【バレンタイン戦争】

バレンタインの当日
 
「まずいことになった!」
 ユキがヒコの姿を見つけるなり、大股で近づき人気のない音楽教室まで引きずっていくと、先ほど見てきた出来事を一部始終報告した。
 ヒコは眉ひとつ動かさず、無表情のままでその報告を聞いている。
「トンビに油揚げ状態だ!朝倉の馬鹿のせいで、フミがあんなこと言い出したに違い無いに決まってる!朝倉から逃げるためによく考えもせずにOK出したんだぜ、きっと!ちくしょっー!」
 ユキは話しながらその光景を思い出してきたのか、側にある机を苛立たしげに蹴飛ばした。
 ガラガラと大きな音を立てて整然と並んでいた机や椅子の列が乱れる。
 ヒコはじっと黙ってその様子を見ていたが、ひとつため息をつくと、ユキを小さく諌める。
「大きな音を出すな。人が来るぞユキ」
「これがじっとしてられっかよ!フミに彼女ができたんだぞ!?朝倉の馬鹿にキスされただけでも腹立たしいってのに、さらに他の奴と付き合うなんて許せるわけあるかよっ!お前はどうなんだよ!?なんでそんな冷静なんだよ!?腹たたねーのかよっ!?」
 もう一度近くにある机をガンっと蹴り上げて、ユキがヒコを睨んだ。
 睨まれたヒコは肩を竦める。
「・・・・・・俺は自分に腹立ててるんだよ」
「はぁ!?」
「俺もフミに告った・・・・・・たぶん、朝倉のせいじゃない。俺のせいだな。朝倉がフミにキスしたって聞いて、我慢ができなかったんだよ。俺もまだまだだな・・・・・・」
 ヒコが自嘲気味に小さく笑いをもらすのを聞きながら、ユキの瞳の色が険しくなる。
「告っただと!?てめぇっ!なんでそんな勝手なことすんだよ!?」
「勝手なことじゃない。いつ告ろうが俺の自由だ。ただタイミングが悪かったことは認める」
「ズリィじゃねーかっ!?一応俺たちフミにはまだ手出しはしないって感じで来てただろうが!?それをお前だけ何だよ!?しかもそのせいでフミが加藤と付き合うなんて言い出してんだぞ!?」
「手出しはしないなんていった覚えは無い。俺はお前と協定を結んだ気もないし、これからも俺は俺の好きにフミのことは口説くつもりだ。でもタイミングが悪かったことは認める。我慢できなかったんだよ。俺のフミに、朝倉が触れたのかと思うと、どうしても・・・・・・」
 普段冷静なヒコらしからぬ、苦々しい声音で言い募る。
 激昂して飛び出していったユキに負けず劣らず、ヒコが朝倉の話を聞いて気持ちをかき乱されていたのだということにユキは初めて気が付いた。
「・・・・・・らしくねぇじゃん。何だよ、そんな顔すんなよっ!俺のこの怒りはどこにぶつけりゃいいんだよ!?」
 ユキは頭を抱えて机に突っ伏した。
 そんなユキの様子を見ながら、ヒコがきっぱりと決意したように口を開いた。
「とにかく・・・・・・俺はこれから動くからな。このままだとフミに避けられるのは目に見えてるからな。お前に渡すつもりはなかったが、お前とならフミを争っても良かったんだが、ここから先は俺一人でやらせてもらう。これ以上タイミングを悪くするのはもうごめんだ」
 自嘲気味だったヒコの笑いが、不遜なものにすり替わる。
 落ち込んでいる暇などないと覚悟を決めたのだろうか。いつもの強い眼差しがじっと前を見据えている。
「加藤のことはどうすんだよ?」
「もちろん別れさすに決まってる。俺は誰にもフミをやる気はないって言っただろうが。お前も見ていたなら邪魔しにはいるぐらいすれば良かっただろうが」
「なんだよ、もう立ち直ってるのかよ。ムカつくなぁ。もうちょっと落ち込んでやがれ、この抜け駆け野郎が!俺だってなんで出てって邪魔しなかったのか腹たってるんだよ!でもそんなことしたらフミまで変に思われたらヤバイって思ったし・・・・・・俺たちがフミのこと好きなのはもうどうしようもないけど、フミは俺たちと違って普通な奴じゃん?ただの男同士ってだけでもパニくる奴だしさ。それをさらに兄弟の俺たちの気持ちを知ったらって思うと・・・・・・」
 あの場でユキは飛び出して行きたかったけれど、思いとどまったのは一重にフミの立場を思ってのことである。
 確かにフミを恋愛感情で好きな気持ちの方が強いけれど、それでもユキはフミの兄なのだ。
 兄としてフミを思いやる気持ちもないわけではない。
 あのまま感情のまま飛び出していって加藤との仲を邪魔をすれば、フミの怒りを買うだけでなく、フミの立場まで悪くすることになる。そう考えてのことだった。
 しかし、そんなユキの気持ちを読んだのか、ヒコは小さく笑いをもらす。
「そんな悩みはとうの昔に捨てたよ、俺は。どうしたって諦めきれないなら、手に入れるしかないだろうが?グダグダそんなことを悩んでいられるぐらいなら、まだお前は引き返せるってことなんじゃないのか?それならそれでフミを諦めればいいさ。それだけで普通に戻れるんだからな」
 言外にそんな半端な気持ちならば、手を出すなと言い切られた。
 ヒコはユキよりもっと強い気持ちでフミを欲してる。
 兄としてヒコもフミを大事に思ってきているのは側で見てきたユキには分かっている。
 けれどその気持ちをも顧みることができないほど、フミを思う気持ちの方が強いのだと思い知らされた。
「・・・・・・そんなにフミが好きかよ?」
「ああ」
 静かなユキの問いにヒコが頷いた。
「・・・・・・フミの立場がどうなってもいいほど?」
 ユキがさらに問う。
「ああ」
 ユキの真意を謀るようにじっと視線をユキから逸らさずに、ヒコがもう一度頷いた。
「フミを泣かしてもか?」
「・・・・・・身勝手は承知だ」
 ヒコが口元だけで小さく笑みを刻む。それを見ながら、ユキもニッと微笑んだ。
「ふん・・・・・・俺も負けねーかんな」
「・・・・・・それも承知してる。だからお前だけは許すんだよ」

  


【つづく】



★涼しくなったと思ったら、まだまだ暑い日が続いております。
 朝倉先輩出したかったのに、なんだか兄弟二人の絆編みたいな感じになってしまいましたざます。
 るんるんで帰ったフミが次回いったいどんな目にあうやら(^-^;)
 お兄ちゃんを差し置いて、彼女なんて作ったら痛い目にあうんだよということを次回フミには思い知ってもらおうと思います(笑)
 なんちゃって〜。


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