痩せっぽちの猫



痩せっぽちの猫。
寂しがりやな猫。
雨にずぶぬれになりながら、ずっとドアの前で膝を抱えて自分の帰りを待っていた。
駆け寄るとずぶ濡れになった体で抱きしめられた。
冷えた唇が自分のそれと重なる。
もどかしげに一層強く抱きしめる腕に力が込められていくのを、痺れるような頭の隅で感じていた。
  

せっかくの休みにバイトもない素晴らしい日。
陸也は絶好のチャンスとばかりに惰眠を貪っていた。
クーラーを全開に聞かせた自室のベッドで気持ちよく寝初めてすぐに、どこからともなくゴジラのテーマ曲が流れてきだす。
「・・・・・・ん?」
 一向に止まらないどころか、だんだんと大きくなっていくその音に、陸也は仕方なく携帯へと手を伸ばした。
 勝手にこれを自分のテーマソングに決めて、陸也の携帯に着信音として登録してしまっている恋人の啓太からの電話である。
 なんだかひどく懐かしい夢を見ていたような気がする。
 幸福な気分。
 まだぼんやりとした頭のまま、眠い目を擦って通話ボタンを押すと、
『今日家に来いよ』
 と啓太の声が一方的に告げてくる。
 相手が陸也であることを確認もしてこない。陸也であるはずがないと決め付けている。そして陸也が自分が名乗らなくても、啓太であると声だけで分かることも当たり前としている。
「どちら様ですか?」
 陸也は意地悪く啓太だと気づかないふりをする。
『何?寝ぼけてんのか?この男前の声をお前がわからねーはずねーだろうが?いいから、さっさと起きて家にこいよ。お前俺の新しいマンション、まだ一回も来てねーだろうが?合鍵渡してからもう一ヶ月ぐらいたつぞ、いいかげんに来いよ』
「・・・・・・家にこいって、お前いんの?」
 陸也は啓太のゴーイングマイウェイぶりにとぼけるのを諦めて、基本的な言葉を口にした。
『いない。たぶん夜に帰る』
 啓太もまた何を当たり前なことを聞くという感じで言い返してくるが、陸也はそれには納得がいかない。
 さっさと起きて家にこいと言うくせに、当の本人が夜に帰ってくるならば、今から行く必要などないではないかと。
「んじゃ、夜に行く。何時に帰るの?」
『ダメ!今すぐ起きてこい』
「お前がいないのに、お前んちいってどうすんだよ?」
『撮影が何時に終わるかわかんねーじゃん。もしかすっとすぐに終わるかもしんねーしさ。陸也の手料理も食べたいしさ、な、今からこいよ』
「・・・・・・それは何か?俺にお前が帰ってくるのをお前の家で一人寂しく料理を作って待っとけってことか?」
『そういうこと』
 啓太は今売れっ子のモデルである。
 売れ筋のあらゆる雑誌という雑誌の表紙をほとんどが啓太が飾っている。
 男のくせに綺麗という形容詞がピタリと当てはまるそういう自分の容姿を、たちの悪いことに自覚しているものだから、性格がかなり俺様になっているのが啓太の欠点だ。
 けれど、雑誌の写真だけではそんな啓太の俺様な性格など読者の皆様に分かるはずもなく、トップモデルの地位を維持しつづけているのだ。
 だからいつも陸也と約束しても、仕事が終わらなければ啓太は約束の時間に間に合わないことが多い。
陸也としては、夜に戻るという予定ならば、戻ってくるのは夜中だとふんでいるのでこんな太陽がさんさんと輝く昼間からぼんやりと啓太のマンションで帰りを待つのは嫌なのだ。
