ずっとずっと


「タケル!このカツヤ一生に一度のお願いだっ!頼む、卒業前にキスさせてくれ!」
 そう叫んで親友だった奴は、突然目の前で土下座をして見せた。

 卒業前夜。
 人気のない教室でいつまでも帰らないカツヤに付き合って、タケルはなんとなく一緒に時間をつぶしていた。
 だんだんと校内の明かりが消えていき、見回りの事務員が来た時は教室の隅で息を殺して身を潜めてまで、カツヤの気まぐれ に付き合おうと思ったのは、明日でもう卒業だからと言う気持ちがあったからだろう。
 明日で最後。
 高校は同じところに進学するけれども、中学の今のようにずっと同じクラスでいられる奇跡などあるはずもなく、別々になっていくだろう。
 そんな不安がタケルをこんな馬鹿げた行動に突き合わさせた。
 それにカツヤの様子がいつもと違ってとても無口になっていたから心配だったせいもある。
 そしてなによりも伝えていない自分の気持ちに未練があったからかもしれない。
 それでも辺りが真っ暗になってしまっても、まだ何かを考え続けているかのように黙りこくっているカツヤの様子に、ただ見ているだけしかできなかったタケルの頭も冷えてくる。
 いよいよもう帰らないと親が心配するんじゃないかなんて、現実がタケルの脳裏にヒタヒタと近づいてきだしたころ、突然カツヤが床に土下座をして喚いたのだった。
 何がなんだか分からずにとまどうタケルに、カツヤは再度繰り返した。
「頼む!一生に一度のお願いだ!キスさせてくれ!」
 明日で全部終わりだから、卒業だから、キスさせて欲しいとタケルは再度カツヤに懇願されたのだ。
 およそ人に頭を下げることとは縁遠いと思われていたこの親友が、床に頭を擦り付けんばかりの勢いで、さっきからずっとタケルに対して土下座しつづけているのだ。
 タケルは混乱する頭で、何とか考えようと自分の頭の中を必死で整理しはじめた。
 目の前に土下座している男は小学校からの親友のカツヤ。
 中学三年間、悪友として肩を並べて過ごしてきた。
 昨日まではただの友達。
 今日の自分たちはいったいなんなのだろうか?
 タケルはカツヤが好きだったけれど、好きだと言葉にしてカツヤに伝えたことはない。
 ましてカツヤから好きだという言葉をもらったこともない。
 けれど交わす視線に、触れる体温に、お互いはお互いの気持ちに薄々気づいていた。
 気づいていたけれども、自分たちは男同士だから、こんな普通じゃない気持ちは言葉にできないから互いに思いを告げたことはない。
 そのことを証明するかのように、カツヤにはとても可愛い彼女がいた。タケルには常識を破るほどの勇気はない。カツヤと彼女が一緒にいる姿を見かけるたびに、本当の気持ちと普通でいることとは相容れないものなのだと無言でカツヤに言われているような気がした。
 その暗黙のルールがまさか破られるとは思ってもみなかった。
 信じられない気持ちでタケルは土下座したままのカツヤを見下ろしていた。
「冗談やめろよ、カツヤ・・・・・卒業前だからって俺のことからかってるのかよ?言っていいことと悪いことがあるんじゃねーの?」
「冗談なんかでこんな格好悪いことができるか、馬鹿!俺はまじで頼んでるんだ!一生に一度の頼みだ、タケル!お前が許してくれるまで俺は死んでもここを動かないからな!」
 真剣に頭を下げて、タケルの許可がでるまでここを動かないといい張っているカツヤ。
 決してその場を動こうとせず、足が痺れてきても立とうとすらしない。
「やめろって、カツヤ。みっともねーじゃん」
「みっともなくなんかねーよ!これは俺のケジメだ!」
 ケジメというカツヤは、何かを決意したような厳しい表情をしていた。
 タケルはその顔を戸惑いとともに見ているうちに、自分も一生に一度だけ、この瞬間だけ、この気持ちを隠してきた本当の気持ちを出してもいいんじゃないかというような気がしてきたのだ。
 卒業のケジメだ!
