【バレンタイン戦争】

バレンタイン当日
 
「守備は?」
 教室に戻るなり、ヒコがフミに気づかれないようにユキに尋ねた。
 手ぶらで帰ってきた様子をいぶかしんでのことだろう。
 ユキもフミに気づかれないように小さく首を横に振った。
「呼び出しくらった」
 と、小さい声でいかにも不満ですという感じで付け加える。
「五組の?」
「そ、本命の五組はやっぱり一筋縄では行かなかった。どうしたらいい?」
 フミがクラスの友達に声をかけられて席をはずすと、ユキは本題とばかりにヒコにさっきの加藤紗枝との話しを手短に説明した。
 ヒコが静かに瞬きを繰り返す。
 やがて諦めて小さくため息をもらした。
「そういうのは照れて無理じゃないかとか、どんな理由でもつけられただろうが、馬鹿が」
「・・・・・・あんな大人しそうな女がそう来るとは思わなかったからさ、マジ、ごめん。で、どうすりゃいいんだよ?」
「・・・・・・どうするって、伝えないわけには行かないだろうが。行かなかったらフミが約束をすっぽかしたことになる」
「一緒に付いていったら駄目かなぁ?」
「・・・・・・」
 ヒコとユキは互いの顔を凝視した。
 お互いなんともいえない複雑な表情をしている。
 視線を教室の中に廻らせて、フミの姿を探したがいつの間に教室を出たのか、フミの姿が見当たらない。
「どこに行った?」
「おいっ、フミのやつどこにいったから知らねーか?」
 さっきまでフミとしゃべっていたクラスメートに向かってユキが焦って問いかける。
「ああ、フミならさっき生徒会長が呼び出しにきたから付いてったけど?」
 どうして二人がそんなに焦っているのか分からないクラスメートはきょとんとしたまま答えた。
 ユキとヒコはお互いの視線を合わせると、どちらからともなく頷きあって、そのまま慌てて教室を飛び出した。

