【バレンタイン戦争】

バレンタインの真夜中
 
「ちょっとずるくねーか?」
 客間から逃げるようにフミが飛び出してきたのを見送って、ユキが扉のところからヒコに声をかける。
「・・・・・・」
 ヒコはにやりと唇の端で笑うと、扉のユキを振り返る。
「俺のこと利用するつもりかよ?」
「もたもたしているお前が悪い。お前の気持ちをフミは知らないんだから、俺の気持ちをお前に隠そうとするのは当然だろう?それとも自分の気持ちを言ってみるか?混乱しているフミに逃げ場所をどこにも与えない気でいるならの話だけどな。朝倉もだめ、俺もだめ、だとしたらフミの逃げ場はお前の側だけになる。俺は自分が勝手なことをしてるから、それをとめる権利はないがな」
 そういいながらも、ヒコは確信犯のように微笑んでいる。
 嵌められた!
ユキはヒコの満足そうな笑顔を見ながら、歯噛みした。
 ヒコは先に告白したタイミングを最大限にいかしてフミを落とそうとしているのだ。
 タイミングの悪さを後悔していたしおらしさなど、ほんの一瞬しかなかったくせに!
 フミは自分には知られたくなくて、ヒコの言うがままになるだろう。
 それなら自分も言ってしまえばいいじゃないかと無責任に騒ぐ気持ちもあるけれど、そんなことをしたらフミがどれほどショックを受けることか・・・・・・。
 先手を打たれてしまった自分が今は部が悪すぎる。
 しばらくは、そう、フミのショックが和らぐまでは手も足もでない。
 しばらくの間は指をくわえてみているしかないってことになってしまう。
「ちょっと卑怯じゃねーの?」
「なんとでも。お前が相手でも容赦はしないからな。フミは俺がもらう。というか、フミは俺のもんなんだよ、ユキ。物心ついたときからそう決めて、そうなるようにずっとフミの側についていたんだからな」
「なんなんだよ、その開きなおりようはさ!マジむかつくぜ!」
「・・・・・・」
 フミはあまりにも理不尽なこの状態にイラついて、扉を大きくバタンと閉めて、鼻息も荒く部屋へと戻った。
 
部屋では不安そうな目をしたままフミがじっとユキを視線で追ってくる。
「何だよ?」
 イラつく気分のまま、ぶっきらぼうな問いかけをフミにすると、明らかにビクリと体を竦ませた。
 さっきまでのヒコに対する構えがまだフミをこんな風に怯えさせているのか・・・・・・。
「ヒコとなんかあったのか?さっき怒鳴り声が聞こえてきたけど、喧嘩でもしたのかよ?客間で寝るなんてそうとう拗ねてねーか?」
 フミに気づかれないように小さくため息を吐きながら、ユキがフミの側まで近寄って、不安そうな目を覗き込んでやる。
 もちろん二人のやりとりは影で一部始終みていたけれど、あえて自分は何も知らないのだということをアピールするように聞いてみた。
 貧乏くじをひいたとは思うけれど、それでもこんな状態のフミを見てさらにパニくらせるようなことは言えない。
 ヒコに比べて、ユキにはまだフミの兄としての気持ちが強く残っていた。
 恥も外聞も何もかもかなぐり捨てて、ヒコのようにただフミの気持ちだけを求めてはいけない。
 フミの気持ちも考えてしまうし、母親の気持ちも考えてしまう。
 ヒコはきっとフミさえ手に入れれば、誰にその気持ちがバレようと、たとえそれが母親にバレようともきっと平然とフミのことが好きだと言うだろう。
 ユキにはそこまでできない。
 その時点で自分はヒコに負けているのだということはわかっている。
 張り合う気持ちも本当はないのかもしれない。
 ただ未練なのだろうか?
不安そうな目をして自分を見つめてくるフミのことがただただ可愛くてしかたがないのだ。
 誰にも渡したくないほど、大事に思っているのも本当だ。
 ただ・・・・・・もしもヒコからフミを奪うようなことがあれば・・・・・・と考えると恐ろしくなる。
 誰にも渡したくないし、ヒコに出し抜かれた上に利用されているのはハッキリ言ってムカツクけど、それでもヒコからフミを盗るよりはまだましな結果になりそうな気がする。
「ヒコに何にも聞いてないのかよ?」
 フミがちょっと安心したような表情で確認するように問うてくる。
 ユキは肩眉をあげてちょっとおどけて見せながら、それでも安心したフミの様子に嬉しくなってくる。
「あんな低気圧なヒコにいったい誰が近寄れるんだよ?おふくろぐらいじゃねーの?」
「そ、そうだよなぁ〜!アハハ!」
 頬を引きつらせて無理やりに笑うフミの姿に、ユキはまたもやため息がもれる。
「フミ、お前も様子が変だぞ。悩みごとがあるなら俺にも話せよ。ヒコほどは頼りにはならねーかもしんねーけどよ」
 ポンっとフミの小さな頭を叩いて、ユキが微笑んだ。
 くしゃりと見せた一瞬泣き出しそうなフミの表情は、次の瞬間にはにっこりとした作り笑顔になっていた。
「なんでもないよ。疲れただけだ。だって俺、今日初デートだったんだぜ。女の子の買い物って長ぇのな。びっくりしたよ、俺。毎日あんなのに付き合わされるのかなぁ・・・・・・ユキの言うように、俺にはまだ彼女なんて早いのかもな・・・・・・」
「そうだぞ、三男のくせに生意気だぜ」
 冗談にまぜっかえして、ユキがフミの気持ちのフォローをしてやる。
 フミは後悔しているのだ。
 加藤紗枝と付き合うことを逃げるためだけに決めてしまったことを。
 ヒコのことも、朝倉のこともあるうえに、加藤紗枝のこともある。
 フミがこれから凹むのが目に見えるようだ。
 ユキはしゅんとなっているフミの様子に決意を固めた。
 今はフミの兄として、誰からもフミを守っていこうと。
 よりどころのなくなったフミの気持ちを支えてやろうと。

  


【つづく】



★あんまり影が薄いので、今回はちょっとユキにいっぱい語らせてみました。
やっぱりヒコにはパッション的には押されぎみな彼は、ハッと冷静に兄の気持ちになってしまったようです。
どこまでも損な性分なのね〜。
このままでは戦争放棄になりそうな勢いです(^-^;)
そしてそろそろ朝倉もまた出してあげねばっ!!


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