【バレンタイン戦争】

バレンタインの夜
 
「・・・・・・ただいま」
 加藤紗枝と付き合うことを決めたフミは、家に戻りたくないあまりいろいろな理由をつけて加藤紗枝を送りがてら、ぶらぶらとして終電近くなって帰ってきた。
 怒られるかも・・・・・・という気持ちと、怒られてもかまうものかという反抗的な気持ちとが交じり合いながら、家のドアを開けたのだが、悲しいかないままでの習性でつい伺うように小声になる。
 家の明かりはフミを待っているのか当然のように煌々とついていた。
 そっと開けた扉の前にはヒコ、ユキはもちろん、母までが仁王立ちしている。
「ただいまじゃないわよ、貴文っ!何時だと思ってんの、あんた!高校生が午前様で帰るなんていい度胸してるじゃないのっ!?」
 普段めったなことでは怒らない母は、怒らすとかなりやっかいな人物である。
 きちんと納得するまで決して許してくれないのだ。
 ヒコには反抗的な気分で強気で言い訳もできるけれど、何にもしらない母とユキにはそうもいかない。
 フミはぎこちなく頭を下げると、とりあえず謝罪することにした。
「・・・・・・えっと、連絡もせずに遅くなって、ごめん・・・・・・なさい」
 愁傷に頭を下げるフミに、ちょっとホッとしたのか母の澄江は渋い顔をしつつも、ため息とともにフミを許した。
 ポンポンとフミの頭を二・三回軽く叩く。
「どうして遅くなったのか理由は明日聞かせてもらいますかね。今日はもう寝なさい。貴彦や貴之も心配して待っててくれたんだからちゃんと謝るのよ?」
「・・・・・・うん。ごめん、ユキ・・・・・・ヒコも」
 最後にヒコの名前を口にすることを躊躇ったが、フミは母とユキの手前いつもどおりに振舞うことにした。
「いいからさっさと風呂はいれよ、体めちゃくちゃ冷えてるじゃねーか。いったい何してたんだよ、こんな時間まで?」
 いつもならばそれはヒコの役目なはずだけれど、今日は微妙な距離を保って動かないヒコに代わって、ユキが心配そうにフミの手を引いて中にあがらせる。
「うん・・・・・・・ちょっとその辺をぶらぶら・・・・・・・あと彼女送ってきた」
 澄江があくびを噛みながら部屋へと戻って行く後ろ姿を目の端で追いながら、フミは思い切ってヒコに聞こえるように言った。
「・・・・・・彼女 ?」
 もちろんユキもヒコもフミに彼女ができたのは百も承知であるけれど、まるで初めて聞くかのように驚いてみせる。
「うん、俺、今日、五組の加藤紗枝に告白されてさ。その・・・・・・付き合うことにしたから。俺、彼女できたから。だからもう・・・・・・」
 ヒコに対しての言い訳だったが、側にユキもいることに気づいて、フミは言いよどんだ。
 ユキはそのまま気づかない振りをしたままである。
「お前に彼女なんて早すぎるんじゃねーの?末っ子の甘ったれのくせに、ちゃんと付き合えるのかよ?付き合うってのはお手手繋いで仲良しこよしってわけにはいかねーんだぞ?」
 苛立ちのためかぶっきらぼうにユキが言う。
「・・・・・・分かってるよ」
「ユキ、それぐらいにしろ。フミもさっさと風呂に入って寝ろ。話は明日聞くから」
 うな垂れたフミに助け舟を出すためにヒコが間に入ってくる。
 けれど、それすらも今のフミには素直に受け取ることはできなかった。
 焦りにも似た気持ち。
 ヒコを目の前にすると、逃げなければという恐怖感のような気持ちが沸いてくる。
 何から?
 ヒコから逃げなければならないのだろうか?
 男同士な上に兄弟のヒコから好きだと言われたのだ、それも冗談ではなく。逃げるってどこへ?どうやって?
 今までベッタリ、ヒコとユキの二人に守られて生きてきたフミにはその逃げ場所はまったく検討がつかなかった。
 加藤紗枝という助け舟を得たけれども、家に帰ればその効果はなくなってしまうような気もする。
 冷静になってみればそんな気持ちで彼女と付き合うのもどうかという気もしてくるし、何だかひどく泣きたい気分になってきた。
 こんなときはいつもヒコに甘えれば良かったけれど、今はそのヒコの側には近寄ることすらできない。
「いいよ、俺もう寝る。風呂には入らない。おやすみ」
 こんなときは同じ部屋での寝起きすら息苦しい。
 朝、一人では起きれないから一緒じゃないと嫌だとだだをこねて同じ部屋にしてもらった頃の自分を恨めしく思う。
