♪♪♪初恋♪♪♪



+++プロローグ+++
「こらっ!待てっ、このバカ猫!そっちは行っちゃだめだって言ってんだろーが!虎っ、止まれ!止まんねーと母ちゃんにどやされるぞっ!待て、この野郎―!」
「にゃーん」
「だ・・・・・誰?」
 バカ猫もとい、虎を追いかけて踏み込んだ先は、垣根の向こう。
『決して近づくな。近づくと恐ろしいことになるよ』と、母親から念押しされていた謎のお隣の庭へと隼人は虎と共にジャンプした。落下地点にいたのは人形のように可愛らしい隼人と同じぐらいの子供が一人。
 大きな目をさらに真ん丸に見開きながら、隼人を見ていた。
 しかし、隼人がその子の問いに答えようと口を開きかけた時に、ご近所中に響き渡るサイレンの音が突如どこからともなく鳴り出し、そのまま隼人は駆け付けた見知らぬ男たちにガシッと両腕を捕まれ、犯罪者のように連行されていくこととなってしまった。
 それが今でも忘れられない、幼馴染の龍彦との最初ので出会いである。
隼人の家のお隣の龍彦くんは、それはそれはでっかいお屋敷に住んでいる。
 幼い頃の龍彦はお人形さんのように愛くるしい顔を裏切ることなく、恥ずかしがりやで無口な子供だった。
 それもその筈、龍彦は自分と同じぐらいの子供を見たのは龍彦の兄の竜治を除いては、隼人が初めてなのである。
 子供(ガキ大将)の見本であるような隼人と、どう接してよいのかさっぱり検討がつかなかったと龍彦は当時のことをそう語る。
 龍彦は唯一会うことをなぜか許されるようになった幼馴染である隼人以外にはめったに人と会うことが無く、大事に大事に真綿で包むようにして育てられた。
 そのせいで少々世間様より感覚がずれてしまうように育ったとしても、それは誰のせいでもない。
 強いて言うのならば、彼のあまりの可愛らしさのせいとでも言うべきだろうか?
 可愛すぎて、金持ちすぎて、過去誘拐にあった回数は数知れず、そのたびに彼を取り巻く環境がだんだんと真綿の層を厚くしていったとしても、それはしょうがないことである。ようやっと、普通人なみに学校に通うようになった頃には、すっかり世間からずれまくったお人になっていたとしても、それも仕方の無いことである。と、隼人は諦め半分そう思っていた。



+++ACT.1+++
「はー、ちょっと質問してもいいかい?」
 隼人の隣のお坊ちゃまこと海竜時龍彦は隼人のことをちょっと間抜けに『はー』と呼ぶ。
 それは彼なりにかなりの親密度を隼人に対して示すために考えた呼び方らしく、隼人は未だに気にはなっているものの、意義を唱えることができないでいる。
 しかたないので、少しためらったあとゆっくりと振り向いた。
「何だよ、龍彦?」
 振り向いた先には、すっかりお目々くりくり、睫バチバチの可愛いお人形さから、すっきりとした目元のハンサム、加えて背は厭味なほど高く、ほどよくついた筋肉が逞しいといっても過言ではない成長しきった龍彦の姿があった。
 誘拐などに備えて、彼なりに武道などを習い努力をしつづけた結果であるが、未だに隼人の中では龍彦は守ってあげないといけない大事な子分という印象がぬぐえない。
「今日、クラスの女子たちにこんな本をもらったんだけどな・・・・・・これは現実にありえることなのか?」
 そう言って龍彦は隼人に向けて、一冊の本を差し出した。その表紙を見たとたん、隼人の表情が『うえっ』となったのを見て、龍彦がわずかに首を傾げる。
「・・・・・・それ、中見たのか?読んだのか?」
 息も絶え絶え、顔面蒼白になりながら隼人が勇気をもって尋ねた。