 辺りはいよいよ暗くなってきて、とうとう折れたタケルは、最初で最後のキスだと言った。
「最初で最後のキスなら、中学時代のケジメなら、それでカツヤが納得して帰ってくれるなら、俺はそれでいい」
 臆病者で誰よりも常識人なタケルは、ケジメだと自分にいい聞かせながらも、カツヤの本気に隠れて自分の気持ちには触れないようにして卑怯にも許可を出した。
 けれど、その答えはカツヤには気に入らなかったようだ。
跪くカツヤに伸ばされたタケルの手を、カツヤはそのまま強く握り締めて、床に座り込む自分の方へと力いっぱいに引っ張った。
カツヤとしては、終わりにするために土下座までしたわけじゃない。
「ずっとタケルだけが好きだった・・・・・・最初で最後だなんて俺は許さねーぞ!」
 真っ暗な教室の隅で、がむしゃらに腕の中の存在を逃がさぬように抱きしめながら床へと崩れ落ちていく。
 闇の中重なる二つの影。
 明かりの消された学校は、巨大な暗闇に包まれる。
 外の街灯はここまで届かない。
 今、世界中で二人っきりのような気がする。
 間近で見ているお互いの顔すらぼんやりとしか見えない。
 その輪郭を確かめるために、手を伸ばしてタケルはカツヤの顔をゆっくりとなぞってみた。
 その手をカツヤがきつく掴む。
「最初で最後になんか絶対させねー!」
「・・・・・・最初で最後だよ。卒業前で俺たち頭おかしいんだよ、きっと。受験勉強も長かったしさ、狂っちまったのかもよ?お前の馬鹿な頭で頑張ったもんな。ありえない志望校にありえない合格・・・・・・なんで?」
 押し倒されるように床へと張付けられ、手足を封じられたままでお互いを間近な距離から睨みつけながら、タケルがポツリともらした。
 カツヤはそんなふうにつぶやくタケルの唇に自分の熱のこもった唇をゆっくりと押し当て、聞きたくない言葉を口の中に吸い込んだ。
「お前と同じ高校に通いたかったんだよ!絶対離れたりしねーからな、俺はっ!俺はとっくに覚悟してんだよ!お前が逃げようと するのなんて分かりきってるし、俺だってできれば逃げてーよ本当は!だってホモじゃん。男の俺が男のお前のこと好きなの てまじでホモじゃねーかよ・・・・・・男同士で何度も間違ってるって自分に言い聞かせてきたよ、この三年間。でもダメだった。諦 めきれなかったんだタケルのこと!タケルが好きだっ!俺はお前を諦めたくない!このまま、また三年間同じ高校行って、お前に彼女ができたりするのを側で見ていられるほど俺は寛大じゃねーんだよ!そんなことになったら俺は一生後悔する!そのぐらいならホモになったほうが百万倍マシだと思ったんだよ!タケルは違うのかよっ!まだこのまま俺の親友面し続けていくつもりかよ!」
 何とかタケルの本音を聞き出そうと、カツヤはがむしゃらにタケルへと噛み付くような勢いで自分の気持ちを押し付けていく。
 タケルは睨みあった視線を恐れるように、そっと瞼を閉じて小さく首を振った。
「俺は・・・・・・今日のことは忘れる。卒業とともに忘れる。諦める。だから、カツヤお前も忘れろ。春からはまたただの親友同士だ」
「絶対忘れねーし、忘れさせねーっ!俺の本気を甘くみるな!覚悟しやがれ、タケル!」
 そう言うが早いか、カツヤはタケルのカッターシャツのボタンをいそいそと外しはじめた。
 抵抗を封じるために、ドシンとタケルのおなかの上に馬乗りになりながら、実に素早い行動である。
「カツヤ、てめぇっ!約束が違うだろうが!卒業前だから、キスさせろって言っただろうが!」
「言ったがどうした?卒業前だからキスさせろって、今そのとおりにしてるじゃねーかよ」
「服脱がすのはキスに必要なのかよ!お前が言ったのはキスだけで諦めるって意味じゃないのか?!」
「馬鹿じゃねーの?男がキスだけで止まるわけねーだろうが?しかも三年間もずっと我慢してきたのによ。あれは卒業前だから卒業記念ってことでキスしようって意味だぜ。お前、いいっつったじゃねーかよ?キスがOKなら、お友達卒業で晴れてお付き合いからはじまるんじゃねーか」
 ごそごそとズボンの方にまで徐々に這い回る手を伸ばしていきながら、とぼけるようにカツヤが言った。