 さっさと寝てしまうに限るっ!とフミは踵を返して寝室へと向かった。
 その後ろ姿にヒコが声をかける。
「フミ、今日から俺は客間で寝ることにしたから」
「・・・・・・」
 かけられた声に意味を図りかねてそろりと後ろを振り返ると、意外なほど至近距離にヒコがきていた。
「うわっ!?な、なんでそんなに近づいてんだよ!?」
「ユキに聞かれたくないだろう?」
 ユキが自分の気持ちを知っていることや、ましてユキも同じ気持ちだなんてことは決しておくびにも出さずにヒコが小声でフミにささやく。
「あ、当たり前だろう、ユキが知ったらびっくりするだろうが、絶対に言っちゃだめだ!」
「俺がフミを好きだってことを?」
「言うなっ!口にすんな、そんな言葉!俺は認めない、絶対に認めないからな!か、彼女もできたんだし、ヒコの気持ちなんてもう関係ないんだからな!」
「大声出したらユキに聞こえるぞ、フミ。ちょっとこっちに来い」
 ヒコはフミの手を引くと、客間へと連れ込んだ。
 後ろで不満そうに自分たちをユキが見ていたけれど、このさいそれは無視することにする。
 ガチャリと部屋の鍵をかけると嫌でも密室に二人きりであることを意識させる。
「な、何で鍵なんてかけるんだよ?」
 ゴクリとつばを飲み込みながらフミが鍵を指差す。
「誰かに聞かれたら嫌なんだろう?秘密の話をする時は鍵をかけるもんだ」
「な、なんでそんなに近づいてくるんだよ!?」
 鍵をかけるとそのままスタスタとフミとの間の距離を縮めて近づいてくるヒコに恐れをなして、フミが壁際までどんどん下がっていくが、その間をどんどんヒコが詰め寄ってくるものだから、とうとう壁際に押し付けられる形になってしまった。
「いいか、フミ。俺がお前を好きだって気持ちは冗談でも何でもない。俺はお前を誰にも渡すつもりはないし、彼女ができたぐらいで俺から逃げられると思ったら大間違いなんだってこと分からせてやるよ。半端な気持ちで男の、しかも兄弟のお前を好きだって言ってるわけじゃないんだってことよく覚えていてもらおうか」
 ヒコは高らかにそう宣言すると、壁際にさらにフミを押し付けて強引にキスをした。
 昼間されたような羽根のような降るキスではなく、舌を強引にねじ込まれての深いキスだった。
 逃げるフミの舌をヒコは許さず執拗に絡めてくる。
 息苦しくなって、自分の顎を掴んでいるヒコの腕を何度も叩いたけれどもびくともしない。
 いつもそっと守るように抱きしめていてくれるヒコの腕が怖いと思ったことなどなかったけれど、今はただひたすら怖い。
 こんな激情がヒコの中に隠れているなんて思いもしなかった。
 本気なんだ。
 本当に本気でヒコは自分が好きだと言っているんだ。
 昼間のことは夢でもなんでもない。宇宙人でもなんでもない。
 自分の大事なヒコが、こんなことをしているんだ!
 もう自分には甘える場所がなくなってしまったことをフミは唐突に気づかされた。
 ポロポロと涙がこぼれてくる。
 ヒコを無くしたくないけれど、ヒコを受け入れることもできない。
 フミの涙に気づいたヒコは、口付けを止めると、その涙を今度は唇で吸い取っていく。
 昼間にされたように壊れ物を扱うような優しい唇の感触に、フミは無意識のうちに甘えて体をヒコに預けていた。
 それに気づいたヒコが小さく唇だけで笑うと、もう一度深いキスを始めた。
 何度も何度も、自分の気持ちをフミに分からせるように、逃げ出せないように舌を絡めてフミのすべてを絡めとっていくように。
 決して逃がさない。
 どんなことをしてもフミを手に入れるとヒコは決めていた。
 フミが最終的には自分を拒めないこともヒコはわかっている。
 そういうふうに自分が小さい頃からフミを育て守ってきたからだ。
 無意識のうちに体を預けてくるフミのしぐさを見て、さらにそれは確信に近づく。
 朝倉にも加藤にも渡さない。
 フミは自分の物だという意思をこめて、ヒコはフミの首筋に所有の証をひとつ残した。

  


【つづく】



★ヒコがどんどん暴走しております。
 長男は強しですね〜。しかし自分と同じ顔に欲情するとは彼らは究極のナルシスト軍団ということだろうか(笑)


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