ご飯を作って待っていろなんて、仕事帰りの夫を待つ専業主婦でもあるまいし、そんなことをする時間があればもっと惰眠を貪っていたいというのが本音である。
「嫌だ」
 だから陸也ははっきりとそう言った。
『何で?俺に会いたくないのかよ?』
 啓太はそんな陸也の意見に納得がいかず、噛み付くように受話器の向こうからわめいてくる。
「そうは言ってないだろ?お前が帰ってくるまでにはマンションに行ってるけど、今からは行かない。俺だって久しぶりの休みなんだからゆっくり寝たいんだよ〜夜には行くからさ、勘弁してよ」
『俺んちで寝たらいいだろうが?今度のマンションはかなり快適なんだぞ、眺めも最高だしさ、なぁ、来いよ。今からじゃなくてもいいから、夕方には絶対来い、な?』
 意外に強情なところのある自分の恋人。
それをよく知っている啓太は陸也の機嫌をそこねては大変だとばかりに、声を和らげてお願い作戦に出だした。
 電話の向こうであの綺麗な顔で困ったように眉を寄せているのが浮かぶようだ。
 女はあの困ったような啓太の顔を見るだけで、何でも言うことを聞いてしまうらしい。
 けれどそんな啓太に慣れっこの陸也は、その猫なで声を聞いてこれは何かあると考えるほど啓太のことをよく知っている。
「何?何でそんなに俺を家に呼びたいのか吐け、啓太。なんかあるんだろうが?正直に言ったら行ってやらないこともないぞ」
『・・・・・・別に。何にもないけど』
「嘘をつけ、俺を誤魔化せると思うなよ、啓太。さぁ、吐け。はかないと今日は行かないからな」
『ほんとに、何にもねーよ!とにかく夕方までに来いよ!絶対だからな!ちなみに暗証番号は前のマンションと同じだからな!』
 通話は突如、形勢ふりと悟った啓太によってぶち切られた。
「あ、おい、こら、啓太!」
 切れた受話器の向こうに向かって叫んでみたけれど、時すでに遅く、かけなおした電話はご丁寧にも電源を切られていた。
何が何でも陸也を夕方までに自分家に来させたいらしい。
「何だよ?ちぇっ。せっかくゆっくりしようと思ってたのによ・・・・・・でも本当になんだ?別にあいつの誕生日でもないし、俺の誕生日でもないし。啓太が一緒に今日いたがる理由って?」
 陸也は寝起きの頭をフル回転させて、啓太が夕方以降に自分と一緒にいたい理由を考え始めた。
 啓太は性格は俺様だが以外にロマンチストで、何かしらのイベントには必ず陸也と一緒にいたがる。
 それはクリスマスであったり、お互いの誕生日であったり、バレンタインであったり、付き合い始めた記念日であったりと。いつも啓太にせがまれるままに一緒にいるので、陸也の方ではそういった日を意識したことはなかった。
 意識しなくてもうるさいほど啓太が口にして約束を取り付けるものだから、忘れることが決してないからだ。
 それが今回は理由も言わないけれど、一緒にいたい理由というのが陸也にはさっぱり思いつかない。
 どうやらサプライズイベントらしいというのだけは分かる。
「しょうがねーな。行かないとあいつマジで拗ねるしなぁ・・・・・・買い物して行ってやるか」
 よいしょっとベッドから降りると、陸也は観念して身支度をしに部屋を出て行った。