「はぁ?お前の脳みそどうなってんの?俺は最初で最後のキスしようっつったんだよー!て、こらっ!人の話はちゃんと聞け!ズボンの中に手つっこむな、気持ち悪りぃ!」
 ズボンの中に進入しようとしてきた手を、やっとの思いで払いのけると、タケルは腹の上に乗っかったままだったカツヤの体ごとゴロリと横へ転がり落とした。
 それしきのことではめげないカツヤは、すばやく横からタケルの手を掴み引き寄せて、今度は逆にタケルの体を自分の体の上に引っ張りあげた。
「気持ち悪りぃとか言うな、馬鹿!傷つくだろうがよ。それに最初で最後のキスなんて乙女チックなこと言って誤魔化してんじゃねーぞ、タケル」
 引っ張りあげたタケルの体を逃がすまいと、カツヤはがむしゃらにぎゅーっと抱きしめて、キスをする。
 何度も何度もキスをする。
 タケルの抵抗する手足の力が抜けるまで、カツヤはタケルの言葉も、息も、思いも、全部を吸い取るようにキスを続けた。
 タケルを抱きしめ拘束していた手が、徐々に背中を優しく滑り出した頃、我に返ったタケルがカツヤの脇に両腕をついて、上体を起こしてようやく唇を離すことができた。
 息の上がった唇をぐいっと制服の袖で乱暴にぬぐう。
 キスで赤くなった口は、こすられさらに赤く色づいて見えた。
 その様子を真下からカツヤがニヤニヤと楽しそうに見上げてくる。
「悪かったなー、俺は乙女チックなんだよ!初恋の思い出に卒業記念に軽いキスをしたかっただけなんだよ、馬鹿野郎!誰がこんな濃厚なキスしろっつったよ、このケダモノ野郎が!」
「初恋かぁ〜いい言葉じゃねーかタケル。ようやっと白状しやがったな。だけどな、俺はお前のリクエストに答えてやっただけだぜ?前にお前ベロチューってどんな感じって、俺に聞いたじゃねーかよ、タケル。だから親切に実地で教えてやっただけだろうが?」
「あ、あれはお前に彼女ができてベロチューしたことあるかなんて俺に聞くから、ちょっとどんなのかなって思っただけで・・・・・・しかも、あんなん、一年も前のことじゃねーかよ!」
 一年前、悪友だったカツヤに突然知らない間に彼女ができていた。
 タケルには何の報告もなく、周りの噂からカツヤとクラス一の美人とができているらしいっていうのを聞いて、カツヤに本当なのかどうか訪ねたのだ。
 つきあっているのか?というタケルの質問に対して、カツヤはキスって気持ちいいもんだぜ、なんて呑気に言い出してそして、まだ彼女どころか、初恋も自覚していなかったタケルに、意地悪に質問をしたのだった。
 あの時妙に胸が傷んだ。
 けれどそれはからかわれているからだと思った。
 奥手の自分を一歩先にすすんだカツヤが見下げるようにからかってきているから、あんなにも胸が傷むんだと思った。
 今まで同じだと思っていたカツヤが、いきなり遠く感じたから。
 でも・・・・・・胸の痛みはその時だけでは治まらなかった。
 カツヤとその彼女が一緒にいる姿を見るだけで、痛みはいっそうひどくなっていった。
 恋を自覚したのはあの頃からのような気がする。
 自分のこの気持ちが、ただの嫉妬だということに気が付いたのは、彼女の存在があったからかもしれない。
「あれでお前俺のこと意識しだしたんだよなぁ〜。作戦大成功って感じ?」
 いたずらっぽく笑いながら、カツヤが余裕でそう言った。
「さ、作戦って!?そんなこと考えて彼女作ったのかよ?」
「お前は俺のこと好きなの自覚したのは一年前からかもしんねーけどな、俺は三年も前からお前のことが好きなんだよ。だから必死だったんだよ。長期戦でいかなきゃ、お前みてーな常識まじめ人間は落とせねーし、俺はすごく我慢したんだ。だから我慢したぶん、今日からツケも含めてきっちりお前から取り立ててやるからな」
「ツケってなんだよ〜」
 カツヤの迫力に押され気味になりながら、タケルが怯えるように確認をとる。
「そんなもん決まってるだろうが?エッチだよ、エッチ。青春をなめるなよ!」
 カツヤは言うが早いか、またタケルの上に跨り素早く押さえ込んだ。