「ああ、せっかくもらったから、今読み終わったところなんだけど、読んだらいけないものだったのか?」
 あまりな隼人の様子に何かを感じ取ったのだろう、龍彦は気まずそうに自分が持っている本へと視線を落とす。
「いや、別に、かまや、しねーんだろうけど、よ・・・・・・」
 隼人の言葉の続きを待ちながら、龍彦はさらにその本をぐいっと隼人の方へと押し付けてくる。
 それは女子の間で最近はやりまくっている、いわゆるホモの本だった。女子たちは『ボーズラブ』と言うらしいが、とにかく男にとっては信じられないようなめくるめく世界が繰り広げられているらしい。
 きらきらとした目の美少年と、きりりとした美少年との恋を描いた本らしく、クラスの男子たちの間ではご禁制の本となっているのだが、いつも隼人にべったりで他の友達を持たないクラスから浮いた存在である龍彦が、そんなことを知っているはずもなかった。
「じゃ、何故目を逸らすんだ?」
「だってそれってホモの本だもんよ」
 観念した隼人は不貞腐れたように龍彦にその本をくいっと押し返しながらそっぽを向いている。
「ホモってなんだ?はー?」
「男同士で好き合うやつらのことだよ。女子の間では最近はやってるらしくってさ、ちょっとでも俺らが男同士で仲良くしてたりとかしたら、おもしろがってカップルに仕立て上げて、想像しながらそんな本を読むんだってさ。俺ら男の間じゃ、その本には触れちゃいけないこになってんだよ」
「・・・・・・どうしてなんだ?」
「そんな本うっかり読んでんの見つかったりしたら、ホモだって誤解されたりするかもしれねーじゃん。おまえもう読んだんだったら、気をつけろよ。ホモにされちまうぞ。読んでないっつって女子に突っ返すんだぞ?」
「・・・・・・と、言うことは現実にそのホモとやらはいるってことなのか?」
 隼人の心配をよそに、龍彦は綺麗な眉間にしわを寄せながら、顎に綺麗な長い指を添えて何事かを考えている。
「そりゃいるんじゃねーの?俺は見たことないけどさ」
「どうして教えてくれなかったんだ、はー。俺は男同士でも恋愛ができるとは知らなかったぞ」
「知らなくたって別段生きることに支障はきたさねーし、知らない方がいいってことが世の中にはあるんだよ」
 突然責められた隼人は心外だとばかりにきっぱりといった。が、龍彦の方はなにやら不満そうにまだ眉間にしわを寄せたままである。あげくの果てに、
「俺は考えたいことがあるからもう帰る」
 今の今まで、龍彦の読書につきあって待っていた隼人を放ったまま、そういうなり龍彦はさっさと帰って行ってしまったのだ。
 隼人は唖然と龍彦が出て行った教室のドアを見ている。
「何じゃ、そりゃーっ!」
 誰もいなくなった放課後の教室に隼人の雄たけびが響き渡ったのは言うまでもない。



+++ACT.2+++
 一週間前に隼人に奇妙な質問を投げかけて、一人帰宅という龍彦にしては冒険のような放課後を送った日から、龍彦の様子が明らかにおかしいことに隼人は気づいていた。
 いつでも登下校は一緒だった二人なのに(なんせ車で送り迎えをずっと余儀なくされていた龍彦はめっぽう方向音痴に育っているのだから)何を思ったか、龍彦はあの日以来さっさと一人で帰ってしまうのだ。
 車は目立つから嫌だと高校入学時に電車通学を宣言したはずだから、電車で通学しているのは間違いないはずなのだが、あの切符の買い方すら知らなかった龍彦が一人で電車に乗って、駅を間違えずにラッシュの中を降りられるのだろうか?
