【バレンタイン戦争】

バレンタイン当日
 
ヒコとユキにガードされるようにして、下駄箱までたどりついたフミだったが、ガードされているのか蚊帳の外に置かれているのかまったくわからない。
「なんだよ?今のお前らの会話?俺にもわかるように話せよなぁ〜一人だけなんかつまんなかったぞ」
フミが小さな口をとんがらせて文句を言うのを、ヒコとユキは聞こえないふりをして自分の下駄箱の方にさっさと行ってしまい、靴を出そうと扉を開けた。
その瞬間、ドサドサと落ちてくるチョコの数々。
 それを面倒くさそうに掻き分け、中の上履きをとる。
 昔は同じような数しかチョコをもらうことのなかった三人だったが、ここ数年、高校に入ってから急激にヒコとユキの背が伸びたせいか、もともとの顔のつくりの良さや、頭の良さ、運動神経の良さが最近際立ってきて、急にモテはじめたのだ。
 フミにとってはおもしろくない事実だっだが、誇らしくもある。
 そして将来自分ももう少し背が伸びれば、二人のようにモテるに違いないともひそかに考えている。
 しかしヒコもユコもそんなことにはまったく頓着していなかった。
 ドサドサと落ちてきたチョコには一瞥もせずに、落ちたままの状態で上履きだけをひっかける。
「靴と食べ物とを一緒にする女どもの神経が俺にはわからん」
 ユキが眉間にしわを寄せたまま、そうつぶやいた。
「同感だな」
 とヒコ。
「だからって、せっかくくれたチョコをそのままにして行っていいと思ってんのか、この罰当たりモテ男どもめっ!」
 落ちたままにされているチョコの数々をせっせと拾いながら、フミがそのまま行こうとした二人の背中に向かって怒鳴る。
「そんなもの拾わなくていいぞ、フミ。靴と一緒に入っていたチョコなんて食べたらお前のお腹が壊れる。腸が人一倍弱いんだからな」
 と真顔でそんなことをヒコに言われた。
「ば、馬鹿やろうっ!そんなこと公衆の面前で大きな声で言うなよ、ヒコ!」
 拾いかけていたチョコを床よバラまきながら、慌ててフミがヒコの口をふさぎに駆け寄る。
 そのまましてやったりとヒコはフミの体を確保すると、ほぼ横抱えにするとズルズルと引きずりだした。
「わっ、ちょっと離せよ!そんなことしなくてもちゃんと歩くって!」
 ヒコとユキにチョコを渡そうと廊下で待っている女の子たちの恨めしそうな視線を一身に受けながら、フミはズルズルと荷物よろしく連れて行かれている。
手を解こうとしても、ヒコの方が腕力があるせいでなかなかその手は解けない。
「ヒコ、それぐらいにしといてやれよ。フミが可哀想だろうが?」
 横から少し不機嫌な口調でユキが助け船を出してくる。
 ヒコにこのまま抱えて教室までつれて行かれれば、フミにチョコを渡そうとする女たちからガードできるのは分かっていたが、どうしても嫉妬心が先にたってしまう。
「・・・・・・」
 しばらく立ち止まり、そのままの体勢で立っていたヒコだが、何かしら考え込むそぶりを一瞬見せ、それから諦めたようにフミに回していた手を解いた。ここで二人でもめてもしかたないと思ったのだろうか。
 フミはようやく自由になった体で大きく息を吸い込んだ。
「まったく!子供じゃないんだからやめろよな〜」
 顔を真っ赤にしながら、ヒコに怒鳴る。
 ヒコは小さく肩を竦めただけで、そのまま教室までゆったりと歩き始めた。
 ヒコにしては珍しく焦っているようだ。落ち着くために、小さくため息をもらし、まだ顔を赤くしたままブツブツと文句を言いつつ、それでも当然のように自分の横を歩くフミをそっと盗み見た。
 フミは自分が全然もてないと思っているようだが、ひそかなフミのファンというのは結構いる。
 ちょっと調べただけでも、今日フミにチョコを渡そうとしているらしい女の子は三人はいるのだ。
 確かに自分やユキは束でチョコをもらうけれど、それはだいたいアイドルにチョコを渡すのと同じような軽いノリのものがほとんどで、フミに思いを寄せる女子達は、真剣にフミのことが大好きなのだ。
 チラリと後ろに投げた視線の中で、五組の加藤紗枝がそっと身を竦ませている。
 手には小さな紙袋。
 ずっとヒコとユキが傍についているものだから、渡す機会がなくて困っているようだ。
