恋にうつつのCrazy!
―ACT.8

「陽っ!」
 ぼんやりと記憶の底に沈みこんでいた陽は、今度はもっと身近で聞こえてきた成巳の声に、びっくりして勢いよく飛び起きた。
 周りで今にも救急車を呼ぼうとしていた成巳たちが、驚きに声もなく見つめている姿に、記憶を急速に取り戻しつつあった陽の怒りごとフツフツと甦ってくる。
 ちょうど今、起きる寸前に、契約期間満了の最後の日に成巳の携帯電話に変わらずいろんな女たちの携帯番号がメモリされていたのを発見した場面を思い出したところだったからだ。
 その最初のナンバーのメモリに薫の名前が入っていたことまでも思い出し、現在の状況と照らし合わせて、さらに怒りはグレードアップしてきた。
 気が動転している成巳は気づいてはいないが、成巳にしなだれかかるように薫がバスタオル一枚の姿で、陽の方を馬鹿にしたように見ていたのだ。
「成巳―っ!」
 瞬間、カッとした陽が叫び飛び上がる。
「いきなり起きるな、馬鹿っ!」
 焦ったような成巳が、陽を制止しようとするが、そんなことで陽の怒りは収まらない。
「約束が違―う!やっぱり俺のことを騙してたなっ!携帯だって俺に見つかるまでメモリー消してなったし、やっぱり嘘だったんだ!」
「あ・・・・・陽?」
 話のさっぱりわからない成巳は彼にしては非常に珍しい、まるで鳩が豆鉄砲をくらった時のように、切れ長の目を真ん丸に開いて陽を見ている。
「それなら携帯のメモリーを俺に消してくれって、携帯渡してくれたのも作戦だなっ!どうせ俺は機械オンチだよ、どうせ一人でメモリーも消せねー人間だよ!だからって、だからって、よりにもよって薫さんと寄りを戻すことねーじゃねーかよ!」
「な、お前なんで薫のこと知ってるんだ?」
 混乱している陽につられて、さらに混乱している成巳は、肝心な陽の言葉には気づかないくせに、つまらないところに嫉妬心を燃やして、反対に問い詰めてくる。
 薫を知っているはずのない陽が、なぜ薫を知っているのか?
「あーあ、知ってるとも!だって俺はお前の後をつけたんだからなっ!契約を結ぶ前に心配になってお前のあとをつけたんだよ、俺はっ!どうせみっともないですよーだっ!」
 成巳に向かって、思いっきり『いーっ』としてみせる陽を見つめたまま、成巳は動けないでいた。
「け、契約?」
 ここにいたって、成巳はようやく陽の言動のおかしさに気がついた。
 そう、今の陽が知るはずのないことを、ここにいる陽は口にしているのだ。
 契約のことも、携帯のメモリーのことも、知っているのは記憶を無くす前の陽だけ。
「・・・・・・お前、陽?」
「俺じゃなきゃ、何だってんだよ!そんなつまんねーこと言ってごまかすなっ!お前が俺を騙してたんなら、契約なんて破棄だ、破棄!もう一生お前なんか許してやんねーからな!」
 脱兎のごとく駆け出そうとした陽を、すんでのところで成巳が捕まえた。
 そのまま寝室に押し込むと、外から鍵をかけて陽を中に閉じ込めてしまう。
「お、おい、杉本?目が据わってんぞ?ご、強姦はよくねーと俺は思うぞ?」
 このまま勢いで陽を襲ってしまいそうなそんな成巳の雰囲気に、今まで黙っていた黒木がおそるおそると口を挟んでくる。
「ここまで陽を連れてきたのはお前か、黒木?」
「無断で悪いとは思ったけど、だだこねられてしょうがなく・・・・・・すいません、杉本大先生!」
 ばつが悪そうに、潔く頭を下げながら黒木が言う。
 それにはニッコリとお愛想笑いを返しながら、成巳が薫を振り返った。
「どうやら陽の記憶が戻ったみたいだな。今度こそ完璧に契約は終了だ。俺にこんなことをしてただではすまさんと思ったけど、このことに免じて許してやるよ。だからさっさと出て行け。高校生がお好みなら、そこにいる黒木なんてどうだ?俺と違って生意気じゃないし、お前の好みに育てられると思うぞ」
 突然話題が自分に振られて、黒木は自分で自分を指差しながら、薫と成巳を交互に見る。
「ふーん。顔はまあまあ好みね。性格は?は〜ん、調教のしがいのありそうな可愛い子ちゃんね。ま、いいわ。今回はこれで引いてあげましょう。でも私、仲間うちにはばらすわよ、あの子のこと。それでもいい?」
 黒木の顔をサワサワと触りながら、楽しそうに薫が成巳に言う。
「どうぞ、ご自由に。陽の記憶が戻ったなら、お姉様方には負けないと思うしね。たっぷり俺が愛情示してやるから、心配は無用だ」
「お、おい、俺はどうなるってんだ?」
 二人の会話の間にたたされながら、黒木が所在なげに成巳に問うてきた。
 その間も薫は黒木の体中のあちこちをペタペタと触りながら、品定めに余念がない。
「約束の年上のお姉様だ。ぞんぶんに甘えさせてくれるぞ。ありがたくいただいてもらえ」
 にっこりと何でもないことのように成巳が言い切る。
 ひぇ〜とでも叫びそうな状態で、素早く服を着た薫に腕をズルズルと引っ張られ、哀れ子羊黒木は大人の世界へとだいぶさせられることになってしまったようだった。
 薫と黒木がマンションから出ていったのを確認すると、成巳は素早く鍵をかけ、チェーンをかけた。
 ここまできて、誰にも邪魔をさせるつもりは今の成巳にはまったくなかった。
 もちろん、当の本人の陽にさえである。
 寝室では中から陽がドンドンと扉を叩いているが、それはこのさい無視する。
 リビングからソファを引っ張ってきて、玄関の前にバリケードのように置く。その上にはキッチンの机やら椅子やらを重ねていく。
「よしっ」
 陽が逃げ出せないように完璧なバリケードを築いた成巳は、満足そいに頷いてから、寝室の扉の前にたつた。
「・・・・・・陽?」
 トントンと小さくノックする。
「何だよ!」