 ひょっとしたら自分以外の誰かと約束でもしてきているのかもしれないと思わないこともなかったけれど、相変わらずのクラスで浮いた存在の龍彦にそんな親しい友人っぽい人間は、周りを見渡してもどこにもいない。
 けれど、やっぱり毎日龍彦を迎えに行く隼人は、
「ごめんなさいね、はーちゃん。あの子今日も先に行ってしまったみたいで・・・・・」
 と、みっともなくも龍彦の母親から謝られるのである。

「おいっ、龍彦!てめぇ、いいかげにしろよな!」
 この一週間というもの、龍彦がそんな行動をとるにはそれなりの理由というものがあるのだろうと、口を挟むのを我慢していた隼人ではあるが、一週間たっても何も言ってくれず、挙句に学校ではいっさいその話はせずにいつも通りの日々に隼人の頑丈なはずの堪忍袋の緒も切れるといものである。
 とうとう我慢しきれなくなった隼人は直談判とばかりに、既に帰る用意をしている龍彦の机の前にどっかりと座り込んだ。
「・・・・・・どうしたんだ、はー?」
 キョトンとしたように、涼しげな目元にはなったけれども、相変わらず驚くと大きくなる目を見広げながら、龍彦が隼人へと尋ねる。その表情は素のようでもあり、惚けているようでもあり、隼人は困惑したまま龍彦の腕をつかんだ。
 瞬間、龍彦の体がビクリと跳ね上がる。
「どうしたもこうしたもあるかってんだよ!お前、何なんだってここ一週間俺のことを避けて一人で登下校してんだよ、えぇっ!?理由を言ってみろってんた!」
「ああ・・・・・そのことか。いつまでもはーに頼りきっリではだめだと思ったんでな、少し地理について興味をもってみようかと思っただけだ。一人で電車にも乗れぬ男など一人前じゃないからな」
 龍彦の動揺になど気づかぬ隼人は、腕を掴んだままさらに詰め寄ってくる。龍彦は掴まれた自分の腕と隼人の指先とを交互に見ながら、ポツリと答えた。
「は?」
 塑像もしていなかった龍彦らしいと言えばらしいつまらない理由に、隼人は目を真ん丸にして聞き返す。
「だから、もうすぐ俺もいよいよ十六歳になることだしなと思ったんだ。そろそろ将来の伴侶も決めねばならない。それには早く一人前の男にならねばプロポーズもできないだろうが?」
 隼人が驚いている間にいくぶん冷静さを取り戻したらしい龍彦が言い聞かせるように隼人へと答えを返す。
「プ、プロポーズってお前・・・・・・そんなに早く結婚する気なのか?」
 次に出てきた理由に隼人はさらに目を丸くした。
 結婚なんてそんな遠くにある出来事をこの一番遠そうな幼馴染が口にするとは思わなかったからだ。
 しかし、隼人の質問に龍彦は当たり前のように頷き、真顔で答えはじめる。
「海竜寺家の人間は皆十六歳で伴侶を決める。結婚するのは先の話だとしても、生涯を過ごす相手を決めておくんだ。だから俺は高校に通わせてもらっている。家の中にいれば出会いも見合いぐらいしかないからな。ああ見えて兄さんにも既に決まった人はいるし」
 龍彦の兄というのは、龍彦とは正反対の人間で世間慣れしているというか、いわゆる遊び人なのである。
 つねに特定の相手をもたず複数の人間をとっかえひっかえしているのだ。
「竜冶さんにも生涯の伴侶が・・・・・ひぇぇっ」
 たとえ隣りに住んでいたとしても、やっぱりこの隣りの家とは違う世界に住んでいるのだと隼人は実感し、奇妙な奇声を発した。
「兄さんに既に決まった伴侶がいると言うのがそんなに気にかかるのか?」
 隼人のあまりの驚きように、龍彦の綺麗な眉がピクリと吊り上る。
 それには気づかずに隼人は続けた。
「いや、そうじゃなくて、あの遊び人にも相手がもう既にいるだなんて、いかにもお家の決め事って感じでさ、世界が違うなぁ・・・・・・と思っただけだけど」
「言っておくが伴侶は自分で誕生日までに選んでくるんだぞ?家の者が勝手に決めるんじゃない」
