【空から降る雪-if-】



 空から雪が舞い降りる。
 こんな寒い夜は人肌がひどく恋しくなる。
 こんな夜はいつも雪哉が側にいてくれるはずなのに、今日は父が珍しく早く戻ってきていて、雪哉は呼び出されて行ってしまっていた。
 嘉幸はそっとベッドから抜け出して、雪哉の姿を探しに部屋を出た。
 忙しい父に代わって、雪哉はいつも嘉幸の側にいてくれるかけがえの無い人である。
 母とは生まれてから別々に暮らしているけれど、あまり好きではない。
 いつも会うと雪哉の悪口ばかりを言うからだ。
 一緒に暮らせないのは雪哉のせいだとか、いろいろ言う。
 そのたびにじっと黙ってはいるが、いつも心の中では「お前なんかと暮らせなくても雪哉さえいればそれでいい」と嘉幸は思っていた。
 父すらもいらない。
 普段かまってくれることなどないうえに、いつも雪哉を独占している。
 めったに帰ってこないくせに、帰ってくれば当然のような顔をして雪哉を側に呼ぶ。
 雪哉もそれを拒まない。
 十歳も過ぎると、大人たちの下世話な会話も耳にすることが多々ある。
 雪哉と父がそういう関係だというのは薄々気づいていたけれど、それを認めたくはなかった。
「雪哉〜!」
 広い屋敷で、嘉幸は雪哉を呼んで寒い廊下をさまよい歩く。
 慌てたようにバタバタと雪哉の足音が部屋を出てくるのを見越して、わざと父の部屋の前を通ってやるのだ。
「嘉幸、どうした!?」
 慌てて雪哉が出てきた扉の向こうでは、不機嫌そうに父がこちらを睨んでいるけれど、それには気づかない振りをして嘉幸は冷えた手で雪哉の手を掴む。
「わっ、お前こんなに冷えるまで何やってんだよ!?」
「いっつも雪哉が寝る前は本読んでくれるのに、今日はいなかったから、寝られなかったんだよ」
 嘉幸は屈んで自分に目線を合わせて尋ねてくる雪哉に甘えるように抱きつきながら、その肩越しに父を睨んだ。
 言外に雪哉は自分のものだと主張する。
「森さんに頼んだはずだけど、彼女いかなかったのか?」
「森さんじゃヤダ!」
 せっかく来てくれたメイドの森を嘉幸はわざと追い返したのだ。
「・・・・・・雪」
 二人のやりとりをじっと見ていた嘉人が、いいかげん焦れたに雪哉を扉の向こうから呼ぶ。
 嘉幸を抱きしめながら、雪哉の全神経が嘉人に向けられているのを敏感に察知した嘉幸が、いっそう強く雪哉にしがみつく。
「ちょっと、待っててくれよ、嘉人。俺、嘉幸寝かせてくるからさ」
「そんなものはメイドに任せておけ」
 そんなもの呼ばわりされた嘉幸がキッと嘉人を睨む。
「お前の息子だろうが〜そんな冷たいこと言うなよな。そうだ、お前が本読んでやって寝かせてやったらどうだ?忙しくていっつも嘉幸には寂しい思いさせてるんだし、あんまり構わないから、嘉幸がいつまでたってもお前になつかないんだし、そうだ、そうしよう!今晩は親子水入らずだな」
 名案だと言うように、雪哉が頷く。
 嘉人と嘉幸は同時に首を横に振った。
 普段はまったく気の合わないこの親子であるが、こういう時にはお互いの意見は一致しやすい。
 しかし雪哉はそんな二人の意見をまったくといっていいほど無視したまま、嘉幸と本と嘉人とを、嘉幸の部屋へと押し込めてしまった。
 そして自分は気を利かせたつもりなのか、じゃあおやすみとさわやかに言い残し、部屋を出て行った。
「雪っ!」
「雪哉っ!」
 嘉人と嘉幸は同時に叫んだが、扉は無常にも閉まってしまう。
 二人は薄暗い部屋の中で、無言でにらみ合った。
 どちらも声には出さないけれど、「雪哉との時間を邪魔しやがって」と悪態を心の中でついていることを視線が物語っている。