 悔しそうな陽の拗ねた声が中から聞こえてくる。
 これは相当頭にきているに違いない。
「記憶、戻ったんだな?」
「あー、そうだよ。記憶のない俺を騙そうとしやがって!約束破って携帯いつのまにか取り戻してただろうがっ!」
「あれはお前が俺のこと簡単に忘れるから、ちょっとむかついてしただけだ。メモリーもどうせそのままだと思ったから、記憶のないお前に見られたらちょっと誤解されそうで嫌だったしな」
「簡単っ!?簡単って何だよ!忘れたくて忘れたわけじゃねーぞ、俺はっ!だいたい俺がちょっと忘れたすきに、また薫さんとよりもどしやがって!あの日、契約満了になる最後の日にお前なんつったよ、俺に!?」
「誰とも半年間会わなかったって言ったと思うけど?」
「さっきのは誰ともにはいらねーってのかよ!?」
「あれは、お前のことが薫にばれたからフォローしようと思ってだなぁ・・・・・・聞いてるのか、陽?怪我するようなことはするな?」
 寝室で何かを蹴倒す音がした。
「フォローって何をだよ!実は別れませんってか!」
 さらに続いて、壁に物を投げつける音がする。
「違う。お前、俺の携帯に勝手に出て、薫の前で俺の名前呼んだだろうが?だからばれた。俺の本命がお前だってこと」
「何で!?俺、記憶無くしてたんだから、薫さんのことなんか何にもしらねーのに、何でばれたりするんだよ!下手な言い訳すんな、馬鹿野郎!」
「名前で呼んだだろうが、俺のこと。彼女らは折れのことを名字でよぶんだよ。俺はお前にしか名前で呼ぶことを許さないらな。俺のこと『成巳』なんてなれなれしく呼んでいいのはお前だけだ、陽。他の奴が折れのことをそう呼んだら、俺はその相手とは二度とつきあわない。彼女たちはそれを知ってるんだ。なのに、不用意にお前が名前を呼ぶから、次の日、薫から呼び出しがあったんだよ。お前のことを仲間うちに黙ってて欲しかったら、お前の記憶が戻るまででいいから付き合えって。断れるわけないだろうが?」
「断れよ!そんなんして庇ってもらっても嬉しかねーや!」
 ドンっと扉が中側から蹴り飛ばされる。
 それに対抗するように、成巳もドンッと扉を握り締めた拳で叩いた。
「俺が嫌だ。俺のことでお前が不快な思いをするぐらいなら、俺が嫌な思いをする方がいいと思った。でももうどうでもいい。お前が俺のことを思い出してくれたなら、それでいい・・・・・・なぁ?俺はちゃんと約束守ったぞ?六ヶ月間、誰とも会わなかったし、誰ともやってない。お前のことだけ考えて六ヶ月間過ごした。メモリーももう消したっていうか、携帯壊して捨ててきたし・・・・・・俺は合格か?お前の恋人になる資格はあるか?」
 突然、真摯な声で扉の向こうにいる陽に、成巳が問いかける。
「・・・・・・」
 陽は返事のしようがなくて、じっと黙って成巳の次の言葉を待っている。
「そっちに行ってもいいか?」
「・・・・・・鍵はお前がかけたんだろうがよ。外からしか鍵かけらんないなんて、変な部屋だ。やっぱ成巳は変わってる」
 拗ねたような了承の声と、照れ隠しらしいどうでもいい話題が中から響いてくる。
 見なくても分かる。
 陽の真っ赤になった照れた顔が。
 成巳はゆっくりと寝室の鍵を外した。閉じ込めたのが、単に手直にあった部屋であるというだけで、意識して寝室に閉じ込めたわけではなかったけれど、千載一遇のチャンスとはまさにこのことだ。
 成巳は用心深く扉の隙間から中へと滑り込むと、今度は中扉の鍵を素早く閉めた。
「陽?」
 カーテンを締め切った夕方の部屋は薄暗く、ベッドの上に蹲って座る陽の表情はここからではよく見えない。
「やんのかよ?」
 怒ったような声が小さく聞こえてくる。
 成巳はそれに対しての返事はせずに、素早く陽の側まで近づくと、思いっきり抱きしめた。
「やる前に文句言わせろ!いいか、お前が俺のこと忘れたって知った時は、心臓が抉られたのかと思ったほど、俺は深く傷ついたんだからな」
「・・・・・・悪かったよ。しょーがねーだろうが。俺にだってどうしようもなかったんだからさ。好きで忘れたわけじゃねーよ。大人気なく責めんなよな」
「しかも、契約終了ってときに限ってだ!俺は本気でお前のことを襲おうかと思ったぞ。俺とやるのが嫌で逃げてるのかとかも考えたし・・・・・・」
「そんなせこいことするかよ。男に二言はねーよ。半年も拘束してたんだ。こんな体ぐらい、お前にやるよ、馬鹿」
 やっとのことで成巳を見上げた顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
 成巳はその表情を見たとたん、キレたようで、陽の了承も得ないで貪るようなキスをしだした。
 出会った時から好きだった。
 長かった片思いがようやく終了宣言している。
 いろんな女と遊んでみても、決して忘れることなんてできなかった陽への思い。
 いちかばちかでの告白に、半年の独り身を条件にOKを出してくれた陽。
 陽のことしか考えられなかった半年は長いようでいて、あっという間に過ぎてしまい、最初の約束どおり女たちとは一度も会いはしなかったけれども、携帯のメモリーを消すのをすっかり忘れるほど舞い上がっていた成巳は、契約満了の前日に陽にその携帯を預け、メモリーを消してくれるように頼んだのだ。
 契約満了になる最後の証として。
 複雑そうな顔で、それでも嬉しそうに受け取ってくれた陽。
 いま、その陽が本当に手に入るのだ。
「あー、俺もう死んでもいいかも・・・・・・」
 陽をベッドに押し倒しながら、成巳が満足げに吐息をつく。
「馬鹿じゃねーの?」
 呆れたようにつかれた陽のため息ごと、キスの合間に吸い込んで、成巳はようやく長かった本懐を遂げたのだった。

