【バレンタイン戦争】

 バレンタインの翌日
 
 ぎゅっとつぶった目に、そっと朝倉がキスを落とす。
 どうしてこんなに好きなんだろうと自分でも不思議なくらい、朝倉はフミのことが気になってしかたない。
 フミには不思議な魅力がある。
 もっとも、そんな魅力があるからこそ、兄弟であるあの二人までもが夢中になっているのだろうけれど。
 おかしなことに、フミは二人からそんな気持ちで思われていることにまったく気が付いていないようだ。
 あのあからさまな態度に、あからさまな視線。
あんなに気持ちを強く見せ付けられているのにまったく気づく様子がない。けれど、朝倉はそんなフミのとぼけたところもすごく気に入っている。
「や、やめてください!先輩!」
 ぎゅっと朝倉の胸板を無駄だとわかっているのに一生懸命押し返してくるフミの手を、朝倉がそっと取り指先に口付ける。
 ヒーッとばかりにフミが腕の中で縮み上がるのを朝倉はおもしろそうに見ていた。
 こういう怯えた態度も朝倉に悪戯心を起こさせるということに本人は気づいていないようだ。
「ふふ、本気でここで襲うわけないだろう、貴文くん。冗談だよ、冗談。僕にだって理性ぐらいあるからね。今君をここで襲ったらただ嫌われるだけだろう?僕は君とやりたいんじゃなくって、ちゃんと付き合いたいんだからね。ね、だからさっき言ったこと本気で考えてみてくれないかい?試しに一週間だけでいいんだ。ちゃんと恋人として付き合ってみて、それでも駄目ならその時は僕も諦める。一週間の間はキスだけまでしかしないと誓うし」
「キ、キスまでって、キスはするのかよっ!?」
 もっと違うところにつっこまなくてはいけないはずなのに、フミが聞きとがめたのはキスの二文字だった。
 それでは試しに一週間付き合うことをすでに前提にいれて話が進んでいることにフミ自身は気づいていない。
「君のことが好きなんだから、キスは我慢できないなぁ。もうすでに僕とキスしてるんだし、何回したって同じじゃない?どうしても嫌なら唇にはしないと誓うし」
「・・・・・・唇にはしないキスってなんだよ?」
「指とか、ほっぺたとか?」
 他にもいろいろキスしたいところはあったけれど、フミの警戒心を煽らないために、あえて無難な箇所だけを口にする。
「・・・・・・」
 案の定、フミはホッとした表情で息を吐き出した。
 朝倉はフミに気づかれないように小さく笑う。
 それから表情を引き締め、コホンと咳払いをする。
「一週間お試しでつきあってくれて貴文くんの中で結論が出たなら、それを僕は何も言わずに受け入れるけれど、お試しもしてくれずにこのままずっと断り続けるなら、僕すごくしつこく君のこと追い掛け回すけど、それでもいいのかい?」
 もう一押しとばかりに朝倉が真面目な顔で怖いことを言う。
 フミはしつこく追い掛け回されるのを想像したのか、ブルブルと小さく震えた。
「どうする?考える時間がいる?」
 朝倉のこれ以上はない優しい声音に、フミはさらに身震いするのを止められなかった。
 優しいのに怖いなんて変だけれど、朝倉とはきっとそういう男なのだ。
 このままほんとに一週間お試しで付き合うだけで朝倉の魔の手から逃れられるのなら、一週間ぐらいは我慢するべきか。
 でも何の勝算もなく朝倉がそんなことを言い出すのもおかしいとわかるぐらい、今は朝倉に警戒心をいだいているフミは、素直にうんとは頷けなかった。
「三日・・・・・・三日考える。それでお試しに付き合うか決めるから、それまで俺のことそっとしといてくれる?」
 ようやく搾り出したフミの答えは三日考えて決めるということだった。
 いつもヒコに言われている。
 何か欲しいときや、何か大事なことを決めるときは、三日考えろと。
 その言葉がすっとフミの脳裏に浮かんだからだ。
「三日ね。いいよ。そんなにかしこまって考えないで。所詮お試しなんだから。一週間だし。気軽に考えて答えてくれたらいいよ。僕は約束はきちんと守る男だよ。それは君も知ってるだろう?」
 朝倉の言葉に、フミはこくりと頷いた。
 確かに朝倉は嘘をつかない。
 フミは朝倉のそういうところは好きだった。
 朝倉が決めたことは必ず実行される。有言実行とは彼のためにあるような言葉だ。
 けれど一週間お試しにで付き合うことにフミにはメリットがあったとしても、朝倉にはいったい何のメリットがあると言うのだろうか?
 それがフミに二の足を踏ませるのだ。
「何?何か気になることでもあるの?」
 敏感にフミの考える気配を察知して、朝倉が頬を優しく撫でながら尋ねてくる。
 もうそんな仕草にすっかりならされてしまっているフミは動じずに問いを口にする。
 こうやってちょっとづつ慣らしていくことこそが朝倉の最大の目的であることに気づいておらず、馬鹿げた質問を口にする。
「一週間お試しでつきあうメリットって先輩には何があるんだよ?」
「そうだね、このまま片思いで終わるのも寂しいし、君に嫌われるのも嫌だし、一週間でも君の恋人気分が味わえたら、気持ちにけりがつくかなぁと思って。もっとも、本当に君が一週間で僕のこと好きになってくれたらそれが一番いいんだけどね。僕ね、本当に君が好きなんだ。こんな気持ちになったのは初めてで、僕自身もどうしていいのか分からないぐらい君のこと好きだよ。だから側に一週間いられるだけで幸せだと思うんだ」
 ニッコリと朝倉のトレードマークである天使の微笑みを浮かべながら、朝倉が言う。
 その後ろ姿には悪魔の尻尾が見え隠れしていることになど気づかずに、フミが申し訳なさそうに顔を落とした。
「三日後に返事するから。そんでもしお試しで一週間付き合うことになったとしても、ちゃんと考えて答えだすから、俺。男だからって決め付けないで、ちゃんと考えることにするから。だからもう少し時間をください」
 なんだかドンドン自分が悪いことをしているような気がしてきて、フミは朝倉に一生懸命頭を下げた。
 自分のことをこんなに好きになってくれている人に対して、自分も精一杯考えようと、加藤紗枝みたいに傷つけるだけで終わってはいけないとフミなりに真剣に考えようと決意したからだ。
 そしてそれこそが朝倉の思うツボだということに気づかずに、フミは申し訳なさいっぱいで生徒会本部を後にした。
 三日後の昼にまた生徒会本部で会うことを約束して。