「ば、馬鹿カツヤ!男の俺なんかとやっちまったら、それこそ青春の無駄遣いなんだってば!気付けよ、この馬鹿っ!絶対後悔するって!卒業前の気の迷いなんだよ、お前のそれは!」
 タケルは力の限り抵抗を繰り返しながら、なんとかカツヤの気持ちが変わるような言葉を捜して喚き続けた。
 馬鹿、アホ、マヌケ、スケベ、ケダモノ、変態、エトセトラ。
 思いつく限りの罵詈雑言を吐き尽くして、かなりの体力を使い果たしてしまったタケルが、ぜいぜいと息をつきながら抵抗を緩めた隙をみて、カツヤが素早くタケルのシャツをめくり、愛しそうにその素肌に口付けた。
 タケルの体がビクリと水に上げられた魚のように跳ねる。
 カツヤはおもしろそうにそれを何度か繰り返しながら、熱のこもったつぶやきをタケルの肌へと落とす。
「後悔ならとっくにしてるよ。この一年好きでもねー女とつきあってきて、いかにお前の気を引くためとはいえ、俺にとっちゃかなりの時間の無駄遣いにしかすぎなかったんだぜ?」
 カツヤのその言葉に、タケルは胸のうち深くに隠していた不安がいっきに膨れ上がってくるのをとめられなかった。
「馬鹿じゃねーの?何が無駄遣いだよ!あんなに楽しそうにラブラブにあの女とベタベタ一年間してきたくせに、彼女のこと少しも好きじゃなかったなんて言わせねーぞ!おまえの好きなんてその程度なんだよ!今俺に言ってる言葉だって一年後には無駄遣いだったって言ってるような奴なんだよ、お前はさ!ずっと・・・・・・ずっと、お前のその気持ちが変わらないわけはねーんだよ!いつか俺のこと好きじゃなくなったら、絶対お前後悔するし、俺のこと嫌いになる!そんぐらいなら最初から友達のままでいた方が百倍俺にとっちゃましなんだよ!いつかどっかの女に気持ち移した時に、なんで男の俺なんかとやっちまったんだろうって、まともになったらお前絶対に後悔して、俺のこと存在そのものすら気持ちの中から消そうとするんだよ!」
 叫ぶタケルの声にだんだんと涙声がまじっていく。
カツヤは手を止めて、慌ててタケルの顔を覗き込もうとしたが、タケルは泣き出しそうな表情を隠すために、両手を顔の前に引き寄せクロスさせた。
「おい、顔見せろよタケル」
「・・・・・・ヤダ」
「見せろって!何でそんなしょーもないこと考えて泣けるのか俺の目見て説明しやがれ」
「・・・・・・しょうもなくねーよ、ケダモノ野郎で今の欲望しか考えてねぇ馬鹿にはわかんねー高尚な悩みなんだよ」
「ちょっと待て。そりゃ俺はお前とやりてーけど、やりてーだけじゃねーし、気持ちだって変わらない自信があるからお前のその悩みがしょーもないって言ってんだよ」
 カツヤはまだ顔を隠しつづけるタケルの手をどけることを諦めて、ゆっくりと屈むと、タケルの顔を隠している手にキスを落とした。
 びっくりしたタケルが思わず手をどけるのを、待ってましたとばかりに掴んだカツヤが強引にタケルの脇の床に抑えつける。
「ひ、卑怯者!」
「卑怯者でもねーし、馬鹿野郎でもねーよ。いいか、俺はこの気持ちが変わらない自信ならたっぷりあんだよ!何年たとうと、何年先の俺だろうと、そいつは今の俺が一日一日生きていった後にいるやつなんだよ。今の俺が明日お前を嫌いになるなんて考えられねーし、明日の俺が明後日お前のことを嫌いになるわけもねー。つーことは、何年たっても、俺はずっとお前のことが好きだってことになんだよ、分かったか?」
 真上からカツヤに覗き込まれて力説されたタケルは、思わずプッと小さく吹き出した。
 悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えるようなカツヤの楽天的な考え方。
 それこそがタケルがカツヤに惹かれる最大の理由。
 今の気持ちをカツヤは一番大事にする。
 タケルはそれが怖くもあったのだ。
 タケルは呆れたようにため息まじりにカツヤに笑いかけた。
 涙で潤んだ目がカツヤには猛烈に可愛く見える。
「・・・・・なんだよ、その変な理屈は・・・・・て、話してる側から触りまくるな、このエロ野郎!」
 タケルは愛撫を再開し出したカツヤの手をバシっと振り払うと素早く体を起こしてカツヤの真正面に座り直した。
