くなるかは、その守るべきものへの執着の度合いによるのだと、暁は感じた。
「あの鳥王が人を好きになるぐらいであんなに変わるとはマジで思わなかったよなぁ〜。あ、ヤベェ、長老のところに根回ししとかなきゃな・・・・・・うまくいくといいだけどな鳥王と月乃」
 月乃のあの冴え冴えとした美貌とそれをいっそう人間離れしてみせる無表情な顔を思い浮かべて、暁はかすかなため息をつきつつ、長老の元へと走っていった。


「月乃・・・・・・?」
 鳥王はそっと扉をあけて中にいるはずの月乃の名前を呼んでみた。
 返事がないのはもとより承知である。
 足音を忍ばせて月乃が眠るベッドの端までくると、その側に膝をつき、月乃の寝顔がよく見える位置へと身をかがめた。
 月の光にさらされたその寝顔は、いつものきつい瞳が閉じられているせいか、赤ん坊のようにあどけない感じがする。
 サラサラの黒髪をそっと手で梳きながら、鳥王は月乃の頬に口付けた。
 目を覚ましているときならば、こんなことを月乃が許すはずがない。
 口に出して抵抗することはないけれど、あの黒い大きな瞳が鳥王を静かに睨み、即座に手を払いのけられるだろうことは容易に予想できた。
 月乃は鳥王のことを憎んでいる。
 鳥王に汚されたせいで『花園』への帰還がかなわなかったからだ。
『花園』の王を愛し、病に伏した王を助けたい一心で、『花園』から外の世界へと飛び出してきた月乃に、月乃が病の治療に必要だと言う『男の血』を与えてやる代わりに、自分の子を生めと取引を持ちかけたのは鳥王の方からだった。
『何でもするわっ!』
 と叫んだ月乃のきつい眼差しに射すくめられた。
 違う男のために、すべてを投げ出そうとしている女を好きになり、そのうえ無理やり自分のモノにしようとするなんて、自分自身でも馬鹿じゃないだろうかと呆れるほどだったけれど、それでも月乃をどうしても手に入れたくて、足掻いてみることにした。
 それは決心というよりは、もはや本能に近かった。
 震える月乃の手をとり、意地悪くささやいた。
『では・・・・・・一生俺の側にいろ』
 ほんの少しの血と引き換えに、月乃を手に入れた。
 血を持って月乃が『花園』の王のもとへと帰ったとしても、自分のもとへと戻ってくるしかないように、泣き叫ぶ月乃を汚した。

『おまえなど死ねばいいんだわっ!』

 泣きながら叫ばれた言葉は、いつまでたっても月乃の瞳から鳥王に対しての憎悪を消し去ることがない呪文のようだった。
 後悔はしていない。
 ああしなければ、一生月乃は自分の手には入らなかった。
 けれど、あの憎悪に染まった目をずっと見ていくのかと思うと、時々弱音を吐きたくなってくる。
 子どもが生まれれば、少しは二人の関係も変わるのだろうか・・・・・・?
 
「・・・・・・うぅ・・・・・・ん」
 じっと寝顔を見ていた鳥王の視線の先で、月乃の長い睫が目覚めを告げるように震えた。
 髪に触れていた手をそっと離して、いつものように月乃が嫌がらない程度に距離を保つと、鳥王は今までの考えを振り払うかのように、せつない視線を綺麗に隠した。
「・・・・・・月乃?」
 鳥王が小さく呼びかけた。
 それに応えるようにして、月乃が何度か瞬きを繰り返す。
 じっと真正面の宙を見ていた月乃は、視線だけを鳥王へと巡らせた。
 ガラにもなく、鳥王の体が緊張にビクリとなる。
 出産後の弱った体の月乃に負担をかけるべきではないから、すぐに部屋を出て行くべきかどうか考えたが、それでもやはり側にいたくて、足はその場に固まったままである。
 しかししばらく待って見ても、想像していたような罵詈雑言は鳥王に浴びせられることはなかった。
 代わりに、目が合ったとたん、見たこともないように柔らかく月乃に微笑まれた。
「月乃?」
「良かった・・・・・・誰もいないんですもの。少し不安になってしまったわ。そこにいてくださっているのでしょう?」
 明かりもつけないで闇の隅に身を潜めている鳥王の姿がよく見えないのか、月乃は鳥王に向かって手をそっと差し伸べた。
 自分ではないと思っているのだろうか?
 ふっとそんな考えが頭の隅を掠めたけれど、いぶかしく思いながらも鳥王は月乃の手に引き寄せられるようにして側へと足を進める。
 月明かりが窓からもれる位置へたどり着いた鳥王の顔を見ても、月乃は微笑んだままだった。
 優しい愛しさのあふれるような眼差し。
 どうしようもない違和感が鳥王の中にあふれてくる。
 見たこともない笑顔。
 鳥王が愛しくてたまらないというようなそんな表情で月乃はそっと、また鳥王に手を伸ばした。
「月乃?どうしたんだ?」
「えっ?」
「俺が誰だか分かっているのか?」
「何を言ってらっしゃるの?あたりまえではありませんか?」
 いぶかしむ鳥王の言葉に、ふふっと小さく笑いをこぼしながら、月乃が鳥王の指先に触れた。
「わたしがあなたをみまちがえるはずがないですわ、『花王』様」
 瞬間、鳥王の耳を聞き覚えのない名前が貫いた。
『花王』
『花園』の王にだけつけられる名前。
 その名が何を意味するのか・・・・・・?
 鳥王は声もなく、微笑む月乃の眼差しを凝視した。 



                                      - つづく-

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*** コメント*** 
 はじめまして、つぶらです。
 書き直して載せるはずだったこの話、まんま載せてます(^−^;)すいません。ioちゃん。
 長い話になると思いますが、どうぞよろしく〜♪
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