【バレンタイン戦争】

バレンタイン当日
 
 せかすヒコとユキに挟まれて、フミは息切れを感じながら登校していた。
「何でそんな急ぐわけ?日直ったってそんな急がなくてもいいんじゃねーの?俺もう疲れた。走らないぞ、歩くからな」
コンパスの長い二人のはや歩きに付き合わされて、フミはほぼ小走り状態になっていた。
ふてくされたようにプイッと横を向きながら、まだ急がそうとするヒコとユキの手を払いのける。
「フミ、来い」
ヒコが有無を言わせない口調で今にも座り込んでしまいそうなフミを呼ぶ。
けれどフミは荒い息を整えながら、フンとばかりにゆっくりと歩き出した。
「馬鹿、今日は第二月曜なんだぞ!生徒会が門で張ってるだろうが」
 ヒコの隣でユキも不機嫌に叫ぶ。できるなら日直ということで、教室まで急がせて気付かせることなくやり過ごしたかったのに、出掛けにモタモタしたばっかりに、微妙な時間帯になってきていることにヒコもユキも焦っていた。
「・・・・・・何で?別にいいじゃん。遅刻したわけじゃないんだから、生徒会が門にいる日でも問題ないじゃん」
「馬鹿!今日は生徒会長が門番の日なんだよ、だから早く来い!」
 フミはユキが言わんとしていることにようやく気付いた。
 ヒコとユキは生徒会長の朝倉が大嫌いなのだ。
 フミには優しい朝倉も、ヒコとユキにはなぜか冷たい。
 反りが合わないというのだろうか?
 寄ると触ると三人はいつも言い争いをしているのだ。
「な〜んだ、それで急いでたのか。んじゃ、お前らだけ先に行けばいいじゃん。俺は別に朝倉先輩に会ったって大丈夫たもん。難癖つけられるのはお前らだけじゃん。それに俺を付きあわすなよなぁ〜」
 フミは二人が異常に急ぐ理由に納得し、ならば自分は急がなくてもいいということに安心したのか、さらにゆっくりとした歩調で歩き続ける。
 鞄をユキに持ってもらっているから、手ぶらの両手を頭の後ろに組んで、なんとも呑気な感じで歩いてくる。
「フミ、怒るぞ」
 ユキとのやりとりを黙って見ていたヒコが低くつぶやいた。
 ビクッと肩を竦めると、フミはヒコの方をチラッと見る。
 不機嫌そうな表情などまったくしていないけれど、冷たい視線がフミに突き刺さる。
「だって・・・・・・疲れたんだよ」
 ヒコの様子を伺いながら、言い訳を口にしてみる。
「鞄はユキが持ってやってるだろう?ちょっと早足で歩くだけだ。来い」
 許可しないというように、ヒコが首を小さく横に振りながら、フミを手招く。
「お前らはコンパスなげーから、早足だけど、俺は小走りになんの!しんどいの!」
 口で文句を言いながらも、フミはさっきよりも歩調を速め、言い訳を口にしながらヒコに呼ばれるままに近づいてくる。小さい頃からなぜかフミはヒコの言うことには逆らえないのである。
 父親を早くに亡くし、女で一つで三つ子を育ててくれた忙しい母親に代わって、長男であるヒコが何かと弟たちの面倒を常々見てきているからか、幼い頃からのインプリティングなのか、ユキには逆らえるのにヒコには決して逆らえない。
「もう少しゆっくり歩いてやるから、お前も頑張ってついてこい。行くぞ」
 有無を言わせず、フミの腕を取るとヒコが引きずるようにして歩き出した。
 フミも大人しく引っ張られるままに歩き出す。
 ユキも同じように歩き出した。