 もちろんそんなことは分かってやっているのだけれど。
 ヒコはそのまま視線をユキへと投げかける。
 それに気づいたユキが、小さく頷いた。
 教室に着くとユキは鞄を自分の分とフミの分を机に素早く置くと、そっとフミに気づかれないように教室を出て行く。
 後ろをずっと付いてきていた五組の加藤紗枝がまだ教室の外にいるのを確認すると、おもむろに近寄った。
「それってチョコ?」
 大事そうに抱えている小さな紙袋を指差し、特別に気合の入った笑顔でユキが加藤紗枝に聞く。
 瞬間、顔を真っ赤にして逃げ出そうとした加藤紗枝に肩をぐっと掴むと、ユキは親切そうな笑顔で囁いた。
「それってうちのフミにだろ?ずっと見てたの知ってるんだよな、俺たち。あ、でももちろんフミには言ってないぜ?あいつこういうことには鈍いしさ。チョコでももらわないと絶対気づかないタイプだしね。でも気づかないからたちが悪いんだよね〜渡すような隙を作らないからさ。で・・・・さ、そこで提案なんだけど、俺から渡しとこうかそのチョコ?君みたいな可愛い子にチョコもらったって言ったら、あいつ大喜びだよ、きっと」
 加藤紗枝は困惑顔で、そんなことを言い出したユキを見上げた。
 おそるおそるユキと手の中の紙袋を見比べ、決心したように紙袋を渡しかけるが、やっぱりだめっ!とばかりに、胸の中へと再び抱きなおしてしまう。
 ユキは加藤紗枝には気づかれないように小さく舌打ちした。
「あ〜ごめん、やっぱり余計なことだったよなぁ〜、うん、ごめん。恋愛を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえって言うもんな〜。いや、邪魔する気なんてないんだけどさ、やっぱり自分で渡したいよなぁ。いや、加藤さんがそんなことさっさとできるタイプだったら別に声かけたりしなかったんだけど、あんまりにもいじらしい感じでずっと影から見てるもんだからさ、なんか手伝ってやりたいなぁ〜と思ったわけなんだけど」
 ユキはさらに親切顔でそう付け加える。
 加藤紗枝はユキの顔をじっと凝視すると、決心したように声を出した。
「あ・・・・・あのっ、自分で渡したいけど、手伝ってくれるっていう山下くんの気持ちも嬉しいので、もし、もし、良ければ、貴文くんを放課後呼び出してきてもらえませんか!?」
 必死の表情で、加藤紗枝が言い募る。
 ユキはにっこりと笑いながら、内心では「そうきたか!」と苛立ちを抑えるのに精一杯だった。
「いいよ。どこに呼び出せばいいかな?」
 しかしそんなことは微塵も表情に出すことなく、ユキが加藤紗枝に尋ねる。
「えっと・・・・・・じゃあ・・・・・・図書館の裏庭にお願いできますか?」
「図書館の裏庭ね、了解〜放課後だよな?」
「はい、放課後に」
「うまくいくよう祈ってるよ」
 心の中とは正反対のことを口にしながら、ユキは抑えがたい苛立ちにさっさとその場を立ち去ろうと踵を返した。
「あの!ありがとう!」
 その背中に向かって加藤紗枝は声をかけると、そのまま振り向きもせずに行ってしまうユキの背中に向かってペコリと頭を下げた。
 ますますユキの中の苛立ちが強くなる。
 チョコを渡されたならば、そのままそ知らぬ顔で自分たちがもらうチョコの山に隠して、渡したふりだけしておけばいいけれど、呼び出しの手伝いをする約束をしてしまったからには、それをフミに伝えなくてはならない。
 伝えなかったらフミがすっぽかしたということになってしまう。
「どうすりゃいいんだよ!あ〜ちくしょう!
 ユキは苛立ちまぎれにバリバリと頭を掻き毟ると、廊下の壁を蹴り飛ばした。


【つづく】



★かなり長い間をあけての、復活です(T.T)
ほんと申し訳ありません!そのくせこんな進展なくて・・・なかなか進まない牛の歩みでございます〜(^-^;)
今度からは長編は書くまいと空フルで思ったんだけど、これもけっこう十回とかになりそうです。
今度はこんなに長く間をあけることはないと思いますので、よろしくです。
いちおう一週おきのペースを守っていこうかと・・・・いちおう・・・・えへ。
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