 やがて、少しだけ大人な嘉人が小さくため息を付くと、無理やり雪哉にもたされた本をいい声で朗読し始めた。
 義務をさっさと果たして雪哉のもとに戻ろうという魂胆はみえみえである。
「言っとくけど、雪哉は俺のものなんだからね、父さん」
 嘉幸がそう主張すると、嘉人は小さく視線を嘉幸に移した。
「雪哉にとってお前は俺の子だから、可愛がっているだけだ。お前自身が可愛がられているんじゃないってこと覚えておくんだな」
「父さんなんか、雪哉の側にいっつもいないじゃいなか!仕事仕事って言って雪哉のことほってるじゃん!」
「・・・・・・放っておかれても雪哉は俺がいいんだよ。子供のでるまくじゃない」
 悔しいがそのとおりである。
 めったに会えなくても、それでも雪哉はこの父が大好きなのだ。
 父の側で働くことよりも、小さな嘉幸を育てることを選んだ雪哉だったけれども、それは嘉幸が嘉人の大事な後継者だからだということは知っていた。
 いつもいつも自分だけを見つめているはずの雪哉の視線が、父が戻ってきたときだけは自分を見てくれなくなる。
 その喪失感。
 何度味わっても、嘉幸には納得できない、納得など決してしたくなかった。
 いつか必ずこの父から雪哉を奪ってみせるのだという思いを、嘉幸は心に誓い、面倒くさげに本を読む嘉人を悔し紛れに睨んでいた。
 ちくしょ〜!
やがて嘉人を睨み続けていた目がしょぼしょぼとし始め、睡魔が襲ってくる。
 十歳のお子様にはとっては真夜中は普段ならばもうすでに夢の中の時間である。
 眠ってしまっては嘉人に雪哉のところにいかれてしまう。
 そう思い頑張るけれど、瞼がどんどん落ちてくる。
「ゆき・・・・・・やぁ・・・・・・」
 小さくつぶやき、嘉幸が眠りに吸い込まれていくのを嘉人はため息とともに見送った。
「やれやれ、ようやくお守りから開放されたか。雪哉との貴重な時間を邪魔しやがって。まったく、俺の息子らしいな」
 パタンと本を閉じ、嘉幸が起きないように部屋をそっと出て行く。
 自室に戻ると、雪哉が半分眠りながら待っていた。
 嘉幸につきあって、いつも早い時間に眠るくせがついているのだろう。
 嘉人は嘆息しながら、眠そうな雪哉の瞼に口付けた。
「おかえり〜嘉幸寝たのか?」
 眠い目をこすりながら、雪哉が嘉人の首に甘えたように腕を伸ばして引き寄せる。
「ああ、ぐっすりだ」
「親子のスキンシップちゃんとできたのか?」
「気を回してくれるのはありがたいが、スキンシップねぇ・・・・・・俺にも嘉幸にも必要ないと思うけど?」
「そんなことないだろう?親子なんだからさ」
「・・・・・・親子でもライバルだからなぁ」
「はぁ?何の?」
 嘉人は雪哉の質問には答えずに、まだまだ喋りたそうな雪哉の唇を自分のそれでふさいだ。
 ゆっくりと雪哉が目を閉じる。
 外には雪が舞っている。
 久しぶりに感じるその寒さに、嘉人はぬくもりを求めるように雪哉を抱きしめた。
 


【END】

★ コメント★
ちょっとブレイクタイム〜てなわけで、久しぶりの空フルです。
いつか書きたかった息子の話!
ちょっと思いつきで書いてしまったので、あんまり詳しく彼らの生活をかけなかったけれど、また次に西村と共に登場させて番外を書いてみたいと思います〜。
バレンタイン戦争を楽しみにしてくだっていた神様!
ちょっと間に合わず、空フルですいません(^-^;)

 




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