 とぼとぼと教室に帰ると、ヒコが怖い表情でじっとフミの帰りを待っていた。
「遅かったな」
 席へと座るフミに低い声で話しかけてくる。
 側ではユキが心配そうに見ている。
「ん・・・・・・」
 ヒコに相談したくなる自分の弱さを叱咤しながら、フミはなんでもないふうを装って小さく頷いた。
「生徒会本部に呼び出されたんだろう?朝倉なんて?」
 ヒコは敏感にフミの様子が変なことを感じとり、さらに追求してくる。
 朝倉がなんとかするだろうとは思っていたが、実際は朝倉になんて任せたくもなかったし、加藤紗枝とどうなったかも気になってしかたなかった。
 悶々とすごした昼休みに、戻ってきたフミの様子がこれじゃあ問い詰めたくもなると言うものだ。
 ユキも同じ気持ちなのか、フミに助け舟を出すこともなく、今は側で成り行きを見ている。
「・・・・・・別に。ちょっと頼まれごと」
 ヒコの方を見ようともしないでフミが小さく頭をふる。
「生徒会でもないお前に何の頼みごとだよ?」
 ヒコの言うことは確かに的を得ている。
 生徒会メンバーでもないフミに頼みごとなんて辻褄が合わない。
「・・・・・・内緒。言うなって言われてるから」
 それでもフミは懸命に頭を振って言うまいと頑張った。
 本当は聞いて欲しい。
 いつも考える三日の間は、ヒコにずっと相談して、あれがどうした、これがどうしたら、それはどうしたらいい?とうるさいぐらいに纏わりついて、アドバイスをもらうのがフミの常だったからだ。
 習慣というものは恐ろしい。
 ヒコに「どうした?」と聞かれると、ついポロっと悩み事を言ってしまいそうになるのだ。
「・・・・・・加藤紗枝はどうした?彼女と昼食一緒にとったんだろう?」
 朝倉のことは聞いても何も答えないと思って諦めたのか、ヒコは急に話題を変えてきた。
「別れたよ、ちゃんと断った」
 そこまで隠すのも変かと思って、加藤紗枝のことは正直に話した。
 ヒコが内心ホッとするのも気づかずに、フミはふてくされたようにプイっと横をむいてしまった。
「そうか、大変だったのによく頑張ったな」
 ヒコはくしゃりとフミの髪を撫でた。
 いつもそうされていたけれど、今は久しぶりなせいかふいに胸が締めつけられるように苦しく感じられた。
 その手が離れていくのをひどく寂しく感じる。
 そのままずっとその陽だまりのようなぬくもりを感じていたかった。
 ヒコの手が離れた瞬間、フミは縋るようにその手を無意識に掴んだ。
 




  


【つづく】



★いろいろ悩んでます、フミくんが。
そして私も悩んでます(笑)
どうすればラストに近づけれるのか・・・・・・私個人的には朝倉とくっつけちゃってもOKなんですけどね(笑)
もう少しキャラたちの話を聞いて行動させてみようと思いま~す(*^-^*)
残すところあと一ヶ月!といっても二週間置きだから、あと三回ぐらいかしら~頑張らねば!



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