「先輩、もうすぐ始業チャイムなっちゃうよ?三年の教室なんて遠いんだから早く帰らないと」
 大事な話があるんだと、朝から朝倉に呼び出されたフミは、朝倉の後ろをチョコチョコと付いて歩きながら、結構遠くまで連れ出されていることを気にして声をかける。
「ようやく朝のわずらわしい仕事を終えてきたんだから、ちょっとぐらい遅刻したところで罰はあたらないさ。今日は君ともちっとも触れ合ってないしね〜しかもバレンタインだっていうのに」
 ついてくるフミを振り返り見ると、極上の笑顔で朝倉がそう言った。
 いつもよくみる笑顔だけれど、今日はなんだか思いつめたようにも見える。
 様子がなんだか変だなぁ・・・・・・と思いながら、フミは朝倉の言葉に膨れるようにして返事を返す。
「朝倉先輩はいいけど、俺はさぽったりしたら先生にもヒコにも怒られるから駄目だよ」
「サボりたくてサボるわけじゃないから、きっと許してもらえるよ。君はしょうがなく僕の我侭に付き合うんだからね。いわば奉仕の精神だよ」
 もっともらしい顔をして、わけの分からないことを言う朝倉に、フミは小さく小首をかしげる。
 そんな仕草に朝倉の内心が穏やかじゃなくなることなど、フミはまったく気づいていない。
「・・・・・・なんかよくわかんないけど・・・・怒られないならいいや」
 分かったのか分からないのか複雑な気持ちのまま、それでも朝倉のあとをついて行くことにためらいはなかった。
 今日の朝倉はなんだかいつもと様子が違う。
 それだけは鈍いフミにもよくわかっていた。
 だから、このまま朝倉の話も聞かずに戻るわけにはいかないと思ったからだ。
 生徒会室の前までくると、朝倉は素早く鍵をあけると用心深く回りを見回してから、フミを中へと促した。
 生徒会長が授業をさぼって生徒会室にいることを知られてはまずいと、フミも慌てて中へと入る。
 生徒会室はちょっと質素な応接室のようになっていて、ソファとテーブル、そしてその向こうには会長専用の机と、会議室があった。
 いつもはすっきりと片付いている会長専用の机には、今日はどっさり色とりどりの包装紙に包まれたチョコが乗っていた。
朝倉はそのチョコを一瞥しただけで、会長の机に座ることなく、ソファへとフミを促してからコーヒーを入れに行く。
「先輩もチョコいっぱいもらったんだなぁ」
「何?チョコ欲しいの?あげようか?どれでも好きなの持って帰っていいよ?」 
「欲しいけど・・・・・・あれは先輩にっていう大事な気持ちが詰まってるチョコだからいらないよ」
 簡単にチョコを譲ろうとする朝倉を咎めるようにフミが小さく口をとんがらせて抗議する。
 もてる男はどいつもこいつも人の好意に無頓着だと、さっきのヒコとユキのチョコのことを思いだして不機嫌になる。
 自分などもらいたくとももらえないと言うのに。
「チョコなんてどれだけもらったところで一緒だよ。大事な人からもらえなければ意味がない。たくさんもらえばそれだけ迷惑になるだけだよ」
「・・・・・・ふ〜ん。そんなもん?大事な人からの一個だけでいいってこと?」
「そ、貴文くんが僕にくれるって言うなら他は何にもいらないんだけどね」
 いつの間にコーヒーを入れてこんな近くまで戻ってきていたのか、ソファに座って机の上のチョコを見ていたフミを、朝倉がすぐ間近から見下ろしていた。
「な、何?」
 そのままゆっくりと顔が近づいてくる。
 微妙に距離を取りながら、わずかに体を仰け反らせたフミを、朝倉はさらにソファの隅まで追い詰める。
 仰け反らせた体が限界まで逃げると、フミはパタリとソファに寝転がってしまった。
 そのまま朝倉が寝転がったフミの上に馬乗りになる。
「僕が君のこと好きだって知ってる?」
 好きだ好きだと口に出して常々きていたけれども、それを恋愛感情の好きだとはまったく考えもしていないフミに業を煮やした朝倉が、今日のバレンタインにその気持ちをフミに分からせてやろうと計画してきていた。
 いつもはガードの固いヒコとユキも、この日は気がそぞろになって自分をマークしているどころではないだろうと踏んだ判断は正解だった。
 フミにチョコを渡そうとする女たちに牽制をかけるのに必死で、男の自分は今日はかなりマークがゆるくなっていた。
 だからやすやすとフミを生徒会室まで連れ込むことができたのだ。
 扉にはすでに鍵はかけてある。
 始業のチャイムももうとっくに鳴っていた。
 もともと生徒会室のある階には会議室などが多く、人の出入りがほとんどない。
 そこへきて授業が始まるとさらに人気はなくなる。
 静かな空間にフミと二人きり。
 朝倉は興奮してくる自分を抑えるのに精一杯だった。
 フミを怖がらせたいわけではない。
 今日はただ気持ちをちゃんと伝えるだけでいいはずだったのに、このおいしいシュチュエーションに、気が付けばフミをソファに押し倒していた。
「す、す、す、好きって・・・・・・お、俺たち男同士ですよね!?まさかそういう好きじゃないよね!?」
「ごめんね、期待に添えなくて悪いんだけど、そういう意味で僕は君を好きなんだよね」