「えっ、そうなのか?自分で選ぶってお前そんな相手いるの?今までぜんぜん探す気配もなかったじゃねーかよ?」
「・・・・・・誰でもいと思っていたからな。俺は誰も好きにはなれないのだと思っていたから放っておいたんだ」
「じゃ、何で急にそんなにハリキリだしたんだよ?」
「・・・・・それは・・・・・」
「それは?何だよ?」
「・・・・・・誕生日の前の日まで待ってくれないだろうか?今はまだ言いたくない。俺は一人前ではないからな」
「だ〜から、その一人前ってのは何なんだ?何が基準で一人前になるわけ?」
「―お前と・・・・・・お前と同じぐらい一人で何でもできるようになれたら、一人前だと思っている」
 言いにくそうに龍彦が言葉を何度もついで選びながら答えを返す。
「俺と同じで一人前?ちょっと志しが低すぎねーか?」
 まじめな顔の龍彦をちゃかすように隼人は笑いながらそういった。
「俺は普通になりたいんだ。一人で電車に乗って、迷わずに帰ったり、お前が病気した時にはちゃんと看病したりとか・・・・・・そういう当たり前のことが今の俺にはできないから」
「何?お前看病なんかしたいのか?」
「したい。大事な人が倒れた時には側にいるだけじゃダメなんだって気が付いた。この前、俺が風邪をひいた時には、はーは俺に『おかゆ』という食べ物を作ってくれたじゃないか?俺はあれがすごくおいしかった。あれのおかげで元気になれた。でもきっと立場が入れ違ってたら、俺にはできない。きっと俺はオロオロするだけだ」
 その時の悔しさを思い出したのか、ぎゅっと手のひらを握り締めながら龍彦がまっすぐに隼人を見てくる。
「医者呼べばいいじゃん?別に自ら看病しなくたって、お前んち金持ちなんだから主治医とやらがいるんじゃねーの?おかゆだってコックに作らしゃいいじゃん。そんなことで一人前って言われても俺は嬉しくねーぞ」
 龍彦の真剣さにあきれたように隼人が返す。
 龍彦が言っていることはすべて隼人にとって当たり前のことなのだから、今更それを目標にされたとしても、くすぐったいだけなのである。
「俺は羨ましかった」
 けれど龍彦は真剣な眼差しのまま首をゆっくりと横に振って、隼人の人場を否定する。
 あまりの真剣さに隼人は思い当たることをつい口にしてしまった。
「何?お前ひょっとしてもう伴侶候補がいてて、そいつが病気にでもなったりしてんの?」
 本気で悔しそうな顔をする龍彦に、隼人は興味津々でにじり寄って行き、増したから顔を覗き込んだ。
 龍彦は怒ったようにプイッと隼人から顔をそむけてしまう。
 そのまま黙ったきり帰る用意を再び始めた龍彦に、隼人は慌てて自分も席に戻って鞄の中に適当に教科書を詰めると教室を出ていく龍彦の後へと続いた。

ぽかぽかの陽気の中、屋上での楽しいランチタイムである。
 いつもなら食べ終わり、綺麗に弁当箱を包み終えて鞄にしまい込むまでは絶対に口を開くことのない龍彦が、ピタリと食べるのを止め箸を膝元に置きながら、隼人のほうへと座をただし直す。
「はー、今年の俺の誕生日って予定は空いているか?」
「はんへ?」
 昼休み、口いっぱいに焼そばパンを頬張って幸せそうに食べていた隼人は、黙って食事をすることが習慣のはずの龍彦に突然話かけてこられたせいで、『何で?』と言いたい言葉が伝わらなかった。
「口の中の物を処分してからもう一度話してくれ」
 心底嫌そうな顔で隼人のパンいっぱいに頬張った顔から目をそむけて龍彦が言う。
―変なところで潔癖症のくせに、昼時に話かけるなってんだ。
 隼人は内心でそう思いながらも、急いで口の中の焼側パンを噛み砕いてからお茶で流し込んだ。
「何でっつってんだよ!」
「今年は俺にとって成人のための特別な日になるからだ」