「起きろ、陽。学校に遅刻するぞ?」
 低い声が耳元をくすぐる。
 朝っぱらから、そんな色気のある声を出されても、昨日、いやすでに今日の明け方近くまでかけてHされまくっていた陽には、ただ鬱陶しいだけのものである。
「うるせー。こんな体ガタガタで学校なんか行けるかってんだ。俺は今日は休んで、惰眠を貪るんだ。てめーはとっとと学校に行けよ。このエロエロ大魔王め」
「お前が休むなら、俺も休む。そうだな、お前の体をそんなにした責任をとって、今日は一日看病に勤しむことにする。安心して寝ておくように」
 意外な成巳の返事に、陽は焦ったように飛び起きる。
 飛び起きたとたんに体中がピシピシッと悲鳴をあげた。
「痛てーんだよ、どちくしょーめっ!成巳がいたら、安心して眠れねーんだよ!頼むからお前は学校に行ってくれ!」
「嫌だ。陽を置いて行けないな」
「行け!」
「いかない」
「行かねーと二度とHしねーぞ!」
「勝手にするからいい。気にせず寝てろ」
「おまっ!やっぱりまたする気でいやがるなっ!」
「しょうがないだろうが。やりたいさかりの青少年らしいからな、俺は」
「俺はやりたくねーから、行けってば!」
「じゃ、真面目にお前の看病をするから居てもいいか?」
「うるせーっ!暑い、くっつくな!クーラーつけてから抱きつきやがれーっ!」
 延々と、それこそ延々と学校が始まる時間になっても、二人は甘々で不毛な言い争いを続けたのである。
 結局、仲良く学校を休んでしまった二人の噂が瞬く間に、学校中に広がったことを知るのは、やっと陽が登校できるようになる三日後の話である。
 それはドナドナされてしまった哀れな黒木くんの些細な復讐でもあった。





おわり

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★コメント★
恋クレ終了!このあと番外が少しありますが、いちおう本編は終了しました!
きゃーっ(*^−^*)
微妙に長い作品だったわ(笑)
楽しんでいただけてたら幸いです♪




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