 あんなに急いで登校したのに、校門の前には風紀のバッヂをつけた風紀委員にまじって、もうすでに生徒会の面々も立っていた。
 ヒコとユキが小さく舌打ちする。
 バッチリ目が合ってしまった朝倉からフミの姿を隠すようにして、バリケートを築きながら足早に門を通り過ぎようとした・・・・・・が、その願いも虚しく。
「おはよう、山上君たち。今日も仲良く三人で登校しているんだね」
 ニッコリと頬に笑顔を張り付かせたまま、生徒会長の朝倉が優雅に近づいてくる。
 バランスの取れた長い手足。その整った顔を見て、モデルと間違えるものも少なくない。
 容姿端麗、頭脳明晰、歴代の生徒会長の中でずば抜けて優秀な朝倉にはしかし欠点があった。
「今日もとても可愛いね、貴文くん。朝から君の姿を見ることができるなんて僕はなんてラッキーなんだろうね」
 欠点というのは失礼かもしれないが、そう、彼は女の子よりも男の子が好きなのである。
 そのうえ彼はそれを隠そうとはまったくしていない。
 ニッコリと笑いながら、バリケードの後ろに隠されているフミをさりげない仕種で引っ張り出すと、いい子いい子と頭を撫でた。
瞬間、ヒコとユキのこめかみに怒りのマークが浮かぶ。
「おはようございます、朝倉先輩」
 ピシッという効果音が聞こえて来そうなほど緊迫した空気の中で、フミだけはいつものとおり笑顔で朝倉に挨拶をする。
 今はフミに猛アタック中なのだが、フミ自身はまったくそのことに気付いていない。
 可愛がられて甘やかされることにはヒコとユキでなれているフミ。
 朝倉のちょっとおかしな言動も、フミにとっては優しい先輩程度の認識でしかないのだ。
「フミ、そんな奴に構うな」
 ユキが朝倉の手の下からフミの頭をひったくるようにして引き寄せる。
「おやおや、相変わらずガードの固いことだね。山上君たちは。貴文くんと僕の朝の至福のコミュニケーションを邪魔しないでくれないか?」
「あんたに関わらせてたらフミの脳みそがイカレちまうよ!気安く触るな、フミに!」
「同感だな」
 いつもは黙視しているヒコも、今朝ばかりはフミに触られた腹立たしさに、ユキの怒りに同意する。
「脳みそがイカレるとはまだ穏やかではないし、失敬な話だ。本人が嫌がっていないのだから君たちに口を挟む権利はないんじゃないのかい?貴文くんは君たちの所有物じゃないはずだよ」
 にっこりと善人の笑顔を張り付かせたまま、朝倉がヒコとユキに言い放つ。
 フミは頭上で行われている口喧嘩のやりとりを面白そうに見ている。
「こいつは鈍くてぼやっとしてるから、俺たちが監視しとかなきゃ駄目なんだよ!俺たち兄弟のことに口出すな!」
 ユキが怒鳴るのを余裕の笑みで朝倉が見返してくる。
「兄弟だからって何をやっても許されるわけじゃないだろう?まぁ・・・・・・辛いよね、兄弟っていうのも。その点、僕はただの他人だ。だからここは引いて差し上げよう、兄上たちに免じてね」
 アハハっと実に愉快そうに毒を投げつけると、朝倉は来た時と同じように爽やかに笑顔を残して去って行った。
 後には苦虫を噛み潰したようなユキと静かに怒っているヒコとわけの分からない会話に?マークを顔に張り付かせたフミの三人が残された。
 決戦当日、最悪の出だしである。
 ヒコとユキは気を引き締めるべく、お互いに視線をあわすとどちらからともなく無言のまま頷いたのだった。


【つづく】



★リクエストの生徒会長を出してみました。
なんか意外に普通な人かも・・・・奇天烈な言動を言わすって難しいですね(^−^;)
頑張って彼にはどんどん活躍していってもらいたいと思います。
しかしカミングアウトしている生徒会長なんていいのだろうか?(笑)
続きは今回ほど待たせずに頑張りたいと思いますです、はい。でも私のことだから怪しいかも・・・・(^−^;)えへ。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送