 啓太のマンション近くのスーパーで、陸也は慣れたふうに買い物カートを押して歩いている。
「何作るかなぁ〜。最近こってりしたの続いてるって言ってたしな、あっさりと和食にしてみるか。啓太も自分で料理すりゃいいのに、外食ばっかりするから胃を壊すんだよな」
 何かと接待されることの多い啓太は、ほとんどが外食で済ませてしまうせいか、ひどく陸也の手料理を食べたがった。
 もともと陸也は母子家庭で育ったので、仕事にでる母親の代わりに台所にたつことが多く料理はかなりできる方である。
 啓太と仲良くなったきっかけも、陸也がみるにみかねて啓太にご飯を食べさせてやったのが始まりである。
 出会った頃は、確かに整った顔をしているなぁと思ったけれど、ガリガリの痩せた猫みたいで、背だけが馬鹿高くって案山子のようだと思ったものだった。
 その啓太がいまや健康管理に口うるさいトップモデルだなんて、あの頃からは想像もできない。
 やせっぽちの猫に必死でえさをやってるうちに懐かれて情が湧いて・・・・・・それがいつからこんなふうな気持ちになったのかは陸也にもわからない。
「しょうがねーか。俺は啓太に甘くなっちまうんだからな〜」
 こんなふうに啓太のために買い物をして、啓太のために料理を作って。
 女の子みたいだと時たま自己嫌悪に落ちることもあるけれど、それでも啓太が愛しいのだからしょうがないことだと最近は割り切るようにしている。
 手早く買い物を済ますと、陸也は合鍵を渡されてある啓太のマンションへと急いだ。
 啓太は最近、そのマンションに引っ越してきたばかりである。
 どうやら、陸也の家により近いところに引っ越してくるために、いろいろ物件を探していてやっと適当なところが見つかったらしいのだが、それは高校生が買うには高すぎる代物だった。
 自分には不似合いなその豪華なマンションの下で、キョロリと陸也は辺りを見回す。
 誰も人影が見当たらないのを確認すると、素早く暗証番号をおして中へと急いだ。
 男の自分がこんないかにも手料理しますみたいな買い物帰りの格好で、啓太の部屋へと訪ねていくのだから、ファンや雑誌記者などに見つかるわけにもいかない。
 普通は男同士だから誤解はされなくていいのかもしれないが、あの業界はそういう邪推で見られることの方が多いと啓太がよく言うものだから、陸也も用心するようになった。
 万が一にでも雑誌に載ったりしたら、たった一人で自分を育ててくれた頑張りやの母に、顔向けできなくなる。
 啓太を好きな気持ちに一片の迷いもないけれど、それでもできれば母親には知られたくない。
 自分の恋人が男だなんて知ったら、彼女はショック死してしまうような常識人なのだから。
「・・・・・・俺ってさりげなく親不幸もの?」
 最上階にある啓太の部屋へエレベーターで行くと、合鍵を使って開けた部屋はひんやりとしていた。
 汗ばんだ肌が、冷たい空気にふれてぶるっと寒さを感じる。
「啓太のやつ、またクーラーつけっぱなしででかけやがったな。どんだけ稼いでるのかしんねーけど、経済観念なさすぎなんだよ、あいつは」
 クーラーのスイッチを切りに、窓際の壁に張付けてあるリモコンのところまで足早で急ぐ。
 常に家計を維持することに信念をもやして育ってきた陸也にとって、啓太のこういう悪癖は注意してもしたりないものだった。
 ピッとクーラーを消すと、ようやくホッと息がつける。
 ふと見ると、最上階だけあってものすごい夕日が沈んでいくのが目の前の窓に広がっていた。
「うわ〜、すげぇ。さすが最上階だよな。景色がいいな。ベランダもめちゃ広いじゃん?いいねぇ〜。今日はここでビア大会と洒落込もうか。これか?啓太が俺に夕方までに来いっていってたわけは?俺にこの景色見せたかったのか?」
 たまには可愛いとこもあるじゃねーかと、陸也はすっかりご機嫌になってしまった。
 そのまま陸也は太陽が完全に沈んで辺りが真っ暗になってしまうまで、窓の外を見続けていたが、お腹をすかせて帰ってくる啓太のことを思い、夕食の準備に慌ててとりかかった。
 
