【バレンタイン戦争】

バレンタイン当日

 ほてほてと廊下をヒコとユキに挟まれて、フミが歩いていく。
 その歩みは牛のようにのろい。
 授業はとっくの昔に始まっていたが、ヒコとユキも今更出る気にもなれず、ほてほてと力なくフミが歩くままに任せて、付いていっていた。
「・・・・・・なぁ」
 ふいに廊下の真ん中で立ち止まり、フミが俯いたまま声を出す。
 それは問いかけなのか、そうでないのか分からないぐらい小さな声で、ヒコとユキは慌てて幾分自分たちより下にあるフミの顔を見るために身を屈めた。
「どうした?」
 ヒコが優しく声をかける。
「・・・・・・なぁ、あれってどういう意味?朝倉先輩のあれって冗談だよな?」
「冗談に決まってるだろうが!」
 フミの問いに、ユキが怒りを隠しきれずつい声を荒げる。
 ビクッと体をすくますフミをなだめるように、ヒコがそっと肩を抱いた。
「・・・・・・じゃあさ、どこまでなら冗談でする?男が男に・・・・・・冗談で、キ、キ、キ、キスとかしちゃうもん?」
 この寒い冬に、汗をたらたらとかきながらフミは言葉を搾り出すようにして訊ねてきた。
 瞬間、獣のような唸り声が聞こえたかと思うとユキが今来た道を戻り、生徒会室の方に向かってバタバタとかけ戻っていく。
 ヒコはその後ろ姿をチラリと見ただけで、そのまま固まってしまっているフミに視線を戻した。
「それは朝倉の馬鹿にキスされたってことか?」
 静かな声でヒコが聞く。
 怒っているのか、厭きれているのか判断のつかない静かな声音。
「・・・・・・」
 ヒコの問いにどうにも頷くことができずにフミは顔を真っ赤にして俯いたまま、まだ固まっている。
 その時に、ちゃんと顔をあげてヒコの表情を見ていれば、様子がおかしいことに気づいたかもしれないけれど、あいにくフミは最後まで顔をあげることができなかった。
「キスされて告白された?」
「・・・・・・」
 まだ動かないフミにヒコは重ねて問う。
 しばらくじっとフミを見ていたヒコは、いつまで待っても返事がないことを悟ると、フミの肩をぐいっと引き寄せ、唐突にキスをした。
 触れるようなキスを唇に落とし、それから瞼、額、頬と順に羽根のようなキスを落としていく。
 びっくりしたままよりいっそう固まっているフミをきつく腕の中に抱きしめると、ヒコは静かな声で耳元に囁いた。
「俺も好きだって言ったら、フミはどうする?」
「・・・・・・好きって、好きって・・・・・・兄弟じゃん、あたりまえじゃん、何言ってんだよ、ヒコ?」
 混乱したままの頭で、もつれるような舌で、フミが確認するようにヒコに問う。
 ヒコは怯えるように自分を見ないで言うフミに、なんだか自虐的な気分になってきたのか小さく笑いをもらした。
「兄弟の好きじゃないよ、フミ。恋愛の好きって意味だ。俺はずっとお前のことをそういうふうに好きだ。朝倉にも誰にもお前を渡す気はない」
「じょ、冗談言うなよ!ヒコまで何そんなつまんない冗談言ってんだよ!?そんなつまんねー冗談、朝倉先輩だけで十分だよ!なんだよ、お前らっ!?」
 ヒコの腕の中から抜け出そうと、フミは躍起になっている。
 ヒコはそんなフミを見ながら、表情ひとつ変えずに、さらに腕の力を強めた。
 ギリギリと痛いまでの抱擁。
 いつも力づくでヒコに抑えられることなんかたくさんあるのに、今はヒコが怖かった。
 ただひたすら怖くて、目の前にいるのは自分の知らない人間のようで、フミはめちゃくちゃに暴れた。
 パシッと小気味いい音が響き、めちゃくちゃに暴れるフミの手が偶然ヒコの頬にヒットした。
 ヒコは痛みでようやく我に返ったのか、腕の力を急激に緩める。
 フミは緩んだ腕の中から、まるで見知らぬ人間をみるように、ヒコを見上げた。
 食い入るようなヒコの視線が絡みつく。
 奇妙な感覚。
 ここにいるのはヒコなのに、ヒコではない。
 ヒコの形をした何か別の人間が自分を見ている。
 見たことのない色を含んだ綺麗な目。
 じっと見られていると考えていることが全部見透かされてしまうそうな気がする。
 フミは怖くなってヒコの体を力いっぱい突き飛ばすと、脱兎のごとく腕の中から逃げ出した。
 後に残されたヒコは、珍しく自己嫌悪気味に小さく舌打ちすると、苛立たしげに髪をかきあげた。