「やだよ、俺。お前んちのパーティーってやつ体質にあわねーんだよなぁ。上品な服きて綺麗にご飯食わなきゃだめなんだろう?」
「今年はいつもと違う。大事な日だから、家族と家族の大事な人と、俺の伴侶になる相手とごく親しい者しか呼ばないことになっている。だから、いつもの服装できてくれても全然かまわない」
「ふーん・・・・・・?それならまぁいいけど。お前の選んだ伴侶とやらも見てみたいし、竜治さんの伴侶とやらも見てみたいしな」
 腹いっぱいとばからに、ごろりと屋上のコンクリートの上に寝転がりながら楽しそうに承諾の返事をよこした隼人に、龍彦は小さくお辞儀をしてからそれはそれは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「―そうか、安堵した」
「何で?」
「いつもの調子で来ないと言われるかと思っていた。特別な日なので、ぜひともはーには立会人になって欲しかったんだ」
 毎年、毎年誘われる龍彦の誕生日パーティーの招待。
 隼人はいつも二つ返事で断っていた。
 そのたびに龍彦は悲しそうな顔をしたけれども、龍彦の家のパーティーは本当に出席すると肩が凝るのだからしょうがない。
 久しぶりの隼人の出席の返事に龍彦はまだ微笑んだままである。
「立会い人ねぇ・・・・・・そんな大それた大役が勤まるかどうかは知らねーけど、ちゃんと行ってやるよ」
 龍彦の嬉しそうな顔に気を良くした隼人は、もう一度ちゃんと返事を返してやった。
「楽しみにしている」
 龍彦ももう一度隼人に向かって深々と頭を下げると、座を崩して再びお弁当に箸を伸ばし始め、後はいつも通り二人とも無言で昼ご飯を食べ始めた。



+++ACT.3+++
「さすがに手ぶらってわけにもいかないかぁ・・・・・・特別な誕生日って言ってたもんな。何がいいのかさっぱり分かんねーなぁ」
 学校が休みの土曜日に、隼人は一人でぶらぶらと買い物に出かけていた。
 CDを買いに来たのだがね明日の龍彦の誕生日パーティーになんの用意もしていないことを思い出し、慌てて興味のなかったウィンドウの中を物色し始めていたのだ。
「・・・・そういえば、あいつの欲しいものって聞いたことないよなぁ」
 長いつきあいになる二人ではあるが、隼人の誕生日には龍彦はきちんと毎回隼人の欲しいと思っていたものをプレゼントしてくれたけれども、隼人が龍彦に誕生日プレゼントをあげたことは一度もない。
『何が欲しい?』と尋ねても、龍彦は何も欲しがらなかったし、いらないと言うのだ。
ただ、いつも約束ごとだけを毎年の誕生日ごとに隼人に対して取り付けていた。
『ずっと友達でいてくれる?』
 そのことを毎年、毎年、隼人の両手をとって握りしめながら確認するのだ。たった一人の友達だからだろう、龍彦の隼人に対する執着はかなりのものがあった。
 未だに龍彦に友達ができないのも、隼人以外とは必要なことを除いて口をきかないからである。
 他人に対しての警戒心が龍彦の中では未だに消えてはいないのだ。

「う〜、難しいじゃねーかよ!」
 目的のない買い物ほどしんどいことはない。
 隼人は一時間ほどぶらぶらすると疲れてデパートの隅の人目につかない場所に座り込んだ。
「いい若いもんが、何すわりこんでんだ?」
 頭を抱えてすっかり座りこんでしまっていた隼人の頭上から、突然明るい声が降って来た。
 驚いて顔を上げると、龍彦の兄である竜治が隼人の顔を覗き込むようにして上から見下ろしている。
「・・・・・・びっ、びっくりするじゃねーかっ!」
 情けない格好を見られた恥ずかしさもあいまって、隼人は竜治に思いっきり八つ当たりすべく、勢いよく立ち上がった。
「びっくりしたのはこっちの方だっての。しゃがみこんでて、気分でも悪いのかと思ってちっと心配しちまったじゃねーか。デパートの中で便所座りして唸ってるんじゃねーよ、バーカ」