 大きな目をさらに大きく見開いて自分を見上げてくるフミの頬を、スルリと朝倉がなでる。
 フミの体が大きく飛び跳ねた。
「せ、先輩っ!?は、話って、話って、何!?ほら、早く聞いて授業に俺もどんないと!」
 ギューギューと両腕でどんどん近づいてくる朝倉の意外に着やせするたくましい胸板を力いっぱい押し返しながら、フミは助けを求めて部屋中に視線をめぐらす。
「話っていうのはこのことなんだけど。僕の気持ちをちゃんと分かってもらおうと思ってね。君が入学してからずっと好きだと口にしてきたけど、君、本気にしてくれたことないでしょう?男同士でそんな気持ちないって決め付けてるみたいだからね。でもね、僕の好きはこういう意味の好きってことなんだよ。いつでも君に触れていたいし、君のこと抱きしめて、そしてキスしたい」
 朝倉は自分の言葉どおり、フミをそっと壊れ物でも扱うかのように触れて、抱きしめて、硬直しているフミの唇にキスを落とした。
 あまりのことに固まってしまっているのか、何の抵抗もしてこないフミに調子づいた朝倉は、キスをどんどん深くしていく。
 そっと隙間から舌を差し入れ、フミの固まった舌をチョロリと舐めてみる。
 甘いはずがないけれど、朝倉には甘く感じ下がその甘さに痺れてくるような気さえした。
 感動のあまり、手が震えてくる。
 そっと唇を離すと、震える手でフミの制服に手をかける。
 瞬間、ドンっ!と扉をたたく音が響いた。
 朝倉が小さく舌打ちする。
「朝倉っ!おいっ!いるんだろうが!開けろ!」
 ユキの声が廊下から響いてきた。
 ハッと意識を呼び戻されたフミが、朝倉の体を押しのけてソファから転がり落ちる。
「痛っ」
 転がり落ちた拍子にしたたかお尻を床に打ち付けたフミが小さく悲鳴をあげると、それを扉の外にいたユキが聞きつけ、いっそう激しく扉を叩く。
 このまま無視して続きを続行しようかと思った朝倉だったが、怯えたように扉に向かって駆け出し、
「ユキ!ユキ!」
 と叫び助けを求めるフミにため息をつくと、諦めて扉の鍵をあけに行った。
「そんなに扉を叩かなくても開けますよ。ほら、貴文くんもどいて。そこにいては鍵をあけられない」
 朝倉が扉の方に近づいてきたものだから、フミはこれ以上ないほど扉にへばりつく。
 結果、鍵穴をふさぐことになっていることにも気が付かない。
 朝倉は自分の行為が早まってしまったことに頭を痛めつつ、それでもにっこりといつものスマイルを浮かべて、そっとフミの体を扉からはがした。
 朝倉に触れられた途端に、フミがまた硬直してしまったので、スムーズにどかすことができた。
 扉を開けた瞬間、すごい形相をしたユキと、静かに怒りを顕にしているヒコが生徒会室に飛び込んでくる。
「大丈夫か、フミ!?この変態になんかされなかったか!?」
飛びついてきたフミをしっかりと抱きしめながら、ユキが叫んだ。
「・・・・・・」
 フミはユキの胸に顔をギューギュー押し付けて、ただ首を横に振っているだけだ。
 けれど、その様子がいつもと違うことぐらい二人に分からないはずはない。
「何をしたんですか、うちのフミに」
 静かな声でヒコが朝倉に問う。
「気持ちを伝えただけだよ。そろそろ僕の本気を分かって欲しくてね」
「わざわざ授業が始まってから人気のない生徒会室に連れ込んで、鍵をかけていったい何を伝えようと言うんですか?」
 フンと馬鹿にしたようにヒコが言う。
「逃げられたくなかったものだからね。言葉で言うだけじゃ、貴文くんには通じないようだし」
 朝倉は動じることなく、サラリと返す。
「てめぇっ!?」
思わずなぐりかかりそうになったユキを手で制すと、ヒコは朝倉をひと睨みしてから、震えるフミをそっと抱き寄せて生徒会室を出て行こうとした。
 自分を一度も見ることのないままユキとヒコに守られて帰って行こうとするフミの背中に朝倉が声をかける。
「僕は本気だから。本気で君を好きだからね。逃げないで考えてほしい。気持ち悪く思ってもいいよ、ちゃんと考えて返事が欲しい」
「フミ!聞かなくていいからなっ!」
 あまりに真剣な朝倉の声に、思わず振り返りそうになってフミを、ユキが一括する。
「兄弟だからって、人の恋愛を邪魔する権利はないと思うよ。フミくんと僕の間を邪魔する権利があるのは、彼の恋人だけだ。君たちはそうじゃない。そうじゃないということをそろそろ自覚してもらわなければならないね」
 挑戦的に朝倉が自分を睨むユキとヒコにそう言い放った。
  


【つづく】



★朝倉くんが暴走しました(^-^;)
こんなに暴走する予定ではなかったのに、なんならこのまま朝倉くんとくっつけてやりたいぐらいな気持ちになってきました(笑)
恐るべし、朝倉。
さすが神様のリクエストで誕生した人物だけあります。
その権力は作者をも超えている。
初日にあろうことかベロチュウまで行ってしまうとは(笑)
すっかり加藤紗枝はどこかにいってしまいました(^-^;)
いけないけない。次回はちゃんと登場させてあげようと思います。

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