 フミは走って、走って、走って。
 息がとうとうつけなくなるぐらい走って逃げた。
 どうか誰にも会いませんように!との祈りが通じたのか、そのまま誰に見咎められることもなく、裏庭へと逃げ出した。
 絶対に安全だと思っていたヒコの腕の中が、突然違う場所になってしまった。
 さっきのあれは冗談だったんだよな?と何度自分に言い聞かせてみても、ヒコのあの真剣な目が頭から離れない。
 今日はいったいなんて日なんだ・・・・・・。
 フミは頭を抱えて裏庭の木の下に座り込んだ。
「厄日だよ〜何だよ、今日はいったい・・・・・・俺が何したってんだよ・・・・・・男同士で好きもくそもあるもんか・・・・・・みんな頭がおかしいか、そうじゃなきゃドッキリカメラで俺を騙そうとしてんだよ、きっと」
 朝倉はともかく、ヒコがそんなことをする人間ではないことを十分すぎるほど分かっているくせに、フミは何とか自分を納得させようといろいろ考えをめくらせてみる。
 そのたびに、ヒコの真剣な目が脳裏に浮かんできて邪魔をするのだ。
 男同士で、それも血のつながった兄弟で、好きなんて気持ちあるのだろうか?
いったいいつから?
いつからヒコは自分を好きだと思っていたんだろうか?
「・・・・・・キスされたんだっけ・・・・・・・?」
 フミはさっきの出来事を思いだし、慌てて自分の唇をごしごしと制服の袖でぬぐう。
 降るような優しい口付け。
 ずっと兄弟として側にいたけれど、あんなふうに壊れ物を扱うように自分に触れるヒコなど知らない。
 怖くなって、突き飛ばして逃げてきたけれど、しょせん帰る家は同じ家。
 いずれ嫌でも顔を合わさなければいけないのだ。
 いったいどんな顔をして会えばいいというのだ、ヒコに。
「帰りたくないよ〜ヒコの馬鹿野郎・・・・・・人が動揺してる隙を狙うなんてそれでも兄貴かよっ!あ、そういえば朝倉先輩にもキスされたんだった・・・・・・同じ日に男に二回もキスされるなんて・・・・・・俺のファーストキスを返せー馬鹿野郎!!」
 王様の耳はロバの耳よろしく、フミは誰もいない裏庭の隅の木に向かって、大きく叫んだ。
 カサリと背後で人の気配がするのに慌てて振り向く。
 人影は校舎の影から出てこようとしない。
「誰だよ!?」
フミは人影に向かって挑戦的に叫んだ。
虫の居所が悪いのだ。
このさい犠牲になってもらおうとすでに臨戦態勢で待ち構える。
まさかこの後、さらに受難が待っていようとは考えもしなかった。
  


【つづく】



★ヒコも暴走しました(^-^;)
なだめるか暴走するか、一時間ぐらい悩んだのですが、ここで暴走させてしまおうとやらせてしまいました。
朝倉くんとは違う計画的暴走です(笑)
そしてまたもやでそこねた加藤紗枝。
次回こそは出てこれるかしら・・・・・?
なんだかなぁ〜男同士で不毛だぞ(笑)

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