 本当にあの礼儀正しい龍彦の兄か?と悩むぐらい、対照的にガラの悪い男である。
 隼人はいつもこの竜治とは喧嘩ばかりしていた。
 なんとなく同属嫌悪といったところか。
 本人たちは気が付いてはいないが、口の悪さはお互い様である。
「大きなお世話だっつーの!ほっとけ、じじぃ!」
「そんな口利いていいのかぁ?お前、何でこんなとこ座って唸ってたんだ?ひょっとして龍彦の誕生日プレゼントでも買いにきて、何買っていいのか見当つかなくって悩んでたんじゃねーの?ああ?」
「ど、どうしてそれをっ!」
 ズバリ理由を言い当てられて、隼人は青い顔をして後ずさる。
 その手をおもしろそうにニヤリと笑った竜治がガシッと掴み、弱みを握ったとばかりに優越感をもって隼人のことを見下ろしてきた。
「俺様が教えてやろうか?龍彦の欲しいものをさ、えぇ?俺様は可愛い弟のことなら何でも分かるんだぜぇ〜。今まで一回も誕生日プレゼントをあげたことのねー薄情な幼馴染と違ってな」
 竜治の言うことが当たっているだけに、隼人は何も言い返せずに悔しそうにうつむいた。
 竜治に頭を下げるのはとっても、とっても嫌なことではあるが、このままここで何時間悩んでいたとしても、名案は浮かびそうにはなかったし、確かにこの海竜寺家の兄弟はすこぶる仲がよく、お互いのことをよく分かっていた。
 ここは竜治に指示を仰ぐのが一番効果的であることは間違いなさそうである。
 隼人はぐっと下腹に力をこめて、竜治に向かってヘコリと腰を折り曲げた。
「これはこれは竜治様、こんなところで立ち話もなんなんで、お茶でもいかがっすか?もちろん、俺が奢りますから、ちょっとお話でも・・・・・・」
「うむ、分かったのなら宜しい。親友の兄は敬うようにな」
「はは〜」
 芝居がかった口調の竜治に合わせるようにして、隼人も恭しく召使っぽく返事を返した。
一度決めてしまうと、とことんまでつきあってしまう悪ふざけた体質の二人だった。


 結局、あれが食べたい、これが飲みたいという竜治の我侭に三時間も付き合わされてから、すっかりヘトヘトに疲れ果てた隼人は、教えてもらったプレゼントの助言に従って、たった今目的の物を買ってきたところである。
 いや、作ってきたと言うべきか。
「こんなものが本当に欲しいのか?」
 手の中に収まるぐらい小さな小さな紙袋をじっと見ながら、隼人が首を傾げる。
 もしや竜治の奴にからかわれたのでは・・・・・・という疑念もあったが、それをもらうであろう龍彦のことを考えると、あの弟にゲロ甘な竜治がそんな龍彦を悲しませることをするわけが無いという奇妙な確信もあった。
 小さな紙袋の中身は、小さな小さな鍵である。
 この鍵はたった今、鍵屋にいって作ってもらった隼人の家のスペアキーである。
こんなものをなぜ龍彦が欲しいのかと聞いた隼人の質問に、竜治は海竜寺家のシキタリでは十六歳の誕生日には親友の家の鍵がお守りになるのだと言ったのだ。
世間一般の家庭とはちょっと風習がことなる海竜寺家には謎の習慣や決まりごとがたくさんある。
これもそういったことの一つであるのならば、なんだか良く分からないがいいのか?と思って、隼人は竜治のアドバイス通りに自分の家のスペアキーを龍彦の誕生日プレゼントにすることに決定した。
思ったより値段もかからなかったことだし、それで喜んでもらえるならば一石二鳥というものである。
いぶかしんでいたことなどすっかり忘れてしまった隼人は、ほくほくとした気分で家路を急いだのだった。
あと二十四時間後にそのことを激しく後悔するとも知らずに・・・・・・。
 Next→


Top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送