 グツグツと煮物を煮ている間に、手早くほうれん草の胡麻和えを作っていく。
 食の細い母親との二人暮らしの陸也は、あっさりとした和食を得意としている。
 啓太もそんな陸也の手料理をいつも楽しみにしていた。
「ただいま〜」
 食事の用意もできて程なくして、本当に珍しく啓太が予告した時間どおりに戻ってきた。
「お?まじで早いじゃん?今日ほんとに何があるんだよ?」
 リビングの扉を開けて入ってきた啓太に向かって、陸也がほんとに驚いたように言うのを聞いて、啓太の顔が嫌そうに歪められる。
「お前なぁ〜久しぶりに会った恋人に対して、第一声に言う言葉がそれだけか?」
「だって、お前が約束の時間に帰ってくるのなんてめったにないじゃん。何で?なぁ、まじで何で?」
 啓太が帰ってきたからと、ご飯をつぎながら陸也が目をまん丸にして問いかけてくる。
 ご飯のつがれた茶碗を着替える間もなく手渡されて、唇を尖らせたまま啓太がしぶしぶとテーブルに並べていく。
 箸を二人分並べ、飲み物を用意すると、ようやく陸也がキッチンからテーブルの方へとやってきた。
 それを強引に手をひっぱり自分の腕の中へと抱き込みながら、啓太がまだぶつぶつと文句を言っている。
「俺に会えて嬉しくないのかよ、陸也?」
「はぁ?何そんなこっぱずかしいこと聞くんだよ。やめろよな〜」
 ぎゅっと抱きしめられて息苦しくなった陸也は、酸素を求めてパクパクと口を動かす。
 その口にチョンと鳥のようなキスを落とすと、本当に鳥みたいに唇を尖らせたまま啓太が拗ねたようにつぶやく。
「嬉しいのか嬉しくないのか?そんなことぐらい答えてくれてもいいじゃねーか」
 陸也の髪をチョイチョイと引っ張りながら、甘えたように催促する。
 そんな恋人の拗ね具合に、陸也は意地悪げに笑ってみせた。
「今日俺を呼んだ理由を教えてくれたら答えてやる。ほら、何でだよ?何があるんだよ?」
「・・・・・・」
「ほら、言えよ。何でそんなもったいぶるんだよ。余計に気になるじゃねーか」
「・・・・・・今何時?」
「ん〜?七時半前かな?」
「じゃあ、後一分だ待って。そしたら理由を言うから」
「一分?何だよ、その時間は?」
「しーっ!黙って60まで数えろ!1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12・・・・・・」
 腕の中に陸也をさらにぎゅーぎゅーしまい込みながら、啓太が真剣に数を数え始めた。
 呆れたまま陸也がおとなしく腕の中でじっとしていると、30を越えた辺りで、いきなりベランダの方が明るくなった。
 続いてドーンという破裂音。
「・・・・・・花火?」
「そ、これ一緒にお前と見たくて呼んだんだよ。すげぇだろ?ここ特等席なんだぜ」
 次々と打ち上げられる花火をポカンと口をあけたまま見ながら、陸也が言うのを啓太は得意そうにして見ている。
 これを見せるためだけに陸也を呼び、忙しい中わざわざこの時間に合わせて帰ってきたのだ、この男は。
 どんなに有名になっても、啓太は変わらない。
 いつもいつも陸也のことだけを考えている。
 いつもいつも陸也を喜ばせ、驚かせ、そして切なくさせる。
 そんな変わらない啓太が、そしてそんな啓太が愛しくて堪らない自分に陸也は自然と笑いがこみ上げてくるのを押さえられなかった。
「アッハハハハハ!!!バッカじゃねーの!?そんなことでトップモデルがいちいち帰ってくんなよな、ハハハハハ」
「何でそんなに笑うんだよ?綺麗だろうが?ほら、花火ちゃんと見ろよ」
 ひたすら腕の中で笑い続ける陸也に、啓太は半ば呆れながら、それでもその腕を放さない。
 二人はそうしながら、一時間の間、次々と打ち上げられる花火を見ていた。
 
 痩せっぽちの猫。
 拾ったはずの痩せっぽちの猫は、いつの間にか大きくなっていた。
 その腕の中で安心して笑えるぐらいに、いつの間にか自分の胸の中に住み着いてしまっていた。
 これからもずっと一緒に笑って過ごしていけるだろう未来に、陸也はうっとりと目を閉じた。
 ゆっくりとキスが落ちてくる。
 愛しくて堪らないというように。



 

★はい、冬なのに夏の話です(^-^;)
 花火です、すいません。
 だって〜書き始めたのが夏だったんだもん(笑)
 これは短編シリーズで書いていければなぁ〜と思ってます。
 出会いのとことか、いろいろ書きたい話があるので、話を温めているうちに腐って消えてしまいそうだったので、短編書いて よとioちゃんに言われたので、出すことにしました。
 でもね、半分ぐらいからはこの三連休に頑張ったんですよ!
 雪降る寒い日に花火の話って私って馬鹿じゃなかろうか〜と思いながら書いたんだから(笑)
 寒いけど楽しんでいただけると嬉しいです(^-^)




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