「なんで止めんだよ、やらせろよチクショー」
 惚れた弱みか、カツヤはブチブチと文句は言いながらも、座り直したタケルを押し倒そうとはしなかった。
 そのままふてくされたように膝をたてた右足に顔をうずめてそっぽを向いてしまう。
 タケルはそのそっぽを向いた頭ごとそっと包み込んで抱きしめてみた。
 びっくりしたようにカツヤが顔をあげる。
「・・・・・・一生俺だけって言えるなら、やらせてやってもいいぞ、カツヤ」
「タケル?」
「ただし、高校に入ってからな」
 キラキラとした眼差しでタケルの言葉をいいように解釈したカツヤがさっそく抱きつき返してこようとしたのを見計らって、絶妙のタイミングでタケルが言い放った。
「はぁ〜?なんで?なんで今じゃねーわけ?」
 虚しくカツヤの手が宙を掻く。
「やりたいだけじゃないんだろう?それならお前の気持ちを試させろよ、俺に。高校までそのケダモノ根性を我慢できたら、約束どおりやらせてやるよ」
 タケルはそう宣言すると、用は済んだとばかりにさっさと立ち上がり、制服の埃をパンパンと両手で何度がはたくと、自分の鞄を持ってさっさと教室から出て行ってしまった。
「ちょ、待てよタケル!」
 カツヤは慌ててタケルの後を追い、真っ暗なローカの向こうに叫んだ。
 月明かりの中、ぼんやりと愛しいタケルの姿が浮かんでいる。
「何だよ?まだなんか注文があんのか?」
 タケルが立ち止まっているのを確認しながら、できるだけ早足でカツヤが近づいていく。
「お預け食らわすんなら、先に手付を置いていけ!」
「はぁ?」
「キスさせろ!こういう時は約束のキスだろうが!」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ほんとに馬鹿だなお前。そのケダモノ根性を高校まで我慢しろって言ってるんだよ、俺は。こんなちょっとの時間すら我慢できねーのかよ」
 カツヤの申し入れにタケルは呆れたようにため息を吐き出した。
「これは神聖な誓いなんだよ、あほタケルめ、ほらキスしろよ。いいだしっぺのお前から俺にするんだぞ」
 カツヤはタケルの手から鞄を奪うと足元に放り投げた。
 けれどタケルは文句を言わない。
 真剣なカツヤの表情を頭に焼き付けるためにゆっくりと自分の目を閉じた。
 手探りにカツヤの背を抱きしめる。
 中学に入りたての頃は同じような背たけだったはずなのに、いつのまにこんなに身長に差がついてしまっていたのか、顔を少し上向かせないとどうやらカツヤの唇には届かないらしい。
 ゆっくりと動くタケルの仕種にカツヤが焦れ出す頃、ようやくタケルの唇がカツヤの唇にたどり着いた。
 触れるだけのキス。
 カツヤが言ったように、神聖な気持ちで口付ける誓いのキスのつもりでタケルはそっとカツヤに触れた。
 カツヤもそれがわかったのか、触れるだけのキスを一度しただけで体を離したタケルに文句も言わずに、黙って側に落とした鞄を拾い上げた。
「約束だかんな」
 手渡す際に念を押すのだけは忘れないところはさすがと言えるだろう。
 タケルはクスクスと笑いながら、そんな膨れっ面をしたカツヤに小さく頷いたのだった。
 
 
季節はすぐに春を迎える。
 タケルとカツヤも明日の卒業式を終えると、すぐに高校生になる。
 高校のクラスが一緒だといいなと、タケルは密かに願っていたが、それをカツヤに言うとまた調子に乗らせることになるので今のところ内緒である。
 一生一緒にという約束をしたのだから、うまく操縦していかなきゃな〜とタケルは早くもカツヤへの対策を考えだす。
 カツヤはそんなこととはツユ知らず、約束の日がくることを思い描いているのかにやけた顔で隣りに立っている。
 ずっとずっと、こうやって二人でいつまでも歩いていけることを願って、二人は無言でお互いの手を握り締め歩き始めた。



★ コメント★
あまりにも空フルが短かったので、お詫びに最近書いた短編を載せてみようと思いました(^−^;)
エヘ。

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